129話 中年男との再会
露店九日目。
露店に行く前にアッシュと散歩に出かけた。
朝一番に行っても売れる見込みは無いので、目一杯アッシュを遊ばせてやることにした。
あとは自分自身のモヤモヤ感を払拭するために。
初露店はあんまり上手くいかなかったけど学びも多かった。
まあ、赤字ではないから良かったといえば良かったかな。
一旦村に帰って作戦を立て直したいところだ。みんなとも会いたいし。
残り二日がんばろう!
――――
露店街に到着し準備を整える。
人通りはピーク時の六割ぐらいだろうか。
七番地の大露店街で売るには、ケーキは高すぎたのかもしれない。
売ってみてわかったのは、ここで買う人は一般的な労働者が多い。
家族がいる人も多いだろうしなかなか財布の紐は固い。
ケーキのような娯楽品というか嗜好品に近いものはここで売るには適していないのかも。
薄利多売といってはなんだけど、値段の割にたくさん食べれるような商品が強そうだ。
そこに気づくのに時間がかかっちゃったな。
(あと二日か…)
このペースだと売り切れないのは確定だし、賞味期限も考えないといけない。
スポンジケーキはほとんど捌いたが、パウンドケーキは十近く残る予定だ。
二週間ぐらいは大丈夫だと思うけど、どうにかしないとな~。
明日は安値で売り払ってしまってもいいかもしれない。ちょっと悲しいけどね。
――
お昼のピーク時間を過ぎ六個売れた。まあこんなもんだろうな。
ここからは売れる可能性がかなり低い。低いけど帰ってもやることないしのんびり過ごす。
ピコに肉をあげて毛づくろいみたいな事をする。
明日ははやく店仕舞いして、ピコとアッシュと遊ぼうかな。
ぶっちゃけ王都で寝る必要もないし、ぶらっと草原でも駆け抜けちまうか!
都会の喧騒を離れて自然と触れ合おう! なんてね。
しかし……暇だと色々考えちゃうなあ。
今後どうしようかな~、王都で売るってのも難しいな~、違うものでも売ってみようかな~、七番地以外の露店も見てみたいな~、設楽ちゃん元気かな~、エリッタさん大丈夫かな~、一年って長えな~、ミックのば~か……。
ぼーっとしていると、見覚えのある人物が色々物色しつつ歩いてきた。
(あれ~……誰だっけなあ~)
中肉中背、一般的な中年男性。丸顔だな。ん~、思い出せない。
物色しつつ歩いてくる、その男は俺の露店で立ち止まった。
看板を見て一言。
「――ケーキ?」
「いらっしゃいませ」
「これはなんですか?」
「お菓子ですよ、甘くて美味しいですよ~」
「へえ~」
これは売れないかな~、そんな雰囲気。
しかし……なんか香ばしくていい匂いがするなこの人。エプロンのような服を着ているし。
料理人だろうか。料理人??
「あ!?」
「どうしました?」
「料理……、店であのー」
「ああ、うちの店に来ていただいたことがあるんですね」
そう、初めて王都に来た時に立ち寄った。名前はえ~っとなんだっけな。
「すいません。名前……なんでしたっけ?」
「ノイマン食堂のノイマンです」
「そうだ! ノイマンさんだ!」
ヨドさんの息子さんで、王都で料理店を開いているノイマンさんだった。
そういえば六番地でお店をやってるんだったなあ。
七番地の露店街からすぐの場所だったっけ。
「ぼ、僕はアカイって言います。クラーク村から来ました!」
ノイマンさんは目を丸くした。
「クラーク村ですって……? じゃあ村長たちも来てるんですか?」
「いえ、今回は一人で来ました。前回クラーク村のみんなでお店に行った時もいたんですよ」
「ああ、あの時ですか……」
前回はリーダーが悪態をついてしまい、最悪な雰囲気になっちゃったからな。
は、話を変えよう!
