彼女と僕らは キャッチャー
「彼女と僕らは」の続きです。
「へぇ、こういうのも売ってるんだねぇ…そうなんだぁ…」
僕は「暗がりバカンス」印のお饅頭を見て、率直な感想を述べた。
「…あ、うん…そうなの…今日で最後だったから…どうしても買いたくって…」
まゆりはどこか落ち着かないといった様子で、教えてくれた。
僕はさっきのちゃんとした告白と,キスの余韻を引きずったままなんだと思った。
あの後、すぐに僕のお腹がタイミング悪くぎゅるぎゅる鳴ったもんだから、まゆりとの甘い時間もそれまでになったのだった。
本堂の玄関でまゆりと別れいつものように玄関側から戻り、若干遅い時間帯ながらもまゆりの母が作ってくれた美味しい晩御飯をタケシと一緒にいただくと、じゃんけんで負けちゃったので僕は後から風呂に入った。
そうして、いつものように「成仏作戦会議」と称して、作戦本部であるまゆりの部屋に毎度のメンツが顔を揃えたのだった。
「ねぇ、これってさ、いくらぐらいするもんなの?ごめんね、値段のことなんか聞いちゃってさ…ちょっと野暮だったかな?」
タケシが聞いた。
「ん、ああ…これね…これはね…確か…え~と…ちょっと待ってね…」
まゆりはがさごそとバッグの中を探ってスマホを探した。
「あ、これ、よく見ると…一列づつ違うんだねぇ…」
「どれどれ…あっ、ホントだぁ…真ん中の焼印がそれぞれの名前になってんだぁ…ふ~ん…すごいねぇ…」
僕とタケシはさっきまでのことをすっかり水に流し、普通に会話した。
まゆりとしおりが居ないところで、僕はタケシにきちんと告白したことを報告したからだった。
「そっか!よくやった!…なんだ、浩樹!やれば出来る子じゃん!あははははは…YDKじゃん…あはははは…よかった、よかったなぁ…これで俺の肩の荷が下りたって感じ…」
そう、タケシは祝福してくれたのだった。
「…あっ…これね…え~とね…1280円…だったみたい…」
二人の出逢いのきっかけの一つとなったアイテムの可愛い財布からレシートを取り出すと、まゆりはそれを見ながら教えてくれた。
「ふ~ん…思ったほど、高くないんだねぇ…」
タケシの感想に今度は僕が続いた。
「ホント、そうだねぇ…だって25個も入ってるんだもんなぁ…安いよなぁ…って、一個ないけど…これ…」
言い終わると同時に、僕はぽっかり空いているスペースを指差した。
そこは「熊トラ」と書いてある列だった。
「…あっ、あ~…さっきね…味見って言って一個だけ食べてみたの…あの…あ、そだ…しおりさん…も…だった…ね~!」
途中からテンションが下がったのをごまかすように、まゆりはタケシの隣にいるしおりにぎこちなく同意を求めた。
「…ん?…あっ…何だっけ?…ごめん…ちょっとぼーっとしてた…ごめんごめん…」
どこも見ていない目で一言も喋らないでいたしおりは、急に自分に話が向くと今までの一連の流れを何も把握していないようだった。
「…どしたのさ?ぼーっとしちゃって…しおりちゃんらしくもない…」
「…あ、ごめん…ちょっと考え事してた…ごめん…で、何だっけ?」
タケシの問いにもふわふわ上の空のようなしおりだった。
「だ~か~ら~…まゆりちゃんが買って来てくれたお饅頭さ、さっきしおりちゃんも一緒に食べたんでしょ?…」
「…ん?」
「えっ?まゆりちゃんに憑依して一緒に食べたんじゃないの?」
タケシの何気ない言葉にしおりも、そして何故かまゆりもドキッとしたような反応だった。
僕は内心、「どうしたんだろう?何かあったのかな?」と心配になっていた。
いつもならまゆりとしおりは、こちらが入る隙もないようなほど仲がいい時も多々あるからだった。
それは憑依しているしおりと憑依させてるまゆりの間の信頼関係と共に、それぞれ共感しあっているからだと思っていた。
「ん?あ、そうそう…まゆりちゃんに憑依させてもらってさ…そんで、食べたよ!ふわっふわですんごく美味しかったわぁ…また、食べたいもん…」
「そっかぁ…」
僕とタケシはちょっとばかししおりの様子に不信感を抱きながらも、同時にそう答えた。
「あ、そうそう…食べて食べて…すんごく美味しいよぉ~!みんなで、食べよう…か…うん…」
まゆりはちょっぴりテンションが下がると、口を閉じてしまった。
「あ、じゃあ、遠慮なく…って、どれから食べていいの?」
タケシの問いに、僕も続けた。
「そだ…まゆりさん、ダイザブが好きなんだよねぇ…じゃあ、ダイザブは避けてと…一個もらうね…いっただきま~す!」
僕はケインを、タケシはサコンのをもらうと、すぐさま口に運んだ。
「うんめ…あはははは…何?これ…すんごく美味いんですけど…」
「うはっ…ホント…うめぇ~!…美味しいねぇ~!これ…こういうのってこんなに美味しいんだねぇ~!」
僕とタケシは饅頭の美味しさに感動した。
饅頭と言っても中は甘さ控えめのふわふわのカスタードクリーム。
この手のお土産系の饅頭でこれほど「美味しい!」と感動したのは、初めてじゃないだろうか?
