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第三章 幕間7.最高の獲物を

 とある発言を聞いて、オレは思考停止に追いやられた。

 発言の主は、ミィーカだ。


 オレが中々教会に遊びに来ないので、子供たちから催促され、彼女はやって来たのだと言う。

 なんでも来週『ドワーフの工場完成記念兼、教会とドワーフの皆さんとの親睦会』を行うので是非参加してくれとの事だった。


 実は、リリィや武具屋の親父からも誘われていたのだが、行こうか悩んでいたんだよね。


 どうもオレは、人が多いお祭り的なイベントは昔から苦手なんだよな。

 みんなが楽しそうなのはいい事なのだが、人が多いとものすごく気疲れしてしまうのだ。


 それに、今回はクーもいるしな。

 家に留守番させる訳にもいかないし、ドワーフの職人の皆さんが居るとはいえ、まだ大人数の人間には慣れていない。


 リリィも参加するそうなのだが、どうしようかと悩んでいた所なのだ。


 オレは、その事を素直にミィーカに伝えてみた。

 クーを言い訳に使っているような気がしてか、少しだけ罪悪感を感じてしまった。


 で、その後のミィーカの発言が、オレを思考停止に追いやったんだ。




「そうだ!……クーアスティルちゃんを、私に紹介して下さいませんか?」

「えっ?」


 優しそうな声、女神のような笑顔でオレに問いかける。


 ……誰だ、こいつ?


「だ・か・ら!……クーアスティルちゃんを、私に、紹介して下さいませんか?」

「え?……えっ!?」

「――おめぇ、聞こえてんだろ?ばかにしてんかよ!」


 ……どうやら、ミィーカで間違いないらしい。


 一瞬別人かと思ったぞ!

 心臓に悪いから、そういうのはやめて頂きたい。


「お前、普通に話せよ。そういうのは営業中だけにしてくれ」

「うるせーな!……ちょっと、緊張してたんだよ!」


 やっと普段のミィーカらしくなって来たな。

 初めの頃はけっこうムカついたのだが、今じゃその話し方の方が安心して聞いていられるから不思議なもんだ。


 そう言えば、こいつにちゃんとお礼も言ってなかったな。


 お礼ってのは大事である。

 クーには、ちゃんとお礼を言える人になって貰いたいしな。


 オレはクーを紹介するため、ミィーカを居間まで案内した。

 ミィーカは、家に入ると辺りをキョロキョロと見回し「案外きれいにしてんだな」と言った。


 そう言えば、ミィーカを家に上げた事は無かったな。


 最近では、クーがこまめに掃除をしてくれているから家がものすごくきれいなんだ。

 お掃除力と体力は、別のパラメーターで存在しているのかと勘ぐってしまうくらい、クーはよくやってくれている。


 オレは、ミィーカにソファーに座ってもらって「クーがお掃除好きで助かっているんだよ。今も掃除してるんだ。ちょっと、待っててくれ。今呼んでくるよ」と言ってクーを呼びに行った。


 今クーは、貯蔵庫の掃除をしてくれている。

 なんでも綺麗にしてしまいたい「気になる場所」があるらしい。

 クーは潔癖症というより、汚い場所を発見すると嬉しそうに掃除をするんだ。


 マジでオレには無い才能の持ち主だと思う。


 今回見つけた場所は、ひょっとして、オレがトマトソースをこぼしてしまった所か?


 ……内緒にしていたんだがな。


 貯蔵庫でクーに「例の『召喚魔法』を考え出すヒントをくれた恩人が来ているからお礼を言うように」と説明した。


 『手つなぎの精霊ニコラ』を恐喝した件は、面倒なので『召喚魔法』と説明していたりする。

 クーは緊張していたようだが「……それはちゃんとお礼を言わないといけません」と言ってくれた。




 二人を対面させると、ミィーカはクーの顔を見て驚いていた。

 確かに、出会った時は男か女か分からないくらい痩せこけていたし、ボサボサヘアーだったからな。

 クーはまだ痩せてはいるが、今じゃ別人のように可愛くなっていると言っていい。


 自慢の娘が友人に驚かれるくらい可愛いって、お父さん鼻が高いぞ!


