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第四章 4.しあわせ

「……魔物奴隷が入れたお茶など、汚らしくて飲めませんわ!」


 オレの嫌な予感が、的中してしまったようだ。


 この世界の貴族ってもんは、こんなモノなのだろうか?

 怒りを通り越してオレは、呆れてしまっていた。


 この状況になる前、オレはオリヴィアを居間に通して、クーにはお茶の準備をしてもらっていた。

 クーはリリィからハーブティーの入れ方を教わっていたし、オレの目から見ても上手に入れるようになったんだ。


 オリヴィアだって、美味しいお茶を飲んだら少しはリラックスしてくれるんじゃないかと思っていたんだ。


 クーは丁寧にお辞儀をした後、オレたちにお茶を渡してくれた。


「最近教えてもらったリラックス効果があるハーブティーだ。……この子の入れてくれるお茶は美味いんだぞ?」


 オリヴィアは、この家に来てから明らかに不機嫌だった。

 オレは気を使ったつもりで、クーの入れてくれたハーブティーをオリヴィアにススメめたんだ。


 それが、悪かったのかもしれない。


 そして――。




「不愉快ですわ。……何故ハルト様は、下等な魔物などに気を使っていらっしゃるんですの?」

「あのなぁ、オリヴィア――」

「――魔物奴隷が出すぎたまねをして……も、もうしわけ……ありません」


 オレが何を言おうとしたのか、クーは分かったのだろう。

 オレの怒りの言葉を制して謝る。


 その顔は血の気が引き、真っ青だ。


 だが、その行為すらオリヴィアからすると気に入らなかったのだろう。

 一度嫌な顔をした後、クーの発言を聞かなかったようにして話し出す。


 存在を認識するだけで不愉快なのか、オリヴィアの目は、まるでクーが見えていないようだ。


「この際だからはっきり言っておきます。この闇エルフは、ハルト様の優しさに甘える狡猾な魔物。悪の種族がハルト様に取り入り、操ろうとしているのです。……ハルト様には相応しくありません。これから英雄になられる貴方は、こんな物早くお捨てになるべきなのですわ!」

「……ポンポンちゃん、なんでそんなひどいことが言えるの?クーは物じゃないんだよ!」

「いいえ、闇エルフなど、この世界には必要の無い『物』ですわ。……何が『心優しき闇エルフ』ですの?……『黒猫剣士の物語』ですら、この闇エルフは利用しているのです。本当に醜い魔物ですこと」

「オリヴィア。……いい加減にしないか」


 おっさんも、しびれを切らしてオリヴィアを制止しようとする。


「いいえ、私は皆さまに正気に戻ってほしくて、忠告しているのです。やめる気はありませんわ!」


 その顔は誇りに満ち、勝ち誇った表情をしていた。


 オレは、オリヴィアを勘違いしていたのかも知れない。


 クーは下を向きながら涙をこらえていた。

 そして床に座り込んだ後、地面に額をこすり付けるように深々とお辞儀をし、自分の部屋に戻っていった。


 ネムは、その後を震えながら追って行った。


 あれは泣いていた……な。


「これであの魔物も、少しは己の身分という物が分かったはず。……あの手の魔物は、ちゃんと躾けないと傲慢になりますわよ?」


 オリヴィアは笑った。

 その表情は、とても満足そうに見えた。


 オレは怒りに我を忘れて剣を抜きそうになる。


 こいつ、オレがネムに一番見せたくないもんを見せて、なんて顔してんだよ。

 なんでクーをいじめてそんな顔出来るんだよ。

 偉そうに見当違いな説教して、それでクーに土下座させて、何がそんなに嬉しいんだよ!


