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第四章 10.来客者との晩餐

 プロレス大会も無事閉会し、各々がお茶なんかを飲みながら談笑していると、ようやくおっさんの馬車が到着した。


 おっさんが到着するまでモニカ先生、クー、ミィーカの三人はキャピキャピと(死語か?)楽しそうにガールズトークで大盛り上がりだ。

 カトリオーナ司祭が絶妙なタイミングでお酒を差し入れしたらしく、三人の会話は白熱していて近づくのが少しだけこわかった。


 もちろんクーはお酒を飲んでいないようだ。

 二人の会話に対して、素面で大きくうなずいて、真剣に聞く姿は中々カッコいいと思う。


 ……オレなら、適当に流すだけだからな。


 ネムとリリィは、今回のプロレス大会の反省点なんかを振り返り、洗い出しをしていた。

 思わず「真面目か!」とツッコんでしまったよ。


 リリィは今後、オレからプロレス技を学ぶつもりらしく、メモを取りながら真剣に技の一つ一つの意味を確認してきた。

 オレは元々見る専門だし、そこまで詳しく無いんだがな。


 あまりにしつこいので、向うのガールズトーク組に混ざってくるように進めたんだが、一向に近づこうとしなかった。


 本人曰く、「……なんだかこわいわ?」だそうだ。


 確かにあの雰囲気は、おこちゃまにはまだ早いかもしれんな。




 ……さてと。

 オレは、おっさんが連れて来た客を見る。


 少し離れていたが、『月影とネロ』製の新品の皮鎧を装備し、重たそうに剣を腰に下げる姿は、明らかにジョニーさんじゃない事は分かった。


 また、当てが外れてしまった。

 もうオレは、ジョニーさんとは巡り合えない運命なのかもしれない。

 

 動きから見て、戦いなれた者の動きではないのは明らかだ。


 ……新人冒険者か?


 実はこの客の為に、教会では昼前から料理の仕込みで大忙しだったんだ。

 相当の大物が来ると思っていたんだがな。


 新人冒険者はオレが見ている事に気づき、軽く会釈をした後近づいてくる。


 兜で顔が見えないが、中々優雅な物腰だな。

 貴族冒険者さまか?


 黙って観察していると、その冒険者はゆっくりとオレに近づき、兜を取り、膝を曲げ、深々と礼をする。


 その客の姿を、教会のみんなや子供たち、おっさんやモニカ先生までも唖然とした表情で見つめた後、その冒険者に対してかしずいた。


 そう、これは――


 『この国における、最高位の者に対する敬意と服従を込めた礼』


 以前オレがここの領主、カーティス・ベルーガ伯爵に行った礼だ。


 オレは客を見つめる。

 意趣返し、ハッタリにしては最高に悪趣味だな。


 ここまでされて、この人を邪険に扱う事は出来ないだろう。

 いや、ここの領民であるみんなが、そんな事は許してくれないはずだ。


「お顔を上げて下さい。……ベルーガ伯爵さま」


 震える声で、オレは伯爵さまに告げる。


「……いいや、この度は只の新人冒険者として貴殿の前に現れたのだ。二度も街を救った『強き男』に、私が知る限りの最大の敬意を払うのは当然の事だろう?」


 街を二度?

 まさか、ドラゴンを倒した事もバレてしまっているのか?


 おっさんを見ると、悪い顔でニヤリと笑った。


 最近コソコソしていたのは、伯爵さまと密会でもしてたって事か?

 チクリ野郎は嫌われるんだぞ!


「ランドル殿を擁護する訳では無いが、ドラゴンを一人で倒せる男がこの領内に何人も居ると思うかね?『善意の人』が誰なのか、討伐に向かった兵士たちはおろか、勘の良い領民たちは皆気づいてしまっているよ」


