第四章 16.戦闘狂
「……つかれたっ」
ネムは、ぺちゃんと耳をたらしてオレに報告する。
隣を見ると、ミィーカが腰を抜かして座り込んでしまっていた。
おっさんとレイくんは辛うじて立ってはいるが、口をあんぐりと開け、身体はブルブルと震えている。
……実は震えているの、オレもなんだよね。
もちろん、これは武者震いだよ?ブルブル。
けっしてネムの使った魔法のすさまじさに怯えている訳じゃ無いんだ!
「……ごめんね。まぶしくなかった?」
「ああ、うん。一瞬だったしな。……大丈夫だ……と思う。なあ、みんな?」
みんなはいまだグツグツと煮える地面と、お空に上がった大きな雲を見つめ、コクンと頷いたのだった。
「なぁ、ネム。複合魔法って、元素聖霊の力を借りなきゃ使えないんじゃないのか?」
真っ赤に煮える地面を避けるように歩きながら、オレはネムに質問する。
実はその辺りの魔道書は買った記憶が無いんだよね。
さすがにネムたんでも、独自に元素聖霊の魔法を編み出す事は出来ないだろう。
できないよね?
今や戦いの火ぶたは切って落とされ、砦に向かい別働隊、冒険者と兵士の連合軍が掛け声を上げながら突撃していた。
ネムによると、ビーストテイマーは魔物の最後を見終えると自害したそうだ。
なんとも都合のいい連中だ。
自分たちだけ楽しようってんだからな。
戦いの様子を見ると、理想郷の残党たちの士気は低い。
そして、連合軍の士気は異様に高かったりする。
口ぐちに「アルケイン様が悪事に力を貸す訳がないのだ!恐れ入ったか!」的な事を叫んでいる。
どうも、オレたちが攻撃を仕掛ける前に、光の聖霊アルケインの天罰が下ったと勘違いしているらしい。
そう言う風に勘違いしてくれたなら、こちらとしては好都合だ。
ギルド職員さんたちには黙っていて貰うよう頼んでおいた。
ちなみに腰を抜かしたミィーカを馬車まで送って行こうとしたが、断固拒否をされてしまった。
今はオレのマントの隅を掴みながら、トボトボと後ろをついて来ている。
オリヴィアが心配なのは分かるし、保護した時介抱するのは自分だと思っているようだが、オレからしたらあんまり無理はしないで貰いたいんだがな。
ネムが使ったのは風魔法の『風防壁』の強化版『風防結界』と『風操作』、そして炎の上位魔法『火葬』の合成魔法だそうだ。
要は、風魔法で炉を形成し、中にありったけの燃料をぶち込んで、炎の上位魔法を使い熱を一気に上昇させた。……と言う事らしい。
前にネムが斬首大泥蟹に使った『無酸素隔離空間』だっけ?あれの応用だな。
「へへっ、ひみつだよ!……魔法にはね『気付き』がじゅうようなんだ。――おっと、これ以上はダメだって。ハルトならすぐ気付けると思うんだけどな?」
……うん、買い被りも良い所だな。
オレは誤魔化す為に、MPを大量に消費してぐったりとしているネムの頭を撫でようとして……ん?
一瞬ネムの頭の上にチョコンと小さな人形みたいなのが乗っていたと思ったんだが、気のせいか?
すぐに消えてしまった。
先ほどネムの放った魔法の光のせいで、眼が疲れてるのかな?
「なあ、今回はオレが言い出したことで、アレなんだが……あの規模の魔法は、なるべく使わないようにしような」
「へ?なんで?」
「確かにな。……あれは悪目立ちし過ぎる。俺たちはネムが危険ではない事は分かっているが、他の者はそうは思うまい。今回は皆が勘違いしてくれたから良いが、そうでなければ皆がネムを危険視する可能性がある」
そう言って、おっさんはギルド職員さんを睨み付けた。
ギルド職員さんたちには、その意味が「誰かに話したら命は無いぞ」と捉えたんだろう。
真っ青な顔で慌ててうなずく。
おっさんはその様子をみてニヤリと笑った。
未来の部下よりネムを心配してくれたのは評価するが、上司が部下を睨み付けるのはよくないと思うぞ!
