第四章 3.帰宅
「……ごめんなさい。『でりけーと』なもんだいだって分かっていたのに聞いちゃって……どうやって赤ちゃんが生まれるのか、カトリオーナおばちゃんに聞いたよ。お家にもどってきて!」
「ご主人さま……お気にさわるようなことを言ってしまい、もうしわけありませんでした。……お許しください。……もどってきてくださいっ!」
家に到着すると、クーが泣きながら出迎えてくれた。
ネムは小さい体をさらに小さくさせ、反省を全身で表しているようだった。
そしてネムは念話で
《ハルトが『ない』ことはクーに伝えてないよ。安心して》
と言ってきた。
意図は分からなかったが、今回の件でネムが色々考えたらしい事は十分伝わって来た。
そんな二人を見て、オレは思ったんだ。
今回の件はオレがクーの発言を誇大解釈したのが原因なのに、こんなにも悲しませてしまった。
違うんだよ。
二人は悪くないんだよっ。
悪いのはオレなんだっ!
「オレが悪いんだよっ!……家出してごめんよぉ、ひーん!」
オレたち三人はしばらく抱きしめあい、泣き合った。
おっさんは、そんなオレたちを少し引きながら見つめていた。
うるさいよっ!
マッチョメンにオレの気持ちが分かってたまるか!
ひとしきり泣いた後、オレは真水の風呂に入り、心と身体を清めた。
本当は、罰の意味も込めてクーに氷水にして貰うように頼んだんだが、却下されてしまったんだ。
ああ、この清い気持ちのまま居られたら、どんなに幸せだろうか?
風呂に入ってサッパリした所で、クーからオレが居ない一週間の出来事を聞いた。
何でも、リリィやミィーカが泊りに来てくれていたらしい。
食事なんかも作ってくれたそうだ。
今度お礼を言わないとな。
その時教わった料理を、クーが披露してくれた。
少しずつだがク、ーも料理を覚えて来たな。
今日のメニューは、塩漬け豚のスープ、パン、野菜の酢漬けだ。
素朴な料理だが、久々のまともな食事、オレの心まで満たされるような味わいだった。
ちなみに塩漬け豚のスープは、よく教会で出される料理だ。
多分だが、教えてくれたのはミィーカだろう。
玉ねぎと豆、そして生姜が香る美味しいスープだ。
ミィーカって料理出来たんだな。……意外である。
「ボクも野菜の酢漬け、食べられるようになったんだからねっ!」
ネムが自慢げにオレに言って来た。
なんでもミィーカに注意されたらしい。
「ミィーカちゃんが『世の中には、ごはんも食べられない子がいっぱいいるのに、残したらもったいない』って教えてくれたよっ!……クーもそうだったって聞いたから、ボクは残すのをやめたんだ」
「ミィーカさまは、やさしく色々教えてくださいました。……ミィーカさまと主人さまは、なんだか似ている気がしました。……すごく気を使ってくださいましたよ」
ふーん、あいつがねぇ。
確かにガサツな所は、オレにそっくりかもな。
猫に野菜を食べさせる事はひとまず置いといて……ネムが素直に従うんだから、本当に優しく言ったんだろうな。
「そういえば、リリィとミィーカはどうだったんだ?うるさくなかったか?」
「あの二人はうるさいよっ!」
「もう、仲がよすぎて、おもしろいんです!……ご主人さまもきっと大笑いすると思います」
あの二人は、コントをしてるみたいだもんな。
リリィがいつものようにミィーカの乳を鷲づかみする姿は……見たかったかもしれない。
オレはそう言えばと、使者が持って来たと言う、領主さまの招待状を読んでみる事にした。
明日の昼に領主さまのお屋敷に来い。……との事が、長ったらしく書いてある。
一週間留守にしていたとはいえ、急だな。
文面から歓迎されている事は分かるのだが、出来れば行きたくない。
多分、シャムロック氏を倒した件と、理想郷事件のお礼とか、そんな内容だろう。
招待が遅れた訳なんかが細かく書かれていたが、流し読みしてしまった。
まっ、あちらさんも側近に犯罪者がいて、粛清なんかで大忙しだったという所だろうな。
ちなみに今回呼ばれたのが、オレ、おっさん、そしてオリヴィアだ。
オリヴィアはベルーガ卿の血筋だし、ここの領主さまとは親戚関係なんだろう。
多分だが、オレたちと知り合いだから、ついでに呼ばれたとかそんな所だろう。
ここの領主さまも確か、なんちゃら・ベルーガ伯爵と呼ばれていた気がする。
……名前は覚えていない。
伯爵って言うんだから、偉い人なのは辛うじて分かった。
「おっさん、これ……行かなきゃまずいか?」
「不味いな。大体、お前が行かなければ、俺達は行く意味など無いだろう」
まあ、確かにそうなんだよな。
非常にめんどくさいが、行くしかないのか。
「行くのはいいが、貴族の礼儀作法なんて知らないぞ?そういうのって失礼に当たるんじゃないか?……おっさん、教えてくれよ」
「俺だって知らん。俺も何度か呼ばれた事はあるが、その度に誰かに教わり……忘れて来た。俺はそういう式典は苦手でな」
このおっさんが士官せず、運び屋をしている訳が少しだけ分かった気がするよ。
あきれ果てたオレに、おっさんは自信満々に告げてくる。
「だ、が安心しろ。今回はオリヴィアも行くのだろう?実は出発前にオリヴィアに指導して貰うよう頼んでおいたのだ」
おっさんはニヤリと笑った。
あんまりカッコよくないぞ?