「紹介するよ。この子がクーだ。本名はクーアスティル・エルレミア。――で、こっちがミィーカさん。教会でシスターをしている人だよ。確か一度会っているよな?病気のクーを救うヒントをくれた命の恩人だよ」

「……命の恩人だなんて大げさですよ。元気そうで何よりです。私はミィーカって言います。クーアスティルちゃん、良かったらこれから仲良くして下さいね」


 だから、お前誰だよ?

 まあ、いきなり子供にヤンキー口調で話すのもどうかと思うがな。


「……クーアスティル・エルレミアともうします。このたびは、ほんとうにありがとうございます。おかげさまで、こうしてご主人さまの奴隷でいられることができます。……わたしのことは、クーとお呼びください、ミィーカさま」


 少し硬い気がするが、まあ、初対面だとこんなもんか?


 その後、ミィーカは緊張をほぐすように、優しく色々な話をしていた。

 言葉を選んで、ものすごく気を使ってくれているようだった。


 その姿は、悔しいがまさに聖女って感じなんだよな。


 二面性があると言うより、ヤンキーも聖女バージョンも、どちらもミィーカの本質なんだろう。

 こいつって案外気を使うタイプなんだと初めて気づいた瞬間だった。


「……ミィーカちゃん、今日はなんでへんな話し方なの?……お腹へったの?」


 黙ってミィーカとクーのやり取りを聞いていたネムだったが、ついに居た堪れなくなったようだ。

 普段より話し方に力がないから「お腹が減った」と判断したのかな?


 ネムたん、ナイスボケだ!……と言いたい所だが、少しだけミィーカに同情する。


「うっ、ひでーな!……じゃない、ひどいですよ。ネム!」

「そろそろ、普通に話せよ。……いいかクー、このお姉さんは、お前をこわがらせないように優しく話してくれているんだ。あんまり無理をさせるとかわいそうだよな?」

「べっ、べつに無理じゃねーし、かわいそうじゃねぇだろ!」

「――なっ?普通に話してもらいたいよな?」

「はいっ!……あの、わたしなんかに気を使わないでください。……もう、ミィーカさまがおやさしいかただと、わかっていますから」

「……そうかよ。そんなら……そうする」


 顔を真っ赤にして、ミィーカは頷いた。




 クーはその後「お茶をごよういします」と言って席を立った。


 そう言えば、家に来てくれたのにお茶の一つも出さないんじゃ悪いよな。

 気が利かなくてごめんよ。


 お茶を飲みながら、ミィーカが『ドワーフの工場完成記念兼、教会とドワーフの皆さんとの親睦会』の話をクーにしていた。


 どうも、オレがシャムロック氏を倒したお祝いも、ついでにしたいそうだ。

 本当はサプライズの予定だったが、オレが来る気がなさそうなので打ち明けてくれたらしい。


「今回の親睦会は教会ウチとドワーフを結びつけたハルトが来ないと始まらないんだよ。……クーからも行くように言ってくれよな?……それに、ウチの教会でクーをいじめるやつはいないぜ?司祭様も『今回の親睦会は、色々な種族の交流になったらいい』って言っていたし、なにより、私がいじめさせねぇからさ」


 クーはしばらく悩んだあと、申し訳なさそうに口を開く。


「わたしは行きたいです。……ご主人さまに、はじをかかせるわけにはいきません」


 断る理由をクーのせいにしちゃったオレが悪いよな。

 ここは参加する事に決めたよ。




 そして帰り際、ミィーカが重大な発言をしたんだ。


「クーは礼儀正しいし、可愛いな!……ウチの子たちに人気が出そうだ。これは、クーのお披露目会も目的に追加しねぇとな!」


 なにぃ!

 クーのお披露目会だと!?


 家のクーのお披露目会に、恥をかかせる訳には行かん。

 これはマジで気合入れんといかんようだな!