「…あれっ?まゆりちゃん、食べないの?…」
「…あ、ううん…そんなことないよ…」
力ないまゆりはそう言うなり、熊トラの饅頭を口の中に放り込んだ。
「あれっ?しおりちゃんは?いいの?憑依させてもらわなくて…美味しいよぉ~!また、食べたいんでしょ?」
タケシがそう促すとしおりは「…あ、うん…さっき一個食べたから、大丈夫…ありがとね…そだ、あたし、ちょっと本堂の方に行って来るね…ごめんねぇ…」と言い残し、そそくさと部屋を出て行った。
「…どうしたんだろう?」
僕とタケシが顔を見合わせ首を傾げている間に、まゆりは熊トラの列の饅頭を全部口の中に入れてほっぺたを膨らませ苦しそうにしていた。
「まゆりさん!大丈夫?…そんな、いっぺんに口に入れるから…あ~あ~…ほら、お茶お茶…喉つまりしちゃうから、ゆっくり飲んで…」
胸の真ん中辺りをどんどんと叩いて詰まった饅頭を胃に落とし込もうとするまゆりの目に、じわじわと涙が広がってきた。
僕はてっきり、饅頭が喉に詰まった苦しさから出た涙だと思っていた。
だが、本当のところは随分違うようだった。
まゆりの介抱をしていると、タケシはいきなり立ち上がった。
「ごめん…俺、ちょっとトイレ…ごめん…後で続き食べるから、俺の分ちゃんと残しておいてね!」
そう言うとタケシも部屋を出て行った。
まだ喉つまりの後遺症で苦しそうにしているまゆりの背中をさすってあげると、まゆりは本格的に泣き出してしまった。
「だっ、大丈夫?まゆりさん…もっかい、ゆっくりお茶飲んだ方がいいよ…ゆっくりね…焦ると、変なとこに入って咽ちゃうからさ…」
「…うん…ありがとう…」
両手でコップを持ってゆっくりとお茶を飲むまゆりの背中を、僕は優しくさすり続けた。
もう、落ち着いたであろうはずなのに、まゆりはまだ静かに泣いていた。
僕は何て声をかけたらいいのかわからず、ただただまゆりの背中をさするだけだった。
二人を包み込むように、小さくBGMが流れていた。
それは今日、電撃解散した暗がりバカンスのバラード曲。
僕が唯一知っていて、好きな曲だった。
…
青い空に溶け込むように黄色が混じる夕暮れ時、学校帰りの僕は何となく河川敷へ向った。
少し角度のある土手でカバンを枕に寝転んで空を眺めた。
目の前に広がる広い空の真ん中に、シュークリームみたいな形の雲が一つ。
窓際の席に座るあの子みたいな、シュークリームが一つ。
彼女と話がしてみたくて、僕はあれこれ考える。
考えるだけで、いつも終わる。
彼女から話かけてくれないかと、僕はあれこれ考える。
自分からは、何もしないくせに。
たまたま班が一緒になって、やっと彼女の隣に座れた。
掃除の時にいいフリこいて、彼女の代わりにごみ捨てに行ったっけ。
休み時間の教室で友達と笑っている彼女を目で追ってたら、時々不意に視線があった。
ずっと見てたと思われたくなくて、僕は慌てて視線を外し机を見下ろした。
ああ、いつかこんな僕でも話せる日がくるだろうか?
ああ、ぎこちなく接するしかできない僕を、彼女はどう思っているだろうか?
