第11話・女幹部ラクラ
「この試験のために、わざわざ遠いところから来られたそうですね。我が軍、そして我が国を代表して礼を言います」
ウシャス国軍幹部の一人・ラクラはそう言ってテンセイ達を迎えた。
背中まで伸びた長い金髪。切れ長で落ち着いた雰囲気を放つ黒い瞳。ドレススーツの袖からのぞく両手には、白い手袋がはめてあった。一見して『軍人』とは思えない美しい女性である。
(んん〜、スタイルいいな〜)
ノームがじろじろと『観察』するが、それを知ってか知らずか、ラクラは柔らかな笑みを浮かべながら口を開く。
「お名前は?」
「……テンセイ。名字はない……です」
「ノームっす」
コサメは中庭に来ていない。二人の試験が終了するまで、一般兵の詰め所で待機するように指示されたのだ。
「私はラクラ・トゥエムと申します。……では、早速試験を始めたいと思いますが、その前に確認させていただきます」
ラクラが左手の手袋を外し、白く細い指先を露にする。それ自身も十分に魅力的だったが、それ以上に二人の目を引いたのは、手のひらに輝く赤い印――言うまでもなく、『紋』である。
「ご存知でしょう? 『紋』と呼ばれるものです。あなた方のどちらか……あるいは両方かもしれませんけれど、この『紋』を有していますか? 後で身体検査をしますので隠しても無駄ですよ」
「あ、オレ持ってます」
ノームが手を挙げ、上着をはだけて肩の『紋』を見せる。
「そちらの方は?」
「オレは持ってない……です」
テンセイは慣れない敬語で返す。
「……わかりました。では、ノームさん。あなたは後ほど試験を行います。先に詰め所で待機していてください」
「へ? ……ああ、わかりやした」
『紋』の有無で試験内容が違うのだろうと納得し、ノームは『頑張れよ、オッサン』と、声には出さずに目で伝え、詰め所へ向かって歩き出した。そのノームと入れ替わるように一人の軍人が中庭へ入ってくる。
ノームが去ったのを確認し、ラクラはテンセイに向き直る。
「テンセイさん……でしたね? あなたへの試験内容を言います」
「はい」
ラクラが『紋』のある左手を握手をするように差し出す。
その瞬間、手のひらの『紋』から、その手よりも白く透けた物体が現れた。二つだ。太陽光を受け、清らかに輝く『武器』。
「我が軍に求められている人材がどのようなものなのか、すでに知っておられるでしょう? 王家と罪のなき民を不当な攻撃から守り、悪を退ける者。それに必要なのが『力』です。……他にも手段はありますが、軍隊が求めるのは力のある人間です」
二丁拳銃だ。形状は一般兵の持つ小銃に似ているが、宝石のような輝かさが特徴的である。
「今、この場で私と闘ってください。その戦果で合否を判断いたします」
「闘うって……」
テンセイは少し戸惑う。まさか、幹部自身と勝負することになるとは思っていなかったのだ。若い女性とはいえ、相手は王国軍の最高実力者の一人だ。しかも『紋付き』である。さすがのテンセイでも拳銃を構えた相手に素手で挑みたくはない。
それを見透かしたように、ラクラは微笑んでみせる。
「無論、私に勝てなければ不合格というわけではありません。幹部の攻撃にどれだけ持ちこたえられ、反撃できるか。そして身体能力はどの程度か、瞬時に反応できるか……それを見るのが目的ですからね」
(……見かけによらず、自信満々な態度だな。自分の勝ちが前提か)
「それに、最初はこの銃の本当の力を使いません。使うかどうかはあなたの実力次第です。これでも格闘の心得がありますので、遠慮なくどうぞ」
後から入って来た軍人が二人からやや離れたところで待機している。どうやら、審判役のようだ。
「理解していただけましたか? 準備が出来ましたら彼に声をかけて下さい。それとも……お帰りになりますか?」
笑顔のまま言ってのける。傲慢とまでは言えないが、高圧的なニュアンスだ。
しかし、それがかえってテンセイのやる気を刺激した。元々直情的な男なのである。
「ここまで来て帰るわけねぇっしょ。お言葉に甘えて……遠慮なくいかせてもらいますよ」
両拳を打ち合わせ、笑みを返す。
「では……準備はよろしいですね?」
ラクラは表情を変えず、審判役に合図を送る。男は黙ってうなずき、右手を高く掲げて声を張り上げた。
「双方、準備はよろしいですな!? では、入隊試験……」
わずかに間をおき、手を振り下ろす。
「始めッ!」
開始の声と同時にラクラが跳んだ。5,6メートルほどの距離を一瞬で詰め、体を低くしてテンセイの間合いに入る。
(速いッ……!)
ラクラの銃を握った右手がテンセイのアゴへ向けて打ち上げられる。が、テンセイの目は確実にそれを追っている。とっさに腕を出し、銃底での一撃を防いだ。間髪いれずにもう片方の腕で掴みにかかるが、一瞬早くラクラは間合いから離れていた。
「アゴを打って気絶させるつもりでしたけれど……力があるだけでなくかなり素早いですね」
話しながら、ゆっくりと体を揺らす。その目はすでに笑っていない。
(なるほど……さすがは幹部だ。戦闘になると放つ空気が変わった。……だが、まったく見切れないスピードじゃねぇ)
体を右に向けたラクラが、瞬時に反転して左に回りこんできた。しかしテンセイはフェイントに惑わず、再び手を広げてラクラの腕を掴もうとする。
「しッ!」
同時にラクラは上に跳んでいた。テンセイの左腕が太く、力強いことを利用し、自分に向けて突き出された腕に飛び乗ったのだ。
そして今度は真正面から銃底を叩きつけてくる。
(距離が近すぎる。かわせねぇ!)
事実、テンセイはかわさなかった。
「がァッ!」
かわすどころか、逆に額を銃にぶつけたのだ。当然ダメージは受けるが、打撃ポイントがずれた分だけ浅くなる。そしてラクラの手にも強い衝撃を与えることに成功している。
この防御法にはラクラも少し驚いたようだ。もう一度距離を置こうと、腕から飛び降りて後方へ飛ぶ。が、テンセイはさらに追い討ちをかけた。ラクラが自分の腕から飛ぶと同時に自分も地を蹴り、逃げるラクラの頭上から手を振り下ろしたのだ。殴るための拳ではない。捕獲のために指を広げている。
「ッ……!」
ギリギリで回避したラクラの頬に、冷たい汗が流れた。