 言われてみれば確かにそうだ。

 くっ、失敗したぜ。


 思えば、すべてバレバレだったのである。

 むしろ名乗り出ない事で噂が広がり、オレの評判がさらに上がってしまったとみていいだろう。


 さらに、この状況。……これはかなりマズイ状況だ。

 このままオレが敬意を払わなければ、この伯爵さまも後には引けないはず。


 これは、伯爵さまの駆け引き。


 この意味は――


 『前回の事はお互い水に流し、もう一度話し合わないか?』


 って所だな。


 多分、オレが不機嫌だった訳もおっさんから聞いて知っているんだろう。

 そこで、こんな大芝居を打ったわけか。


 オレの知り合いの前で、オレが非礼を働く訳が無い。

 ここまでしてくれた伯爵さまをみんなの前で軽視することは、領民であるみんなを軽視する事だ。


 そして、礼を返せば、その意図にオレは乗った事になる。


 完全にチェックメイト。

 ここでオレが、必ず最上位の礼で返すという確信を持っての行動って訳か。


 ……この伯爵さま、オレより一枚も二枚も上手だな。


 オレは観念して、伯爵さまの対面で帽子を取り膝を曲げた。


 その直後、みんなから歓声が起こる。


 はたから見ると、自分たちのトップが最大限の感謝を表し、それに対してオレが、最大限の敬意を持って答えた事になるだろう。


 まるで、絵に描いたような美談だな。


「……伯爵さま、悪趣味ですよ。これではオレに勝ち目はありません。……この前の非礼、どうかお許し下さい」

「何の事かな?私の方こそ、君に謝らなければならない事があるようだ。私の妹が、君の家族に随分酷い事を言ったそうじゃないか。私に詫びを入れさせて欲しい。――私に、君の家族を紹介してくれるね?」

「分かりました。貴方には勝てそうもありません」

「……君にそんな事を言われるなんて、思っても見なかったよ。――さて、そろそろお互いに顔を上げようじゃないか。最近私は、肩が凝りやすくてね」


 子供のように無邪気に言い放つと、ゆっくりとカーティス伯爵は顔を上げ身体を起こした。


 オレは、カーティス伯爵の後に続くようにゆっくりと身体を起こす。

 

 カーティス伯爵は気を良くしたのか、ニコニコと温和な笑みを浮かべ、出迎える為に集まったみんなに挨拶する。


「この度は、素晴らしい食事会にお招きいただき有難う。私はカーティス。今日はご覧の通り、只の新人冒険者だ。ここに居る皆には、是非とも『カーティス』と名前で呼んで頂きたい」


 この人を敵に回したくないな。

 一見温厚そうだが、オレの目から見ても、この世界の常識からかなりずれた感性を持っている。


 プライドも常識も捨てて、自分の目的の為なら何でもやりそうなタイプだ。

 案外、父親を毒殺しているって噂は本当かも知れない。


 オレは観念して、ネムとクーをカーティス伯爵に紹介する事にした。


「ネム、クー、こちらがカーティス・ベルーガ伯爵さまだ。こんな恰好しているからって油断するなよ。この領内で一番偉い人だからな?」


 この説明で合ってるよな?


「クー、……クーアスティル・エルレミアともうします。……はくしゃく……伯爵さま」


 クーは地面に両膝をつこうとするが、素早くカーティス伯爵はそれを制す。


「――待ちたまえ。ハルト殿はああ言っているが、今日は新人冒険者として来たんだ。私は女性に膝をつかせる趣味は無くてね。もし君が膝をつくなら、私も膝をつかせてもおう。……だが、それだとお互い窮屈だろう?そこで提案なんだが、ここは思い切って簡略しないかね?」


 クーが、困ったような顔でオレを見る。


 言い方がいちいちキザったらしいが、クーが膝をつけばこの人は本当に土下座でもなんでもしそうだ。


 そりゃ困るわな。


「クー、伯爵さまは『気にするな』と言ってくださっているんだ。……今日はご厚意に甘えようじゃないか」

「……はい。……わたしなんかに……その、こうえいです。伯爵さま」

「うむ、噂に違わぬ娘のようだね。ハルト殿が必死に守るのも頷ける。先日は、私の妹オリヴィアが君に失礼な事を言ったそうだね。あの子は昔から真面目すぎて視野が狭くなる癖があってね。――許してやってほしい」


