脱引きこもり、学園入り7
「―――今日は二人一組で模擬戦を行ってもらう。」
グラウンドに集められた二年S組の生徒。彼らの前に立つ男性教師から今日の授業の内容を告げられ、二人組を作ってバラバラに離れていく。
リュータは「うわ、これボッチ確定になるじゃん。」と呟いていると、「仕方ない。このイケメン高スペックな俺が組んでやろう。」とコウが彼を誘ってきた。
リュータは丁重に断ると、「すみません。僕、ボッチなんで組んでください。」とすがるように少年が懇願してきた。
仕方なくリュータは了承し、コウと模擬戦をすることになった。リュータとコウが準備体操をしていると、二人の少女が近づいてきた。
一人はレナで、その横にいるのは水色の髪の少女。身長はリュータより少し低いぐらいで、エリサとまで言わないが体のスタイルは良い。
「レナとフーナじゃん。」
「ちわーす。コウ君。」
ナロアと呼ばれた少女は天真爛漫な笑顔でコウに挨拶する。ナロアはリュータにもその笑顔を見せる。
「リュータ=クロッツ君だよね。私はフーナ=ウォルコット。」
「ウォルコットって、あの名家の?」
「へへっ、名家って言うほどでもないけどね。」
フーナは笑いながら否定しているが、ウォルコットはこの国の名家の一つである。ブリラス家と比べると財力や権力、知名度で劣ってしまうものの、ウォルコット家はこの国の教育を担う者を多く輩出している。
有名学校の教師や教育機関の重役など、現在のウォルコット当主も教育機関の幹部を務めている。
「リュータ君、よろしくね。私もレナみたいに呼び捨てでいいよ。」
「おう、わかった。」
すると、レナがフーナの服を引っ張った。
「フーナ、行こ…。」
「はいはい。じゃあ、二人ともあとでね。」
フーナとレナと別れを告げ、再び男二人になってしまった。
「あの二人仲良いのか?」
ふと、リュータは二人の少女の背中を見ながらコウに質問した。
「よく一緒にはいるなぁ。なんでも、中学校が一緒だったとか…。でも仲が良いかは俺にはわかんねぇよ。」
「なんだよ、その答え。」
「だって、陰では仲悪いかもしれねぇだろ?
人の関係なんて、当事者じゃないとわからないよ。まっ、当事者でもわからない時があるかもしれないな。」
「…そこまで言われると、こっちが反応に困る。昔、友達関係に何かあったのか?」
突然意味深な発言をしたコウに、リュータは尋ねてみる。もしかして、コウには過去に何らかのトラブルがあったのではないか、そう思ったからである。
「いや、別に。無気力主人公みたいで、かっこいいと思って言っただけ。」
「何言ってるかさっぱりなんですけど。」
コウの意味不明な理由にリュータは首をかしげるしかなかった。そして、少しでも真剣になったことをバカらしく思った。
「そんなことより、他の生徒の試合見に行こうぜ。」
「別に良いけど…。俺たちの試合はどうするんだよ。」
「そんなのサボるのに決まってるだろ。」
コウは平然と宣言した。
リュータはまだクラスメイトの実力を知らないのでコウの提案は好都合である。もちろん、リュータも真面目と呼ばれるような性格をしておらず、そもそも学校に通ったこともないため、授業を怠けることには抵抗などない。
『だったら、始めから準備体操なんてしなければよかったのに』
時間と労力を無駄にしてしまったことをリュータは心の中で嘆いた。
「よし、行くか。」
リュータ達から少し離れた場所に、レナとフーナがいた。二人は対面するように立っており、今まさに試合をしようとしていた。
「おっ、ちょうどよかったじゃん。」
コウとリュータは、彼女たちの邪魔にならない場所に座り、二人を見つめる。
「そう言えば、ルールとか聞いてなかったんだけど。」
「魔法なしの組手みたいなもので、相手を動けなくした方が勝ち。簡単だろ?」
「ざっくりしすぎていて、よくわからん。」
「今の説明でわからないなんて…ひょっとしてお前ってバカ?」
「お前だけには言われたくない。」
そうこうしている間にも、二人の少女は構える。
「行くよ!!レナ。」
「うん…。」
フーナは地面を強く蹴りあげると、レナに向かって突っ込んでいった。
それに対して、レナは一歩も動かない。そのレナの顔を目がけて、フーナは拳を振る。
レナは顔を反らして彼女の攻撃を避ける。それから、カウンターと言わんばかりにフーナの腹部を目がけて右拳を放つ。
フーナは冷静に後ろに飛ぶ。再び、二人に距離ができた。
レナとフーナは一息置く。
フーナはにこりと笑うと、レナに近づき拳を繰り出す。レナはそれを防ぎつつ、自らも攻撃を仕掛ける。二人は互いに拳と足をぶつけ合う。
「なぁ、コウ。あの二人ってどっちが強いんだ?」
「ついに私の名前を呼んでくれたのね。嬉しい。」
「そういうのいいから、早く教えろ。」
二人の実力は他の生徒とはレベルが違っていた。リュータは他の生徒の戦いを横目で見ていたが、レナとフーナが抜き出ていることはすぐにわかった。
「そうだな…。」
コウは少し考えた後、言い出した。
「まず戦い方のスタイルだけど、二人とも隙をつくタイプだな。けど、フーナは攻撃を仕掛けつつ隙を生ませる。それに対して、レナは相手の攻撃をかわしつつ、隙を探す。
フーナとレナは力が拮抗している。武術だとフーナの方が強い。でも、魔法を使うとレナの方が優れている。
まぁ、簡単に言うと二人とも超強い。」
リュータは二人の実力のすごさを知った。だが、それと同時にコウの分析力にも驚いた。
おそらく、今話していたこと以上の情報をコウは持っている。さらには、他の生徒の実力も的確にわかっているだろう。
「コウ、お前すごいよ。そこまで分析してるなんて。」
「何言ってるんだよ。お前もそのタイプだろ?」
リュータは何も言わなかった。コウの何もかもを見透かしたような口ぶりに、リュータは驚きを通りこして警戒心すら持ってしまったのだ。
コウの不敵な笑みから目を背けて、リュータは試合を見た。
試合はしばらくして決着がついた。一瞬の隙をついたフーナがレナの背後にまわり、彼女を床に倒した。レナの顔の寸前で止められたフーナの拳がこの勝負の勝敗を物語っていた。
「やっぱりフーナは強い…。」
「いやいや、そんなことないよ。結構ギリギリだったし。」
二人は健闘を褒め合いながらリュータ達に近づいていく。
「二人ともお疲れ様。」
「ありがとう、コウ君。どうだったリュータ君、私たちの戦いっぷりは?」
「すごかったよ。二人とも強いし、びっくりした。」
「そうでしょ!!レナってすごく強いんだよ。」
「そんなことない…。」
何故かレナが褒められたことで舞い上がるフーナと、恥ずかしそうにするレナを、リュータは笑みを浮かべて見ていた。