薬師と懸念姫 前途多難
ある国の皇女はまるで病にかかったように、ぼうっと空を見上げていた。
「姫様、何を見ていらっしゃるんですか?」
侍女はただじっと空を見上げる皇女の様子が気になり、声をかけた。
「空よ…ハァ」
けれども皇女は上の空――――。
「はあ…」
二度ため息をつく皇女に侍女達は困り果てた。
「姫様、病なら薬をお飲みください」
皇女を心配した侍女は薬をテーブルに置く。
「え!?病!?なに言ってるのぜーったい私は飲まないわよ!!」
皇女は病などではないと、侍女に言う。
しかし侍女達はなにか変だと思い、薬師に相談するのだった。
「病?あの姫様が?」
薬師は幼少期の身体が弱かった皇女の為に薬を作っていた者だ。
薬師は皇女が健康体になってからはお役御免になり
今では森の奥の小屋暮らしをしている。
「やはり薬は飲まないの一点張りです」
皇女は両親を薬師に殺められた。
それからというもの、皇女は薬の類いを嫌悪するようになり
風邪をひこうと、熱が出ようと、どんなに重い病気の時も薬は一切飲まず自力で治した。
その結果、皇女は病にかからない丈夫な身体になった。
「それは薬で治るようなものではないでしょう」
おそらく皇女は病ではない。
と薬師は侍女達に告げる。
ではなんなのか、侍女達は薬師を問い質した。
「恋煩いです。若い人がただ空を見上げているなんてそれくらいでしょう」
薬師の言葉に、ようやく合致がいった侍女達は納得する。
「ではどうすれば」
侍女の一人は皇女の恋煩いをどう対処すればよいかをたずねた。
「知りません。姫様の懸想の相手が判明しないことには」
薬師、侍女等は頭を悩ませた。
「はあ……」
―――私は想いを寄せる彼の人の目と同じ青の空を見ていた。
悶々と悩んでいると、扉を叩く音がした。
「姫様」
彼は幼い頃から城に使えている薬師<くすし>。私の想い人である。
「なにかしら」
「病を患われたと、侍女たちから聞きました」
―――私が最近部屋にこもりがちだから、誤解させてしまったようだ。
「それは誤解よ」
「いいえ、無理におっしゃられなくとも、我々はわかっていますよ皇女」
なにを、あらたまって―――
「叶わない恋をなさっているんですよね?」
「え!? ……そっそうよ」
貴方が好きなのよ。と言おうとしたら――――
「ならば、この薬をお使いください」
「……は? ちょっと待ちなさい!」
彼はビンを差し出すと、部屋から去ろうとした。なのですぐにひきとめる。
「なんでしょう?」
「なんでしょうじゃないわ!! これは何よ」
「死にませんから大丈夫です。それを飲ませれば相手は貴女を好きになりますよ」
「……」
彼は私が他に好きな相手がいると思って、それでいて冷静にこんなものを渡している。
「……なら貴方が飲んで」
そう言うと、意外そうな顔をして薬を飲んだ。
「私のこと好き?」
「好きですよ」
__
『好き!』
『姫様はきっといつか素敵なお相手が見つかりますよ』
『あなたは将来私のおムコさんになるのよ! 好きのひとつでもいってちょうだい!』
『はいはい。好きですよ』
―――昔の会話の雰囲気とまったく変わらない。
さっきの薬、本当は効果ないんじゃないかしら。
「本当に好きなの、面倒だから嘘ついているんじゃない?」
「私はそう簡単に愛を囁いたりしません。信じてください」
「わかった。信じるけど……」
「昔はよく『婿になれ』と言っていましたね」
「昔の話よ」
言えない――小さな頃は彼を私の婿にすると、言えたのに―――
常識や恥じらいを覚えたのもあるが私は姫。いくら親しくても彼とは結婚出来ないかもしれない。
「いつになく顔がキリリとなさっていますね。どうしました?」
「失礼ね、普段はしまりない顔をしているとでも言いたいの?」
会話をするとつい喧嘩腰になって返してしまう。それでも彼は嫌な顔すら見せず大人の余裕ってやつで笑う。
惚れ薬を飲んだのは彼なのに、いつも患うのは私なのだ。