第四章 6.剣の巫女の本気
せっかく立ち上がっていたので、そのまま玄関へ向かい、覗き穴から外を観る。
……が、そこには誰も居なかった。
おい、嫌な空振りだな。
さっき扉をノックしたような音がしたが、オレの気のせいかな?
刹那――。
ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン……!
扉をノックする音が、部屋中に鳴り響く。
ヒィィイイ!かなりおっかないぞ!
どうも来客者はかなりイライラしているようで、力任せに扉をたたき続けているようだ。
リリィが慌ててテーブルの下に身を隠し、ネムがクーとミィーカを守るように二人の前に躍り出た。
誰だよ、こんな時間に?
おいおい、ノックし続けるのは殺意の表れって言うぜ?
まさか、伯爵さまを怒らせた罪で投獄……か?
確かにイライラしていて伯爵さまにストレスをぶつけてしまった気はするが、ストレスのはけ口が弱いものに向かうより立派だと思うんだ。……うん、異論は認める。
オレは、警戒しながら扉を開ける。
――そこには、イライラと腕を組む武具屋の親父が居た。
さっきは、小さいから気付かなかったんだね。
それにしてもこの親父、どうしたと言うのだろうか。
しばらく会っていなかったから、好感度が下がっちゃったのかな?
「よう親父、こんな時間にどうしたんだ?」
オレは、キョロキョロと部屋の中を伺う親父に声をかけた。
「……ハルト殿、正直に答えて頂きたい。ここにお嬢様は居りますかな?」
そう言って、親父はギロリとオレを睨む。
リリィが何かしたのか……?
まさか……おねしょか?
あれほど寝る前に飲み物を沢山の飲むなと言っているのに、分からんヤツだ。
「私はいないわ!……いないのよ?」
リリィよ……じゃあ今話したのは誰なんだ?
頭が良い子がこういう事言うと、哲学を感じて頭から湯気が出そうだ。
「……上がっても宜しいですかな?」
「ああ、本人が『居ない』と言っているんだ。上がっても問題ないさ」
その年でおねしょがバレたのはかわいそうだが、さすがに庇ってあげられない。
オレは、親父を家の中に上げる事にした。
あまり他人には聞かせられない話の様なので、念のためリリィ以外の三人はクーの部屋にいてもらう事にした。
お姉さんのリリィに、恥をかかせてしまうからな。
オレは親父を居間へ案内し、ソファに座らせる。
なんだかもの凄くピリピリした雰囲気が漂っている。
ここはリリィには、素直に謝ってもらった方がいいよね?
「リリィ、素直に謝ったらどうだ。……その年で恥ずかしいのは分かるが、しちゃったもんはしょうがないだろ?……これからは寝る前はちゃんとトイレに行ってだな――」
「ちょっと、何を勘違いしているのよ!……それは何年も前に卒業したわ?」
自信満々に答えるリリィ。
そうなのか?
最近のこの子を見ていると、もの凄く怪しいんだが。
オレは親父を見る。
「……俺はその位の事じゃあ、怒ったりしませんよ」
微妙に回答がずれている気がするが、リリィの為に追及しないでおこう。
黙ってリリィを見つめる親父。
さすがのリリィも、気まずいのか下を向きっぱなしだ。
こういう空気は苦手だな。
「……なんか真剣な話っぽいから、オレも席を外すよ」
そう言って、オレは席を外そうと立ち上がったのだが「いえ、ハルト殿も同席して下さい。今回の件はハルト殿も関係あるんでさぁ」と親父に言われてしまった。
なぜかオレまで怒られるっぽい。
オレ、何かしたか?
「まさか、紐パン紐ブラのサンプルをリリィが持ち出した事か?……あれはお前の管理が悪かったんだろ」
「いいえ、その件でもありません。……いや、その事も後で注意しなくちゃなりませんね」
「……ひぃ、……わ、私は悪くないわ。……み、魅力的な商品が悪いのよ?」
「お嬢様、サンプルが無くなったら困るのは分かるでしょう?……まあ、その事は後で十分注意しておくとして……今回はですね。倉庫から何者かの手によって、武器や防具に使う素材が持ち出されていた事が発覚したんですが、――お嬢様、何か心当たりありませんか?」
「ない……わよ?」
リリィは、ピューっと口笛を吹きながら目をそらす。
これは……黒だな。
それにしてもこいつ、どんだけウソつくの下手なんだよ!
「ハァ、……やはりですか」
親父は深いため息をついた後、オレに事情を説明してくれた。
何でも、棚卸の際に金貨500枚相当の武器や防具の素材が、無くなってしまったらしい。
その中には魔法銀などの希少金属も含まれていて、工場の生産が一時ストップしてしまったとの事だ。
金貨500枚って言うと……最近だと身に覚えがあるのがクーの装備か?
オレの装備の借金は返済が済んでいるしな。
だが、金はちゃんとはらったぞ?