 我は大物を所望する。

 大物を……仕入れてやるぜ!




 次の日、オレたちは冒険者ギルドへリサーチに向かった。

 狙いは決まっているのだが、他の冒険者と狙いがブッキングしてしまうとマズイ。


 そう、オレの狙いの一つは、WANTEDモンスターなのだ。


 名前は『斬首大泥蟹』。

 名前の通り沼地に住む大きな蟹だ。

 神出鬼没で、獲物の首を、大きな爪でチョッキンしてしまう恐ろしい相手らしい。

 だが、生息域は分かっているので、無暗に近づかなければ襲われる事は無い。


 その為ランクは低い。

 Cランクで賞金は金貨25枚と大した相手ではないが、その味は以前捕獲した『森王ザリガニ』に勝るとも劣らないと言われている。


 食べたヤツがいるのかとツッコみたい所だが、なんでもこの斬首大泥蟹の小さいバージョン『大泥蟹』は、大きくなればなるほど肉に甘みを増し、独特の弾力と、さっぱりとした後引くうま味に磨きをかけて行くらしい。


 つまり、その親玉の斬首大泥蟹は、デカい分だけ美味いと言う事だ。……磨きをかけて行くって言っても本人にその気はないだろうがな。


 今回もネムが食べたいと言いだしたのが始まりだが、蟹ならデカくても食べられそうな気がしたのでそれで行く事にした。


 そして、今回狙うのは一匹では無い。

 続いて狙うのは『馬鹿美味兎河馬(バカウマウカバ)』だ!


 凄いネーミングだろ?


 ちなみに、下から読んでもバカウマウカバ。

 上から読んでもバカウマウカバだ。


 これは、翻訳機能の奇跡の産物と言っても良い。


 英語に訳すと、グッドテイスト・ラビット・ヒポポタマスかな?


 「とても美味しい兎の耳の生えたカバさん」だと教会の子供たちから聞いた。

 なんでも子供たち夢の食材らしく、この話をするとみんな興奮するんだよな。


 こいつは非常に凶暴らしいのだが、ネムさんがいれば何とかなるだろう。


 今回こいつは斬首大泥蟹と生息域が被るので、ついでに子供たちの夢をかなえる事にしたのだ。

 

 こいつを狩ってくれば、クーもいじめられる事は無いだろう。

 むしろ、女王様扱い確定である!


 教会の子たちに囲まれて、萎縮するクー。

 子供たちに女王様扱いを受けて……萎縮するクー。

 萎縮してばかりの気がするが、いじめられるよりいいよな?


 ちなみにこいつは、Bランクの通常の魔物らしい。


 斬首大泥蟹とバカウマウカバ、どちらも討伐報酬は大したことは無いが、市場にもって行けば、高値間違いなしの魔物だな。


 リサーチの結果、斬首大泥蟹を狙う冒険者グループが居たのだが、オレが交渉を持ちかけると快く譲ってくれる事になった。


 みんなオレなんかより大男だったが、親切でいい人たちで良かったよ。

 バカウマウカバの肉のおすそ分けを持ってこようと、心に誓った瞬間だった。




 そして、狩りに向かう当日。

 朝もやの中、大あくびをかますシスターを、オレは見逃さなかった。


「なんでお前がいんだよ?」

「……うるせーな。バイトだよ、ばか!」


 そう、沢山の運び屋の中に、ミィーカを発見したのだ。


 今回の斬首大蟹は相当にデカいらしい。

 おっさんが気を利かせて運び屋を大量に雇ってくれたのだが……なぜ、お前がいるんだよ?

