彼女と僕らは サード
「彼女と僕らは」の続きです。
成り行きで下宿させていただいているまゆりの実家の母屋と寺の本堂を繋ぐ渡り廊下の両側は、ガラス戸になっておりその時の天気やなんかで開けてあったり、閉めてあったり。
その片側にはこじんまりとした日本庭園があり、小さな池には赤と白と黒が混ざったような柄の鯉が数匹ゆらゆらと優雅に泳いでいる。
その少し上から竹の筒を通った新鮮な水がちょろちょろと池に注ぐように流れ、循環しているらしい。
反対側からはお寺の門がよく見える。
ここにお世話になるにあたって、前の潰れてしまったアパートの家賃代と同じ金額をまゆりの両親に納めるだけで、食事や風呂の心配もないのが本当にありがたい。
まゆりの母から「洗濯も一緒にやっちゃうから、遠慮しないでね。」と親切に言われたけれど、さすがによその、しかも好きな女の子のお母さんに自分の汗臭いTシャツや汚いパンツなんかを干してもらうのに抵抗があったので、それは丁寧にお断りをして毎度の入浴中に手で洗うことにしている。
脱水の時だけ洗濯機を使わせていただいている形。
それと甘えさせていただいている一宿一飯の恩義って形で、毎朝早起きして本堂とこの渡り廊下の掃除をさせてもらっている。
僅かな期間だけれど一人暮らしをしていた頃の自分を振り返ると、今の規則正しい生活や何かが180度変わったなぁと実感できる。
若干おざなりになりかけていた勉強にも、身を入れて集中できているので、まゆりの家族の皆さんには本当になんとお礼を言っていいのやら。
ここに移ることになった時実家の両親に連絡すると、「良かったわねぇ、ホント良かったわぁ。」なんて手を叩いて喜んでいたっけ。
確かにここでお世話になる前は、学校の勉強にバイト、それに自炊もしなくちゃならなくて、部屋もきったなくて酷い生活だったなぁ。
廊下の縁側みたいなところで一人夜空をぼんやり見上げながらそんなことを考えていると、ポンと軽く僕の背中を誰かが叩いた。
「おう!どした?しんみりしちゃって…あっ、お風呂空いたからどうぞ!」
「おっ、そうか!わかった…すぐ入ってくるわ…」
…
なんで?
なんで、こいつもここにいるんだろう?
そうなのだ。
何故かここに来るまでの僕と同じような生活をしていたタケシも、つい数日前から僕が借りている部屋の隣で部屋を借りることになった。
まゆりの両親が勉強とバイトと自炊の両立は大変だろう。
親御さんのことも思ったら、ここで暮らした方がいいのでは?という話になって、あれよあれよという間に、タケシもこのお寺に下宿させてもらうことになったのだった。
まゆりの母は「これを機に本格的な下宿屋さんをやろうかしら?」なんて、笑顔で冗談なのか本気なのかわからない様子だった。
タケシもまゆりもしおりも、こうやってみんなで集まったのだから、本格的にしおりの「成仏大作戦」の作戦会議が開けると大喜び。
まぁ、確かにそうなのだが、僕としてはなんだか腑に落ちないような気持ちが心の片隅で燻っているのだった。
素直に喜べない気持ちのまま、僕はタケシの後のお寺の風呂場に向った。
そうなのだ。
下宿させてもらっているけれど、さすがにまゆり達と同じお湯に浸かるのは考えものだった。
まゆりのご家族の皆さんはそんなことまるで気にしていない様子だったのだが、タケシは知らないけれど少なくとも僕は少し抵抗があった。
例え最後に入ることになったとしてだ、湯船のお湯にはまゆりのエキスが染み出ているじゃないか。
ご家族のもだけど。
そんでもって、浮いている短いちんちろ毛だって、ちんちろ毛だってまゆりのかもしれないじゃないか。
違う場合も考えられるけども。
どうするよ!
まゆりの生の尻が当たった風呂のイスに、俺の生の尻を乗せちまっていいのかよ!
そんなことがまかり通っていいのかよ!
それに脱衣所。
そこにだって誘惑の罠が仕掛けられている。
俺の着てた服は一緒に入れないまでも、脱衣所に置いてある大きな洗濯機の中、あるいは脱衣かごにはまゆりがさっきまで着ていた服だって、下着だって入ってるじゃないか!
