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第111話・完全不敗の男

 訓練と実戦は違う。このことは誰よりもレン自身が知っている。だがあえてレンはこの戦闘を訓練だと割り切ろうとした。限りなく実戦に近い形式の訓練。そう、命のやり取りであるということまでも内容に含めた訓練だ。


「さぁ、どうしたテンセイ君? かかってこいよ」


 レンは軍刀をテンセイに向けて挑発する。心の奥底から割り切れば、肉体もそれに同調してくれる。若き一般兵だった頃から積み上げてきた戦技、戦術を思う存分発揮することができる。


 それでも依然としてテンセイの存在が驚異であることに変わりはない。その一撃をマトモに喰らえば一たまりもないし、また逆にこちらからの生半可な攻撃は一切通用しない。しかし、レンの表情に揺るぎはない。恐れも驕りもなく、そこには戦士の眼があった。


(呼吸……。テンセイ君は相手と自分の呼吸のリズムを図って攻撃してくる。これは本人も意識してやっているわけではないだろう。野生の獣を捕えるために身につけた技術をそのまま戦闘に応用している。誰に教わったわけでもない、もはや本能をも凌駕した才能。故に行動を起こすタイミングは限りなく完璧に近い。だが……弱点もそこにある!)


 呼吸は深く、しっかりと肺に新鮮な酸素を送ってる。口は閉じ、鼻から息を吐く。そして次に息を吸う途中、鼻に栓を詰めるようなイメージで呼吸を止めた。一瞬のための後に口を薄く開き、唇の隙間から空気を吹き出した。


(こいッ!)


 テンセイが動いた。レンの呼吸の動作を合図に、右足から一歩を踏み出して突進してきた。凄まじい迫力だ。旧時代の馬戦車(チャリオッツ)を思わせるような闘志の騎行。


 レンはほくそ笑んだ。テンセイが思い通りに行動してくれたからだ。


(やはり……このタイミングだ! この呼吸でテンセイ君は突っ込んでくる! タイミングさえわかれば攻撃をかわすことは可能! しかもやはり右足から踏み込んできたな。テンセイ君は意外に器用で左右両方の手を同じように扱えるが、ダッシュをするときは必ず右の足からだ!)


 一対一の戦いで、敵の行動が読める。レンにはこのアドバンテージがあった。幾年もの間軍人たちを指導してきた教育者としての実績が、レンの最大の武器であった。


(左腕を盾代わりにしてブツけてくる! テンセイ君の筋肉なら、腕に刃がささっても深手にはならないからだッ! わざと左腕を斬らせて直後に右のストレートが飛んでくる!)


 レンは軍刀を中段に構える。予測通りテンセイは左肘を前に突き出し、そこから裏拳を叩き込んできた。右の拳も次のストレートを放つべくガッチリを固められているのを、レンは視認した。


 軍刀を握る右手を、迫り来る拳の手首にぶつけた。手首にダメージを入れられては十分なパワーは出せない。だが問題はその次の正拳だ。生身で防御すれば問答無用で骨肉が砕かれる。すでにヒビ入っている腕で防ぐわけにはいかない。


(攻撃を予測する……呼吸のフェイントでわざと突っ込ませる……なんてのは所詮小細工だ。この一撃を避けれるかどうかは完全に己の技量にかかっている! 自信を持てっ……! どんなパワーであっても完全に回避すれば問題ない!)


 軋む音が脳に響くほど歯を食いしばり、ヒザを落として身を屈める。テンセイの左手を逆に壁として利用し、一瞬死角へ入り込んだ。歯だけでなく全身の皮膚が裂けんばかりに張り詰める。


「ぬうッ……!」


 紙一重。屈んだレンの頭上を破壊の猛虎が駆け抜けた。


「やはりッ! 君はまだまだビギナーだ!」


 剣一閃――。テンセイの足首から血が噴き出した。この程度の負傷、テンセイの……いや、フェニックスの治癒能力ならあっという間に完治してしまうだろう。それで構わない。コサメは未だに眠っている。ならばその治癒能力も弱まっているはずだ。次の一手を有利に運ぶという意味では十二分に有効である。


 レンはさらに後ろへ跳んだ。半ば閉じかけていた扉を背中で押しあけ、廊下へ飛び出る。すかさずテンセイが追ってきた。これもレンの読み通りだ。


「敵が自分から見て遠い方向へ移動する……。つまり、その瞬間敵の重心は自分の方に向いてないってことだ。その体勢からでは如何なる攻撃も威力も削がれる。つまり反撃を受ける危険が少なく思っきし突っ込んで追撃を加えられるチャンスってわけだ。だから君は追ってきた。違うか?」


「ッ!? ……」


 レンは足が床に着くと同時に重心を素早く前に変えた。同時に”突き”の構えをとる。


「そしてまたフェイントだ……」


 テンセイは一瞬表情を変えたが、速度を落とさずに突っ込んでくる。


「フェイントという小細工は通じない。……が、それに磨き抜かれた技を付加すれば驚異となる!」


 テンセイの身体能力なら、素手で剣を圧倒できる。並の腕前の剣士など全く相手にならない。事実、採掘場でブルートを戦ったときはそうだった(アクタインとの戦闘も結果から見ればテンセイの勝ちであったが、この勝負の決着は二人が対峙する前から決まっていたので除外する)。


 しかし――。


 テンセイの視界を紅が覆った。左の頬がザックリと裂けたのだ。顔を後ろへ背けたために致命傷は免れたものの、溢れて噴いた血が目に入った。


「フェイントに引っ掛からなければ反撃を受けなかったか? 並の剣技なら見切れたか? 足を負傷していなければそれでも避けれたか? 残念ながらどれもアウトだったな」


 剣を引き戻しつつレンは言い放つ。――この傷もすぐに治るだろう。が、目に入った血はすぐには拭えまい。


「認識を改めろテンセイ君! オレは軍内の訓練という括りの中においては絶対不敗の男だぞ!」


 テンセイの左へ回り込む。見えなくとも気配は察知したのか、テンセイが左腕を振るう。それすらもレンはかわす。


 レンは悟った。自分に欠けていた、戦うために必要な『何か』。それは確固たる意思だと。意思の強さは己の全力を引き出すことができる。今この瞬間、足りなかったピースが完全に埋まったのだ……と。

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