だが、おっさんにしては気が利くな。
この際だが、取りあえず簡単な礼儀作法を覚えておけば、この先も困らないだろう。
オレが思うに、生きる上で必要なのは実力なんかより、ハッタリと礼儀作法だと思う。
営業時代を思い出すと、その二つをうまく使えば大抵の事は乗り越えられていた気がするしな。
食事を済ませたおっさんは「では、オリヴィアを迎えに行ってくる」と言って、得意げに出掛けて行った。
今回は教えてもらうんだから、迎えに行くのは当然か。
オレたちは、雑談しながらオリヴィアを待つ事にした。
そう言えばだが、オリヴィアはあの後クーには会っていなかったはずだ。
リリィとも、ミィーカとも仲良くなれたんだ。
貴族とは言え、オリヴィアもクーと仲良くしてくれたらいいよな。
あいつも大盾を持っているんだ。
『アラン・ベルーガ卿の冒険』は好きそうだし、奴隷に対しても悪い感情は持っていないはずだよな。
「ボクも行きたかったな!ねっ、クー?」
ネムは、お屋敷に行きたそうなんだよな。
好奇心でいっぱいだし、こわい者知らずだからな。
「わたしは……その……」
ネムの発言に、クーは表情を曇らせる。
クーは、人間の貴族にいい思い出がないだろから、行きたくないだろうな。
「クー、ここの領主さまは、なんとベルーガ卿の子孫にあたる人なんだぞ?今から来るオリヴィアさんも、ベルーガ卿と親戚の血筋らしいぞ」
「そうなんですか?……すごいです!」
クーは頬を赤く染め上げ喜んでいた。
そうだよな。
実在したヒーローの親戚と会うなんて、興奮してしまうよな!
「ポンポンちゃんはね、ベルーガ卿みたいに大盾をもってるんだよ。敵のこうげきをガッツーンってはじいて、すごいんだからっ!」
「仲良くなれたらいいな!」
「はいっ!」
そんな話をしていると、おっさんの馬車が帰って来た。
オリヴィアがやってきたようだな。
オレは、彼女を玄関で出迎えた。
オリヴィアは普段の鎧姿ではなく、セクシーなドレスを着ている。
ドレスの寄せて上げる効果か、胸が凄い事になっている。
普段あまりしない化粧もしているせいで、ドキッとしてしまうな。
こうやって改めて見ると、本当に貴族って感じだな。
「やあ、久しぶり。今日はめんどくさい事を引き受けてくれてありがとう。普段も綺麗だが、ドレス姿だと別人みたいに綺麗だな。まあ、入ってくれよ」
「いえ、こちらこそ、ハルト様のお住まいにお招きいただき光栄ですわ。……それにしても、主人が自ら出迎えて下さるんですね」
「ああ、最近物騒だろ。オレが出る事にしているんだ」
「そうですの?……お邪魔いたしますわ」
そう言って、優雅にお辞儀をした後、家に入って来くるオリヴィア。
なんか、普段と別人みたいでこっちが緊張してしまう。
それにしても、今日のオリヴィアは少し機嫌が悪いようだ。
先ほど、クーが出迎えなかった事を非難していたのは分かる。……上下関係をきっちりしろと言いたいんだろう。
でもさ、奴隷だとか上下関係とか、オレはそういうのは無しにしたいんだ。
決してクーが怠けているわけじゃない。
オリヴィアもクーに会ったら分かってくれるはずだ。
クーは、オレなんかには勿体ない位、自慢のいい子なんだぞ?
だが、オレはこの時、少しだけ嫌な予感を感じていた。