「おい、リリィ。まさか、クーの装備に使ったとか言わないよな?」
「……おかげで、良いものが出来たわ」
「オレが支払った金はどうした?」
「……そんなもの、欲しい素材の買い付けに使ったわ」
「ひょっとして、全部とか言わないよな?」
「ええ、そうよ?……足りない分を倉庫からもらったの」
悪びれもなく答えるリリィ。
こいつ、まったく成長してないぞ!
「……やっぱりですか」
親父もあきれ顔だ。
オレは親父にクーの装備を依頼した経緯を説明した。
その際、金貨1000枚分を支払った事も付け加えてな。
それにしても、原価で金貨1500枚分の装備ってどうなんだ?
成長補正があるようだし、そのくらいの金額はかかるのかな。
いいや、待てよ?
クーの装備は希少金属なんてそんなに使っていないはずだ。
使っていたとしても、ベルトのバックルや止め金ぐらいだ。
……こいつ、まだ何か隠していやがるな。
「おいリリィ、まだ何か隠してないか?希少金属は何に使ったんだ?」
「……クーの剣を作るのに……使ったの」
リリィは、大きな目をキョロキョロとさせてそう答える。
おい、ぜってーウソだろ!
「お嬢様、クーアスティルちゃんの剣は、私が素材を提供したはずですよ。ハルト殿にはいつもお世話になっているし、境遇も同情しましたしね。……あの子を守る剣になってくれればと思ったんですよ」
この親父もいい所あるじゃないか。
だが、オレにだって言いたい事はある。
オレはお礼を言った後、親父に告げる。
「……何でこうなる前に注意しないんだよ?同じような事が起きるのはリリィも悪いが、反省点をお前がちゃんと指導しないのが悪いんじゃないのか?」
ひょっとして、こいつに金を払ったオレが悪いんじゃないかとの思いもあったが、あえて無視だ。
だって、そんな使い方するなんて思わないじゃないか!
「……毎回口酸っぱく注意はしているんですがね。……お嬢様、何ですぐに分かるような嘘をつくんですか?」
「ううっ……秘密よ!」
その後、何度聞いてもリリィは希少金属を何に使ったのか口を割らず、オレと親父は困り果ててしまった。
オレはクーの部屋にいた三人を呼んで、親父にお茶を持って来た。
その後三人も何が起きたのか知りたがっていたので、親父とリリィに承諾を取り、軽く事情を説明した。
もちろん、金額は伏せてだがな。
「……で、親父、今回の件はどうするんだ?」
今回で二度目。
さすがにオレでも同情出来ない。
ここらでリリィにはしっかり反省して貰った方がいいだろう。
「そうですな……」
そう言って、親父はまた黙り込んでしまった。
相当深刻だぞこれは?
その姿を見て、リリィは青ざめてしまう。
「……いやよ!……身売りはしたくないわ!助けて!」
おーい、なんだか前回と反応が違いませんか?
「リリィちゃん。……ご主人さま、なんとかなりませんか?……わたし、なんとか力になってあげたいです」
「ハルト、助けてあげようよ!」
「本人も反省してるみたいだしよ。私も手伝える事があったら手伝ってやっから、何とかしてやろうぜ?」
三人の意見は分かる。
確かに見捨てるのもかわいそうだ。
だが、全てを話さないまま協力するのも何かが違う気がするんだよな。
大体、原価で金貨1500枚って、べらぼうな金額だぞ?
もう計算もしたくないね!
「リリィ、反省しているのか?反省しているなら全てを白状したらどうだ?」
「……反省?……次は上手くやるわ」
ダメだ、こいつ全然反省してない。
残念だが、もう見捨てるか?
「――まって、反省してるわ!……たすけて、おにぃたん!」
大きな瞳をウルウルさせながら、オレにすりよってくるリリィ。
グフッ!……それにしても可愛い。
その姿は、ロリと言う名の力のベクトルが全て同じ方向を向き、一本の矢となってオレに襲いかかってくるようだ。
こいつ、オレの弱点に気付いてやがったか!
だが、負けてはダメだ。
オレは必死に抵抗を試みる。
「……お前、お姉さんじゃ無かったのかよ?……プ、プライドはないのか?」
「プライドなんて私の中で一番必要の無いものよ!……ねえ、たすけて。ネムおにいたん、クーおねーたん、ミィーカおねーたん、……ハルトおにぃたん!!」
今度は潤んだ瞳で全員を見つめる。
なんて破壊力なんだ!
「ハルト、助けるよ!」
「ご主人さま、おともだちをみすてるなんて、できません!」
「ああ、そうだな!ひと肌脱ぐぜっ!」
ダメだ!
全員目がハートマークだぞ!?
みんな、心をズッキューンされてしまったらしい。
オレももはや、心が折れそうだ。
さすが『剣の巫女』。
己の武器を理解し、最大限生かしてやがるぜ!
「……ハァ」
親父のため息が、部屋中に響き渡った。
親父、苦労してんだな。
……確かにこれじゃあ、何を言ってもダメだ。




