87話 トイレには色々詰まっている
設楽は『氷結』魔法に関して、自分が調べた内容を伝えた。
ヒートアップし延々と話し続けていたが、金子はじっくり忍耐強く聞き続けた。
――――
「――そんな感じです」
「ふむ」
金子は素直に感心した。短時間でここまで調べ上げた事もそうだが、心を折らずに辛抱強く実験を繰り返し、逐一ノートにメモしてきたことに。
金子自身は、化学は好きだけど未知の分野を開拓していくのは苦手だった。
研究者タイプの人間は素直に尊敬している。
金子は役に立てる意見を考えた。答えは出してあげれそうにないと判断したからだ。
「えっとだな、魔力を使って常温の水を氷に変えることに関してはだけど」
「はい」
「これに関してはよくわからない。すまん」
「いえ」
金子にとって、魔力で水を凍らせるのは超常現象に近いことであり、まさしく魔法だと思った。
魔力で水の分子構造に干渉して凍らせるのは言いたい事は理解出来るが、よくわからないのが本音だった。
「あと水の融点を上げるってのも現実的ではないと思う。圧力をどれだけかけても水は氷にはならなかったと思う。
ただ、吸熱反応に関しては化学教師としての意見がある」
設楽は頷く。
「吸熱の逆、つまり発熱反応は身近でもよく発生する。まあ、知ってるだろうけどカイロとかね」
「そうですね」
熱を持つ化学反応は中学校レベルの化学でも比較的多い。
「ただ、吸熱反応ってのは身近ではほとんど起きない。加熱させたりしてこちらから反応を促さないといけないのがほとんどだ」
「そうなんですよね……」
設楽も吸熱反応が身近で起きづらいことは知っていた。
加熱して吸熱反応を起こすというのは、『氷結』に近づいているのか遠ざかっているのかよくわからない。
「だから吸熱反応で、水を凍らせるってのもなかなか難しいと思う」
「……はい」
設楽は少し残念そうな顔をした。やはりアプローチを変えるべきなのか迷った。
「ただし、吸熱反応で身近なものが一つある」
「む」
「ズバリ気化熱だ」
「気化熱……」
気化熱に関して金子は詳しかった。授業で何度か話したこともあるし身近なネタなのでウケもいいからだ。
「まあ、よくあるのが打ち水だな。夏に水を撒いて涼しくするやつだ」
「あ~」
「あれは、水が蒸発して気体になる際に周りの熱を奪うんだ。湯上りに体を拭かないと身体が冷えちゃうのも同じ原因だな。
他には熱冷ますぜシートも同じように気化熱を利用してたはずだ」
設楽は真剣に話を聞いている。金子は期待に応えようと全力で応える。
「すまないが具体的な方法までは知らないんだが、エアコンや冷蔵庫も確か気化熱で温度を調整していたと思う。
例えば冷蔵庫の場合、庫内で冷媒を気体にすることで冷却効果を得て、庫外で冷媒を液体に戻すサイクルだったと思う」
「なるほど……!」
設楽は何か閃いたようだ。
「ただ……冷媒が何か知らないんだ。
むかしはフロンガスを使ってたのは有名だけど、今は何かしら無害で、それでいて気化と液化がしやすい物質を使っているんだろうとは思う」
「ふむ」
設楽の顔が少し晴れたのを見て金子も安堵する。
金子の知識では今の所気化熱ぐらいしか思いつかなかったので、これがダメだとお手上げだった。
「ただし……気化熱で水を凍らせる魔法陣ってのは思いつかないな。かなりの気化させないと水を凍らせるほどのエネルギーは得られないだろうし。
水を媒介にして周りを冷やす魔法陣なら作れるんじゃないかな? 『冷風』魔法とかかな? ははは」
「いえ、別に氷が作れなくてもいいんです、理想は氷ですけど」
「というと?」
設楽は少し照れた。自分のアイディアを発表するのが恥ずかしかったからだ。
「そもそもが冷蔵庫を作りたかったんです、そのために氷を作ろうと思ったんですけど」
