第四章 11.ベルーガの呪縛
「なんて素晴らしい日なんだ!我らが一族の『呪縛』も、解かれる日は近い!ありがとう!」
屋敷に戻っても、カーティス伯爵の興奮は冷めないようだ。
目なんかギンギンに輝いている。
先ほどはその眼で、「ハルトくんっ、是非私の事は『カーティス』と呼んでくれっ!」と言って来た。
……非常にこわい。
そう呼ばないと許してくれ無さそうだったので、オレは「カーティスさん」と呼ぶ事で許してもらった。
おっさんは終始黙っていた。
馬車の中で、ネムがおっさんに何か耳打ちしていたようだが、少しだけ不気味だな。
オレたちは森王ザリガニの幼体を雄雌4体、成体を雄雌4体ほど捕まえてカーティス伯爵のお城にやって来ていた。
あの後、カーティス伯爵の提案で、すぐに出発して森王ザリガニの聖域に捕獲に向かうことになったんだ。
目的地まで半日、夜に出発し朝に到着と言うめちゃくちゃな流れだったが、伯爵は大層興奮してくれて、道中眠る事も出来なかった。
ぶっちゃけ、抑えるのが大変だったよ。
ネムは「ハルトが二人いるみたい」とぼやいていた。
ネムよ、オレはもっと節度ある人間だよ?
ちなみに森王ザリガニは、屋敷内の生け簀で飼育するつもりらしい。
その時少しだけ案内して貰ったが、屋敷の外に放牧場があり、珍しい魔物がのびのびと飼育されていた。
……生物マニア。
多分この伯爵、私財の使い道の一つはここだろうな。
「今度、クーアスティル嬢も呼んだ時に、私がご案内するよ。是非みんなを見て触れて感じてほしい!」
目をきらめかせて話すカーティス伯爵。
この人、オレの事を同じ動物好きだと勘違いしたようだ。
残念ながら、オレは動物好きじゃない。
オレは肉球好き……もしくはただ単にネムたんが好きなだけなのだ!
さて、話は戻ってカーティス伯爵がオレたちにお礼を言った所だったな。
ちなみにネムたんは現在、ふかふかソファーで寝ている。
まあ、今回は寝ないで大変だったもんな。
一族の「呪縛」ね、面白い言い回しだ。
このカーティス伯爵は、迷宮発見を名誉とは捉えていないようだ。
そして、中断していたお礼の話しになったので、おっさんをイーブスの冒険者ギルド支部長に推薦した。
色々と思う事があったようだし、丁度いいだろう。
「――なるほど。ランドルくんをギルド支部長にね……。よかろう、私にはギルド支部長の決定権は無いが、前支部長の件ではギルドに貸しがある。強引に捻じ込んでやろうじゃないか。ついでにランドルくんには名誉騎士爵を与え、有事の際には騎士団統括の権限を与えよう。……これから忙しくなるからね」
ギルド支部長に騎士団統括。
この領地の武力は、おっさんに集まる訳か。
確かに、指揮系統がシンプルになるのは、これからに向けていい事なのかもしれない。
見た目と違って、悪い事の出来ないおっさんの性格を踏まえて言っているんだろうな。
「俺に……いえ、私にその様な大役が務まる訳がありません。大体――」
「ランドルくん、私は、君を高く評価している。例えハルトくんの言っていた事が嘘だとしても、彼にそこまで言わせたのは君の実力さ。――君に実力が無いと言うなら、優秀な人材を揃えれば良い。他人を見る目を、君は持っているよ」
しどろもどろになるおっさん。
褒められ慣れて無いのか?
