118話 パティスリーアカイは好調です
アップ遅れました。
お仕事の関係で、四月はアップ時間がバラけるかもしてませんが、ご容赦ください。
ですが、ブックマークが300件を越えました!
非常に嬉しいので、継続して頑張ります。
時は満ちた。
我が両手には無限の魔力が宿る。
最愛にして超越した七つの武具は今か今かと出番を待っている。
さあ、お菓子作りの始まりだ。
――
まずは手持ちのカードを確認する。俺のターン! ドロー!!
・クラーク村産小麦粉
・ドルゼ村産ヤギのバター
・ドルゼ村産卵
・ドルゼ村産砂糖大根 →砂糖液
・クラーク村周辺で得ることが出来るベリー各種 (レッド・イエロー・ブルー)
なかなかの品揃えだ。基本となる小麦、砂糖、バター、卵がある。
これだけでかなりの事が出来る。
まずは基本中の基本、スポンジケーキを作るぜ!
スポンジケーキはお馴染みショートケーキなどに使われるベースとなるお菓子だ。
現代ではそのまま食べることはあまりない。
だがお菓子! スポンジケーキを作ったことがある人ならわかるであろう。
ショートケーキなどを作る時に出る切り落とした部分。それがまた美味いのだ。
しっとりしてて優しい甘さが癖になる。
そして技術的にもスポンジケーキはなかなか難しい。
卵をしっかり泡立てていないと形が崩れる。
小麦粉も篩いがあまいとダマができる。
そして特に泡立てた卵と小麦粉を混ぜるときは注意が必要だ。
手早くかつ綺麗に混ぜなければいけない。時間をかければかけるほど生地はダメージを受ける。
特に日本人は、ふんわりかつ甘さ控えめが好みだから大変なのだ!
たかがスポンジケーキ、されどパティシエ達の思いと技術が詰まったスポンジケーキを今後は味わってほしいと願う。なんちゃって。
ゴホン、さて気を取り直してスポンジケーキを作ってみる。
さすがに分量を覚えていないので、何となく作ってみる。
後で作る予定だが、パウンドケーキの分量は簡単だ。
パウンドケーキの別名カトルカール。確か四分の四って意味だ。
小麦粉・バター・砂糖・卵をと同じ分量で作ればいい。有名なお菓子あるある。
スポンジケーキは……確かパウンドケーキからバターの分量を大幅に減らせば出来ると思う。
まずは冷蔵庫で冷やしていた卵に砂糖液を少しづつ入れて『泡立て』魔法で混ぜる。
グラニュー糖が無いのでここが一番不安要素だ。
やってみると思いの外上手くいった。卵が優秀だった。さすがドルゼ村の卵。
いい卵は卵黄もそうだけど、卵白がプリっとしてていい感じなのだ。
小麦粉に関しては篩が無い。これはかなり痛い。
そして前にも確認したが強力粉寄りなので、スポンジケーキのフワフワ感を出すのが難しい。
小麦粉はちょっと少なめにすることにする。
長年の勘でやってみる。目分量でお菓子作りなんて本当は厳禁なんだけどさ。
(昔作った時は……これぐらいだった気がする!)
実際やってみると小麦粉はいい感じで混ざる。よく考えたらクラーク村の小麦は強力粉寄りだから篩う必要性が無いのかもしれない。確か薄力粉はダマになりやすいって何かで読んだ記憶がある。
手早く小麦粉を混ぜると、生地はツヤっとする。ここでボソボソだったりするともうダメだ。
後は溶かしたバターを入れて、ここも素早く混ぜる!
油分は生地にダメージを与えるから手早く! とにかく手早く!!
「よっし! 出来た!!」
思い通りの生地が出来た。いい出来だ!!
バターを塗りこんだフッチーさん特性ケーキ型に流し込む。
少なめに作ったので高さは足りないけどそれも想定内。
通常ならここまでくれば安心だ。
だがこの世界では温度計が無い。つまりオーブンの中の温度がわからない。
ここも勘でやるしかない。だが負けられない戦いがそこにある!
オーブン内部の炭に火を入れる。
クラーク村は空気が乾燥しているのでよく燃える。
なんとなく見極める。最高の温度のタイミングを!
(今だ!!)
ケーキ型を投入した!
何分焼けばいいのだろう! 緊張する!