 

 オレはおっさんに避難の目を向ける。


「まあ、そんな顔をするな。ミィーカも普段頑張って鍛錬を続けているのだ。冒険者の仕事がどの様な物か、実際に見せるのも良いだろう」


 ちなみに、マライじいさんたちのメンバーは、別の仕事で今回は参加しないらしい。

 どうもオレの名が上がってから、マライじいさんたちも有名になったらしく仕事が忙しいようだ。


 オレはあまり納得していないが、メンバーに知り合いが多ければクーも緊張しないだろう。

 どうも無理やりミィーカが付いて来ただけのような気がするが、そう思う事にした。


 そうそう、クーはミィーカが家に来てから少しおかしいんだ。


「男の人は、おっぱい……好きですよね?」


 ミィーカが帰った後、真顔で聞かれてしまったのだ。


 どうもクーは、ミィーカの巨乳に憧れを抱いたようだ。

 オレがマッチョメンに憧れるような物……なのかも知れない。


 こういう時何て答えたらいいか分からなかったので、正直に「ああ、好きなんじゃないかな。……でも肩がこるらしいぞ?」と答えてみた。


 クーとは何でも言い合える関係は望むが、こういう問題って難しいよな。


 今も真剣な顔で、ミィーカの普段の食べ物や、運動方法などを聞いている。


「まずは、筋トレだよな。素振りは毎日千本が基本だ。そして好き嫌いはしない事だな!」

「……はいっ!」


 ……あんまり参考にならなそうだな。




 さて、目的地に到着した。

 この狩場も割と街から近い。


 こんな所にBランクの魔物がいたらけっこう危ないな。


 バカウマウカバは、見た目の可愛さと肉の美味さから家畜化させようとの試みが以前あったらしいのだが、その可愛い見た目に反して、大変気性が荒く家畜化は失敗。

 そのせいでこのファージ一帯で、生息数だけは増えてしまったという悲惨な過去を持つ厄介な魔物だ。


 まっ、悪いのはすべて人間なんだがな。


 今回、クーは初の高ランクの魔物狩りだ。

 こんな近くに高ランクの魔物がいるなら、レベル上げにはもってこいの場所かもしれない。


 ちなみに、Bランクの魔物はレベル20後半~30の上位パーティーでの討伐が基本となるらしい。


 今イーブスには、レベル30代の冒険者なんて数えるほどしか居ない。

 普通の冒険者からしたら、大変危険な魔物だな。


「大ヒルが出たぜ。……ここは私がっ!」


 体調70㎝くらいの分厚く気色悪い魔物、大ヒルを見つけて、ミィーカが嬉々として突撃をしかけようとする。


「――はい、ストップ!運び屋さんは運び屋さんのお仕事をして下さい!」


 オレはミィーカの首根っこを掴んで強引に後ろに下がらせる。


 こいつ、本当は待機組のはずなんだが、ついてきちゃったんだよね。

 今回は蟹を縛る紐や、運ぶための機材なんかの持ち物も多いので、ついて来る分にはいいんだが、勝手に魔物の前に飛び出るのは勘弁して頂きたい。


 大ヒル退治は家の後衛さんの大切なお仕事だ。

 巻き込まれても困るしな。


 おっさんみたいに少し下がった所で、他の運び屋の皆さんと一緒に周囲を警戒していてほしい。


「……狙い撃て、氷弾アイス・バレット!」


 ミィーカを後ろに下がらせたすぐのタイミングで、クーが自身のイメージ、氷の散弾を撃ち出す。


 うん、大勢の前でも臆していない。

 そして、大分攻撃のイメージが出て来たみたいだな。


 氷の礫に当たった大ヒルは、汚い体液をまき散らしながら動かなくなった。


 それにしても以前から思っていたんだが、氷や土で敵を貫いた場合は属性攻撃になるのかな?

