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第四章 2.一か月後の衝撃事実②

 まずは、煩悩の尻尾を切り落とす。


 それにしても固い尻尾だ。


 血しぶきが雨の様に降り注ぎ、地面に赤い池を作る。


 切り落とした尻尾は、まるで別の生き物の様にウネウネとはげしくのた打ち回った後、大人しくなる。


 何と言ってもこの煩悩、体長が40mはありそうだ。

 尻尾と胴体が同じくらいの長さだから、しっぽだけで20mくらいか?

 のた打ち回っている尻尾に巻き込まれただけで、瀕死の重傷を負いそうだな。


 三つの爪で地面を抉る様な煩悩の攻撃をかわし、オレは距離を取る。


 さて、次はと……。

 オレはあくまで冷静に煩悩の動きを見つめる。

 

 この煩悩、オレの煩悩らしくすさまじく不細工だ。


 ここまで大きいと、『円の剣陣』は普通には使えないだろう。

 ここは、身体能力を生かしてヒット&アウェイで行くしかないな。


 少々応用編になるが、これからは自分の間合いではなく、相手の間合いで動けばいいだけだ。


 オレの周りに円を広げるのではなく、相手の間合いに円を広げてやればいい。

 尻尾というイレギュラーが無くなった今、相手の動きを分析し、今まである手順書の中から動作を選び、組み合わせるだけ。

 

 素早く懐に潜りみ、ゆっくり作業して、素早く離脱。

 なぁに、斬るのには速さはいらないさ。


 煩悩が、大きなアギトを見せつけるようにしながら、必殺の牙で噛み砕こうとするのを前進しながらかわし、足元にもぐりこむ。

 その際、身体の表面をよく見ると、オレの拳ぐらいの大きさのノミに寄生されていることに気が付いた。


 さすが自分の煩悩、オレが嫌な事を熟知してやがる。

 マジで気持ち悪いんですけど!


 この煩悩の鱗はおそろしく固いのだが、ノミがいるって事は、血を吸われているんだよな。


 ……これは、案外簡単に斬れそうだ。


 オレはある事を思いつき、そのまま容赦なく後ろ足の腱を斬り裂く。

 そう、鱗を切らなきゃ問題ないんだ。


 オレはあくまで正確に、鱗の間を縫うようにして刃を入れて行く。


 後ろ足の腱を斬り裂くと、煩悩は巨体を支えきれなくなったのだろう、態勢を崩しそのまま倒れ込んでしまった。


 格闘技でもなんでも、身体のデカい相手と戦う時は、足を攻めるのがセオリーだよな?


 これでこの煩悩の俊敏性は失われた。

 後はじっくり料理するだけである。

 

 鱗を避けるように正確に切って行かなければ、そのうち刃がボロボロになって行くだろう。

 ここまで正確に斬れるのは、剣の感度を上げてくれたリリィのおかげだな。


 ちなみに、この戦いでは『何でも切れる剣』は使わないつもりだ。

 そもそも『何でも切れる剣』なんて名前が、オレの煩悩を映し出している気がする。


 なにが『何でも切れる剣』だよ!?

 ヤリ○ンみたいな名前しやがって!


 オレは怒りを剣に乗せ、倒れ込んだ煩悩の翼を両断する。


 こいつ、デカい癖に飛びやがるからな。


「逃がさねぇぞ!煩悩めぇーーー!!」

 

 煩悩はオレを見つめていた。


 その瞳に宿るのもは――恐怖。


 ――ついにオレは、煩悩を超える事が出来た!


「天上天下、唯我独尊ナリィィイ!」


 足を引きづりながら必死に逃げようとする煩悩を追い越し、オレはその喉笛を掻っ切ったのだった。




 辺りは血の海。

 息を整え冷静になったオレは、途方にくれていた。


 ――これって、ドラゴンでね?


 山籠もりして一週間。

 ついにオレの煩悩、マーラ様が形となって襲いかかってきたかと思ったら、ドラゴンだった。


 ……オレはまた、無駄に生命を奪ってしまったのか。


 この一週間というもの、座禅を組むたびに魔物が襲いかかってきた。

 気付けばここは、死んだモンスターの山だ。

 熊やら、大蛇やら、ムササビやら、巨大ハチの子やら。


 このドラゴンは、魔物の死体を食べにやってきただけかも知れない。


 オレは、なんて罪深い男なんだ!


 途方に暮れているオレの背後に、気配を感じた。


 この気配は、ランドルのおっさんか?

 今のオレは気配に敏感なんだ、後ろに回るとケガするぜ?


「……おっさんか。どうしたんだ、こんな所に?……仕事の依頼は、していなかったはずだがな?」

「色々あってお前を探すように頼まれたのだが……半分用事は済んでしまったようだ」


 そう言ったおっさんの声は、半ば呆れているように聞こえた。


 オレは、後ろを振り返る。


「……用事?オレは山籠もりの最中で忙しいんだ。帰ってもらえないか?」

「まあ、そう言うな。実はお前を連れ戻しに来たのだ。ネムもクーも心配していたぞ?二人とも自分のせいでハルトが家出したと言っていた。……そろそろ、帰ってやらないか?」


 おっさんにしては珍しい優しい声に、オレの涙腺は緩みそうになる。


 家出じゃないもん!

 修業の山籠もりだもん!

 ばかぁ!