「そうかもしんねぇっすね。ハルトの兄貴も規格外だけど、ネムの方がよっぽど規格外っすよ。あれだけのレベルの魔法を一人で扱える奴は、多分ネムを置いてこの国には居ないっすよ」
おっさんとレイくんの言葉に、真剣な顔をして考えるネム。
「……わかった。もうみんなの前ではつかわないよ。……ミィーカちゃん、ひょっとしてさっきからだまっているのは、ボクがこわいから?」
そして、少し悲しそうに、ネムは先ほどから黙っていたミィーカに向き直った。
「あっ、いや。正直それもあるけどよ。色々ビックリした……つーか。レベルが違いすぎて驚いたつーか。……ごめんな」
ミィーカは、思考が追い付いていないんだろうな。
初めての人対人の何でもアリの戦い。
自分の教えられて来た事と現実のギャップ。
……そして、天才と凡人との差に。
ネムは魔法の天才だ。
多分、いや、確実に戦闘能力はオレを上回っているだろう。
オレはソウルイートでズルして強くなっているが、ネムに関しては『何でも分かる帽子』のブーストが有るとはいえ、この世界に来て数か月で、しかもほぼ独学で魔法をここまで覚えてしまっている。
それは日々、魔法や剣術の鍛錬を続けるミィーカにしてみれば圧倒的に映っただろう。
自分の努力は何なのか?
今までやって来た事は、無駄だったのか?
ネムの魔法を見て、自分のコツコツ積み重ねて来たものが無価値だと感じてしまったのかもしれない。
オレにもその気持ち、分かるよ。
今はズルをして強くなったオレだが、元はそちら側の人間だ。
それはしょうがない事なんだ。
結局「自分は自分、他人は他人」と割り切って行かなきゃならない。
むしろ、早めに気付けて良かったのかもしれないぞ?
お前が飛び込もうとしている世界は無慈悲な世界だ。
確かにお前は剣の才能はあるようだが、その程度の才能の人間は、星の数ほどいるだろう。
その中で極一部の運の良い者か、さらに才能のある者しか生き残れない過酷な世界。
それは残念ながら「努力」なんかじゃ到底到達できない世界だ。
「……こんなに遠いのかよ?」
後ろで悔しそうにつぶやくミィーカに、オレはかける言葉を見つけられなかった。
オレたちは、戦いの混乱に乗じて砦の中へ入る。
ほぼ砦は落ちていると言ってもいいが、未だ反抗してくる理想郷の残党たちは居るようだ。
めんどくさい話である。
「さぁて、そろそろ俺達の出番っすよ。ねぇ、ランドルの旦那?」
「……ああ、そうだな。ここは我々に任せて、ハルトとネムはミィーカを守っていてくれ」
二人は、獰猛な笑みをこぼしてオレたちを見た。
「いいのか、おっさん。利き腕故障してんだろ?レイくんも運び屋だろ?二人とも気持ちは分かるが、無理すんなよ」
「へっへっへ。そりゃ俺達が『運び屋』だからですよ。運び屋が、冒険者を狩場から街へ送り届けられないなんて知れ渡ったら、明日から仕事が無くなっちまうんですよ」
「その通りだ。……よく言った、レイ」
おっさんは、愛剣のクレイモアをゆっくりと背中から抜く。
「俺は元々魔物より、人間相手の喧嘩の方が得意なんすよね。ケンカ無敗の『光速ブチギレ小僧』レイとは、俺の事っすよ?」
自慢げに腰から下げた小剣2本を抜き放つ、レイくん。
ちょっとカッコいいけど、その呼び名はカッコ悪いな。
それにしてもだ。
運び屋としてのプライドは称賛するが、その理論おかしくないか?
君たちの理論だと、冒険者より運び屋の方が強いって事になってしまうよ!
《レイくん、レベル25だよ!》
ネムからの念話だ。
オレが心配していると思って、無理してレベルを見てくれたんだろう。
ちなみに『何でも分かる帽子』は使用しているが、最小限しか使用していないそうだ。
ネムは現在、感情や痛みが逆流しないようにセーフティを構築中との事。
……本当に優秀だよね。
本来はネムの索敵能力とマッピングでオリヴィアの捕えられている場所まで案内してもらう予定だったのだが、今回は砦の中を地道に探索をするしかない。
前もって、砦内部の正確な地図を用意する訳にも行かなかったしね。
レイくんって確か、元Dランクの冒険者だよね?
