脱引きこもり、学園入り9
「リュータ君はこの部活に入ってくれるの?」
「当たり前だろ。俺はこの部活に入りたくてこの学校に来たんだから。」
「おい、勝手に答えるな。」
まるでリュータの気持ちを代弁をしたように言うコウだが、当然そういう気ではなかったリュータはすぐに否定する。
「なんだよー、入れよー。」
「ゆっくり考えればいいよ。」
コウと違って、フーナはリュータを無理やり入部させようとはしない。あくまで本人の意志を尊重する意向であった。
リュータは少し悩んでいた。古典術式には多少なりとも興味はあるが、部活に入るのは面倒くさい。
リュータは面倒くさいことからは敬遠する性格があり、この二つの面が彼の心の中で格闘していた。
「あっ、そうだ。コウ君、早く次の研究発表の準備をしないと…。まだ全然できてないんだから。」
「確かに。あれをやらないと部費下げられちゃうからなぁ。」
二人の会話を聞いていたシリカが、本棚から一冊の本を取り出し、ソファーの前にある机に置いた。
かなり分厚い本で、千ページは超えている。表紙には“メタバカス時代 術式”と書かれている。
メタバカス時代は、今から三百~四百年前ほどの時期であり、魔法が発展した時代と言われている。
リュータはページをペラペラとめくる。本のタイトル通り、術式がずらりと並んでいる。
「それはね、私たちの先輩―――この部活の先輩たちがメタバカス時代の術式を集めてたの。
私たちが入部した時は古い書物をコピーした紙が大量にあっただけだった。でも、ダヴァス君がパソコンにそのデータを取り込んで編集してくれて、一冊の本にまとめたんだ。」
「なるほど、それはすごいな。」
リュータは感心した。見やすいように様々な細工をしたであろうだダヴァスはもちろんのこと、これだけの術式を集めた先輩たちもかなりの手間と時間をかけたに違いない。
そもそもメタバカス時代の術式はほとんど世間に流通していない。本屋や図書館にも置かれていない。
その中から、どのようにして入手したのかもリュータは気になった。
「この術式の情報って誰が手に入れたんだ?
さっき先輩って言ってたけど、今の三年生?」
リュータの質問に、フーナは首を横に振った。
「それがわからないんだよ。この部活は私たちが入学した時は廃部になってたんだよ。それをコウ君たちが復活させて…。
元々顧問だった先生も転勤になって、詳しいことは何もわからないの。
“メタバカス時代について 三年”って書かれた段ボール箱の中に術式が書かれた書物が入ってたから、それで先輩が集めたんじゃないかって。」
「…それ、この本の信ぴょう性って疑わしくないか?」
「それは大丈夫だよ。色々調べた結果、メタバカス時代の術式で間違いないみたい。」
フーナの自信満々な表情に、リュータはこの本を信用することにした。
「それで、この本をどうするんだ?食べるの?」
「先輩バカなんですか?紙なんか食べたらお腹壊しちゃいますよ。」
リュータのちょっとした冗談を、シリカに真面目に返された。
「この本に書いてある術式がどういうものか調べるのが私たちの部活なんだ。」
「私たち、こう見えても魔法言語が少し読めちゃうんですよね。」
シリカは胸を張って言う。魔法言語は学校で習うが、シリカたちは学校では教えられない魔法言語も覚えている。
しかし、今、目の前にいる少年は魔法言語を完璧に覚えている天才。そのことを、シリカたちは知らない。
案の定、リュータはシリカの自慢に反応を示さないまま、本を夢中で呼んでいた。
その無機質な反応に、少し苛立ちを覚えたシリカはさらに攻勢に出る。
「先輩は読んでもわからないでしょ?