 そう言って、頭を下げるカーティス伯爵。

 それを見てアタフタするクー。


 まさか、奴隷に頭を下げるなんてな。


 カーティス伯爵は、話している間ずっと膝を曲げてクーと同じ目線で話していた。


 クーに頭を下げる事と合わせて、初めはオレを抱きこむためのパフォーマンスかと邪推していたが、どうも自然な物腰なんだよな。

 彼の近い存在に、子供か中腰になって話すような相手が居るのかもしれない。


 中々出来る事じゃないが、やはりこの世界の常識からは外れている気がするな。


 次はネムだ。

 先ほどから、自己紹介したくてウズウズしているようだった。


 確かに、ネムの立場だと第一印象は最高だよな。


「ネムだよ!カーティスさん、よろしくねっ!」 

「ありがとう、ネム殿。君は私の事を名前で呼んでくれるんだね!嗚呼、何と美しい毛並、賢い眼差し、他者を気遣う優しき心。……なんて素晴らしいんだ!」


 そう言って、目を輝かせてネムに握手を求める。

 カーティス伯爵の言葉に、嬉しそうに耳をピコピコさせながら肉球を差し出すネム。


 真面目に猫に握手を求めるヤツを初めて見たぞ。 


 ひょっとしたらこの伯爵さま、「ベルーガ」って名字にコンプレックスがあるのかも知れない。


 出会った時から、しきりに名前で呼んでくれって言ってたもんな。

 偉大な祖先をもった者にありがちなコンプレックスなのかもしれない。


「……おお、何と!……ネム殿の肉球はピンク色じゃあないか!」


 感動にプルプル震えながら、肉球をニギニギするカーティス伯爵。


 ……羨ましい。オレだって最近触らせてもらって無いのにぃ!


 この伯爵、まさか猫好きか?

 少しだけ親近感が湧いてきた気がする。


 だが、この人……


「……この人、ハルトみたいな顔するよぅ」


 ネム、失礼だな!

 オレはこんな変態チックな顔しないんだからな!!


「是非、当家に遊びに来てくれ!」


 デレッデレの顔でそんな事をのたまうカーティス伯爵。


 オレの中でこいつを、変態キャラに認定した瞬間だった。


 前回、二人を連れて来いとか言っていた訳が分かった。

 オレを抱き込むついでに、純粋にしゃべる魔獣(ネム)に会いたかったって理由もありそうだな。


 これは、別の意味で危険な存在だぜ!




 カーティス伯爵が一通り全員に挨拶を済ませた後、食事会となった。


 それにしてもマメな変た……伯爵さまだ。

 一人一人丁寧にあいさつしていく姿は、選挙前の政治家みたいだったよ。


 さて、多少予定は狂ったが、カーティス伯爵がここに来た事は、かえって好都合だ。

 実は、かねてより考えていた作戦があるんだよね。


 作戦名?

 それは秘密だ。


 オレの一世一代の大芝居を見せてやるぜ!


 しばらくの間、オレはタイミングを伺い続けた。


 食事会は、もの凄く楽しい雰囲気だった。

 カーティス伯爵は、まず緊張した子供たちに話しかけた。


 その話術が実にすばらしい。

 次第に大人も子供も、伯爵の話に引き込まれて行った。

 子供たちの好きそうな話しを選んで話し、ウケが悪いと自分を落として笑いを誘う。


 ワザとおどけた態度で、ナイフとフォークの使い方を間違え子供たちに注意させる。

 行儀は悪いが、緊張し自分たちの知りうる限りのガチガチのマナーで食事をしていた子供たちには、効果てき面だった。


 何よりオレが凄いと感じたことは、自分の自慢話をしない事だった。


 この手の話し好きによくあるのが「話の内容がほぼ自分の自慢話」……なんて事だが、この人は質問されるまで自分の自慢話はおろか、アラン・ベルーガの話しすら一切しなかった。


 どんな話題でも何時間でも話せる知識を持ちながら、相手の話に耳を傾ける余裕もある。

 実際には分からないが、そう思わせるだけの度量は見て取れた。

 

 オレは人見知りで、緊張すると訳の分からない事を何でも話す。

 だからこそ分かるのだ。


 この人の場合、全てにおいて計算された「演出」をしている。

 それでいてイヤらしさがまったくないのだ。


 ……多分天然でやっているんだろうがな。


 まったく、羨ましい才能だぜ。




 いよいよ食事も終わり、子供たちが部屋に戻るのを見送った後……ここからが、オレのターンだ。


 伯爵が料理の礼を言い、「……さて」と言って話を切り出した。


「ハルト殿、今回の君の働きに対して、私は礼をしなければならないんだ。それが、私の意思でもあるし、それをしなければ私の領民が私を許さないだろう。君は、『自分たちの為にやった』と言うだろうが、それでも多くの人を救ったのだよ?ベルーガ領に住む者の代表として、私に礼をさせてくれないかね?」


 ……そう来たか。


 上手い言い回しだ。

 礼をするのがここのみんなの総意だと言いたい訳だな。

 だがオレは、これ以上『広告塔』になるのはまっぴらなんだよ。


 オレは大きく息を吸い込んで、反撃ののろしを上げる。


 いくぜっ!

 下っ端サラリーマン舐めるなよ!


「……その件で、私にはどうしても言わなければならない事がありますっ!」


 キラキラと涙目でカーティス伯爵にそう告げると、身体ごと反転させて、ランドルのおっさんに向き直る。


「ランドル様ぁ!もう私は耐えられません!いつまで偉大な功績をお隠しになるおつもりですかぁ!?」

「――ゴフッ!?」


 飲んでいたお茶を大空に吐き出すおっさん。


 おい、そんなにオレの話し方が気持ち悪いか?