きっと彼女の目には僕なんて映っていない。
それにしてもあの雲、シュークリームみたいだ。
…
曲のタイトルはわからない。
けれども、今はこんな静かなバラードが丁度いいと思った。
まだ、声を殺すように小さく泣いているまゆりの髪を撫でるだけしか、僕にはできなかった。
「…し~お~り~さんっ!」
本当にトイレに行った後、タケシは本堂にいるしおりの様子を見に行った。
「…あっ…タケシ君…」
金色に光るお釈迦様の前で背筋を伸ばして正座しているしおりに、後ろからタケシが声をかけた。
「どしたの?そんな正座なんかしちゃって…」
「ああ、うん…ちょっとね…考え事…」
タケシの方を見もせず、しおりは正座したまま目を閉じ唇を人差し指でゆっくりなぞるように触っていた。
「…まゆりちゃんと…喧嘩でもしたの?」
しおりの顔色を伺いながら、タケシはゆっくりと穏やかなトーンで尋ねた。
「…あ、ううん…そんなんじゃない…んだけど…」
「ふ~ん…そっかぁ…」
「…うん…」
「…ん~…じゃあさ…なんか、悩み事とかあったらさ、いつでも相談してよ!…ねっ!…俺ら友達じゃん!だから、遠慮しないでね…ん~…じゃ、お邪魔みたいだから行くね…」
それだけ言い終えタケシが渡り廊下の方へ行きかけると、「待って!」としおりが大きな声を出した。
「ん?」
振り向いたタケシの目に、涙顔のしおりが映った。
「…あっ、やっぱり何でもない…ごめんね。」
「そう?わかった…じゃね、しおりちゃんもあんまり溜め込まないようにね…辛くなっちゃうからさ…」
「…ありがと…あっ、タケシ君…やっぱ…あの…」
「ん?何?」
「あ、ごめん…やっぱいいや…ごめん…」
「いいけど…しおりちゃん…大丈夫?ホント…」
タケシの優しさに、しおりは我慢できなくなった。
「あ、やっぱ、話す!ごめんね、タケシ君…話、聞いてもらえる?」
「あ、ん、いいけど…あのさ、無理しなくてもいいよ…俺、いつでも大丈夫だからさ…何も今じゃなくたって…」
「ううん…やっぱ、今、話しておきたい…ごめんね、もしかしたら、タケシ君、聞くのしんどいかも…」
タケシはしおりの話が何となく薄っすら想像できた。
「ん?どして?」
「…だって、タケシ君、まゆりちゃんのこと、好きだったじゃない?だから…辛いかもしれないなぁって…」
「ありがと、しおりちゃん…俺はさ、全然大丈夫!…俺、二人とも好きだもん!…あっ、しおりちゃんも勿論好きだよ!」
「…優しいね、ホント…タケシ君はいっつも…優しい…」
本堂でしおりとタケシは向かい合って座ると、真剣に話し始めた。
出入り口付近にかけてある大きな時計の針が進む音が、今はやけに大きく聞こえた。
…
「…そっかぁ…さっき、そんなことが…」
泣きじゃくりながらも必死にさっき起こった出来事の経緯を話すしおりに、タケシはどうしたもんかと悩んだ。
「…っくっくっく…あたし…まゆりちゃんに悪いことしちゃった…浩樹君にも…どうしたらいいんだろう?…」
「ん~…それはぁ…困ったねぇ…」
「…まゆりちゃんも浩樹君も大好きだから…あっ…タケシ君も勿論大好きよ…」
「…ん、ああ、ありがと…」
「…あたしね、初めてだったの…キス…死んじゃう前に経験したことなかったから…」
「…」
「…まゆりちゃんの体を通して、浩樹君の息づかいとかドキドキが伝わってきちゃって…まゆりちゃんのドキドキも…それで、告白されてる時にでも、すぐに体から脱出すればよかったんだけど…なんか、できなかったの…それで…まゆりちゃんの心の声も聞こえてるし…どうしようとか…嬉しいとか…」
「…」
「あたし…もう、二人とどんな顔して会えばいいんだろう?…さっきもね、まゆりちゃんが必死に優しくしてくれてるのわかって…後ね、ついさっき、あんなに間近で顔合わせてキスしちゃった浩樹君の顔もね…ちゃんと、見られなかったんだ…でも、浩樹君はまゆりちゃんの中にあたしが入ってるなんてまるで知らないだろうから…」
「…そだね…」
「…きっと…今頃…まゆりちゃん…泣いてると思う…だって、大好きな人に告白してもらって、キスしたけど…そんな大事な場面なのに、あたしなんかがいたから…台無しになっちゃって…浩樹君とまゆりちゃんだけの大切な大切な想い出なのに…あたし…あの場にいちゃいけなかったのに…」
「…ん~…」
すぐには答えなんて出せぬまま、タケシとしおりは本堂でしばらく考え込んだ。
タケシもしおりも「浩樹にだけはこのことを絶対に知られないようにしなくちゃ。」というのだけは、暗黙の了解だった。
だが、万が一、今、二人っきりでいる中でまゆりが話してしまう可能性は否めない。
だとしても、「自分達からはその話題を口にするのは絶対によそう。」と、硬い誓いを立てたのだった。
最後まで読んで下さって、本当にありがとうございました。
まだ、続きますので、どうぞよろしくお願いします。