 オレが黙っていると、おっさんが事情を説明してくれた。


 何でも、領主さまの使者がオレに会いたいとの書状をもって家にやって来たらしい。

 ネムは、オレがいつ帰えってくるか分からなかったので、おっさんに連れ戻してもらうよう相談したようだ。


 そして同時刻、ファージ山脈の奥地に住むというSランクWANTEDモンスター、『永く生きた血色の下級竜(レッサー・ドラゴン)』が、イーブスの街の方向へ飛んでいるとの報告を冒険者ギルドが受け、腕の立つ冒険者たちを招集した。


 当然ながら、優秀な冒険者が普段から街に残っている訳がない。

 街でフラフラ遊んでるような冒険者のほとんどはCランク以下、もしくは金でCランクを買ったヤツらだ。

 半分以上の冒険者が、ビビッて参加を辞退。


 結局、白羽の矢が立ったのがオレだったそうだ。


 ネムとおっさんが相談している所へ、血相を変えたギルド職員がやってきてオレに助けを求めて来た。

 そこでおっさんは、ネムからオレの居場所を聞き出し、急いでここまでやって来たとの事だった。




 下級竜ね、通りで不細工な顔していたはずだぜ。

 確かにこんなのが街で大暴れしたら下手したら、イーブスの街は壊滅だな。


「現在、城の兵士と冒険者総勢1500人が、このドラゴンを目指している。……お前一人だと事情の説明が大変だと思うがな。――なあ、ドラゴン退治の英雄殿?」


 おっさんが、意地の悪い顔をしてオレを見る。


 くっ、確かにな。

 痛い所を突きやがる。


 もうオレは、英雄として祭り上げられるのはうんざりなんだよ!


 お家には帰りたくないが、背に腹は代えられん。

 この際、二人には土下座して謝ろう。

 そして、本当の事を言おう。


 ……「家出してごめんなさい」ってさ!


 オレが決意を固めていると、おっさんは魔物の死体の山を見てこう言った。


「それにしてもお前、精の付きそうな物ばかり倒しているな。まさか……?」


 うるさいよ!

 お前が食えよ、このあんぽんたん!




 こうしてオレは、おっさんの馬車に乗って家に帰る事にしたんだ。


 オレは念のため、樽の中に身を隠す。


 絶対に見つけられたく無い戦いがそこにはあるのだ。


 途中、兵士におっさんが説明している声が聞こえた。


「名も知らぬ『善意の人』が、この先の平地でドラゴンを倒してくれたようだぞ?賞金は貧しい者の為か、街の復興事業に使ってくれと言っていた。……ん?『善意の人』の容姿?……詳しくは覚えていないが、銀色で子供ぐらいの大きさの、目の異様に大きな人間であった……かな?……フフッ」


 樽の中に入っていても、おっさんが笑っているのが分かる。

 くっそう、このおっさん相当に嫌味っぽいぜ!


 兵士たちのざわざわとした声の後、その声が歓声へと変わった。


 あれだけデカい竜を倒しに行かなきゃならないなんて、普通なら死刑執行を言い渡されたようなもんだもんな。


 オレだって、正気だったら断っていたね。




 そして、しばらくして……。


「もう出て来ても問題ないぞ」


 兵士たちは居なくなったらしい。


 ドラゴンの死体を確認しに行ったのかな?


 賞金に関しては、今回はしょうがない。

 貰いに行けば、誰が倒したのかバレてしまうもんな。


 オレは樽からノソノソと這い出て、念のため周囲を伺うと、馬車の中で寝転がった。


 思えばこの一週間、ほとんど寝ていなかったからな。


 家に向かう途中、おっさんに今回の事を相談してみた。

 なんとなくモヤモヤして、誰かに話さないと居られ無くなってしまったんだ。


「なんだ、そんな事か。確かに彼女は、未だ身体が出来上がっていないが、年齢は近いのだろう?あまり恰好を付けずに、自分の好意を伝えれば楽になるかもしれんぞ。……その後は、ゆっくり関係を作って行けば良い」


 話した相手が悪かったのか、的外れな事を言われてしまったよ?


 自分はモニカ先生と話せない癖に、分かった様な事言いやがって!


 その後も、おっさんはオレに対して何かとアドバイスしてきた。


 曰く「俺の若い頃は娼婦を買ったものだ。我慢せず、発散したらどうだ?もちろん俺は黙っていよう」だの「恰好付け過ぎると元気がなくなるから、精のつくものを食べても改善されない。気楽に行け」だのそんな話だ。


 なにかこのおっさん、勘違いしてないか?

 オレは「不能」ではなく「不可能」なんだよ。


 風俗で発散したくても、オレのミッションは常にインポッシブル……なんだよ!


 話を聞いているとこのおっさんもオレと同じで素人童貞じゃねーか。

 フンッだ。そんな奴にアドバイスなんかされたくないね!


「なあ、おっさん。さっきから散々アドバイスしてくれてっけど、モニカ先生とは進展ないのかよ?」


 オレがそう言うと、おっさんはしばらく黙った後


「……俺はしがない運び屋だ。……彼女は俺には勿体無い女だ」


 とかほざいた。


 何が『大虎殺し』だよ!

 このおっさん、相当のチキンだぜ!


「素直に好意を伝えれば、楽になるんじゃなかったのか?」

「五月蝿い!……此方にも事情があるのだ!」


 おっさんは凶悪な顔をさらに歪ませ、珍しく叫んだ後また黙ってしまった。


 ああ、そうかい!

 そっちがその気なら、オレにも考えがあるぜ!


 オレはチキン野郎を無視して、家まで寝てしまう事に決めた。




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