脱引きこもり、学園入り5
ジス=ボラフ。かつてリベルス国軍大元帥を務め、リベルス国最強の男として世界中にその名が知れ渡っている。剣術・魔法ともに優れ、先の大戦でリベルス国を守った英雄である。
軍を脱退した後は、この学校の校長を務めている。彼の指導を受けるために、この学校の門をたたく人間も少なくない。
(どこが老いぼれなんだ…。)
リュータは握られた手を見ながらそう思った。
「そろそろ時間じゃの。この下の階にある職員室にSクラスの担任のアリア先生がおるから、彼女に会ってくれ。」
「わかりました。」
校長に別れを告げると、リュータは言われた通り職員室に向かった。
「失礼します。今日からこの学校に通うリュータ=クロッツですけど、アリア先生いらっしゃいますか?」
「ん?私か。」
部屋の奥から出てきたのは、赤いジャージを着た女性。その見た目はまだ若く、この学校の生徒だと言われても気づかない。いや、むしろもっと下の年齢に思われても不思議ではないほどだった。
彼女は目の下にくまができており、眠そうな目をこすりながらリュータに近づいてきた。
「お前がリュータ=クロッツか。話は聞いている。
私はアリア=イウラ。よろしくな。」
「よろしくお願いします。先生、眠そうですね」
「眠い。お前のせいで朝早く来るはめになったからな」
「それはすみません。」
「おかげで十二時間しか寝れなかった。」
「俺の謝罪返してもらっていいですか?」
「人間よく寝ないと成長できないぞ。」
「今さら何を期待している…。」
教師ということは少なくとも二十歳は超えている。これからの成長はあまり見込めないだろう。
リュータは、必死に成長しようとしている担任を少し可哀想に思えてしまった。
「それじゃあ、クラスに案内するから。」
職員室から出たリュータはアリアに連れられて違う棟に移動する。階段を上がり、教室を並ぶ廊下を歩く。辿り着いたのが一番奥の部屋、“2年Sクラス”と書かれた教室だった。
「あーあ、痛かった。アリアちゃん蹴り強すぎ。」
先程アリアに吹き飛ばされた少年が戻ってきた。少年は赤く染まった自らの頬を撫でる。
「次、私を子供あつかいしたら退学だからな。」
「まさかの物理的ではなく社会的に抹消する方法ですか!?
蹴りをいただけないのは、ちょっと俺としても困ります。」
「気持ち悪い。いいから座れ。」
二人のやり取りに生徒たちはクスクスと笑う。「何回も、懲りないな」「やっぱりバカ。」「いいなぁ。アリアたんの蹴り」といった言葉がリュータの耳にも聞こえてくる。
少年はリュータの前の席に来る。すると、二人の目線が合った。
「先生!!知らないやつがいるんですけど!?
まさか…妖精さん?」
「お前の頭の中がファンタジーだな。」
「そいつはリュータ=クロッツ。今日からお前のクラスメイトだ。」
「おー、なるほどな。」
少年はリュータを凝視した後、手を差し出した。
「俺はコウ=ザフォード。よろしくな、リュータ」
「変態とは握手したくないんですけど。」
「いや、しろよ。変態でも。」
『変態なのは認めるのかよ』
コウの文句の矛先が違うベクトルに向かっていることを、リュータは心の中で指摘する。そして、コウが変態だということは疑いようのない事実になった。
「リュータって、もしかして最強系転校生?」
「いいや、違う。どっちらかと言えば、最弱系じゃね?
俺、術式使わないと魔法使えないから。」
「ふーん。」
コウは驚かなかった。本来ならほかの生徒と同様の反応を見せるはずなのだが、コウの反応は薄かった。
「興味なさそうだな。」
「…ん?あぁ、悪い、悪い。興味がなかったわけじゃないんだ。むしろ興味はある。ただ…」
「ただ?」
「あー、なるほど。そういうことか。」
何かがわかったような口ぶりをしたコウは、リュータに「頑張れよ。」とだけ声をかけた。その後はリュータと目を合わせることなく、彼の前の席に座った。
リュータは、先ほど思い付いたことや今の言葉の意味などをコウに聞こうと思った。だが、コウは答える気がなさそうなので、結局、聞かないことにした。