カーティス伯爵の口ぶりから察するに、おっさんに全てひっかぶせようとしていたのバレているようだ。
抜け目の無い人だ。
それを分かって、今回はノッてくれたという訳か。
「さて、ハルトくん。君の望みはこれで良いのかい?」
「ええ、ありがとうございます、カーティスさ……ん」
「――いいよ。これで、ランドルくんを通じて君との繋がりが出来た。親しい友人の頼みなら、君は断れないだろう?」
そう言う魂胆ね。
やっぱ賢い人って苦手だ。
「……どれだけ親しい人の頼みでも、戦争には加担する気はありません」
そう、これがオレの本音だ。
この国の貴族になれば、オレは戦争に参加しなければならなくなるだろう。
戦争なんか、まっぴらごめんだ。
「なるほど。……私も出来れば戦争などご免だね。君達だから言うが、本音を言えば、一部の人間を除いて、この国も半ば無理やり参加させられているのだよ。竜人族に刃向えば、『悪の種族』と断ぜられ滅ぼされてしまう。人間とは無力で悲しいものだ」
おい、重大な発言だなそれ。
出来れば聞かなかった事にしたい内容……だな。
隣でおっさんも驚いているようだ。
「この国では、竜人族は善の種族とされ、その様に教育されているが、何の事は無い。強大な武力を持った隣人に、私たちは逆らえないだけなのさ。――実は迷宮の発見は、我が領地の戦争参加を免除する恩賞を国から貰えるんだ。だから安心していいよ。……分かるかい?今まで我々が血眼で探していた訳が?この私の喜びが」
戦争の参加への免除……つまり、戦いに参加するよりも迷宮で資源を生み出せと言う事か。
この人が悲願とする訳だな。
オレが一人で納得していると、おっさんが何か思い付いたように口を開いた。
「……まさか、先代様は?」
「そうだよ、ランドルくん。父上は、戦いを避けるために強行な政策を行ったんだ。その当時、兵は疲弊していてね。戦場で我々人間は捨石のような扱いを受けるのさ。……その結果の悲劇が『希望の兵団』だよ。……君の嫌いなね」
なんだか話がオレの嫌いな、くらーい方向にシフトしてない?
ネムたんには聞かせられない内容だ。
要は、人間族は竜人族と魔族の板挟みで困ってましたぁ……って事だよな。
まあ、意地を張ってぶっ殺されるより、近くの強い方にくっ付くのが賢いやり方だとオレでも思う。
オレは『希望の兵団』についても聞いてみる事にした。
暗い話題で聞きたくは無かったが、こういうのって中途半端に聞くのが一番後味が悪い。
出来れば、スッキリさせたいよね?
「おっさん、希望の兵団ってのは何なんだ?」
オレはおっさんに質問したんだが、口をつぐんで答えてくれない。
代わりに、カーティス伯爵が話し出す。
「『希望の兵団』とは、各地から集めた大量の奴隷を使って迷宮を発見させる試みだよ。手がかりを見つけた者には、奴隷解放を約束したんだ。――だが、主人以外に命令を強制できない奴隷には、武器も満足に与えられなくてね。その状態で危険な森に入ればどうなると思う?」
顔をしかめ、カーティス伯爵は言う。
「小さな子供や、女性も参加した。最終的には奴隷達に松明を持たせて、魔物を誘い出したり、森を焼き払う道具にしたんだ。……この事は、今ではファージの街の闇でね。誰も当時の事を話したがらない。我々は、イルウェスと言う恩人を使い、書物で種族間差別の無意味さを訴え、その口で『希望の兵団』なんて大嘘を付き、奴隷達を死地へ追いやった。今度は我々が、奴隷達を捨て石にしたのさ」
……「我々」ね。
当時留学に行っていたという言い訳をしてこない辺り、この人、ばっちり責任感じちゃってるんだな。
迷宮発見を「呪縛」と言った訳がまた一つ分かった。
これは、ネムに頼んで早めに迷宮のへの順路を特定してもらった方がいいな。
「――さて、また話は大分逸れてしまったが、本題へ移そう。これから君は旅に出ると言っていたが、その時に困る事が無いよう、私からお礼をさせてもらえないだろうか?……もちろん、君を縛るつもりは無い。君にはこれから数多の誘いが有るだろう。どれも君を戦争の道具にするものだ。それから君を守り、回避するとっておきのお礼はどうだね?」
なんだかこの人、悪い事考えてそうだな。
だがこの際、乗ってみるか?
告げられた条件は魅力的だし、しばらく一緒にいて、この人の考え方も分かった気がする。
大分手のひらの上で転がされた感じなのが気に入らないが、根は悪い人じゃないんだよな。
「分かりました。お礼とやらはありがたく頂戴しましょう」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。……では、まず君には『親衛特使』の称号を与えよう。これは国が与える物ではなく、私個人の抱える近衛兵、送る最高の称号だ。さらに、ランドルくんがギルド支部長に任命された暁には、『名誉ギルド会員』の会員証を授与して貰おう。この国ではSランクの会員証というのは存在しないんだ。Sランクとは、輝かしい功績を上げた冒険者に死後に送る物だからね。実質『名誉ギルド会員』とは、Sランクの確約だよ。――頼むね、ランドルくん」
「わ……分かりました」
おっさんも、どうやらギルド支部長になる事を納得したみたいだな。
それにしてもカーティス伯爵、なんでこんなに良くしてくれるんだ?
ゲ、ゲイじゃないよな?
6色の虹の物は身に着けていないよな?