俺はオーブンの前から離れられなかった。
焼き時間は三十分程度だった気がする。
十五分ぐらいで我慢できず一旦取り出してみた。そして串を刺す。
(まだ早い! でもいい感じだ)
ケーキ型の前後の向きを変えて再度オーブンに。
あと……十分ぐらいなはずだ。
いい匂いに高揚感を覚える。だが油断はできない。未体験ゾーンが多いからだ。
再度取り出して串を指す。ちなみに串と言ってもただの大き目木のささくれだけど。
(うん、いいかな)
フォークでケーキと型の間をつついてみる。結構引っ付いてる。まあこれは想定内。
いい感じの焼け具合なので濡れた布を使って余熱をとる。
そして不安がありつつも型からスポンジケーキを取り出した。
「おおーー、できたあー」
出来立てを食べれるのは作った人の特権だ。
一切れ分けて食べてみる。
「ははは、うめぇ」
スポンジケーキとは少し違うけど、これはこれで美味い。
どっちかというとふんわりしたカステラって感じかな。
あとはバターの風味がかなりするな。ヤギのバターすげえ。
もう一切れ。やっぱ美味い。素材の力だよこれは。
「おっと」
これ以上一人で食べると怒られちゃうからな。
設楽ちゃんをアフターヌーンケーキにご招待する。
無表情な顔して出てきたけど、期待しているのがわかる。慣れれば設楽ちゃんの表情はわかりやすいのだ。言うと怒られそうだから秘密だけど。
二切れ分けてお皿で提供した。
「本日は、スポンジケーキ異世界風でございます」
「うむ」
設楽ちゃんは嬉しそうにケーキを頬張った。
「ん~、じんわり~」
「じんわり?」
「じんわり美味しい~」
ご満足いただけたようです。まあ試作なんでもう少し改良する予定だけど。
もう少しふんわりさせたいところだ。ベーキングパウダーが無いのでどこまで出来るかわからないんだけどさ。
今日は更に二回焼いた。晩飯はスポンジケーキだなあ。
ひとつは出来を確認してからお隣のアイシャさんにお裾分けした。
ついでに今度パンの作り方教えてくださいとお願いしておいた。
シュトーレンを作るにはパン作りも覚えないといけないしね。やることが満載だ。
――――
翌朝はパウンドケーキ作りを始めた。
正直スポンジケーキに比べれば簡単だった。砂糖液を入れたバターを念入りに泡立ててから、卵、小麦粉と入れていく。
パウンドケーキは売りやすいと思うんだよね~。美味しくて保存がある程度可能で、なにより持ち運びがしやすい。
とりあえず三つ作った。一つと半分は我が家用、残りの一つと半分は三等分してヨドばあちゃん、アイシャさん、フッチーさんにお裾分けした。
フッチーさんのところに行くと、ケーキ型二号をもらった。
「お~これはまた、いい品ですな!」
「おう、あと二つでいいんだな?」
「お願いします! 今度はハンターの皆さんに差し入れしなきゃ」
戦力がさらに増えた。今後はドライフルーツを使ったお菓子や、ヨドさんから貰った秘策を試す予定だ。
なんか順調だわ!
――――
「ねえ! あんた!」
「なあに~?」
アイシャは乱暴にロッシを呼びつけた。彼女たちにとっては普通のやり取りだ。
「これ……食べてみてよ」
「ほぉ~、なんだこりゃ」
アイシャに促され、ロッシは目の前の食べ物を食べてみる。
「こりゃ……すごいな。甘くて美味しいな~、それにこんな食感初めてだ」
「そうなんだよ……」
二人の目の前には、赤井が作ったスポンジケーキがある。
先ほど「小麦粉のお礼です! 我が家に伝わるお菓子ですよ!」と言って持ってきたのだ。
スポンジケーキのように空気を含ませる食品はクラーク村にはない。王都に行ってもあるか微妙だろう。
「どうやったらこんなもの作れるんだろうね……」
「何か特別なものが入っているのかな~?」
「あの子ったら、粉のお礼にこんな美味しいもの持ってくるんだから困っちゃうわよ」
「ははは、粉なんていくらでもあるからねえ~」
クラーク村で小麦粉はタダのようなものだ。実はクラーク村では小麦を年に二回収穫している。
気候が温暖であり急激に暑くなったり寒くなったりすることはないので小麦の二期作が可能なのだ。
つまり、タダであげたものが想像以上の美味しいお菓子になって帰ってきたのだ。
「あの子、申し訳なさそうに『また、小麦粉貰えますか』だって」
「ははは」
「いくらでもあげちゃうわよねえ! あっはっは」
翌日、パウンドケーキを貰い、さらに驚くことになる。
バターはクラーク村では作れない。故にパウンドケーキのようなバターの豊潤な旨味があるお菓子などありえないのだ。
ホールラビットに続き、お菓子。
ロッシ家は、順調に異世界人中毒になっていく。