 うーん、物理攻撃っぽいよね。


「……クー、見かけによらず、強いじゃないか」


 ミィーカは呆れ顔でクーを見るが、相手はただの大ヒルだ。

 ランク的にはFランクだが、大してレベルも高く無い。

 討伐報酬も無く、冒険者からは嫌われている存在だな。

 

 ちなみに、こいつを見かけたら必ず倒しておくのが、この地方の冒険者のローカルルールだな。

 

 たしかに集団で来られると危険だが、その辺はネムが管理しているので心配は無い。

 少しずつ自信を付けてもらうために、このくらいのザコはクーに任せる事にしているのだ。


「ミィーカ、一応オレたちにも連携があるんだから、あまり前に出るんじゃないぞ?レベルを上げたい気持ちは分からんでもないが、大ヒルの体液は金属を腐食させる効果があるらしいし、お前の形見の剣が錆びちまったら勿体ないだろ?」


 そんな感じで、オレたちは進んでいく。


 ヒル避けの煙やら薬やらをばら撒きながら歩いているんだが、それでもたまに大ヒルはやってくる。

 事前に身体にぬってある薬のおかげで、小さいヒルが身体にまとわりついてこないだけマシだが、こいつらグロテスクなんだよな。


 なるべく出て来ないで頂きたい。


 ネムはと言えば、ヒル避けの煙が嫌みたいで、クーの鞄から中々出て来ない。

 良い狩場かと思ったんだが、もう2度と来ないとオレは密かに誓ったのだった。




「この先の沼地にバカウマウカバ、二頭いるよっ!」


 ネムが鞄から出て、オレたちに報告する。


 オレたちはおっさんの提案で近くの大岩の上、高台から遠距離攻撃で仕留める事にした。

 大岩に登り周囲を確認した後、オレは二人に声をかけた。


「じゃあ、いつもの通りの作戦で行くぞ。クー、今日はギャラリーが多いが、あまり緊張しないように行こう!ネムはこの後食べる物だし、なるべく痛めつけないようにな」

「……はいっ!」

「おっけー!」


 二人は深呼吸をする。

 二人が深呼吸している間、ちらりとミィーカを見る。


 なぜかミィーカまで緊張しているようで、薬草キセルを吹かしていた。


「……二人で大丈夫なのかよ?」


 そんな質問をされてしまったよ?


 オレはおっさんと顔を見合わせる。

 たしかに相手はBランクの魔物二体だし、ネムの実力を知らないと不安になるのかもしれないな。


「それは……お楽しみだな」


 オレとおっさんは、意地の悪い顔をしてミィーカを見つめた。


「ハルト、じゅんびおっけーだよっ!」

「よし、では作戦開始だ」


 オレの合図と共に、クーが瞳を閉じてイメージを浮かべる。


「……乱れつらぬけ、氷弾の嵐(アイス・ブリザード)!」


 クーが言葉を発するとイメージは形となり、氷の礫の嵐が沼地に吹き荒れる!


 バカウマウカバは突然の攻撃に驚いたようだが、氷の礫の嵐を物ともせず、攻撃してきた相手……クーを見つけると、怒りに任せて突進してきた。


 この辺りは冬は寒だろうし、こいつら皮膚も分厚そうだ。

 冷気の攻撃や物理攻撃には強いのかもしれないな。


 野太い鳴き声と共に、風を切り兎の耳がなびく。


 確かに可愛らしいと言えなくもないが、体長は6mはあろうかという巨大な身体、血走ったその眼、顎から突き出た牙を見たら、決して家畜にしようなんてオレは思えない。


 正直、真正面からは戦いたくない相手だ。

 しかも美味そうには決して見えないな。


「……おっさん、突進系は『美味い』んだっけ?」

「だろ?……自分から突っ込んでくるんだ。追う手間が省ける。こんなにうまい相手はおるまい」


 そう言って、おっさんは悪い笑いをした。


 ああ、そういう意味だったのね。

 てっきりオレは、突進してくる魔物の肉はみんな美味しいんだとばかり思っていたよ。

 あまり美味しくない奴も居たけど、おっさんは食いしん坊なんだと……。


 謎が一つとけたね。


 ――直後。


「行っくよ!……水操作ウォーター・コントロール


 ネムがバカウマウカバを十分引きつけた後、魔法を解き放った。


 バカウマウカバは、二匹ともその場で倒れたかと思ったら、今度はもがきはじめる。

 そして、しばらくして動かなくなった。


 ……死んだのか?


 何したの、この子?