レベル25って事は、実力はCランクくらいか?
初めの頃に、オレに喧嘩を売って来た訳がよーく分かった気がするよ。
レイくんは小剣を舌で舐めた後、薬瓶を取り出して、粘度の高い液体を剣にかける。
多分毒だよな?
何と言うか、三流悪党みたいなヤツだな。
「先にお前らが使ったんだから、俺様の得意技を解禁してやる。――行くぜ?行くぜ!?烈風切りぃ!!」
おお、レイくんが開幕ブッパしおったぞ。
剣先に着いた粘度の高い毒が疾風に乗って、敵複数に直撃する!
叫び声をあげて吹き飛ぶ残党たち。
見ると、残党たちは、体中に無数の切り傷を作って痙攣していた。
……この使い方はゾッとする。
「ヒャッハッハッハ!俺様こそ『死を呼ぶ黒い行進』は死の運び屋、レイ様だ!投降しない奴は、俺様の毒の餌食だぜぇ!?」
レイくんの発言にビビったのか、数名の敵が両手を上げて物陰からオレたちの方へとやってくる。
レイくんはその敵に向け、懐から取り出したダーツを容赦なく投げつける!
もちろんそのダーツには毒が塗ってあるようで、当たった敵は直ぐに痙攣しながら崩れ落ちた。
この敵、投降しようとしてなかったか?
見ていると、魔法使いへは問答無用でダーツを投げているようだ。
「言い忘れていたが、俺様は何するか分かんねぇ魔法使いは容赦しねぇぞ!」
こいつ、手癖も悪いな。
この際、『死の運び屋』うんぬんは放っておこう。
レイくんは、こうやって生き残ってきたと言う事だな。
むしろこの戦い方に、オレは称賛の拍手を送りたい。
次にオレはランドルのおっさんを見た。
おっさんは洋風忍者(暗殺者……なのかな?)みたいなヤツと先ほどからにらみ合っている。
「ほう、貴様は『幽鬼』ドラフィス。……貴様ほどの男が、何故、理想郷に与している?」
「……『大虎殺し』ランドル。巨星の一人か。……それを語れば剣を引くか?よもや引くまい」
「……ならば、これ以上語るまい」
おっさんは静かに上段の構えを取り、間合いを詰める。
そして、その巨体に似合わない速さで洋風忍者に近づき、クレイモアを振り下ろす!
洋風忍者はその迫力にたまらず、おっさんの剣を防ごうとする。
あーあ、ビビったら負けだよ?
「――グウッ!」
うめき声を上げながらも、洋風忍者はなんとかおっさんの剣を防ぎ切ったようだ。
だがそこへ、おっさんの蹴りが、容赦なく洋風忍者のみぞおちを襲う。
そして、後ろへ下がった洋風忍者の顔面へ、ダメ押しの拳を放つおっさん。
倒れ込んだ所を、自重を乗せたクレイモアで串刺しだ。
洋風忍者も相当の使い手のようだが、先の取り合いではおっさんの方が一枚も二枚も上手。
そして単純の様だが、あくまで相手の得意な動きをさせない立ち回り。
まさに、『剛の剣』って所だな。
「二人とも、まだまだ現役行けるんじゃないか?」
「へっ!ハルトの兄貴に言われるとお世辞にも聞こえねぇ」
「そうだな。それに技のキレは現役時代には遠く及ばん。やはり、我らはしがない運び屋の様だ」
嬉しそうに言う二人。
まったく、どの面下げて言うんだよ。
戦闘狂もいい所だな?
その後も二人の快進撃を見守りつつ、オレたちはオリヴィアの居場所まで砦の捜査を続けるのだった。
その間、ミィーカは一言も言葉を発さなかった。
そりゃあ、人がゴミ屑みたいに死んでいくんだ。
恐ろしいよな?
お前はこの世界より、もっと優しい世界へ行ってくれよ。