「そういえば、ヨドさんにはよくしてもらってるんですよ」
「母……ですか」
「ええ、この前なんて鹿をたくさん捕まえちゃって大変だったんですよ」
「鹿?」
俺は鹿の干し肉を取り出した。
「ちょうど持ってきてるんですよ、食べませんか?」
「い、いいんですか?」
「ど~ぞど~ぞ」
ノイマンさんは渡した干し肉を食べた。
「……ああ、美味いなあ」
「はは、そうですね~。ヨドさんの干し肉を食べると、王都の肉なんて食べれないっすよ」
「……本当にそうですね」
しんみりノイマンさん。やべえななんか今にも泣きそうだぞ。
「そ、そういえば、何か探しに来たんですか?」
「いえ、たまに露店を歩くようにしてるんです。刺激になるような何かないかと思って」
「ヘ~。勉強熱心なんですね~」
「いえいえ」
ノイマンさんは改めてケーキに興味を持ったようだ。
「このケーキは母から教わったんですか?」
「これは僕の故郷のお菓子なんですよ」
「へ~。四百円か……」
「ははは、ちょっと高かったかな~って反省してるところなんですよ」
「この辺だと、割高に見えますね」
「はは、やっぱりですか?」
「まあ、そうですね。よし、三ついただけますか?」
「お! ありがとうございます!」
このタイミングで三つ売れるのは嬉しいな。
「店に帰って、妻達と一緒に食べてみますよ」
「ありがとうございます! 僕もまたお店に行きますね! あ、これも持って行ってください! 故郷の味でしょうし」
俺は干し肉を渡した。
「あ~、これは嬉しいな~。でもいいんですか?」
「どうぞどうぞ、どうせ明日には帰る予定ですし! ヨドさんにもよろしく言っておきますね」
「――ありがとうございます。それでは」
ノイマンさんは去っていった。
村には帰らないんですか? とは聞けなかった。
そこまで立ち入っていいかわからなかったし。
――
そのあと更に二個売れた。買ってくれたのは隣のパン屋さんだ。
気に入ってくれたみたい。ちょっと嬉しいな。
九日目は予想に反して合計十一個売れた。
ノイマンさんの同郷のよしみ買いが大きいけど二桁売れるとなんか嬉しい。
――
そろそろ夕刻。もうちょっとしたら荷物をまとめようとしたその時。
「あ、アカイさーーーん!」
空耳かと思った。王都で赤井って呼ばれることは無いと思っていたから。
見渡すと一人の男が走ってくる。ノイマンさんだ。
俺は手を振った。
「あ、アカイさん!」
「どうしたんですか?」
「あ、あの、ケーキですけろ!」
すげえ焦ってるな、カエル語になってますよ。
「あれはなんですか!!」
なんですかって言われたら、ケーキですよ。
「あんなモノは見たことがない! 聞いたこともない!」
そりゃまあ異世界産ですからね。
「あれは……ここで売るべきものじゃない!!」
熱弁すぎてどうすればいいか困る俺。そんなに否定しなくてもいいのに。
「ちょっとウチの店まで来てくれませんか!?」
「は、はあ。構いませんが」
促されるままに荷物をまとめて、ノイマンさんに連行された。
連行中、ケーキについて根掘り葉掘り聞かれたよ。
う~ん、もっとおとなしい人だと思っていたが、料理に対しての情熱は流石である。
久しぶりのノイマン食堂にたどり着いた。
―パ―ワ―フ―ル―
「あれ!!?」
パワフルさんことエルディアナは赤井の店の前で呆然とした。
いるべきはずの赤井がいないからだ。
辺りを見渡し場所を確認するが間違いなく赤井の露店の前である。
「なんで!?」
いつもより早く仕事を終え走ってきたエルディアナ。
売り切れることは無いと思っていたので、お昼休みに買いに来なかった。
そもそも商業協会の職員が、特定の店を贔屓にする事に少し気が引けていたのだ。
「……なんか連れていかれたぞ」
「え!?」
隣の露店、パン屋の主がエルディアナに話しかけた。
エルディアナは彼のことを知っていた。露店街でそこそこ有名なパン屋である。
ハンターギルドに所属していたが怪我をしてパン屋に鞍替えした人物である。
元々人望が厚く、パン屋も繁盛している。
エルディアナが露店初心者であろう赤井にこの場所を進めたのも彼の隣だからだ。
「連れていかれた??」
「ああ」
「そんな~、ケーキ~」
エルディアナはガッカリした。昼間に買いに来ればよかったと心底後悔した。
「ん」
「え?」
パン屋はエルディアナにケーキを一個渡した。二個購入していたから。
「い、いいんですか?」
頷くパン屋。
「あ、ありがとうございます!」
「ん」
寡黙なパン屋に一目惚れするエルディアナであった。




