彼女と僕らは ピッチャー
「彼女と僕らは」の続きです。
日中の暑さをまるで感じさせないほど、夜が涼しくなった。
僕はまゆりの涙が気になったのと、やっときちんと「好きだ!」と言えた興奮でなかなか眠れなかった。
もやもやを紛らわせるのに久しぶりにラジオをかけると、さっきまゆりのスマホから小さく流れていたあの曲がかかっていた。
たまたまラジオをつけた時間帯が、解散の引き金となった暗がりバカンスのリーダーでまゆりがファンのダイザブこと、蜂谷大三郎がパーソナリティーを努めている番組の時間帯だったようだった。。
解散ライブをしたばかりのその番組は、どうやら録音らしかった。
なので、曲のリクエストもリスナーからのメッセージなど一切なく、ただただダイザブが自分の言葉で心境や想い出などを語る内容になっていた。
まだ、涙が残ったままのまゆりの顔が不意に脳裏を横切った。
「…そっかぁ…そうだよなぁ…俺と付き合う前からのファンだったんだもんなぁ…まゆりさん、あんなに泣いちゃうのも仕方ないよなぁ…俺も宮島レイラがいなくなっちゃった時は、ショックだったもんなぁ…あんな可愛い顔して…あんな…ゲスい…」
僕が中学時代に本気で「結婚したい!」なんてバカみたいなこと考えてた宮島レイラは、20歳も年上のどこぞのIT企業の会社社長とラブホテルから出てくる不倫現場を写真週刊誌に撮られ、活動していたアイドルグループ「senjyu kannnonn」を辞めさせられたと同時に華やかな世界から姿を消したのだった。
「…まゆりさん…いや…今度から、まゆりちゃんって呼びたいな…あっ、でも、もっと…何ていうか…彼女になったんだから…そだな…ん~…まゆりさん…だから…まゆたん…そうだ!まゆたんって呼んでもいいか聞いてみなくっちゃ!」
早速スマホを取り出すと「センーー」で聞いてみた。
「まゆりさん、もう大丈夫?あのさ、今度からまゆりさんのこと、まゆたんって呼んでもいいかな?折角ちゃんと付き合うことになったから、どうかな?これからいっぱい一緒にいようね。じゃあね、おやすみ。」
ベッドにばふんと倒れこむと、薄暗い天井を見つめながらニヤニヤが止まらなかった。
くすん、くすん、くすん、くすん。
まゆりの涙は随分収まってきた。
ぴょろろり~ん。ぴょろろり~ん。
まゆりは軽く鼻をかんでからスマホを見た。
「…あ、浩樹君…」
告白とキスの時、しおりが自分に憑依してたことを話せずにいたまゆりは、何も知らない浩樹の文面に思わずくすりと笑ってしまった。
「…浩樹君…」
頬に涙の線が残ったまま、まゆりは浩樹に返信した。
「浩樹君、心配してくれてありがとう。嬉しいなぁ…あたしも浩樹君のこと、今度からヒロ君って呼びたいな…えへへへへ。じゃあ、また、明日…おやすみなさい、ヒロ君。」
浩樹と同じく、まゆりも文の最後にピンクのハートを沢山つけた。
しおりのことで自分の気持ちのやり場をどうしたらいいのか考えると、自然と涙が溢れてしまったけれど、浩樹からの優しい文章にまゆりの心は少しだけ上向きになった。
「…そうだよね…あの時…しおりさんだって、あたしから出ようとしてたけど…どのタイミングで出たらいいのか、困ってたもんね…もしも、あたしがしおりさんの立場だったら…やっぱりきっと困ってあたふたしちゃってて…その間にヒロ君にキスされちゃってたと思う…今日は、まだ、しおりさんに普通に接しられないかもしれないけど…明日は笑ってこれまで通りにしよう!…あれは…誰も悪くないんだもん…あれは…事故みたいなもんだもん…ここで、あたしがぐじぐじ引きずってたら、しおりさんだってどうしたらいいか悩んじゃうだろうから…あたし、やっぱりしおりさんのことも好きだから…だって、友達だから…ずっとずっと友達だから…きっと大丈夫…明日は大丈夫だもん!」
脳内で独り言を呟きながら、まゆりは残った暗がりバカンスの饅頭を一つづつラップに包んでいった。
その後、自室を出てリビングへ行き冷蔵庫に饅頭をしまうと、冷たいウーロン茶をごくごく飲んだ。
「あ、パパ!おかえりなさい。お疲れ様でした。じゃあ、え~と、おやすみなさい。」
丁度のタイミングで呼ばれたお通夜から帰ってきた父に出くわした。
「ああ、おやすみ。」
笑顔で父におやすみの挨拶をすると、まゆりはぱたぱたと小走りで自室に戻っていった。
僕の隣の部屋のタケシは、もう眠ったようだった。
ベッドに寝転んだタケシは、音を消したままスマホのゲームをぼんやりしていた。