この文字は“風”を表してるんですよ。」
シリカはある魔法言語を指さしてリュータをバカにするように
言った。
「違うぞ。それ、“風”っていうより“嵐”だ」
「えっ…」
シリカが予想していたものとは全く違う言葉がリュータから返ってきた。
「ちなみに、この術式は雨を降らせるために作られた術式みたいだ。でも、全体的に中途半端で、雨は降らなかっただろうな。」
リュータの言葉に、この部屋の空気が変わる。
「先輩、適当に言ってるんですよね?」
「いや、リュータの言ったことは本当だぞ。」
今まであまり口をはさまなかったコウが笑顔でリュータに近づいてきた。
「前にこの術式を専門家に見せたことがあるんだ。その時にリュータっと同じことを言ってたから間違いない。」
「でも、その専門家が間違っているかもしれないじゃないですか」
シリカは食い下がる。このやる気のなさそうな少年が自分より術式の知識があることを信じられなかった。
「その専門家はかなり有名な人で、たぶん間違いじゃない。」
シリカは納得のいかない表情を浮かべつつも、一旦ここは引き下がることにした。彼女はコウのことはそれなりに信頼している。そんな彼が言っているのだから、リュータが正しいのだと認めざるをえない。
「…もしかして、先輩ってすごい人ですか?」
「まぁな。けど、術式についてもっとシリカさんに教えてもらいたいですね。」
リュータの挑発に、シリカは頬を膨らませる。
「私、先輩のことが嫌いです。絶対、私のことバカにしてる」
「よくわかったな。お前、天才じゃないのか?」
さらにシリカは顔を赤らめた。
これ以上放っておくと収集がつかなくなる、そう判断したフーナによって仲裁を入れられる。
リュータを睨むシリカ。フーナに落ち着くように言われ、今は大人しくなっている。一方、リュータは再び本に目を通し始めた。
「…結局リュータはこの部活に入る?」
ずっと大人しく黙っていたレナがリュータに尋ねた。
リュータは、この部屋に来るまでは部活などには興味はなかった。しかし、この本を読んでいると古典術式について研究したいと思うようになった。
「どうしようか…。」
リュータは本をめくりながら考える。
すると、ふとページの間から茶色に変色した紙が挟まっていることに気づいた。その紙は二回折りたためられており、開いてみるが何も書かれていない。
何の紙かわからないため、レナ達に見せた。
「これ、何?」
「それは、元々の書物の中に紛れて入ってたんだよ。この部屋にあった書物のものかもしれないけど、何も書いてないからどうすることもできなくて。仕方なく、しおり代わりに使ってる。」
「そうっすか…。」
コウの説明を聞き、リュータは手にもつ紙をじっと見る。インクが消えたような跡もない。触ってみるが、特に違和感もない。
『こんなごみ捨てればいいのに…ん?』
突然リュータが固まったことに、フーナが気づいた。
「ん?どうしたの?」
「あー、何でもない。」
紙を見てあることがわかった。いや、わかったというよりも、思い出した。
しかし、そのことを誰かに言おうとはしなかった。
リュータは手にしていた紙を本に挟みなおして、パタンと閉じた。そして、何かを決意し、口を開いた。
「俺、この部活に入る。」
「えっ、本当?リュータ君。」
「おう、これからよろしくな。」
リュータの言葉を、フーナとレナ、コウが歓迎する。シリカは不服そうな表情をしているが、何も言わない。ダヴァスに至ってはどうでもいいのか、何も反応せずパソコンを操作していた。
「リュータ君、術式に詳しそうだからありがたいよ。」
「まぁ、力になれることはするけど。あんまり面倒くさいことはやらないからな。」
「先輩に任せることなんて何もないから安心してください。」
「お前より役に立つと思うから安心しろ。」
「ほらほら、二人とも喧嘩しないの。」
『会って一時間も経っていないのに』
相変わらず仲が良いとは言えない二人に苦笑いを浮かべるフーナ。前世で何かあったようにすら感じられる。
「じゃあ、俺帰るわ。」
「もう帰るの?」
「うん、色々とまだ手続きが残ってるから。」
軽く挨拶をすませると、リュータは部屋から出て行った。