 だが、今は許そう。

 それどころかおっさんが吐き出したお茶の虹が、とっても綺麗に見えちゃうくらいだ。


 この虹は、オレの勝利を確約する栄光の架け橋なのだからな!


「カーティス伯爵!この際はっきりと言わせて頂きますっ!この度、確かに私はシャムロックの亡霊を倒しました。で・す・が!肝心の理想郷の構成員の名簿を独自で調べ出したのは、このランドル様なのです!私は『心の師』、ランドル様の『この街を救いたい』という純粋な気持ちに心打たれ、ランドル様の立案した作戦に参加させていただいただけに過ぎないのですっ!」

「何だと!それは本当かねっ!ランドル殿!?」


 おっさんは、あまりの突然の出来事に口をパクパクするのみだ。


 間抜けな鯉面だな、おい!


「ちが――」

「――もちろんです!カーティス伯爵さま!――さらに、何故ランドル様がしがない運び屋をやっているのかご存知ですか?」

「……いや、まさか。……それにも訳があると言うのか?」


 ここへきて、オレが名前を連呼するから、カーティス伯爵は少し嬉しそうだ。

 不本意だったが、ツンから一転してデレてやったのも効いているかもしれんな。


「もちろんです。カーティス伯爵さまっ!……実は運び屋をしていたのは、あるフィールドワークをする為。……そのフィールドワークとは――」

「――その、フィールドワークとは何だね!?」


 クックック、食いついて来たぜ?

 これが、今回の作戦の最大の要だからな。


 オレは、一呼吸置いてみんなを見回した。


 よし、全員オレの発言に注目しているな。

 オレは声のトーンを落とし、みんなに告げる。


「ランドル様は発見なさったのです。……迷宮の手がかりを」

「なっ、なんだって!?」


 思わず、立ち上がるカーティス伯爵。


 食堂にいるみんなが大騒ぎだ。

 片付けていた食器を割る音なんかも聞こえてくる。


 ……やっぱ迷宮発見って、スゲェ重大な事みたいだな。


 これぞ必殺、『めんどくさい事はおっさんに全部ひっかぶせてやれ!』大作戦である!


 これで次の『広告塔』は、あんただ!


 ネムは「そう来たか!」とばかりに嬉しそうだ。

 君は今まで忘れてたもんな、この事実。


 モニカ先生は、顔を真っ赤にしておっさんを見つめる。

 少しだけ恨めしいぜ。


 クーは……必死に割れた皿を片付けている。

 うん、今日もいい子だな。


 とにかく一部を除いて、ミィーカもリリィもカトリオーナ司祭も、全員、この発言に驚きを隠せないようだ。


「そうですよね?……ランドルさま?」


 オレはこの中で一番驚いている人物、ランドルのおっさんに声をかけた。


 おっさんは、しばらく放心状態でボケーしていた。


 完全に思考停止だなこれは。


「……いいのか?」


 しばらくして、おっさんの口から出た発言がこれだ。


 この意味は「俺に譲っていいのか?」「話していいのか?」か?

 いや、違うな。「お前は、この名誉を手放してしまうのか」「手放してしまっていいのか?」って意味だろうな。


「もちろんです。……今が話す時だと思われます。カーティス伯爵は素晴らしいお方の様ですからね?――私から説明してもよろしいですよね」

 

 オレが説明をはじめようとすると、カーティス伯爵から「待った」がかかった。


 そりゃあそうだ。

 こんな人が大勢いる場所で話したら、どこからこの重大事実が漏れるか分からない。

 教会の人たちを信用してはいるが……だからこそ、聞かせてはいけない話しなんだよな。




 オレとネム、おっさん、カーティス伯爵の四人で別室に移動し、ネムに『防音』の魔法を何重にもかけてもらい、説明を再開した。


「――まさか。……そんな。このファージの原生林自体が、何重にも張られた結界で作られた迷宮の入り口だったとは……」


 思わず貧乏ゆすりを始める、カーティス伯爵。

 と思ったら震えているだけだったよ、テヘペロ。


「信じられないなら、この時期には絶対に取れないはずの森王ザリガニを捕獲してきましょうか?以前の冒険で、我々は結界に阻まれた場所に、森王ザリガニの生息域を発見しているのです」

「なんと!ぜひ欲しい。生きたまま欲しい!と言うか、飼育したいっ!」


 カーティス伯爵……あんた、色々残念な人だったんだな。



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