手を出しはしないにしても、顔を近づけて匂いぐらいは嗅ぎたかろう?
そんな風に僕を変態の道に引きずり込むような真似はしないでくれ!
激しい葛藤もあったが、僕とタケシはお寺の方にある通夜なんかで泊まる人用の風呂場とトイレを使わせてもらっているのだった。
そうだ。
トイレもまた危険含みだから。
僕が腹の中でものすごく煮えたぎった大便をうっかりしちゃったすぐ後に、まゆりがトイレに入ったとしたら?
その逆もまた然り。
まゆりだけじゃなく、ご家族の場合だってちょっと気まずい。
なので、風呂場とトイレは別のところを使わせていただいているので、おかしな気持ちに走らずに済んでいると言った方が正しいのかもしれない。
当然、風呂場もトイレも掃除は僕とタケシが責任を持ってやらせていただいている。
一人暮らしの頃の小さなユニットバスとは違って、ここのお寺の方の風呂場は豪華だった。
やはり通夜の方達に少しでも気持ちよく入っていただきたいとの想いからなのか、風呂には大きめのテレビがついていて、置いてあるシャンプーなどは有名どころのお高いもの。
だけれど、僕もタケシもそれを使わせてもらう訳にはいかないので、そこは自前のシャンプーやらを部屋からいちいち持っていくのだった。
たまに入るお通夜なんかの時は僕とタケシは近所の銭湯に行くことにしている。
お寺から歩いて5分ほどにある、「それい湯」
子供の頃にじいちゃんに連れてってもらったきりだった銭湯。
今はそことは違う場所だけれど、ここもなかなかいい味を出していると知った。
そこで、僕とタケシは風呂上りに瓶入りのコーヒー牛乳なんか飲んじゃって、100円で15分の古いマッサージチェアで背中や腰をもんでもらったりして、そういうのも満喫しているのだった。
9月に入り、小中高の学生も幼稚園児もみな新学期が始まったというのに、僕ら大学生の夏休みはまだもうちょっとだけ続いているのだった。
「あ~、今日も暑いなぁ…」
朝、渡り廊下の掃除をしていると、タケシが手を止め心底うんざりした顔でそう言った。
「ああ、ホント…やになるよなぁ、こう毎日毎日あっつくて…」
四つん這いで真っ直ぐ渡り廊下の端まで雑巾で拭き終えると、今拭き終えたばかりの床に丸く大きな汗の粒がぽつんと落ちた。
「ああ…」
僕はだるさ全開で急いでそれを拭くと、バケツに雑巾を放り込んで手洗い場に向った。
「おお~い!俺のも入れてぇ~!」
後ろからタケシが雑巾を振り回しながら走ってくると、バケツの中にばしゃんと雑巾を放り込んだ。
「あっ、おめっ…そんな乱暴なぁ…はねただろうがぁ!」
「あっ、ごめん、ごめん、めんご、めんご。」
若干苛立っている僕に、タケシは合掌しながら謝ってきた。
「なんもいいって…」
「ホント?」
「ああ、ホント」
「ホントにホント?」
「ああ、ホントだから、もうその話やめるよ。」
「ちぇっ、ヒロ君ったら冷たいの。」
まゆりの口真似で返されて、僕はちょっぴりムッとした。
「あ~、ちょっ、ちょっとごめんってぇ~!」
「ああ、いいってもう。」
僕はタケシの方を振り向きもせずに、本堂側の手洗い場に向った。
すたすたと歩いていると、不意にバケツが軽く感じた。
後ろから駆けて来たタケシが、バケツのもち手の反対側を持ってくれた。
「おお、サンキュー。」
「なぁ、今日さ、まゆりちゃん朝から出かけちゃったんだね。」
「ああ、うん、なんか(まゆの会)の会合あるからって言ってたけど…」
僕は自分でまゆりから聞いた通りをタケシに伝えつつ、頭の中では「(まゆの会)ってあれか?」なんて、まゆりの部屋に飾ってあるあの写真を思い出していた。
「あっ、ごめ~ん。遅くなっちゃってぇ…」
息を切らしながら木村まゆが走ってきた。
「大丈夫よぉ~!」
まゆりが笑顔でそう答えると、早速集まった6人で馴染みのカラオケ屋に入って行った。
最後まで読んで下さって本当にありがとうございました。
これからもどうぞよろしくお願い致します。




