229話 アタシハイツモヨフカシサン
クラーク村に帰ってきてから、設楽ちゃんの実験場は我が家の軒先になった。
来る日も来る日も外で実験を続けている。
エリッタさんも加わり非常に楽しそうである。
俺も魔力の計測要員としてこき使われている。
ちなみに先生にも魔力を探知出来るか確認してみたが出来なかった。
設楽ちゃん曰く、「両手の魔方陣を慢性的に使っているから習得は難しいと思う」とのことだ。
魔方陣を使って『探知』を使うと『魔力探知』の習得は出来なくなるみたいだね。
てことで俺は恐らく世界唯一の魔力計測要員になったわけだ。
まったくもって嬉しくないがね!
――
クラーク村は田舎である。というか村だからね。
村ってのは噂話はすぐに広がる。良い噂も悪い噂も。
我が家では軒先で魔法ランプの実験を行う女の子が二人。
昼も夜も関係なく行っている。
というか設楽ちゃんが極度の夜型人間のため、深夜でも気にせず実験を行う。
家の中でやらなくなったから、みんなの睡眠は守られたものの、
軒先ではピカピカ光っているわけだ。
先生は光に敏感らしく、出来るだけ見ないように実験場所に背を向けて眠っている。
さて、明日は異世界トライアングル(王都の宿場町→犬の集落→ドルゼ村)に出発する。
ケーキも焼き終わり、準備万端。
お裾分けに村のみんなにケーキを配るとしよう。
まずは我が家の隣ロッシさんアイシャさんの家だ。
都合よく家の前で世間話しているアイシャさん達マダム集団を見つけた。
「こんにちは」
にこやかな営業スマイル。親睦を深めるのは大切である。
まあ、先生が完全なクラーク村民になっているので不要な気もするけども、だけどもだけど大切だ。
……あれ? なんかおかしいな。
「あ、あんた」
「どうしたんですかアイシャさん?」
「あ、あんたの家、お化けが出てるよ!!」
「え?」
「毎日毎日あんたの家が光ってるのよ!」
ああ……そりゃあもう絶賛実験中ですからね。
「こわいわー」
「こわいわねえ~」
「いやだわ~」
おば……マダムたちは口々に我が家をお化け屋敷のように扱う。
「い、いや~、大丈夫ですよ。ちょっとうちの設楽ちゃんが実験してまして」
「「「実験~~??」」」
「おおっとっとっと」
マダムたちはぐいぐいっと近寄ってきた。
興味津々なんだろう。
「シタラちゃんって言えば、タラちゃん先生の事ね」
「あーー腰痛でもなんでも治せる女の子ね!」
「ボケも治せるらしいわよ」
「うちの人はハゲも治せるって言ってたわ」
「あらやだー! ドニッシュさんはもう手遅れよ!」
「「「アッハッハッハッハ!」」」
おう……すさまじいパワーだ。
「そうそうタラ先生ね」
「タラ先生、今度は何を始めたの?」
「そういえばタラ先生って、犬を操ってるらしいじゃない!」
「えええ! それってホントだったのぉ?」
「ホントよー! うちの人が犬に跨って村を颯爽と出て行ったのを見たって!」
「すごいわー!」
え~っと……俺はどうすればいいんだろう。
「そうそう実験ね実験」
「そ、そうですね」
「あ、今持ってるのはケーキじゃない?」
「お、そうです。皆さんにおすそわ――」
「あら~いいじゃない! お茶会をしましょうよ!」
「いいわね~! あたしお茶を淹れてくるわ」
「あら~悪いわねえ~!」
全く進まない話にやきもきしつつも、設楽ちゃんの実験に関してお話しすることに。
危ない事はしていない点と、魔法ランプの話をしっかり話した。
クラーク村で魔法ランプは希少品だ。
村長宅ぐらいにしかないらしい。
魔法ランプが製造ラインに乗れば、クラーク村で普及させれるなあ……なんて思いながらお茶会は終了した。
――
翌朝――
日が昇る前に目覚める予定だったが、外はもう明るかった。
寝過ごしたか!? と思ったら違った。
まだ実験をしているみたいだ。
荷物の準備をし、アッシュのカバンにもケーキを詰める。
――ガチャ
玄関のドアが開いたので見てみると、ゾンビが入ってきた。
ああ、俺は脳をチュウチュウ吸われて終わるんだ……なんて妄想しつつ――
「おはよ、エリッタさん」
エリッタさんはアッシュを見て、ビクッとしたがすぐに心を落ち着けた。
そろそろ犬耐性がついてもいい頃なんだけどなあ。
「あ~……おばようごだいまず~」
「お、お疲れ様」
「うぅ……寝まず~」
そうしてゾンビエリッタさんは部屋に戻っていった。
「さて……行こうか。アッシュ」
「ワン」
――
外に出ると設楽ちゃんが実験をしている。
ブツブツ何かを呟きながら。
「設楽ちゃん」
設楽ちゃんは顔だけがギュルンと回り俺を視界に捉えた。
「あ、魔力スカウター」
「誰が魔力スカウターやねん」
「ここ見て」
「ん? ああはいはい」
設楽ちゃんが指差した場所を『魔力探知』する。
「ん…………あ~……いいね」
「ドコガ!?」
「凄く魔量が安定している気がするな……なんだろうこれ?」
「ウッヒイィー! 地面に魔法陣を仕込んだのよ。
出来るだけ劣化しないように、薄く切った丸太の間に魔法陣を挟んでね。
元々のコンセプトは地中に魔力を保管することだったんだけど、
危険が無いようにしつつ、一定量の魔力を保管するってのは難しくてね!
