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第四章 12.顔のこわいおっさんと、オレ

 その後、クーを教会に迎えに行って、家まで送ってもらった。


 気付けばもう夜。

 丸一日経っていたって事だな。


 ネムとクーを家に送り届け、オレは「おっさんともう少し話があるから」と言って、おっさんの家まで付いて行った。


「……さておっさん、ここからは家の子たちに聞かせられない、プライベートな話をしようぜ?」


 おっさんは、露骨に嫌そうな顔をする。


「斜余曲折あった訳だが、これでおっさんは『ただの運び屋』じゃ無くなったって訳だ。そろそろモニカ先生とどうなりたいか、オレに話してくれよ?」


 そう、今回の作戦の真の目的はここだ。

 これならどんなチキン野郎でも、言い訳け出来ないだろ?


「……俺にも事情があると言っただろう。その事は、詮索しないで貰おう」

「じゃあ、オレが貰っちまってイイわけだな?」


 おっさんは、オレをギロリと睨み付ける。


 フン、チキン野郎の睨み付けなんかこわくねーんだよ!


「お前には、クーアスティルが居るだろう?お前を慕っている女性も多いはずだ。それにこれから旅に出ると言うのに……彼女を傷つけるつもりなら、例えお前でも許さんぞ?」

「おいおい、何が『許さんぞ』だ?気が早えーな。もう騎士さまにでもなったつもりか?……イイ女が居たら抱きたくなるのは当然だろ?」

「……貴様ァ!」


 おっさんは、ドラゴンだって逃げ出しそうな殺気を放って拳に力を入れる。


 そこまでキレるくらいなら、何で告白しないのかねぇ?

 このおっさんの気持ちが、オレには分からないな。


「殴ってもいいんだぜ?そしたらモニカ先生に治療してもらうさ。その時に――グハッ!」


 言葉の途中で、まるで丸太で思いきり殴られたような衝撃がオレの顔面に走る。

 脳天が揺さぶられ、意識が飛びそうになるのを必死でこらえながら、オレはおっさんを睨み付ける。


 いきなり殴りつけやがって!


 このおっさん、マジで手加減してねぇ。

 これ、普通の人間にやったら即死だからな!


「……貴様が、そこまで下衆だったとはな!」

「ああ!?告白も出来ねぇチキン野郎に、ゲス呼ばわりされる云われはねぇんだよ、ハゲ!――ほらよ、お返しだ!!」


 オレはおっさんの懐に潜り込み、ボディブローを放つ。


 おっさんは声も上げず、そのままうずくまってしまった。

 呼吸困難で身動きが取れないようだ。


 少し力を入れ過ぎたか?

 ……まあ、暴れる可能性が高いし、結果オーライって事にするか。


「ヘッヘッヘッ、やっと大人しく成りやがったな。モニカ先生から聞いたんだが、オレは死んだ旦那に目がそっくりらしいぜ?……おかげで子供扱いだ。今なら警戒心を抱かせず、押し倒せるかもなぁ。モニカ先生ってうまそうな身体してるよなぁ。ギャハハハハッ!」


 オレ史上、最高のゲス顔スマイルでおっさんを見る。

 おっさんは、必死にオレの足を掴もうとしてくる。


 『大虎殺し』が哀れなもんだぜ!


 オレはその手を足で払いのけ、さらに言葉を続ける事にした。


「ブルースさんとおっさんの間に何があったか知らねぇけどよ。結局お前は、全てを言い訳にしてモニカ先生に告白できない、ただのチキン野郎なんだよ。――早くコクっちまえよ。じゃないと、本当にオレが貰っちまうからな?」


 オレの発言に、さもつらそうな顔をするおっさん。


 ああ、イライラするな!


