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第100話・二人きり

 テンセイとコサメは街に来ていた。次の旅へ出るには、クドゥルやノームの回復を待つ必要がある。その期間を休暇として与えられたのだ。無論、ウシャス軍内部はまだあちこちがごたついており、とてものんびりと休んでいる場合ではない。本当に休暇を与えられたのは、テンセイではなくコサメの方である。少女の身に立て続けに起こった事件の疲れを癒し、これからの旅に備えさせるためには、テンセイと一緒に自由な時間を与えるのが最良である。


「テンセイ、これ、にあう?」


「おお、いい感じだな」


 二人は、コサメの希望で洋服店に来ていた。島から着てきた服はすっかりボロボロになってしまい、洗っても汚れが落ちなくなっている。ラクラから給料をもらってきたため金のことは心配ない。


 コサメが自分で選んだ服は、淡いブルーのワンピースと白い帽子。青い色彩がコサメの髪の色と似ていて気に入ったらしい。


「テンセイはきがえないの?」


「オレァこれでいい。これが気に入ってる。それよりそろそろメシにしようか?」


「うん!」


 思えば、テンセイとコサメが王都を訪れてから二か月以上が経つというのに、二人ともあまり王都の街中を歩くことがなかった。移動のために通行するぐらいで、観光も買い物もほとんどしていなかった。


「何食べたい? どこの店でもいいぞ」


「んー、とねぇ……。ん〜…………わかんない」


「ハハ、わからねぇか。店がいっぱいあるからなぁ。食い物も、オレ達の村にはなかったものばかりだしな」


 街は賑わっていた。ゼブ軍や『フラッド』の噂は一般市民にも及んでいるはずだが、それでも街の様子は平生と変わりない。夏の盛りをいかに楽しむか、この暑さをいかに商売に結びつけるか、そんなことに人々は一生懸命だった。国民の姿勢としては賛否両論あるだろうが、テンセイにとってはありがたいことだった。街の中までもがピリピリしていたらコサメの気が休まらないだろうから。


 適当な飲食店を探すために雑踏の中を歩いていると、コサメが口を開いた。


「テンセイ、おんぶして」


 歩き疲れた……からではない。村にいた頃は毎日野山を歩きまわっていたのだから、足腰は丈夫である。


 テンセイがうなずいて腰をかがめ、コサメを背中に乗せた。そのまますっと静かに立ち上がると、コサメの視線は一気に高くなる。身長二メートルに近いテンセイに背負われると、視界に入るものがみんな一回り小さく見える。人並みに遮られて見えなかった建物の装飾や植樹の景色が、好奇心をそそる刺激となってコサメの目に飛び込んでくる。真新しいおもちゃ箱を開けたときのような感動があった。


「お、そーだ。どうせなら海鮮物メインの店にでも行くかな。エビとか食ったことないだろ?」


「エビ? なにそれ?」


「食えばわかる。よっしゃ、行こうか」


 テンセイが歩く。身長があるが故に広い歩幅で、人並みの中をすいすいと渡って行く。その背中でコサメが微笑む。


 見つけて立ち寄った飲食店で食事を済ませ、二人は海へ向かった。貨物船で来航した港ではなく、そこからやや南にあるビーチへだ。東海岸ほどではないが、このビーチも観光の目玉である。もっとも、この時は平日の昼間であったため、人の姿はほとんどない。


「うみだー!」


 紺碧に輝く波。雲という存在を忘れたかのような空。コサメはテンセイの背中から飛び降り、海へ向かってまっ白い砂の上を駆け出した。


「気をつけろよー」


 と、テンセイが声をかけるまでもなく、コサメは立ち止った。不意にしゃがみこみ、足のあたりに手をやっている。


「くつにすなが入った……」


「ハハ! 急いで走るからだ。いっそのことクツ脱いじまえよ。足をケガするようなものは落ちてないみてぇだし」


 そう言いながら、テンセイは率先して自分のクツを脱いだ。コサメもそれにならって裸足になる。


「あんまり遠くに行くなよ」


「うん!」


 コサメは波打ち際に近寄り、そっと片足を波に入れてみる。ひんやりとした感触が足首を覆った。と、波が引いて足元の砂が流れた。足裏を砂がこする感覚も、コサメにとっては初めての経験であった。そしてすっかり気に入った。新品の服が濡れないように気を使いながら、引いて行く波を追いかける。波が寄せてくると立ち止り、足が水に漬かるのを待つ。水が引いて砂を流すと、また波を追いかける。


「ねぇ、なんでお水がいったりきたりしてるの?」


「さぁ、海のことはよく知らねぇな。ノームかラクラ隊長に聞いたらわかるかもな」


 長ズボンの裾をまくったテンセイが近づいており、コサメは後ろから抱きかかえられた。


「こら、コサメ。遠くに行くなっての。どんどん沖の方に行ってるぞ」


「おき? あっち、おきっていうの?」


 ごまかそうとしても無駄だった。


「言うこと聞かないと海に落とすぞ!」


「わ〜!」


 放り投げられる、と思った瞬間に抱き寄せられる。この遊びも気に入った。テンセイにせがんで何度も繰り返させる。


「たのしいね、うみ」


「ああ。楽しいな」


 ひとしきり波打ち際で遊んだ後、テンセイはコサメを解放して砂浜に寝転がった。腕を枕代わりにし、仰向けになって目を閉じる。太陽の光がまぶたを透かして届いてくる。


(平和……だな。これで戦争さえなけりゃあもっといい)


 そう思っていると、腹の上にドスンと何かが乗っかってきた。目を開けなくてもコサメだとわかる。テンセイが砂の上に寝転がっているのをまねて、コサメはテンセイの腹の上に寝転がる。


「い〜いてんきだね……」


「風が気持ちいいな。山の景色もいいけど、たまには海も悪くねぇ」


「山もいいよね。ひさしぶりに、山にいきたい。ウサギおいかけたりとか……」


 そう言ってコサメも目を閉じた。


 ――コサメが何を思っているのか、テンセイは考えた。故郷で過ごした楽しい思い出か、それとも、故郷を失った悲しみか。


(これ以上、悲しい思い出をつくらせない。だから……オレは戦うんだ)


 二人は、日が暮れるまでそのままであった。

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