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第四章 15.光と光

 オレは、全速力で森を駆け抜ける。

 走っている間にも、ネムは呪文を演唱し続けていた。


 かなり複雑な術式だ。

 ……本気で、一瞬で終わらせるつもりだな。




 森を抜け、開けた場所に出た。

 ここから数キロに渡って、草原地帯が広がっている。


 その中央に、砦はあった。


 立ち止ると、身体のあちこちにストローのような金属の筒を差し込まれた赤黒い兎とすれ違う。


 兎を生餌にしている訳だ。

 血を流させながら、血の臭いで魔物たちを誘導している訳ね。


 これなら、自分たちは安全な場所で高みの見物が出来る……と。

 

 オレたちから魔物までの距離、25m……20m……15m。


 酷い臭いが、風に乗ってやってくる。

 獣の臭い、血の臭い、臓物の臭い、死の臭い。


 なぁ、ネム。

 早く終わらせてやってくれ。


「……お待たせ。そして、さよなら」


 ネムは、魔物たちに別れの挨拶を済ませると、近くに転がっていた石ころ数十個を念動力で空に浮かび上がらせる。


「……無慈悲なる跳弾の雨(マーシレス・レイン)


 ネムの魔力に乗せて、石ころが旋回し始めたかと思うと、まるでピンボールゲームをしているように石ころ同士でぶつかり、跳ね返り出す。


 その速さは、一瞬で肉眼で追えない速度に達した。


 石同士が跳ね返る音、湿った音がした後、ドサッと魔物たちが倒れる音がする。


 ……そして、オレたち以外にこの草原で立っている者は居なくなった。


 気付けば、虫の鳴き音ひとつしない。

 先ほどまでの魔物たちの叫びが、嘘のような静寂が辺りを包んだ。


 目を凝らして魔物を見ると、全ての魔物たちは頭を打ち抜かれ、その場に倒れていた。


「大規模魔法をつかうと、むこうに何がおこったのかバレちゃうからね。……今のは念動力と『石弾ストーン・バレット』の応用だよ。『何でも分かる帽子』を使わなかったから、計算がちょっとたいへんだった」


 そう言ってネムは、オレの肩から腕の中へするりと身体をねじ込ませ、フニャーと伸びをした。


 え?……今のはひょっとして、下位魔法なの?


 オレはてっきり、大規模魔法を使うもんだと思っていたんだが……途中呪文を演唱していると思ったのは、ひょっとして、ぶつかり合う石をどこに飛ばすかっていう、計算をしていたのか?


「……『ちょっと』大変ね。MPはどのくらい消費するんだ?」

「うーん。『石弾ストーン・バレット』5発ぶんくらいかな?……こんどハルトにもおしえてあげるよっ」

「あっ、オレ、魔法より前線に立つ方が向いているから、魔法は生活で便利なヤツを教えてくれよ。ハハハハハッ!」

「わかったよっ」


 そう元気に言った後、ネムはさみしそうな顔をしながらオレを見つめる。


「……ねぇ、ハルト、このヒトたち、いたくなく逝けたかな?」

「さあな。だが、あのままにしとくより良かっただろうさ」

「……うん」


 ネムは、しばらくオレの脇へ顔をねじ込んで、静かに震えていた。




 しばらく砦を見つめていると、おっさんたちが走ってやってきた。


 やっと追いついて来たみたいだ。

 ……随分遅かったな。


「こっちはもう終わったぞ」


 人数を確認してみるとギルド職員の人たちが数名居ないようだ。

 こちらの状況を伝え、確認すると、馬車を守るために残ったらしい。


 ギルド職員の人たちはネムの手際の速さに驚いているようだったが、おっさんたちはケロッとしている。


 もう何も驚かない。といった風だな。


「……なあ、こいつに回復魔法をかけてやってくれないか?応急処置はしたんだけど、私の持ってる傷薬じゃ出血が止まらないんだ」


 見ると、ミィーカの腕に先ほどの血まみれ兎が抱かれていた。


 ミィーカも擦り傷だらけだ。

 兎を助けようとして追いかけて作った傷だろう。


 遅かった訳は、こいつを捕まえていたからか。


「分かったよ。一緒にお前にもかけてやる。顔までキズだらけだぞ?……セキは大丈夫そうだな」


 辺りがまだうす暗いので、ミィーカの顔に近づき、傷口を覗き込む。


 一応、水で洗ってはいるようだ。

 バイキンが入ると大変だからな。 


「あっ……うん。モニカ先生にお薬もらったから、今は大丈夫……」


 なぜこいつは顔を赤らめるだ?