「痛めつけるなって言われたから、肺に水を入れて溺れさせちゃった」


 オレの不思議そうな顔にネムが気付いたのか、答えてくれた。


水操作ウォーター・コントロールは使うのは簡単だけど、あれんじは大変なんだからねっ!」


 ミィーカはそれを聞いて顔を真っ青にさせ、むせるようにセキをしだした。


 ……けっこうひどいセキだな。

 セキに回復魔法って聞くのかな?


 試しに使ってみる事にした。


「……治療の波(ヒールウェーブ)

「コホッ、コホッ……ううっ、ありがと。……少し良くなったみたい、コホッ」


 素直にお礼を言ってくれるミィーカ。


 けっこう辛そうだったもんな。


 顔色も良くなったか?

 意外と回復魔法って万能だな。


 こいつ肺が弱いらしいから、バカウマウカバの気持ちが分かったのかも知れない。

 バカウマカバのやつらも、まさか自分たちが溺れ死ぬとは思って無かっただろうな。


 ネムたん……怒らせない様にしょう。


 念のためオレが近づいて死んでいるのを確認した後、運び屋の皆さんに野営地まで運んでもらう事と相成った。


 その時バカウマウカバの皮膚をよく見たんだが、ピンク色の汗みたいのが出ていて少しグロかった。

 これも、オレは絶対に食べない食材に決定した瞬間だった。


 二匹も取れたし一匹はギルドに下して、もう一匹は教会の子供たちが食べるだろう。


 ……育ち盛りだしね!




 クーがレベルアップの反動で疲れた顔をしていたので、2時間ほどの長いランチタイム取る。


 そして十分休んだ後、再度出発した。


 ミィーカが「私もレベル上げてぇな」と言いながら、オレの方をチラチラと見て来たが無視した。

 近接武器しか持っていないようだし、運び屋を怪我させる訳にもいかないからな。


 そして、1時間ほど歩いて斬首大泥蟹がいる沼地までやって来た。


 この沼地は、周りが木に囲まれており薄暗い。

 そしてあちらこちらに巨大な木の根が地面からせり出している。


 マングローブの森っぽい感じだな。


 その沼地の中で、入り江の様になった広い場所を発見したので、そこで斬首大泥蟹を待ち伏せると決めた。


 オレたちは手分けして大ヒルを駆除した後、辺りに焚火を焚いて周囲を明るく照らす。

 そして、おっさんが来る前に茹でて来たという、謎の軟体生物を水辺に仕掛ける。


 ――後は待つだけだ。


 しっかし、こういう釣りっぽいのって、優雅でいいよな。


 クーは緊張しながら水面を見つめ、ネムはおっさんや運び屋の皆さんと一緒に焚火の近くで軟体生物を食べて時間を過ごしていた。


 ミィーカは「大泥蟹を探す」と言って、入り江付近を探して回っていた。


 美味しいらしいし、副収入にもなる。

 何より面白そうだ。


 オレもクーを呼び、一緒に探す事にした。


 しばらく色んな場所を木でホジホジすると、50㎝くらいの大泥蟹が5匹と、アサリみたいな貝がたくさん取れた。

 蟹は、この位のサイズだと大変美味しいそうである。


 予定してなかったが、潮干狩り気分を味わえたぜ!




 しばらくして――


「来たよっ!」


 ネムの声で全員に緊張が走る。

 この入り江には隠れる所が無い為、運び屋の皆さんには森の中に退避して貰った。


 そして、ゆっくりと、沼地から斬首大泥蟹が姿を現す。


 体長15mはあるだろうか?かなりデカい。

 そして、片方の爪が真っ赤で普通乗用車ほどの大きさがある、平べったい蟹だ。


 その爪でチョッキンしちゃうわけね?


 思ったより大きいな。

 さて、どうしようか?


