③ 医者では治せなかった
生まれついて身体の弱い王女ネタリアーナ。
兄やその遊び相手が元気に庭をかける姿を窓から眺める。
『私はいつになったら、外に出られるようになるのかしら』
幼い彼女は“大人になれば体が丈夫になるだろうか”庭の花を見ながら茶をたしなむ未来の自分を想像して、部屋にしては広いが、世界から見れば狭いその部屋でほとんどを過ごした。
『新たに殿下の主治医となりましたアルーゴともうします』
彼女が十になるころ、担当していた薬師が隠居しその息子がやってきた。
部屋にたずねるのはほとんどがメイドで身近にいる若い異性の多くは使用人や外を歩く粗野な兵士などだった。
落ち着いた雰囲気と品のよさなどは、あどけない少女の憧れとなることはなんら可笑しくなかった。
『近頃は王女の具合も良くなって来ているようで何よりだな』
『この傾向ならきっと健康体になりますね』
庭の見える窓から使用人達の会話を耳にしたネタリアーナ。
『私が健康になったらアルーゴはいなくなるの?』
『ええ、医者というものは病のないところに不要ですから。王女様が私から離れるということはなによりですよ』
彼と会えなくなることを考え、たまらず切ない感覚を覚える。
『そんなの嫌……貴方がいなくなるくらいなら病気なんて治らなくていいわ!』
ネタリアーナはアルーゴの腕をつかみ駄々をこねる。
『困りましたね……陛下も私も皆、ネタリアーナ様には健康体になっていただきたいのです。そんなこと、仰らないでください』
『じゃあ健康になってもアルーゴは私の傍にいてくれる?』
『……ですから』
ネタリアーナが十二になる頃、すっかり健康そのものになり庭で花を眺められるようになった。
アルーゴは時たまネタリアーナの様子を遠くから見る。
立場上用もないのにおいそれと会えないし、話し相手にはなれない。
互いにそれをわかって、遠目でその姿をとらえることに止めていた。
もうすぐ隣国に嫁がせられる頃だろう。
ネタリアーナは周りの雰囲気から、そんな様子を感じ始めた。
『私いきたくないわ』
言われたわけではないが、言われる日も近いだろうとネタリアーナは懸念してアルーゴに泣きついた。
『どなたか心に秘めた相手でも?』
『ええ……だから私、健康体じゃなくてもいいの。昔のように外の世界なんていらないから……』
ネタリアーナの病はアルーゴによる隠蔽で、それは永遠に続いていくのだろう。
――――――医者では病は治せなかった、いいや治さなかった。