 

「まったく何急に照れてんだよ。ジッとしてろよ。……広がる治療の波(エリアヒールウェーブ)

  

 範囲型の回復魔法を唱えたオレは、兎とミィーカの傷を確認する。


 ……うん、傷口はふさがったな。


 兎は、だいぶ血を流してるから助かるかどうなるか分からんが、出来れば助かってほしいよな。


「この子、ミィーカちゃんが助けたの?」

「ああ、そうだぜ?孤児院ウチで預かると食べ物になっちゃいそうだから、ランドル師匠が飼うんだってさ」

「俺も捕まえようとしたのだが、逃げられてしまってな。結局ミィーカが捕まえてくれたのだ」


 嬉しそうに言うおっさん。


 このおっさん、見かけによらず小動物好きだもんな。


 この兎も、魔物よりおっかない男に追われたら、文字通り脱兎のごとく逃げるよな。……これは傷つきそうだから言わないでおいてやるか。


「ありがとう。ミィーカちゃん、ランドルさん。……この子、元気になるといいねっ!」


 瞳を潤ませるネム。


 ……「食べようよ」とかネムが言い出さなくて良かったと、内心ホッとしているオレがいたのは内緒だ。


 その後、オレはミィーカと血まみれ兎を生活魔法できれいにした。

 ミィーカも気付いていなかったらしいが、兎の血でベチャベチャだったんだ。


 綺麗になった兎は、茶色の毛並で『角兎』と言う種類の雑食性の兎だそうだ。

 ちなみにこの兎に肉球が無いと知った時、オレはショックを隠し切れなかった。


 ……陸上生物全てに肉球がついていれば、世界は平和だと思う。


 兎はこのまま連れていけないので、ギルド職員の人が馬車まで持って行ってくれるそうだ。

  

 本来は夜が明けるギリギリのタイミングを狙って砦に忍び込む予定だったが、かなり作戦が狂ってしまった。

 なぜか砦の理想郷(あちらさん)も魔物を放った後、だんまりを決め込んだままだ。


 さて、どうしたもんかね。


 思案するオレの横で、ギルド職員さんの一人が魔道具を懐から出し、それに向かって何か小声で話し出す。

 

 話の内容から察するに別働隊と連絡を取っているのだろうか?

 

「――なるほど。……そういう事ですか。ハルト様、ランドル様、別働隊からの報告です。魔物を迎え撃つ構えで陣を張っていた矢先、魔物の叫び声が一斉に止んだ為、現在罠を警戒し、相手の出方を伺っているとの事。こちらの状況を伝え、作戦を組み直す方向で協議致します」


 このギルド職員さん、超有能である。

 こういうのは、プロに任せましょう!

 

 まあ、あれだけの叫び声の後、急に辺りが静かになったらウカツには飛び出せないか。

 相手が動き出してこないのも、案外同じ理由なのかもしれない。


 内通者が心配だが……この状況を見ると、正確にこちらの状況は掴めていないのかもしれないな。


 それにしても、無線的な魔道具も存在するんだな。

 見ていると、ギルド職員さんが交代で魔道具を使っているようだ。


 魔力消費が激しいのだろうか?


 その後、ギルド職員さんと別働隊との協議の結果、オレたちが魔物を撃破した事が判明したので、この機に別働隊が砦を攻め、その混乱に乗じてオレたちは忍び込む作戦となった。


 


 さて、いよいよ作戦も決まり、後は別働隊が動き出すのを待つだけだ。

 ギルド職員さんの一人が、おっさんに何かを告げる。


「――ハルト、喜べ。別働隊にはあの男が応援にやって来たそうだ。……これは思ったより楽に事が運びそうだな」


 おっさんの口元が吊り上った。


 おお!ついに、あの人が来るのか。

 おっさんにここまで言わせるって、やっぱあの人は相当強者なんだな!


 見ると、おっさんのスキンヘッドがテッカテカに光っていたりする。

 

 ん?

 光りすぎじゃね?


 ――そして、違和感に気付いた。


 オレは慌てて砦を注視する。

 その視線に気付いたのか、みんなも砦の方へ身体を向けた。


 まだ夜が明けて居ないというのに、砦の方が妙に明るい。

 いつの間にか太陽が砦の真上にかかっていた。


 ……いや、あれは太陽じゃない?


