プロローグ
「先立つ不孝をお許し下さい」
二時間ドラマの帝王が現れそうな断崖絶壁に、僕は立っている。
あれはよくできたもので、確かにこういう場所に立つと、自分の犯してきた事を白状したくなる気持ちになる。
ちょっとの時間だ、聞いてもらいたい。
中学に入るまでは普通だった。そこそこ勉強が出来て、そこそこの人間関係と言う感じに……
それがいけなかったのかな?
そんな、そこそこな生活を続けていたら、いつしか周りには誰もいなくなっていた。格別嫌われていたり、いじめられていたという事はないのだが、皆僕に興味がなくなり周りからいなくり、一人になってしまった。
……僕自身も周りを避けていたのだが。
中一の秋口には便所飯など当たり前になり、最終的にはロッカー飯にまで到った。
付いたあだ名は『デイダラぼっち』!!
誰が言い出したか知らないが、なかなか上手い事を言う奴がいるもんだ。
こんな状況だから先立つと言うわけではない。むしろ僕は、小中高と無遅刻無欠席の皆勤賞だ!
現実に居場所がなかった。「グループを作って下さい」と言われたら必ず余ってたし……しかし、現実以外には居場所があった。
中学の頃ハマった『動画投稿サイト』そこだけが僕の居場所だった。
初めは観てるばかりだったが、自分でも投稿始めた辺りからどハマりだった。
閲覧数が伸びる度にハマっていき、いつしか人気者になっていた。ハンドルネームは『カボス・ド・レント』その筋では有名人だった。なぜかと言うと、ボクはいわゆる『イケボ』という奴だからだ。声変わりに成功したらしい。
オフ会なども何度も開いた。
ここでの僕は『デイダラぼっち』ではなかった。
この頃からだ、僕がおかしくなったのは……
動画を閲覧してくれる大半が女子。そのほとんどが中高生……「これはチャンス!」と、思ったのは二十五歳の冬……僕は童貞だった。
僕は当時仲の良かった閲覧者の『女子中○生』と二人で会っていた。
――そして、淫行に及んだ。
セーラー服に猫耳をつけさせ、事に及んでいる所を国家権力に取り押さえられる。僕はロープで縛られていたので抵抗なんて出来やしない。
バラしたのはその時の女子中○生……裏切られた気分だった。
僕の事が好きでいてくれたと思っていたのに、まさかこんな仕打ちを受けるなんて……彼女は言っていた。
『僕の事が好きなのではなく僕の声が好きなのだ』と……
五年間、僕は塀の中での生活を余儀なくされた。
そして、今は三十歳。
ようやくシャバの空気を吸うことができました。
実家には勘当されていた。
会社には退職させられていた。
頼みの綱の動画投稿サイトのアカウントもバンされていた。
ネカフェで大型掲示板を見た……「見なきゃ良いのに」と、思ったが見ずにはいられなかった。
五年前のスレを探しだしROMる。そりゃあもう罵詈雑言がすごいわ、有る事無い事言われてるわ、ひどい有様だった。住所は特定され実家に害があったようだ。
勘当もされるわ……
僕は唯一の世界からも弾かれ、完全なる『ぼっち』になった。
そして、今に至る。
この世界にも、あの世界にも僕の居場所はなくなった。学生の頃に居場所だったロッカーは、今の僕の周りにはないのだ。
煽り耐性はある方だ……心ないコメントなんて、アホほど貰ったからね……しかし、僕の心はポッキリいってしまった。あの頃の僕には、味方が沢山居たからね。
この世に、僕の居場所はないという事は、生きている意味はない。
学生の頃、もっと他人と付き合えていればよかったのかな? 動画投稿サイトなんてのめり込まなければこんな事にはならなかったのかな? 人を避けるのは良くなかったのかな……
今この断崖絶壁に立っている。それがこたえなんだろう。
眼下には荒れ狂う海。
「人は皆、海に帰らなきゃならないのだ……」
イケボが風にのって流れていく。それは誰も聞いてやしない。
僕は躊躇なく飛び出した。『飛び降りた』のではない。しっかりと地を蹴り、飛び上がってから落ちて行く『雄の飛び込み』と、誰かが言っていた気がした。
海面が波打っている。僕は波に飲まれそのまま意識はぶっ飛んだ。