第112話・闇に立てる弾幕
攻めれば読まれ、とっさの反撃に対応が出来ない。テンセイにとっては初めての経験だった。小手先の技術や拙い策ならば、テンセイは何度も力でねじ伏せてきた。だがレンは違う。技術は一流の域に達していると同時に、テンセイの行動を完璧に把握している。
「らァあッ!」
目を閉じたままレンの居場所を予測し、横払いの蹴りを繰り出す。手応えはない。おそらくこれも読まれていたのだろう。ハッキリとした位置がわからなければ、横になぎ払う軌道で広範囲を攻撃してくるに違いない……と。攻撃をした後でテンセイは気がついた。
「大振りな攻撃動作で空振ったというのは……致命傷だぞ」
声が聞こえた。とっさに両腕で首と頭部をガードする。腹に目一杯の力を込めて筋肉を硬化させ、傷ついた足で床を蹴り声が聞こえた逆方向へ跳ぶ。左足の足首関節に激痛が走った。レンは首でも頭部でも腹でもなく、足を狙ったのだ。さきほど右足につけた傷がまだ治っていないことを見抜かれ、足への攻撃は有効だと判断されたようだ。これで両足を負傷した。
「ふん……ぐ!」
地響きを立てて着地する。両の足首から血が噴き出し、一瞬体がぐらついた。懸命にこらえて踏ん張るが、今の攻撃は相当深く入ったようだ。左足首は今にも千切れてしまいそうなほどの痛手を負い、百キロの体重を支えて動き回るにはかなり頼りない状態になってしまっている。
(ウシャス軍……小隊長、レン・イール……。コイツは……)
視覚以外の感覚を全開にしてレンの位置を探りつつ、テンセイは考えた。
(コイツは……強い! いままで戦ってきた敵の中では間違いなくトップクラスの実力だ。しかもオレの戦法やクセを知り尽くしている!)
空気が揺らめいた。反射的に目を開けるが、痛みが走るばかりで何も見えない。痛みそのものは歯を食いしばって耐えられるものの、目蓋が言うことをきかずすぐに閉じてしまう。次に目を開けられるようになるのは、この戦いが終わった頃だろう。いや……一手間違えば、永久に目を開けることができなくなるだろう。
攻撃がくる、とテンセイは身構えるが、何か妙だ。レンの気配は襲ってくるどころかむしろ遠ざかっていく。
(マズい! 銃だ! さっき弾き飛ばした銃を拾うつもりだ! 部屋の中に入られた!)
気づいた瞬間には駆け出していた。足首が深手であることをさかんにアピールしてくるが、構っていられない。千切れるのならこの戦いが終わっあとで勝手にしろ。農耕や野山の狩猟で鍛えた足腰がこの程度で音をあげるわけがない、とテンセイは信じた。
記憶を引っ張り出して周囲の光景を脳裏に思い描く。真正面に会議室への扉があり、それは今開けられているはずだ。迷わずまっすぐに飛びこむ。壁のすぐ横を通り抜けたような感覚。部屋に入るのは成功したようだ。会議室の中央には、四つの白い長机が四角形を描くように並べられている。それぞれの机にはイスが三つずつあり、入口から入って一番奥のイス(確か、ひとつだけやけに大きくて高級そうなイスだった)にラクラが背を向けて座っている。そのヒザの上にはこれまた眠ったコサメがいるはずだ。
(まさか、ラクラ隊長とコサメを人質にするつもりか? いや、それはねぇな。そのつもりだったらとっくにやってる。チャンスはいくらでもあった。あくまでも標的はオレだ!)
拳銃は部屋の右奥に転がっていった。レンの気配がそこへ駆け寄ったのを感じる。
(撃たせねぇ!)
視界が十分に利かない以上、離れた位置から銃撃されることは絶対に避けたい。近距離での格闘なら目が見えずとも勝算はあるが、相手に距離を取られると苦しい。そして恐らく、レンはある程度離れた位置からでも正確な狙撃をできるに違いない。
「これは読めたか!? 先輩!」
足を振り上げた。長机の一つを下方から蹴り飛ばし、宙へ浮き上がらせる。散々痛めつけられた足をさらに苦しませる結果になるが、もうどうにでもなれだ。浮き上がった机の脚を掴み、そのまま数歩レンへ詰め寄った後、テンセイ自身もジャンプした。空中で机の裏に左足を押し付ける。銃を拾うために屈みこんだレンに向け、机を盾代わりにして上方から突っ込んだ形になる。レンの反応が遅ければそのまま押しつぶしてやりたいところだが、それは不可能だろう。レンは間違いなく反応して回避する。それが狙いだ。
レンのほぼ頭上に到達した瞬間、ガァンと銃声が響いた。机の天板に穴が開き、弾丸が貫通してテンセイの腹をかすめた。……初めからこんな板きれで弾丸を防げるとは思っていない。ただ姿を隠して急所を狙われないように出来れば十分であった。
(よしッ!)
机が床に墜落した。レンは一瞬早く逃れている。が、至近距離だ。
「おおおおおおッ!」
レンの逃げた位置はわかる。手を伸ばせば届く。ならばテンセイのやるべきことはただ一つ。
「オラァッ!」
拳を放つ。紙一重でかわされた。しかし反撃はこない。
(この距離だ! この距離なら近すぎて銃も剣もかえって邪魔になるだけだ! 今! この打撃戦に持ち込める距離のうちに仕留める!)
連続して拳を叩き込む。そのほとんどは空を通り抜けるだけであったが、やがて何か固いものにブチ当たった。
「ぐぅ……!」
レンのうめき声。どうやらレンの腕に当たったらしい。おそらく防御はされたのだろうがともかく当たった。さらに追撃を放つ。やはり数発はかわされるが、一発、二発と拳が当たるようになってきた。この距離での応酬ならばテンセイの方が上だ。レンの反撃はない。ほとんど一方的にテンセイが攻め、レンは回避と防御に専念している。隙あらばテンセイの横を走り抜けて再び距離をとりたいのだろうが、そうはさせない。一瞬の予断も許さぬ拳の弾幕を次々に形成し続ける。
より速く、重く、強く――! 筋肉は鋼のように硬化し、一方で関節は油をさしたばかりの機械のように円滑な動作。胸の奥から咆哮を引きずり出して己を鼓舞し、一切の余計な思考を排除して不乱に攻める。
「グガぁッ!」
肋骨を砕いた感触。とうとう捕らえた。殴った拳でレンの服を掴み、そのまま寝技へ持ち込むべく押し倒す。これで完全に詰みだ。
「ク……力任せで戦士を名乗れるか!? 甘いぞテンセイ君――!」
床に落ちたレンが叫んだ。次の瞬間、テンセイの両足が床から離れた。