 固そうだし、巨大だからクーの『氷の呪法』で攻撃させるのは危険かもな。

 爪を切って無力化した所で、クーに攻撃させてもいいんだが、出来れば爪のついたまま持ち帰りたい。


 これはオレの見栄であり、わがままである。


 敵を舐めている訳じゃないが、パーティー用の食材だからな。

 見た目って大事だろ?


 こういう時は家の稼ぎ頭、ネム先生の出番だ!

 助けて、ネムえもーん!


「ネムさんや、さっきみたいに傷付けずに倒す事は出来ないだろうか?」

「わかったっ、風の防壁をつかった新魔法を、ためしてみていいかな?」


 おお、さすがネムたん、何でも出来るね!


「それで行こう!……どんな魔法なんだ?」

「さっき、バカウマウカバを倒したときに思いついた魔法なんだけど……見ててっ!」


 そう言ってネムは、斬首大泥蟹を見つめ演唱を開始する。


 今回はけっこう演唱が長いな。


 その間、斬首大泥蟹は……謎の軟体生物を食べるのに夢中になっていた。


 うん、バカだな。

 おっさんの大好物のカニみそは取れなさそうだぞ?


「……風防結界(ウィンド・シェル)形成……密閉成功。………ではおまちかねっ!……無酸素隔離空間アノキシア・ミュージアム!」


 なんだかとってもこわい名前の魔法だったので、聞かなかった事にする。


 ネムの魔法が発動すると、斬首大泥蟹は風のドーム状の結界の中で暴れようともせずにすぐにぐったりと動かなくなってしまった。


 ……とんでもないな。


 ネムを見ると息を切らせている。


「ハァハァ。……ちょっと演算がたいへんだったよ。……かいぜんのよち、ありだねっ」


 「いやぁ疲れたよ」と言いたげに耳はたれ、天使な笑顔で笑いかけてきてくれた。


「お、おう、すげーな!」


 改善の余地って……この魔法があれば大概の生物は倒せちゃうんでない?


 努力家のネムたんに、心から拍手を送りたい。




 帰り道、斬首大泥蟹を運ぶ運び屋の皆さんにエールを送りながら、意気揚々と歩く。

 おっさんが「泥抜きをする為に、出来れば生きたまま持ち帰りたかった」と言っていたが、もう後の祭りだ。


 そう言う事は、前以て言ってほしいもんである。


 クーとミィーカは、潮干日狩りで完全に打ち解けたらしく楽しそうだ。


「それにしても、クーもネムも強いな!」

「……わたしはまだまだです。……でも、ネムちゃんはほんとうに強いです!」

「ふふん、ボクは強いよっ!……今日はちょっと、つかれちゃったけどね」

「そうだな。……あれだけ大活躍したもんな。蟹もカバも一撃だったもんな!」


 そう言って、ミィーカはネムの頭をなでる。

 そしてふと思い出したような顔をして、オレを見た。


 なんなのさ?


「……そういやお前、今回何もしてねぇよな?私の荷物、半分やるから持てよ?」


 ぎくっ!

 痛い所を突きやがるぜ、この女!


「オ、オレが何もしてないって事は……それだけ、へ、平和だったと言う事ナリヨ?」

「うるせ!……レディに荷物持たせてんじゃねぇよ!……さっさと持ちな!」


 そう言ってミィーカは、オレに荷物を投げ渡す。


「はあっ!?どこにレディがいんだよ?――オレには見えないね!」

「なんだと……ばか!」


 オレが荷物を投げ返すと、頬を膨らめて抗議するミィーカ。


「この二人、仲良しだよねっ!クー、こういうのを『らぶこめ』っていうんだよっ」

「……なんだか、うらやましいです」


 ネムとクーが、よく分からない事を言ってオレを見た。


 この状況明らかにおかしいだろ!

 大体勝手に運び屋として付いて来たのに、依頼主に荷物を持たせるってどういう事だよ!


 途中何度もおっさんに「大声を出すな、馬鹿者め」と注意されたが、野営地に戻るまでオレは抗議し続けてやった。

 運び屋さんたちまで、変な目でオレを見るんだ。

 

 ……人間不信になりそうだよ?




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