泣いたしおりから聞いてしまった出来事を、タケシはどうしたらいいのか考えてしまっていた。
自分は部外者中の部外者だけれども、彼らとそれぞれどんな風に接したらいいのか、真剣に悩んでいた。
心のもやもやは、ますますタケシを眠りから遠ざけた。
「…あ~…どうしよう…あたし…まゆりちゃんにどんな顔したらいいんだろ…浩樹君の顔もまともに見れないや…あ~…なんでこうなっちゃったんだろ?…なんで?…なんで、あたしだけ死んじゃってるんだろ?…なんで?なんでなんだろ?」
いつものようにまゆりの部屋で休む訳にはいかないと考えたしおりは、タケシと別れた後も本堂で金色のお釈迦様に真っ直ぐ向き合うと、一人自問自答を繰り返していた。
そして、こうなった経緯をゆっくり自分なりに辿ってみた。
「浩樹君があの部屋に住むことになって…タケシ君が遊びに来て…タケシ君のおばあちゃんの話に感動して…浩樹君に住まわせてもらっている恩を返したくて…それと、成仏したくて…みんなに協力してもらって…なのに、全然成仏できなくて…まゆりちゃんが優しいからって調子こいて…憑依させてもらって…美味しいものいっぱい食べられたし…楽しい仲間もできたけど…でも…あたしだけ…ちゃんとした仲間じゃなかった…よね…みんなはちゃんと生きてるけど…あたしはとっくに死んでるんだもんね…みんな、優しくて…みんなといると楽しいから…つい甘えちゃってたのかな?…それなのに、まゆりちゃんにあんな酷いことしちゃって…どうしよう…あたし…ここにいちゃいけない気がする…あたしがいるから…あんなことになっちゃったんだもん…あ~、早く成仏したいな…みんなとお別れすることになるけど…その方がいいに決まってる…だって、元々はあたしなんて、みんなには見えない存在だったんだもん…」
脳内であれこれ考えてみても、楽しい方向には絶対に向かなかった。
どんどんと暗いカオスの中に落ち込んでいく方向にしか、考えは向かないのだった。
「あ~、なんで、あたし、死んでるんだろ…」
全部わかっていても、しおりの口からはそんな台詞しか出てこないのだった。
朝、いつも通りタケシと本堂の掃除に行くも、いるはずのしおりの姿はどこにもなかった。
朝食で一緒になったまゆりに尋ねたが、やはりまゆりの部屋にもいないそうだった。
「どうしたんだろうね?」
僕が素直にそう言うと、まゆりとタケシはわざとらしく咳払いをしたり、とぼけたような態度だった。
そんな中、不意にまゆりのスマホが鳴った。
どうやら草薙まゆかからの連絡らしかった。
「あのさ、今朝早くからしおりちゃん来てるんだけど、何かあったの?」
まゆかからの「センーー」を見たまゆりは、僕とタケシに「あ、あのね、ヒロ君、タケシ君…しおりさんさ、かーちゃんとこにいるって…」と教えてくれた。
「え~!何やってんの?あの人…なに、草薙さんにまで世話になって…なぁ…タケシ、まゆたん…へへへ。」
僕はぼやく最後に初めてまゆりのことを「まゆたん」と自然に呼べたことに、ちょっとだけ照れた。
「…あ、うん…そっか、まゆかちゃんとこに行ってんだぁ…どうする?迎えに行く?…バイトまでまだ時間あるし…どうするよ?」
少し表情を硬くしたタケシがそう促すと、まゆりがちょっぴり涙目のまま急に立ち上がった。
「あのっ!あのねっ!…あたし、ちょっと行って来る!…二人はいいの…あたし、一人で行って来るから…」
まゆりの突然の宣言に、僕は「一緒に行くよ!」と言いかけたのだが、それを遮るようにタケシが「あ、うん、了解!…暗バカのこともあんでしょ?」と言い出した。
タケシの助け船に一瞬止まったまゆりだったが、すぐさま口裏を合わせるかのように「…あ、そうそう…そうなの…昨日のライブの話もあるんだぁ…だから、ヒロ君達は待ってて…ちゃんと、しおりさん、連れて帰ってくるから…」と続けた。
浩樹の見ていない隙に、まゆりはタケシに両手を合わせて声を出さずに「ありがとう」と口を動かした。
「じゃあ、ちょっくらいってきま~す!」
可愛らしい笑顔で元気よくそう言い出発したまゆりを、僕とタケシは外で見送った。
まゆりは愛車の軽自動車のハンドルをしっかりと握ると、草薙まゆかの家の神社を目指したのだった。
最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。
まだ、続きますので、どうぞよろしくお願い致します。