だから方向性を変えたのよ。魔力を留めるのではなく、地下で魔力が滞留するように!
でも犬の集落で起こった事故のように、魔力が溜まりすぎるとだめ。
だから一定量溜まると放出する仕組みに変えたのよ!
魔法陣の外輪……一番端の円ね。これは大きく分けて二パターンあるの。
一つは魔法ランプのように魔力を一定時間持続させる目的ね。
すぐに消えないように魔力を循環させることによって持続時間を増やすの。
もう一つは一点集中型。そうね……『持続型』と『集中型』とでも言いましょうか」
設楽ちゃんは「持続……集中……持続……集中……」と唱えている。
頭は左右にリズミカルに動き、合わせて眼球も左右にリズミカルに動く。
なんとも…………奇妙らしいのだ。
「『集中型』で一番馴染みがあるのは『着火』魔法ね。
『着火』魔法は魔力を一気に渦状にすることで摩擦熱から発火する。
勢いが重要なの。勢いが。だから一定量の魔力まで到達しないと魔法陣が発動しないようにしている。
それが『集中型』の魔法陣。それを応用したのが魔力維持用の魔法陣なのよ!」
設楽ちゃんは語りたいのだ。語らせてやろうじゃないか。
「地中にピーナッツ油を仕込むと魔力が溜まっていく。場合によっては溜まりすぎる。
それが犬の集落で起きた魔力の暴発ね。あれは魔力が一か所に集中してしまったことと、三つに分けた瓶入りの魔法インクが互いに干渉しあって、渦をつくってしまったのね。
クックック! でもこれは如何にピーナッツ油の魔法インクが優れているかという証明になったわ!」
……すげえボス犬に責められたけどね。
「だからどうやって魔力を集めるか――では無く。
どうやって集めた魔力の暴発を防ぐかが大事なのよ!
魔法のステージは上がっている! 確実に!」
設楽ちゃんは魔法陣を取り出した。
「だからこそ! 一定量以上魔力を集めない研究が必要なのよ!!
この魔法陣を見て!! 『集中型』の魔法陣を搭載!
そして基準値を超えた場合、外部に『放射』する魔法陣ヨ!」
太陽を象ったような魔法陣。
なんだろう……ちょっと見覚えがある。
「何かに似ているね?」
「MR. AKAI! 良く気付いたわね! GOOD!」
キャラが良くわからないが、褒められてちょっと嬉しい。
「これは……『探知』魔法の片割れ、『拡散』の魔法陣を模して作っている。
『拡散』は均一に全方位に魔力を発射する。それに対してこの『放射』はもっと大雑把!
全方位に遠くまで飛ばすだけ! ただ勢いはあるから魔法インクの魔力吸収圏内からは放出できる!
…………ハズ」
なるほど。まあ半分ぐらいはよくわからないが、多分大丈夫ってことなんだろう。
「……まあ順調なんだね」
「そうね」
「なら良かった」
「ふ、ふん」
ちょっと照れちゃったのか、ぷいと明後日の方向を向いてしまった。
愛い奴、愛い奴。
「あ…………そろそろ行かなきゃ」
「王都ね」
「まあ宿場町だけど……ね。あ、僕たちの宿場町も作らないとね」
「……そうね」
今は魔法研究に夢中なのだ。もうちょっと待てってことだろう。
急かす気は無いし。
「じゃあ行ってくるよ」
「ワン!」
待ちくたびれたように、アッシュが立ち上がる。
設楽ちゃんはじーっと見つめてくる。
ちょっと疲れた顔。ちょっと眠そうな顔だ。
「早く…………帰ってきてね」
「へ?」
「じゃ!」
設楽ちゃんは家に入ってしまった。
「そんなに俺に会いたいのか~ふふふ~」
意気揚々と出発する。
「ま…………そういう意味じゃないだろうけどな」
早く帰ってこいってのは、『魔力計測要員』としてだろうな。
それでもいいんだ。妄想の中の設楽ちゃんは俺にメロメロなんだからな!
妄想万歳!




