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不屈の魔術師  作者: 栗
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「当分許さないからね、おばあちゃん」

「すまないのう、ミラ。だがこうするしかなかったんじゃよ」


 第二騎士団とリュウトが帝国の首都に向けて旅立ったあと、ガーゼルは何気ない顔をして復活し、ミラが驚いて気絶するという事件はあったものの、森には再び平穏が戻ってきていた。


「でもあの騎士の人たち、私はこの森に置いていったんだよね?」

「うむ、まあのう。ミラはワシの弟子ではないし、リュウトが連れて行かせないじゃろ」

「そっかぁ。外の世界も見てみたいけど、おばあちゃんが生きててよかったよ。また一緒だね!」

「うむ。リュウトにはすまないことをした……」

「いいんじゃない? あの人、嫌だと思ったらぜっっったいやらないし。たぶん、本人は気楽に行ったと思うよ」


 ミラは食器を片付けながら、ガーゼルと話を続ける。薄い金の髪に、明るいコバルトブルーの瞳を持つ少女は、実の祖母のように慕っているガーゼルが生きていると知って上機嫌だ。もっとも、騙された恨みはまとめてリュウトにぶつけるつもりでいる。


「そういえばさ」

「うん?」


 洗い物の手を止めて、ミラが訊ねる。


「あの鮮血熊って、わざと?」

「……うむ。こう、色々勘ぐられると困るのでな。もちろん、リュウトに許可はもらった。渋っていたが」

「あはは、そりゃそうでしょ。魔獣は敵なのに、あそこまで執着する人なんかいないし……また『森のバランスが~』、とか『生命としての尊厳が~』とか言ってたんでしょ」

「それも含めて、すまないことをしたと思っている」

「ま、私もリュウトのことわりと気に入ってるからね。ベリドさんほどじゃないけど」

「あやつはなぁ、思考が異端すぎて……平和主義者というわけではないのに、博愛精神のようなものも持っておる。表裏一体、二面性があるのが人の心とはいえ、最後までヤツはワシに本心を見せなんだ」


 ガーゼルはなんでもないことのように言ったが、それは魔術の師としては、実質の敗北宣言に等しい。師匠は弟子の心情を理解し、そのうえで最適な魔術と人間関係を育んでいく。そして弟子は、師匠に万全の信頼を預け、そのうえで魔術の修行に集中する。それが魔術の子弟関係であり、二人の関係は歪であった。


「今頃何してるかなぁ、リュウト」

「ああ。たぶん――」


 ガーゼルは編み物の手を止め、天井を見上げた。


「馬に乗せられそうになって、悲鳴を上げてるじゃろ」








「申し訳ありません、クォーゲル殿。私実は馬が苦手なんですよ」

「ははは、大丈夫ですよリュウト殿。乗れない方は珍しくありません。一緒に乗りますから、どうぞ」


 ほぼ丸一日かけて森を抜けた第二騎士団とリュウトは、森の外に出ていた。騎士たちが懐から取り出した笛を鳴らすと、草原のあちこちから馬のいななきが響き渡る。

 優秀な騎馬は、主人の言葉を理解し、離しても逃げ出さないとは聞いていたが、さすがは騎士団の馬である。笛の音に反応し、こちらに駆けてくる音が聞こえる。


「いや、乗れないのではなく――乗れないんですが、私、馬という生き物がだめでして」

「む? あれほど動植物に詳しいリュウト殿が?」


 丸一日森を歩いて、クォーゲルもリュウトという男の趣味嗜好を理解していた。彼は生物に対する造詣が深く、毒草に触れそうになった騎士を注意し、獣道を指摘して避け、道中にあった鳥の巣を熱心に観察し、質問をすれば怒涛の勢いで説明が返ってきた。

 そしてその行為一つ一つから、リュウトが生物という存在に深い理解と愛情を持っていることが感じ取れたのだ。

 だから、馬がだめというのは違和感がある。


「お恥ずかしい話、前に振り落とされまして。それ以来どうも……!」

「お、来ましたね。これが私の愛馬、レヒトブルグです。可愛いでしょう?」

「ソ、ソウデスネ」


 冷や汗を流しながら後ずさるリュウト。たくましい四本の脚に、艶やかな茶色の毛皮。つぶらな瞳。そのすべてを確認したリュウトは、じりじりと馬から距離を置く。


「しかし、馬が苦手とは。我慢できませんかね?」

「できません。近づけないでください。ほんと無理ですこっち来るなマジでやめろ馬刺しにすんぞ」


 初めて見る人間に興味が湧いたらしいレヒトブルグがリュウトに近づくが、リュウトは険しい視線で睨み、杖を構えて威嚇する。あと数歩近づけば魔術でも撃ちそうなほど警戒している。