 オレは、この女を勘違いしていた。


 ちょっと気は強いが、真面目でがんばり屋な、女性なのに危険な冒険者に誇りすらもっている凄いヤツだと思っていた。


 ……だが、違った。


 こいつは人の気持ちの分からない、ただのバカ女だ。


 いや、バカなのはオレだな。

 この世界では、これが当然の態度なのかも知れない。


 オレが完全に油断していたよ。


 世間ってのはこんな物。

 オレがもっと用心していれば、ネムも、クーだって傷つかないで済んだんだ。


「さて、そろそろ始めましょう」


 優雅な物腰で立ち上がり、オレに礼をしてくるオリヴィア。


 オレは、こいつと出会った時を思い出していた。


 もうこいつに、かける言葉は見つからない。


「……悪いが今日はお開きだ。……おっさん、こいつを送ってやってくれ」

「何を言っておりますの?」

「……ああ、分かった」

「後でリリィに頼んでみるよ。あいつ、何かと詳しいんだ」

「その方が良い……な」


 オリヴィアはオレとおっさんの会話が気に入らないようで、イライラと腕を組んだり解いたりを繰り返す。


「問題ありませんわ!私が貴族としての、いいえ、英雄としての立ち振る舞いを――」

「――オリヴィア。これ以上、オレを怒らせるな」


 気付くとオレは、オリヴィアの首を強引に掴んでいた。


 首筋に血の流れを感じる。

 危うく殺してしまいそうだった。


 オリヴィアは、何故自分が責められているのか分からないといった風でオレを見つめる。


 一生分からないままでいろよ?


 オレは扉を開け強引におかえり頂いた。


 貴族さまに対しては、若干乱暴だったかもしれないな。


 おっさんはオレを見て「すまない。俺のミスだ」そう一言言って、馬車に乗り込んだ。




「クー、ネム、出ておいで。あいつは追い出したぞ」


 オレは、クーの部屋の扉の前で二人を呼ぶ。


 気分は最悪だ。

 だが、それ以上に二人は落ち込んでいるはず、なるべく明るく声をかけた。


 しばらくしても、二人は扉を開けてくれなかった。


 オレは「入るぞ」と一言言って、クーの部屋に入る。


 扉のすぐ前にはネムがいた。


 きっと悪いヤツからクーを守る為、扉の前で見張っていたのだろう。

 その姿は、普段の自信満々の姿が想像できないくらい、小さくて震えていた。


「……ハルト、なんでポンポンちゃんはあんなひどいこと言ったの?」


 真っ直ぐオレを見て聞いてくる。

 その瞳からは涙が溢れてくる。


 やっぱり、ネムは泣いていた。


 クーの事を言われたはずなのに、自分の事の様に辛いようだ。


 そう言えば、オリヴィアは以前ネムの事も「物」扱いしたんだったな。

 あの時は悪意は無いと思ったんだが、もう心の底でどう思ってるかなんか分からないな。


「さあな。……そういう考えのヤツも居るって事だな」


 何て答えていいか分からなかった。

 オレたちの周りに、気の良いヤツらが集まり過ぎていたのかも知れないな。


 オレは泣いているネムを抱きしめて、クーを見る。


 クーは地面に座り込んでいた。


 こういう時、クーは泣かない。

 目に力を入れ、必死に涙をこらえるんだ。


 その姿が一番居たたまれない。


「クー、ごめんな。……オレ、まだこの国の事がよく分かってなくて、こんな事を言われるなんて想像もしていなかったんだ」

「いいえ、わたしがわるいのです。……しあわせすぎて、じぶんの身分をわすれていました。……それよりもご主人さまにはじをかかせてしまったじぶんに、くやしくてなりません」


 違うよ、クー。

 クーはオレの奴隷だけど、それはしょうがないからで、オレたちに身分や差なんか無いんだ。


 世間の事なんて気にしなくていい。


 オレを責めてくれればいい。


 もっとわがままにしていいんだよ。


 ……他にも、言葉に出来ない思いがこみ上げてくる。


 オレは、二人を抱きしめながらその気持ちの正体を突き止めようとするが、結局分らず仕舞いだった。




 またしばらくして、おっさんが戻って来た。

 二人には「リリィを呼んでくるよ」と言って家を出た。


 おっさんには家で待っていてもらうように言ったのだが、「馬車を出した方が早いだろ?」と半ば強引におっさんが馬車を出してくれる事になった。


 リリィに頼みに行く途中、おっさんが口を開く。


「この国の奴隷に対しての扱いは、本来あの様な物なのだ。別段オリヴィアが悪い訳では無い。……この街は、ある理由と、『アラン・ベルーガ卿の冒険』の影響を受けた者が多いからと、俺も油断していた。他の街では気を付けた方が良いだろう。……すまん、今回は俺の失敗だ」