「じゃあ、今からモニカ先生の所行ってくっから、おっさんは一人でお寝んねしてな!」


 オレは、そう言っておっさんの家を後にした。

 



 ……やり過ぎた。


 ひどい後悔がオレを襲う。


 せっかく、仲よくなったのにこれじゃダメだ。

 ひょっとしたら、おっさんとはもう仲直り出来ないかもしれない。


 初めは「モニカ先生はおっさんの事気にしてるぞ。気持ちを伝えてやれよ」って言うつもりだけ、……だったんだがな。




 オレは、自分の家の玄関前で回復魔法をかけてから、家に入った。

 回復魔法を使ったのは、二人に心配させる訳にもいかないからだ。


 もちろん、モニカ先生の家に行くつもりなんか、初めから無い。


「……ただいま」

「おかえりなさい」


 オレの声に、クーが優しい笑顔で玄関まで来てくれる。


「……クー、ただいま。ネムは?」

「ネムちゃんは、お風呂に入って、またねちゃいました。……とってもつかれてたみたいです」


 さすがに丸一日寝ないのは猫にはキツかったか。

 あれで、カーティス伯爵に気を使っていたって事だな。


「……あのっ、ご主人さま?」

「どうした?」


 珍しくクーは、オレの顔をジッと見つめる。

 その表情は心配そうだ。


 おっさんに殴られた怪我は治したはずなんだがな。


「いえっ、……その、……ご主人さま…なんだかつらそうです。ランドルさまとなにかあったのですか?」

「ああ、ちょっとな。……クーは心配いらないよ」


 クーは何かを言いたそうにそわそわし出す。

 そして、何度も悩んだ後、口を開く。


「……ちょっとって、モニカ先生のこと……ですよね?」


 ……そう言えば、クーの居る前で話していたな。


「うん。……おっさんにモニカ先生のへの気持ちを伝えてもらおうとお節介をやいてね。きつく言いすぎてしまったんだ」


 クーは「……そうですか」と言って、またしばらくオレの顔を見つめてくる。


 普段見つめて来ないクーに見つめられると、緊張してしまうな。


「……ご主人さま……ひょっとして――」

「ん?どうしたんだ?」

「……いいえ、なんでもありません」


 そう言った後、クーはオレの手を握って来た。


 今日のクーは、変なクーだな。


「……ご主人さま」

「なんだい?」

「あのっ、おねがいを……わがままを聞いていただけないでしょうか?」


 普段お願いなんてしてこないのに、ますます、変なクーだな。


 でも、甘えて来てくれるのは……嬉しいよな。


「うん、いいよ。お願いってなんだい?」

「……少しだけ……かがんでもらえないでしょうか?」

「分かったよ。――これでいいかい?」

「……もう少し、下へ……はいっ、これでだいじょうぶです」


 何だろう?

 何かのおまじないかな?


 クーは大きく深呼吸した後「ぶれいをおゆるし下さい」そう言って――


 ――オレを抱きしめた。


 いいにおい。

 心臓の音が聞こえてくる。


 その鼓動に揺られるようで、何だか気持ちがリラックスしてくる。


 まだガリガリの身体だけど、なんだか精一杯の母性を感じてしまうな。


「……どうしたんだ、クー?」

「わたしは、その、……ネムちゃんより口下手ですし、……その、たよりないし、ご主人さまにはまもってもらってばかりですが……えっと、……つらいことがあったら、なんでも……言ってもらいたいですっ!」


 その言葉に、思わず涙が溢れそうになる。


「……わたし、わたしは、ご主人さまのつらいきもち……わかります。……きづいてしまったんです。……ご主人さまは、モニカ先生のことが……好き、だって」


 ……まさか、クーに気付かれるなんてな。


 そう、オレはモニカ先生のことが「好き」なんだ。


 自分でも気づいていたさ。

 じゃなかったら、おっさんにあんな態度取るはずが無い。


 あれは、ただのガキの嫉妬だ。

 オレ、バカでガキだから、おっさんに嫉妬して、あんな言い方しか出来なくて、カッとなって……殴っちまったんだ。


 オレは、モニカ先生にこの気持ちを伝える訳にはいかない。


 だってさ、オレじゃ、モニカ先生を幸せに出来ないんだ。


 だって、モニカ先生の願いは……。


 オレは、クーにしがみ付いて泣いた。


 これじゃ、いつもと立場が逆だな。

 クーの洋服が、オレの涙と鼻水でべちょべちょだ。


 ……少し情けない。


「わたしは、まだむねも小さいし、やせっぽちですが……がんばって……ううん、ぜったいに、モニカ先生よりきれいに……は、むりかもですが、モニカ先生よりいい女になってみせます。……ですから、もう少しだけまっていてください、ご主人さま」