「ははは、私が冷蔵庫のメカニズムを話してしまったね」
「『氷結』魔法にとらわれ過ぎていたんだと思います、だからもう一度やってみます」
「少しは役に立てたかな?」
設楽は満面とはいかないが、ニヤっとぎこちなく笑って応えた。
「はい」
金子には不器用な笑顔だけで十分だった。
――――
設楽は水を気化させれないか研究を始めることにした。
ただ単に水を気化させるのは簡単にできた。
薄く広げた水に振動を与えれば、かなり早く気化させる事ができた。
応用で水の表面を気化させる事も出来た。
次に設楽は木箱の中に、水の入った桶を入れた。
そして、ひたすら気化させ続けた。魔力の続く限り延々と。
一時間もすると冷気は下に溜まるので、木箱の中は少しひんやりした。
(これでクーラーボックスぐらいは作れるかしら)
設楽は更に、水を振動させる魔法陣を作成する事にした。
『発光』の魔法陣が魔法粒子にノコギリ状の負荷をかける魔法陣なので、これを応用して物体を振動させる魔法陣を作成した。
『発光』は光るだけだが、『衝破』や『浮遊』を参考にして物体に干渉できるようにアレンジすれば、目的にピッタリの魔法陣が完成した。
魔法陣を『振動』と名付ける事にした。
更に更に、『振動』の魔法陣を持続的に起動させるように、王都で購入した魔法ランプの魔法陣を参考にして一度魔力を籠めると一時間連続起動するように改良した。
再度、木箱の中に一時間持続する『振動』魔法陣を引き、その上に薄く水を張った桶を置いた。
水が無くなりそうになったら再度注ぎ、一時間経過を確認した。
(うん! 冷えてるわ)
もう一度、『振動』魔法陣を起動し気化システムを起動させてみる事にした。
同じシステムをもう一つ用意してら木箱の中に二つの気化システムを稼働させた。
水を注ぎながら、再度一時間経過を待つと現代の冷蔵庫レベルの冷たさになった。
嬉しくなった設楽は、水の入ったコップを入れて冷えた水を作る事にした。
(うひ、キンキンに冷えてるぅ)
キンキンとまではいかないがかなり冷たい水が出来た。
お礼を兼ねて、狩りから帰ってきた金子に冷えた水を振る舞った。
「おおお、これはビールがのみたくなるな!」
「……禁酒」
「は、ははは」
部屋に戻った設楽は結果が出始めて嬉しい反面、これでは実用性に欠けていると思っていた。
現状では、いちいち水を入れないといけないし、魔法陣は一時間しか持たない。そしてクーラーボックスとしては致命的で動かす事ができない。
(動かせないのはしょうがないか……)
いちいち水を入れないでいいように、工夫する必要があるし、魔法陣の持続時間を伸ばす必要もある。
(はぁ、まだまだ先は長いな)
そこそこの結果が出たが、設楽はもう一段階先に進みたかった。赤井を驚かすにはもっと何かないか考える。
(うう、冷たい水を飲みすぎた)
お腹が冷えてしまった、設楽はお花を摘みにいく。
まあ、トイレだ。
(はぁ〜、さむっ)
設楽はどうしてこうトイレというのは冷えるのだろうと嘆いた。
転生前も、異世界もトイレは寒い印象だ。
便座も、ウォシュレットも無いのは異世界一番の不満点だ。
ただトイレには共通点がある。
なぜかアイディアが浮かびやすいのだ。
「あ!!」
金子はリビングまで響く大きな声に驚いた。
設楽は鼻息荒くリビングまでやってきた。
「はぁ、はぁ」
「ど、どうしたんだい?」
設楽は嬉しさいっぱいの毒々しい笑顔で笑った。
金子は初めてみる表情に困惑する。
(な、なんの表情だろう)
金子の『探知』でも初見の表情は何を意味するかわからなかった。
「金子さん!」
「は、はい」
設楽は大きく息を吸い込んだ。
「村長のところに行きましょう、今すぐ」
「もう夜だぞ」、と金子は言えなかった。
赤井は明日ドルゼ村を出発する。