「いや、おっさんのせいじゃない。……オレが甘かったんだ。それだけさ」


 おっさんも、なぜかショックを受けてるみたいだな。


「やっぱりおっさんも、『アラン・ベルーガ卿の冒険』の影響を受けた口かい?」

「……ああ、子供の頃、暗記する位何度も読んでもらったものだ。身分の低い俺は、イルウェスに憧れてな。彼も大剣を使っていた事から、俺も使う事にしたのだ」

「やっぱりか!クーもイルウェスに憧れてるんだってさ。今度その話をしてやってくれよ」

「ああ、……もちろんだ」




 『武器防具工房・月影とネロ』に着き、事情を説明するとリリィは快く引き受けてくれた。

 念のため仕事が忙しくないのか確認したが、最近では従業員が増え、ほとんどの仕事を引き継いだので好きな事しかしていないと言っていた。


 この女、24にして勝ち組か。

 まことにいいご身分である。


「今、ドラゴンの素材の話題で市場が大盛り上がりよ?……どうせ、貴方でしょ?」


 とか、言われてしまった。

 剣を見せたらすぐにバレそうなので、素直に答えておいたよ。




 その後、家で簡単に貴族の礼儀作法とやらを教わった。


 リリィ曰く


「この国の作法は詳しくは知らないけど、間違ってはいないはずよ?」


 だそうである。


 まあ、オレは今後、貴族さまと関わる気はない。

 ハッタリには十分だ。


 おっさんは随分と苦戦していたが、オレは『礼儀作法』のスキルもあるし、練習は型稽古みたいなもんだったのですぐにおぼえる事が出来た。


 練習も終わり、おっさんには夕食を振る舞ってこの日は解散となった。


 ちなみに、リリィは泊って行くらしい。


 最近おっさんは、オレの料理を食べるたびに「人間変われるものだな」と、しみじみと呟く癖が出来たんだよな。


 めっちゃ失礼だからなそれ!




「……暗いわね。……やっぱり、私がいないとダメね?」


 オレたちの雰囲気を察してか、リリィは大はしゃぎでオレへダイブして来る。


 彼女なりの気の使い方なんだろうか?


「クー、いいものを持って来たわ。……最終兵器よ?」


 そう言ったリリィの手には紐のような物が握られている。


 ――まさか、それは!


「……これは、なんですか?」

「下着よ?……これには男を操る効果?……があるの。サンプルを見つけた時、あまりの完成度に驚いたわ」

「えっ、……でも、これって、これって」


 興味深々と言った風で紐パンを広げるクー。


 ……おじさん、君たちにはまだそれは早いと思うんだ。


「これ、軽くてよさそうだねっ!明日からつけてみたら?」


 ネムたん、そこ違うから!

 勧めちゃダメなんだよ!?


「……ここにあながあいてますよ?……まさか……これ?」


 そう言って、クーは顔を赤らめる。


「……よく気が付いたわね。……そう、空気穴よ?」


 うん、これは本気だな!

 リリィは知らなくて良かった。


 だが君たち、これ以上は不味いですよ!


「没収です!君たちにはまだ早いからよこしなさい!」


 オレは、二人から紐パン紐ブラを取り上げて、戸棚の上へしまう事とした。


 教育上よろしくないからな。


 今度「子供の近くにこんなもの置くな」って、武具屋の親父を注意しておかないといけない。


 その後、もクーとリリィは紐パンの話題で盛り上がっているようだった。

 ネムが「リリィが来てくれてよかったねっ!」とオレに言って来た。


 確かに、リリィが来たおかげで家が一気に明るくなった。

 これは感謝しないといけない……かもしれない。


 夜中に紐パン紐ブラを装備したリリィが、オレの枕元にやって来た事以外はな!


「……今夜はアニマルよ?」


 ――それが突撃の合図だった。


 きっと夕食に出したキノコが、ドワーフ族には合わなかったんだろう。

 クーにハーブティを入れてもらい沢山飲ませた後、寝かしつける事に成功した。


 さすがに、おねしょは……しないよな?




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