「しかしそれでは時間がかかりすぎますね。リュウト殿は移動手段はお持ちか?」

「一応、持っています。ただ、馬が怯えないかどうか……」

「ふむ。それならば大丈夫でしょう。こちらの馬たちは全員鍛えられた軍馬ですから」

「そうですか……それなら、呼ぶとしましょう」


 一般的に、魔術師の移動手段と言えば馬か『使役魔法生物ゴーレム』である。土や鉱物から生み出されるゴーレムは、動き自体は鈍重だが疲れ知らずなので、長距離を移動するのには向いている。


(馬の速度は落とさなければならないが、リュウト殿の体力に合わせるとしよう。途中でへばられては目も当てられない――)


 クォーゲルはそんなことを考えていたのだが、次にリュウトが取った行動に首を傾げる。リュウトも騎士たちと同じように懐から笛を取り出すと、それを思いっきり吹き鳴らしたのだ。


「リュウト殿、その笛は?」

「え? だから移動手段を呼びますって……」

「む? ゴーレムではないのですか?」

「ええ、この森に棲む私の友人です。びっくりすると思いますよ?」


 バキバキバキ、と若木をなぎ倒して現れる、リュウトの『友人』。漆黒の皮に身を包み、周囲を窺う捕食者の姿。リュウトの姿を捉え、嬉しそうに駆け寄ってくる巨大な狼。


「紹介しましょう。私の友人、『黒狼』のベルです」


 紹介されたベルは、甘えるように鼻面をリュウトに押し付けた。リュウトは嬉しそうにしながらも服が汚れるので、こっそり防御魔術を発動してベルの鼻を押さえつける。体長2mほどもある狼にじゃれつかれては、いくらあっても命が足りない。


「こ、黒狼……!?」

「はい。あ、安心してください。この子は人は襲わないので」

「そ、そうか。それは安心だが……って違う! リュウト殿、『黒狼』をどうやって手なずけたのですか!?」

「手なずけたというか、勝手についてきたというか。まあ、友達ですね」

「友達……! 黒狼と、友達……!」


 クォーゲルが天を仰ぎ見る。黒狼、と呼ばれる魔獣は、およそ狼とは全く違う生態を持つ。通常の狼たちが群れを作るのに対して、黒狼は群れを作らない。数十年に一度の繁殖期で子を産み、その子供は縄張りを持つ。子供を産み落とした母親は自分の縄張りに戻っていく。一度子を作ると、その時点で両親は自分の縄張りに戻っていくのだから、子供を育てる存在はいない。黒狼の子供は、たった一匹で生き抜かなければならないのだ。

 まあそれができるのも、黒狼という種族が圧倒的に強者側の生き物だからだが。


 黒狼は強い。

 人間の多くの親が、息子にかける願いは『黒狼のように強くたくましく生きること』だ。一匹で生きていき、繁殖期以外は縄張りから出てこない黒狼。地域によっては信仰の対象になるほどの強さを誇る黒狼が、今一人の魔術師に甘えている。


「よっと」


 リュウトはなんでもないことかのように、黒狼――ベルの背中に飛び乗った。その身のこなしかたといい、丸一日森を歩いて疲れた様子も見せないことといい、ただ者ではない。


(ガーゼル殿の弟子だから、ということで納得していたが……この少年、実はとんでもない魔術師なのでは……!?)


 期待が膨らむ。魔王軍に押され続けている戦線も彼の力があれば押し返せるのではないか――そんな期待と願望がクォーゲルの胸中を埋め尽くす。だが、とりあえず。


「ぼさっとするなお前たち! 馬を集めてこい!」


 逃げ出してしまった馬たちを集めなければならない。

 クォーゲルはちゃっかり確保していたレヒトブルグを落ち着かせると、騎乗する。その様子をリュウトが「信じられない」という様子で見守るが、クォーゲルからしてみれば黒狼に乗っている魔術師のほうが信じられない。


「それでは、このあとはどちらに?」

「帝都まで向かうのには時間がかかる。まずはケランダルを目指します。あそこなら今日中にはたどり着けるでしょう。そこで詳しい説明をしますので」

「わかりました。改めてよろしくお願いしますね、クォーゲル殿」

「こちらこそ、よろしくお願いします、リュウト殿」


 リュウトが差し出した右手を、しばらく見つめるクォーゲル。


(どこかでこの挨拶を見た気が――どこだったか……)


「ああ、東の国の挨拶ですね。握手、というのでしたか」

「ええ、そうです。それぞれ武器を持つ右手を相手と握ることで、『敵対の意思がない』ことを示す挨拶ですね」

「ほうほう、なるほど。私たちが片膝をついて剣を捧げ持つのと同じなのですね」

「こういった由来を知っていると、少しだけですが楽しくなります」


 無邪気に純真な笑みを見せる魔術師リュウト。まだ出会って間もないクォーゲルは全く気付かなかったが――リュウトの眼は、全く笑っていない。ただ、冷静に冷徹に、会話を楽しんでいるだけだ。


