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第114話・跳ね返る軌跡

 困難に出会い、それをどうすれば乗り越えられるか試行錯誤を繰り返し、何度も壁にぶつかり、失敗の経験と深い洞察の積み重ねの中から成功への糸口を見つけ出そうとする。それが真の学習というものだ。失敗の果てに自ら答えを導き出すからこそ自身の糧となる。だが、失敗を許されない状況もこの世には存在する。大人になるほど失敗は重くなる。そんな状況では試行錯誤などしているヒマはない。ゆえに、挑戦する前から先駆者より正解を与えられ、それを遂行するだけになってしまう。


 テンセイは――その点で言うならば、非常に子どもに近い存在と言える。彼は軍へ来る以前、いくらでも失敗して試行錯誤をすることが許されていた。元々、農業というものは自然環境によって大きく成果が左右される。どんなに理論を組み立て、最新鋭の機器を取り入れたとしても、お天道様の気まぐれで全てが台無しになることもある。だからテンセイは思う存分失敗を繰り返し、積み重ねてきた。


「……なぁ〜んか、しっくり来ねぇと思ってたんだよなぁ。そりゃそうか、こっちは人間同士の戦いだもんな。どんな場面でも失敗しちゃダメってわけだ」


 唐突にテンセイが間の抜けた口調で語りだしたため、レンは動きを止めた。今まさに引き金に指を入れようとした瞬間だった。


「今まではコサメを守ることだけに精一杯だったから、失敗だとか成功だとか、勝つとか負けるとか、全然意識してなかった。今頃になってやっとこ気づいたよ、先輩」


「? 何の話だ?」


「勝たなきゃいけないってこと。最低限これさえ守れりゃそれでいいってんじゃあなくてぇ……どんな手を使ってでも絶対に相手を倒さなきゃいけない状況ってことだ。そこが獣と戦士の違いだな」


 目を閉じたままテンセイは口の端を吊り上げた。アゴが半分壊れた顔で笑うものだから、さしものレンも不気味なものを感じさせられた。ボタボタと血の塊をこぼしながらテンセイは続ける。


「アンタを倒したい……。そーゆーこと」


「今更何を当たり前なことをのたまっている!」


「あ、そーいやぁ先輩、剣持ってますよね? アンタのことだから、拳銃だけじゃなくてちゃんと軍刀も握ってオレから離れたはずだ。オレが闇雲に突進していったらそれで返り討ちにするつもりっしょ」


 図星、のようだ。レンが息を呑んだ。


「どうぞ……やっちゃってくださいよ。返り討ち。出来るもんなら!」


「いつまで無駄口を叩いている? 黙れ!」


 レンは見た。テンセイの両足首の傷が、早くもふさがりかけている。


(コサメがまだ眠っているとはいえ、フェニックスの能力は発現しているというわけか。これ以上時間はかけられない)


 テンセイから見て左側の壁、床、天井。それぞれに一発ずつ弾丸を撃ち込み、跳弾の具合は把握した。次の攻撃で確実にテンセイを仕留める自身がレンにはあった。真正面からの攻撃も考えると、合計で四つの方向からテンセイを狙撃することが可能。テンセイが山勘で防御に成功しない限りは。また、テンセイが一歩でもその場を動こうものなら、すかさずその瞬間に剣で斬り込む用意も出来ている。


「御託はいらない! 言いたいことがあるなら行動で示せテンセイ君!」


 テンセイは勘も鋭い。追い詰められた状況ではさらにそれが研ぎ澄まされる。四分の一程度の確率なら防御できないとも限らない。だから、レンは第五の方向から攻撃した。それは、たった今「ありえない」と否定した方向。つまり、テンセイから見て右側の壁――。ラクラとコサメのいる方向の壁へ弾丸を放った。銃声が響いてもテンセイは正面をガードしている。


(大丈夫だ! ひょっとしたらコサメに当たるかも……なんて考えは二流が持てばいい! 今のオレは! 訓練と割り切ったオレは! 全てにおいて一流だ!)


 壁の材質、凹凸、弾丸のスピード、全ての情報から弾丸を壁に当てる角度を計算し、その計算結果通りに撃ち込む。緻密な計算と正確な腕前、何より相当の経験がなければ不可能な跳弾による狙撃。しかも間に避けるべき障害物があると難易度は格段に跳ね上がる。弾丸が壁に当たった。そして跳ね返る。壁が硬い材質で出来ているため、跳ね返った後も速度はほとんど落ちていない。問題は障害物だ。


(コサメを傷つけてはいけない。それは絶対に変えられないルールだ)


 弾丸は、ラクラのヒザに眠るコサメの頭上ギリギリを通り抜けた。風圧でコサメの髪が揺れるほどの近距離だ。弾丸はレンの計算を忠実に実現し、うずくまるテンセイへと向かっていった。


(終わった!)


 レンが確信した、その時だった。テンセイが動いた。顔の正面を防御するためにクロスしていた腕がすっと動き、顔と首の右側を防御したのだ。


「なんだと……?」


 弾丸が腕に当たる。跳弾による狙撃が失敗した! レンは指に力をこめた。テンセイがガードを右に集中させたのなら、その隙に正面から撃てばいい。そう考えての行動だった。だがレンはさらに驚くべき光景を目の当たりにした。


 弾丸が――。テンセイの腕に当たった弾丸が、レンに向かって飛んでくる!


「バ……バカなッ! (跳弾!? 腕の骨と筋肉で弾丸を弾き飛ばした!? 金属の盾でも持っているのならともかく人体でここまで正確に反射させるなど……!)」


 それこそありえない。が、弾丸が自分に向かってきていることは確かだ。防御も、回避も間に合わず、弾丸は拳銃を持つレンの腕に食い込んだ。二度の跳ね返りでさすがに威力が削がれてはいたが、その手から拳銃を叩き落すには十分であった。


「グアッ!」


「鈍いぜ先輩ィ!」


 テンセイが立ち上がってレンに向かってきた。足の傷が治ったせいか、先程までと比べて二割り増しの迫力が出ている。その上で口元は笑っている。


「くっ、本当に化け物だな! 君はッ!」


 レンも左手の軍刀を上段に掲げる。テンセイの視界はまだ完全ではない。それだけが頼みの綱だった。


 テンセイの右ストレートが、振り下ろされる軍刀の刃にぶつかった。刃が拳を二つに裂く。が、そのエネルギーは骨と筋肉によってすぐに止まった。拳は止まらない。拳は、刃が半ば食い込んだまま、レンの顔面に叩きつけられた。

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