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第113話・進化

 気味の悪い浮遊感がテンセイを襲った。レンを床に押し倒そうと腕に体重をかけた、その直後のことだった。両足が床を離れ、体がレンを軸にぐるりと回転した。――巴投げ、という奴だろう。押し倒すためにかけた体重のエネルギーを逆に利用され、空中へ投げ飛ばされたらしい。気がついたら顔が天井の方に向いていた。


「目が見えないのなら……地面に倒して相手の動きを封じればいい。そう思っただろう? オレもだ」


 そんな声が聞こえたような気がしたが、ハッキリとは聞き取れなかった。頭から床に……ではなく、その前に壁に叩きつけられて一瞬だけ意識が飛びかけたからだ。技をあまりに鮮やかに決められたため、反応が遅れた。


「ウ! ……ぐゥ」


 すぐに身を転がして起き上がる。が、その時すでにレンは離れていた。


「残念だったな」


 声のしたほうを振り向く。と、肩の肉が弾けた。体内に無骨な破壊金属が潜入する感覚。最悪だ。レンは銃を握り、やや距離をとった位置から撃ちこんできた。最も避けたかった事態だ。


「そろそろ目が見えてくる頃か? ならばその前に仕留めればいいだけのことだッ!」


 再度、目を開けようと試みる。それより先に二発の銃声が耳に飛び込んできた。間違いなく今度の攻撃は急所を狙ってくるだろう。反射的にカメのように身を丸め、急所をガードした。


 そんな精一杯の防御をあざ笑うかのように、弾丸が二発続けてめり込んできた。あろうことか、弾丸は天井のほうから降ってきた。一発は左の肩に、もう一発は、首のつけ根のあたりをかすめて床にブチ当たった。皮が破れ鮮血が空中へ舞う。


(これは……跳弾か! 天井にぶつかって跳ね返った弾丸だ! オレに対してちょうど真上に弾丸が飛ぶよう計算してやがる!)


 テンセイが防御の体勢をとった以上、レンのいる方向からは直接急所を狙撃できない。しかし、真正面にガードを集中させたということは、他の角度からの攻撃に対しては無防備。そこを突かれた。


(数ミリの誤差……てヤツで助かったか。だが次からはもっと精密な攻撃をしてくるはずだ! 今の二発で誤差の調整具合も把握したに違いないからな! 正面だけじゃなくて上からも弾丸が来るとは……厄介だな)


「同じ攻撃がくると思うなよ、テンセイ君」


 忠告の言葉が飛んできた。心の中の言葉すら見透かされているような気がして、テンセイの背筋に戦慄が走った。


「跳弾は壁や床を利用しても可能だ。気をつけろよォ……お得意の獣じみた勘と反射神経でも限界があるぞ」


 レンは語る。決して余裕があるから語っているのではない。こうして時々忠告を出しておかないと”教育”にならないからだ。相手より上の立場で、細かい点を指摘しながら戦うのがレンにとって最高の戦闘スタイルなのだ。


「フフ、読めるぞテンセイ君。パワーは純粋な方が強い。が、その逆もまた然り。いくら強くても所詮は単純。戦術、戦略には知恵を使っても、戦闘そのものは本能に頼っている。それを読むのは実にたやすい」


 ガン、ガァン! 再び二発が発射された。跳弾ならば、壁や床に弾丸が当たる音が聞こえるはずだ。その音のした方向から弾丸が飛んでくる。それで予測するしか防ぐ手段はない。


 チュイン。確かに聞こえた。左からだ。腕を顔の左に……やるよりも早く弾丸は届いていた。口の中で爆発が起こったかのような衝撃。弾丸はアゴに命中したらしい。歯が数本折れて血と一緒に吐き出される。跳弾故に威力が削がれていたが、この攻撃による衝撃は天地が変えって見えるほどのダメージをテンセイに与えた。もう一発、床から跳ねてきた弾丸が心臓付近に突き刺さったことに気づかなかったほどだ。


(ダメだ……! 反射する音を聞いてから防ごうとしても間に合わねぇ! しかも床に当たった方の弾丸の反射音は全く聞こえなかった……。二発以上同時に撃たれると、一発の音を聞くのに神経を集中するせいで他が聞こえにくい。聞こえたからってどうにもならねぇし……。唯一の救いは)


「コサメに弾丸が当たるのを恐れて、コサメのいる方、つまり君から見て右側の壁からの跳弾はこない。それだけが確実にわかることってわけだな」


「ッ! ……」


「ただしそれだけでは意味がない。仮に、だ。攻撃がどこからくるか完璧にわかったところで防御も完璧にこなせるわけではない。精々腕でガードするの限界だろう。腕は二本しかないぞ」


 レンは弾丸を撃ってこない。おそらく弾を装填し直しているのだろう。確かあの拳銃は最大六発までしか装填できないから、今ので弾切れだ。反撃に出るなら今がチャンス。


(チャンスだ。飛び出してもう一度接近戦を挑むなら今しかない! ……ってことはレンも読んでる。それがわかってて誘ってやがるんだ)


 本能では……飛び出したい。体を飛び出させようとエネルギーを動かしている。いつものテンセイならそれに逆らわず、罠だとわかりきっていても本能のままに動くだろう。だが今は懸命に抑えている。本能では勝てない。


(それでは勝てない)


 いままでのやり方では勝てない。


(本能で戦うのは獣だ。獣は真の戦士には勝てない)


 戦士でない者は戦士に勝てない。


(なんだ……この感覚は。そうだ、ガキの頃、どうしてもウサギを捕まえられなかった時の感覚に似てる。どんなに頑張っても、あのちっぽけな動物を捕まえることが出来なかったあのときの感覚――。あの時は、どうしたっけ?)


 これも、一種の走馬灯のようなものだろうか。自分の危機を乗り切るために、記憶を引っ張り出している。


(何度も失敗するうちにウサギの習性を知り、道具や罠を使うことを覚えた。でもやがてそれをしなくなった。体が強くなって、走るだけで追いつけるようになったからだ。考える必要がなくなった)


 レンが装填を終えた。テンセイが動かなかったことに若干の惜しさを感じながらも、今度こそテンセイを仕留めるべく狙いをつける。


(力をつける前……罠を初めて使って成功したとき、オレは子どもから猟師に成長するのを感じた)


 レンが動いた。

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