(教養はある、統率力もなかなか。判断力もあるし、人柄もいい。ベルを見せても驚きをすぐに収めて、問題なしという判断を下した。対応力もある……)


 部下の実力は少し心もとないが、第二騎士団と言えば50人ほどの騎士団だったはず。主な任務は外回り――すなわち都市外部の魔獣の討伐および捜索だ。騎士団の中では帝の護衛である第一騎士団の次に重要視されている集団であり、その実力が低いのは本来あり得ない。


(師匠を威圧しないため、かな。この森に入るのに手を抜くなんて判断が甘いが――この森の危険度は正直、バレるとまずいからな。山狩りなんてされた日には、最悪帝国が滅びる……)


 リュウトは自分が持っている情報と、彼らが持っている情報を会話の端々から推察してすり合わせていく。この森の危険度が隠匿されているせいで、多少実力が劣っていてもガーゼルの機嫌を損ねないことを優先したのだろう。


(人間と会話なんてできればやりたくはないが――師匠からの頼まれごとだ、せいぜいうまくやるとしよう)


「最近の騎士団には女性の方もおられるのですね」

「ええ、そうですね。重要人物の護送などの時は、女性がいたほうがお互いに余計な気遣いもしなくて済むので……クラリエはまだ少々、気構えが甘いところがありまして。お恥ずかしい限りです」

「いえいえ、私も初めて鮮血熊を見たときは気が動転しましたよ。無理もないことです」


 騎士たちが逃げていってしまった馬を集めている間、リュウトは和やかにクォーゲルと会話を続ける。自然に雑談を装いながら情報を集め、現在の帝国の状況や第二騎士団の現状、自分の立ち位置などを確認していく。


「私は帝都についた後はどうなるんでしょうか? 戦時魔術団に編入されるのでしょうか」

「いえ、そうはならないでしょう。もとよりガーゼル様は単独で動いてもらう予定でしたから、おそらくリュウト殿もそうなると思います。が、何分イレギュラーな事態ですので、はっきりとは」

「いえ、そうでしょう。すみません、答えづらいことをお聞きしました」


(師匠には単独で動いてもらう予定だった……? まさかとは思うが、魔王の暗殺が狙いか? 無理だぞそれは……魔の王だぞ? 魔術を扱う僕たちの天敵のような存在だ……さすがにそこまでバカではないと思うが……情報が足りないな……)


 リュウトは思考を続けながらも、口は止まらない。たわいのない話題で会話を続け、どうでもいい情報も手に入れていく。クォーゲル団長が既婚者で奥さんは3つ年下のパン屋の店員だったことがわかった。10になる娘がいるらしい。最近は反抗的で困っているそうだ。


「……ああ、そういうことか」

「どうしました?」

「いえ、独りごとです」


(あくまでも仮説だが……付き人か、教師役……その可能性は大いにあり得る)


「そういえば、最近は帝都はどうですか?」

「不安に覆われていますね……民たちも声高には言いませんが、魔王軍に対する恐怖、帝国政府に対する不満も日に日に高まっているのが現状です」

「なるほど、未熟ながら私の力で少しでも不安が晴れるといいのですが……」


(動機は十分。問題は、されたのか、これからなのか――)


「未熟など。あのガーゼル様から免許皆伝で【不屈】の名を頂いたのでしょう?」

「はは、まあそうなんですけどね。師匠も、お前はまだまだ未熟だがくれてやる、といった感じで授けてくれました。魔術師としてはまだまだです」


 これ以上は判断しかねる、と考えたリュウトは思考を打ち切った。ちょうど馬を集め終わった騎士たちが戻ってきていた。全員がそろったことを確認して、クォーゲルが剣を掲げる。


「それでは、出発する! 先頭はルディ、最後尾はレオンだ! あくまでこれは護衛任務であることを忘れるな! カルアは周囲を警戒しろ! クラリエは私とリュウト殿とともに走る。遅れるなよ!」


 騎士たちの返事が響き、リュウトと第二騎士団は移動を開始した。これから武勇伝が始まるんだ、と言わんばかりのクォーゲルの気合に触発され、騎士たちの返事にも気合がこもっている。リュウトはその様子をバレないように醒めた目で一瞥して、ベルに指示を出す。


「行くぞ、ベル」


 ベルは嬉しそうに一声吠えると、前の馬に合わせて歩き出した。それに合わせて周囲の騎士たちも一斉に移動を開始する。周囲を馬で囲まれていることに気づいたリュウトはとっさに逃げ道を探した。


「ベル。……いざとなったら馬を飛び越えて逃げるからな」


 頷くベル。逃走経路を確保したリュウトは安心してベルに任せることにした。

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