第105話・苦渋のカウント
「私の果たすべき任務は、君とノーム君を始末することだ。君達二人さえいなくなってくれれば後のコサメはどうにでもなる」
ヤコウはテンセイに視線の釘を刺したまま話す。奇妙な構図だ。銃を突き付けられている(しかも、その銃を付きつけているのは自分自身)方の人間が、目の前の敵に対して冷静に口を聞いている。脅迫している。
「ラクラやクドゥル、それにレンといった他の軍人達を傷つけるつもりは全くない。当然ウシャスの民も含めて、だ。むしろ私は彼ら一般市民を守るためにこうして君達を暗殺しようとしている」
「市民を守る? ゼブと手を組むことがですが?」
ラクラが口を挟んでくるが、ヤコウは視線を変えない。
「……テンセイ、ノーム、コサメ。この三人を適格に”処理”すれば、ゼブはウシャスを攻撃しない。向こうに滞在している間にそう言われたのだよ」
バカな。そんな安っぽい交渉にこの男が乗じるわけがない。
「指摘のしどころに困らない回答ですね」
「そんなことを詳しく説明してやるほどヒマではない。さぁ、テンセイ君。さっさと死んでくれたまえ。とは言っても、生半可な方法では君は死ねない。今私がやっているように銃か刃物で一気に急所を貫くんだ。私は会話をしやすくするために銃口をこめかみに突きつけているが、より確実に一瞬で死ぬのなら、口の中に銃口を突っ込むことだ。そうすれば弾丸が口の中を貫いて脳漿を頭蓋骨の破片ごとブチ撒けてくれる」
ここでヤコウが歪んだ笑みを浮かべた――のだったら、ラクラは思い切ってヤコウを異常者を認識できるだろう。だがヤコウはあくまでも無表情で、言葉を録音されたテープ・レコーダーのように語るだけであった。
「……ああ、そうか。テンセイ君は武器を持たないのだったな。ならばラクラ、君が彼を撃ってくれ。君の光銃なら普通の拳銃を使うよりも確実だ。いや、貫通力が鋭すぎる分、一発ではかえって死ににくいか? なら出来るだけ彼を苦しませないよう、何発も続けて撃ち込むんだな」
ラクラは必死に考える。この状況を切り抜けるにはどうするべきか? とりあえず三つの策が思い浮かんだ。
第一の方法は、ヤコウの自殺を阻止することだ。生きたまま捕獲に成功すれば人質のコサメを救うチャンスが出来る。だが、ヤコウの自殺は指一本を動かすだけで完了してしまう。ラクラやテンセイが攻撃をしても、その衝撃でトリガーを引いてしまう恐れがある。おまけに、仮にそれが出来たとしてもヤコウが簡単に人質を手放すとは考えにくい。
第二は、ヤコウの最大の強みである人質・コサメを一刻も早く救出することだ。人質さえ奪い返すことが出来ればヤコウを制圧することは容易い。
「ラクラ。頼むからコサメを探しに行こうなどと考えないでくれ。それ以上私に近づいても発砲するが、逆に離れていっても引き金を引く。君に許可することはただ一つ。速やかにテンセイ君を殺害することだけだ」
どうやら第二の策も実現できそうにない。
残された三つ目の方法は、とにかく今の状態を維持することである。ヤコウが鍛えられた筋肉を持っているからといって、銃を持つ手を永久にあげておくこは出来ないはずだ。どうしても途中で銃を持ち変えたり、腕を下におろしたりする必要がある。その隙がチャンスだ。あるいは、誰か他の軍人がここにやってくれば、状況が変化するかもしれない。
しかしヤコウはその可能性も潰した。
「タイムリミットを設ける。あと五秒で決断しろ。テンセイ君が死ぬか、私とコサメが死ぬか。コサメが死ぬのは今すぐではないが……ここで私が死んだら、彼女は脱出不可能な死への旅路を辿ることになる」
重い。あたりの空気に融けた鉛が混入されたのかと思うほど、息苦しい重圧がラクラを襲った。汗が湧いて止まらない。思いきり熱いシャワーを浴びたい、という思いが脳裏をよぎった。状況にふさわしくない思考がわいてくるのは、無意識のうちに現実逃避を望んでいるからなのか。
(考えなくては……ヤコウを出し抜く一手を!)
……苦し紛れに浮かび上がってきた、第四の策。コサメを拉致したという言葉を全てブラフだと決め付け、このままヤコウを殺害することだ。ヤコウがコサメをさらったという証拠はどこにもないのだから、もうこれにすがるしかない。しかし、それは万に一つの可能性だ。ここまで自信ある冷静な態度のヤコウが、ただのブラフだけに頼っているとは思えない。
(いえ、だからこそ……自信たっぷりに見えるからこそ、逆にブラフなのでは? ……言い訳。こんな考え、苦渋から解放されたいがための言い訳にすぎません)
「五……」
ヤコウがカウントを開始した。その目に宿る炎は青白く輝いている。あれはやると決めたらやる目だ。今のヤコウなら、本当に何のためらいもなく自分を撃ち殺すであろう。
「四……三……」
テンセイを撃つことはしたくない。このまま何もしなければヤコウは自殺する。ヤコウの自殺が本当にコサメの命にまで関わることなのか。それさえハッキリ否定できれば行動できる。だが確証はない。確証がないままヤコウを攻撃することも、ラクラには出来ない。賭けに失敗して失うものが大きすぎる。
「二……」
新しい策を考えようとするが、思考が固まらずに泡となって消し飛んでいく。カウントダウンはラクラから冷静さを奪っていた。
ラクラは震える唇を必死にこじ開けた。
「不死、とおっしゃいましたか? ヤコウ、あなたはさっきテンセイさんのことを不死だと……それから、完璧ではないともおっしゃっていました。それはどういう意味ですか?」
時間稼ぎ。純粋に”不死”という単語の出現に疑問を持っていたことは確かだが、少しでも時間を稼ぐ目的で問いかけた。
「一」
ヤコウは止まらなかった。
「ゼロ」
銃声。そして、一つの命が消えた。