 そう言って、クーはオレを慰めてくれた。


 だが、将来綺麗になったクーがお嫁に行ってしまう事を想像して、さらに大泣きしてしまったのは……ここだけの話しだ。




 翌朝、クーにしがみ付いて泣いたおかげで、割と気持ちはスッキリしてしまっていた。

 寝ているネムとクーの頭をひとなでして、オレは玄関に向かった。


 クーがどんどん優しい女の子になっていってくれて、本当に嬉しい。

 クーとの散歩の前に、失恋の痛手も、性欲も『円の剣陣』トレーニングで解消なのだ!


 見てくれよシャムロック氏、オレ、アンタから貰ったこの剣術を立派に役立てているぜ?


「新しい朝が、きーたーぞっと!」


 玄関を開けると、そこには凶悪な顔をした男が立っていた。


「……ゲッ!」


 思わずオレは、玄関の扉を閉める。


 げ、幻覚じゃないよな?

 もう一度、今度はこっそり開けてみた。


「……モニカ殿から全て聞いた。俺をギルド支部長に推薦したのは、俺に告白させる為だな?」


 猛禽類のような目でオレを睨む男。

 ――見間違いじゃ無きゃ、ランドルのおっさんだ。


 間違いない。

 これは、オレを、オレを……殺しに来たな。


「……ひとちがいアルよ?ワタシ、見に覚えナイアルよ?」

「身に覚えが無いのか有るのかはっきりしろ!……だが、今回は礼を言わねばならぬようだな。おかげで踏ん切りがついた。感謝する」


 そう言って、オレに礼をするおっさん。


 「踏ん切りがついた」って、まさかフラれたのか?

 どう考えてもOKな状況だと思ったんだが……。


 よく見ると、おっさんの両頬は赤く腫れ上がっている。


「……まさか、勢い余って襲いかかったんじゃないだろうな?」 

「そんな事する訳無いだろ!気持ちを伝えた後、『必ず神の宝玉を見つけ出し、ブルースを生き返らせる』と宣言したら……叩かれたのだ」


 このおっさん、やはりバカなのか?


「……そら、叩かれるわな」

「何故だ?……その後事情を説明し、お前を殴った事を伝えたら、また叩かれた。……そしてお前の企みを、モニカ殿から聞いたのだ」

 

 その発言に、オレは思わず吹き出してしまう。


「……プププッ!ざまぁ!」

「くう、何故お前だけ殴られた後が残っていない!?」

「回復魔法だよ」

「卑怯なっ!」

「……か・い・ふ・く、してやろうか?」

「……いや、いい!」


 何なの、このおっさん!

 モニカ先生に叩かれて嬉しかったのかよ!


 でも、待てよ?

 モニカ先生の気持ちは聞いていないのか?


「なあ、それでモニカ先生は何て言ってたんだよ?」

「……叩かれた後、帰って来た」

「はぁ?」

「叩かれた後、帰って来たと言ったのだ!」


 つまり、返事も聞かずにショックでノコノコ帰って来た訳か?


「あのな、おっさん。……今からモニカ先生の所行って、謝ってだな、気持ちを聞いて来い。な?悪い事は言わないから」


 おっさんは「仕事が……」とか、ブツブツと言い訳をオレにしてくる。


 ひょっとして、朝っぱらから家の前に居たのは、誰かに話を聞いてもらいたかったからか?

 残念ながら、顔のこわいおっさんを甘やかす優しさを、オレは持ち合わせちゃいないんだよ!


「おっさんよ――」

「――丁度いい!ハルト、大変なんだ!!」


 オレがおっさんに文句を言おうとしたその時、ミィーカが血相を変えてやって来た。



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