 白々しい嘘くさい太陽。

 その光は電球よりも明るくて、明け方のまだ夜の深い部分を照らし出すような嫌な光だ。

 それはまるで、部屋を暗くして寝ている時に、急に電気を付けられた時のようなイラつきと、隠し事をバラされた時のような不安や憤りを感じさせる光。


「この光は……光魔法の――」


 ネムが呟いた。

 おっさんとレイくんの顔がみるみる青ざめる。

 あわてて魔道具で再度連絡を取るギルド職員さん。


 ……何か分からんが、相手も仕掛けてきたって事だな。


「まさか、あの魔法を使える術者が理想郷に与しているとは……!」

「やべぇな。……取りあえず、みんな森まで退避しますか?」


 ミィーカが、二人の様子に不思議そうに口を開く。


「別に明るくなっただけだろ?……そんなヤバい魔法なのか?」


 その質問には、ネムが答えた。

 まるで普段のネムには似合わない、苦虫を噛み潰したような表情だ。


「……この魔法はね、とってもいやな魔法だよ。……『死者目覚めの洗礼クリエイト・アンデット』……せっかく、みんな逝ったのにね」


 『死者目覚めの洗礼クリエイト・アンデット


 この魔法は、オレも聞いた事がある。

 以前教会で聞いた神の教えに、こんな一節があった。


 光は――


「『光は、人々を導き……そして、死者を眠りから目覚めさせ……る?』……おい!この魔法は、こんな風に使っていい魔法なのかよ!?」


 オレと同じ事を考えたのか、ミィーカは声を荒げる。

 だが、オレの後半の感想は、ミィーカとは全く違うと言っていい。


 なるほど、効率が良い使い方だ。

 薬で興奮状態の魔物を特攻させて、相手が死んだと油断した所をアンデットとして使役する。


 実に無駄の無い、ビーストテイマーと光魔道士の連携。


 ……マジで、フ〇ックだぜ!こいつら!


「『大聖霊・光の使徒アルケイン』様は、善人の味方じゃねぇのかよ!」


 ミィーカはまるで納得がいかないらしく、大声で叫んだ。


 口は悪いが、実にこの国のシスターらしい意見だな。


「いいや?ヤツらに善も悪も無いね。ヤツらは魔力が喰いたいだけなのさ」

「この魔法は、戦場で死んだ仲間に助けを願う、最後の希望の魔法だろ?……善なる魔法のはずだ!こんな使い方していいはずねぇだろ!!」


 なるほど、なるほど。

 この国ではそう言う風に教えている訳ね。


 物は言いようだな?




 オレはミィーカをなだめながら、死んだ魔物たちを見つめた。


 今まで動かなかったはずの身体が痙攣し始め、白く濁った眼球がキョロキョロと動き回る。


 起き上がるまでは時間の問題だな。


 ネムの尻尾の毛が怒りで逆立ち、口元は獰猛に吊り上っている。


 一番怒らせちゃいけない人物ネムを、極限まで怒らせてしまったようだな。


「……ネム、戦いの狼煙をオレたちが上げるのはどうだ?……ついでにこいつらが安らかに眠れるよう、火葬にしてやろうぜ?もう永遠の眠りから邪魔される事が無いようにさ。――おっさん、ギルド職員さん方、それでいいかい?」


 ネムは、砦の方角の『嘘くさい太陽』を睨み付けながら「……分かった」と確かな決意でオレに告げてくれた。


 おっさんとギルド職員さんもそのように取り計らってくれるようだ。

 ギルド職員さんが再度、別働隊に連絡を取ってくれている。


 ……では、決まったな。


「天に届くように、でっかい花火を打ち上げてやろう!」

「わかった!……みんな下がってて。ボクは今、ものすごく怒っているんだ。……今使えるせいいっぱいの大規模魔法をつかうよっ!」


 ネムはそう言った後、風魔法の『風防壁』で魔物たちが倒れている草原一帯に風の結界を張り巡らせる。


 そして、何重にも風の結界を上書きして行く。


 まるで巨大なドーム……いや、これは大きな炉だ。

 ネムは、風の結界で大きな焼却炉を作成しているようだ。


 ……ひょっとして、これは複合魔法?

 確か複合魔法って、『元素聖霊・フナット』にコントロールして貰わないと使えないって言って無かったっけ?


 そんなオレの疑問をよそに、ネムが呪文を編み上げて行く。


 ネムから濃縮された魔力の風が吹き荒れる。

 その様子に、膨大な魔力を消費しているのがオレにも分かった。


「今度こそ、おやすみ。……風と炎の精霊よ、今こそ手を結び、その力、我が供物を使いて刻みつけよ。……複合魔法・火葬のゆらめきクリメイション・フレア!」


 ネムの言葉を鍵として、辺りは白光に包まれた。

 その光は、嘘くさい太陽を消し去り、辺りを覆い尽くす。


 まるで全てを消し去る潔癖症の光だ。


 炎も温度が上がれば、やがてまばゆい白光となる。


 光の聖霊と炎の精霊の光の勝負は、術者の差で、今回は炎の精霊に軍配が上がったようだ。



 願わくばこの光が、哀れな魔物たちを安らぎへ導く光で有らん事を、オレは願った。




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