オレの心配をよそに、カーティス伯爵は色々と二つのお礼の利点を説明してくれた。
二つ合わせて、主に通行税や検問の免除、秘密保持の権利、また魔道書や薬品などの危険物の制限の完全解除だな。
魔道書の制限完全解除はネムが喜びそうだな。
後は、宿屋でもネムやクーを強引に宿泊できるようになるそうだ。
またオレは、他領地でもカーティス伯爵の特使として扱われ、無礼を働く者には問答無用で制裁を加えても良いらしい。
伯爵より位が高い者には出来ないと冗談混じりに言われたが、けっこう恐ろしい権利だな。
だがそれにより、ネムやクーを守る事(言い方は悪いが、オレの所有物への無礼は出来ない為だな)も出来るそうだ。
確かにカーティス伯爵の特使だと言い張れば、ある程度の厄介事は回避出来るだろう。……これは本当に感謝だな。
「ありがとうございます、カーティスさん」
「うん、良いよ。気に入って貰えたかい?これから君たち二人は私の友人として、忌憚ない意見を述べてもらいたいね」
そう言って、オレたちに握手を求めるカーティス伯爵。
だがオレはこの握手に応じる前に、聞いておかなきゃならない疑問があるんだ。
「ではさっそく、無礼な質問をさせて下さい」
「どうしたんだね、畏まって?……私には何でも話してくれよ」
「では質問します。……カーティスさん、あなたはゲイですか?」
だっておかしいよな!
なんでこの人、オレにこんな良くしてくれるのさ!
「……いや、違うよ?」
カーティス伯爵は、もの凄く残念なヤツを見るような目でオレを見た。
オレは、こんなやつなの!
どうやらオレは、伯爵の斜め下を行く人物だったらしい。
賢い人物だが、ここまでは予想できなかったようだな!
帰りの馬車の中、ネムは馬車に移動してまた寝てしまった。
もはやモフモフのぬいぐるみ状態で可愛らしい。
今ならお腹をおさわりし放題だな。
おっさんは、先ほどから沈黙しっぱなしだ。
おっさんはしばらくして重たい口を開く。
「まったく、迷宮発見にあの様な意味があったとはな。初めはネムから『考えがあるようだから』と黙っているよう頼まれたのだが……面倒な事を任されてしまったものだ」
「歴史に名を刻まれる事になって嬉しいだろ?」
その質問に、おっさんは悪い笑いで答える。
「……実はと言うとだな。初めは他人の功績を自分の物にするなどご免であったが、聞いている内に欲が出て来た。……俺もまだまだ弱いな。俺にもやりたい事が山ほどあってな。最大限利用させて貰う事とする。感謝するぞ」
「おっさんには恩があるからな。ささやかな恩返しだと思ってくれよ。この街を去るまでに迷宮への順路は調べておくよ」
「……そんな事が出来るのか?」
「ああ、出来るね。『簡単に己の手の内は明かさない』もんなんだろ?オレたちには色々秘密があるのさ。――その代わり、頼まれて欲しい事があるんだ。未来のギルド支部長殿?」
これがおっさんをギルド支部長に推薦した訳だな。
もちろん、『元始の海を枯らすモノの一部』の残り一つの手がかりを探してもらう為だ。
冒険者ギルドには、その手の情報が集まりやすそうだろ?
オレたちが聞き込みをしてもたかが知れている。
情報が集まる所に信頼できる人間を置いておきたかったんだよね。
オレは、おっさんにオレたちの旅の目的を話す事にした。
そして、『元始の海を枯らすモノの一部』の残り一つ『空を舞う唯一の聡明な翼』について説明した。
クーの事例もある。
何かと同化している可能性がある事、オレたちと違う呼び方をしている可能性がある事などを告げた。
「……成程な。だが、こちらも一つ質問がある。邪悪なるモノの一部『空を舞う唯一の聡明な翼』を見つけて、お前たちはどうするつもりだ?」
「見つけるだけだよ。お宝があったら見つけたいだろ?」
邪神くんからも、見つけるだけで他に何をするかなんて言われて無いしな。
オレからすると、実際頼まれているからやっているだけだ。
邪神くんにはオレの大事な物を奪われたという恨みもあるが、同時にこの世界にネムとオレを導いてくれたという感謝もしているからな。
おっさんはオレのシンプルな答えに何やら納得したらしく、「成程な」と言って腕を組んで黙ってしまった。
これは協力してもらえるって事だよね。
だがな、おっさん。
今回の作戦の目的は、これだけでは無いのだ。
本題は、ここからだよ?




