第二章 1.異世界で遭難・能力確認①
目を開けると、そこには大自然が広がっていた。
――ここが『理想世界』か。
天気もいい。
見渡す草原のあちらこちらには、荒く削られたような大岩が転がり、キラキラと太陽の光を反射する小さな小川が流れていたりする。
標高が高いのだろう。
目下には広大な森が広がっており、森と三方を囲むように雄大な山脈が広がっていた。
広大で雄大。
何と言うか、スケールが日本と違うな。
この景色を見て、オレはとある高山に住む少女アニメの主題歌を思い出した。
巨大なブランコをガンガンこぐクレイジーなアレである。
あれは、高所恐怖症のオレには無理な芸当だ。
こういう情景を前にして、アニメが真っ先に出てきてしまう辺り、オレには表現力というものが無いのだろう。
ネムはというと……小さくなって怯えていた。
先ほどまでの威勢の良さは嘘のようだ。
耳はぺシャンとたれ下がり、しっぽを股にはさんでプルプルしている。
そういえば、こいつ家猫だったし、昔から外はこわがっていたんだよな。
こういう場所は、外的情報が多すぎてビックリしたのだろう。
オレはネムを優しく抱き上げた。
「おーい。大丈夫か?」
「……ダ、ダメかもしれない」
オレの脇に顔をねじ込むネム。
「落ち着くまで、じっとしてるといいぞ」
オレの猫ちゃんは甘えんぼさんだからな。
緊張が少し緩んだからか、不意に、滅んでしまった世界の事を考え、センチメンタルな気持ちになる。
……さてと、これからどうするかな?
オレは岩に腰かけ、強引にこれからについて考え出した。
さて、今後の行動だが、まずは人が居る場所を目指すべきだと思う。
……思うのだが、問題が多々ある。
まずは人が居る街や村の場所が分からない事。
そして、仮に場所が分かったとして、言葉が通じるか分からない事だ。
そういえばと、オレの服装を確認してみる。
安物のPコートにGパンにスニーカー。……これは、最後に外出した時の服装だな。
森に分け入るには、少し心許無いだろうか?
もっと邪神くんにしっかり確認しとくんだった。
だけど、始まってしまったものはしょうがないよね。
昔からゲームなんかの取扱説明書は読まない主義だ。
人生には取扱説明書なんて無いのだよ。
こうなったら、言語はしばらくジャスチャーで乗り切ろう。
日本人よ。
恥ずかしがっている場合では無いのだ!
それにしても邪神くんよ。
何故に、もっと人里近くに転移してくれないのかね。
『元始の海を枯らすモノの一部』の近くの街(もしくは村)、とかに転移させてくれればいいのに。
もっと融通きかせなさいよ、まったく!
そんな感じで自分の事を棚に上げ、しばらくの間、物思いにふけるのだった。
しばらく時間がたった。
太陽が真上あたりにきたので、そろそろお昼だろうか?
本来ならお腹が空く頃だろうが、そうでもない。
我慢しようと思えば我慢できてしまう。
眠気もそうだ。
少しだけボーとするが、我慢できてしまう。
まだよくは分からないが、これが『完全なる肉体』の効果なのかな。
よくよく考えてみると、この状況って、普通の身体で転送させられていたら遭難からの餓死コースだよな。
まずは……そうだな。
余裕をもって、慎重に自分たちの能力の確認を行うべきかもしれない。
その後行動しても遅くは無いはずだ。
邪神くんから貰った能力は、『完全なる肉体』『何でも切れる剣』『何でも分かる帽子』だ。
『完全なる肉体』はいいとして、『何でも切れる剣』『何でも分かる帽子』ってどうなんだろうか?
……言い出したのは自分だが、童話の世界のチート装備だよな。
あの場面で別の物を考え付けば、別の能力を貰えたのだろうか?
もっといい物を日ごろから考えておけばよかったぜ。
今の若者なら、あの状況でどんなチートを思いつくんだろうか?
『オレが考えた最強魔法(内容は思いつかない)』で、最強魔法使いになるのもよかったかもしれない。
剣じゃなくて銃という手もあった。
『コスモガン(効果は不明)』とか……なんだか強そうだぞ。
ああ、でもダメだろうな。
オレ集中力ないし、勉強苦手だしな!
『何でも分かる帽子』は効果次第か。
ひょっとしたら、この事態を打開する可能性すらある。
そんな事を考えていると、ネムがモゾモゾ動いて顔をこちらに向けてきた。
「落ち着いた?」
「……うん、だいぶいいよっ。ごめんなさい。こっちに来て、一気に気がぬけちゃったみたい」
あんな訳の分からない状況で、オレを守ろうとしてくれていたんだもんな。
ネムは意外と冷静だと思っていたけど、必死に頑張っていたんだ。
「気にしないで、落ち着くまで休んでるといいぞ。ネムはがんばっていたし、それに今まであんまり外に出してやらなかったしな。……どうかな?外は少しこわいかい?」
「……うん、少しだけ……こわいよ。霧の中にいたときはそんなでもなかったのに、ここはいろんなにおいや気配がするから。……ほんとうに、少しだけなんだよっ」
「そうかそうか。正直に言うとね、オレも少しだけこわいんだ。ここが何処だか分からないしね。でもネムが居るから平気だよ」
「うんっ!ボクも、ハルトがいるからへいきだよっ!」
ネムはそう言って、こぼれるような微笑みを浮かべた。
ごちそうさん!
この笑顔が見られるなら、何だって耐えられる気がするぜ!
「じゃあ、あと少し休憩したら、邪神くんからもらった『能力』の確認をしよう。そして作戦を立ててから、人がいる場所を目指そうぜ。これからはオレたち『相棒』だな!頼りにしてるぞ、ネム」
「わかった!ボクに、まかせておいてよっ」
ネムはしっぽをブンブンさせながら、嬉しそうに「相棒かぁ!相棒かぁ!」とつぶやいている。
これは生身の頃の自分では鼻血を出していたのではなかろうか?
ああ、盗撮……じゃない、録画したい!
そして、しばらくしてからオレたちは『能力』確認を行った。
普段は説明書を読まないオレでも、ここはゲームではない。
オレだけでなく、ネムまで危険が及ぶ可能性があるのだ。
しっかり確認しないとな。
まず、『何でも切れる剣』だ。
『何でも切れる剣』は、オレが頭の中で現れるように念じると、手の中に出現した。
左でも右でも、念じた方に一本だけ現れた。
羽根のように軽い。
そして……ダサい剣だ。
銀色の長い定規に柄を付けたような、シンプルな形をしている。
ちなみに、ネムは念じても出なかったらしい。
試しにネムに渡そうとして地面に置いたら、手を放した瞬間消えてしまった。
どうやら、オレしか使えないようだ。
防犯対策だろうか?
まあ、ネムは武器が持てないからいいんだけどね。
気を取り直して試し切りをしてみる。
とりあえずは……と。
近くにあった草を切ってみる。
うん、普通に切れるな。
次は、岩かな……?
『何でも切れる』と言われても、岩はさすがに不安なので、そっと岩に刃を当ててみる事にした。
少しだけ力を入れてみた。
そのまま、刃が岩の中に溶けて行く。
……いや!これは岩を切っているんだ!
あまりに抵抗が無いので『切っている』という感覚が無い。
見た目のダサさにダマされちゃいけない。
これって、予想以上に危険なモノなんじゃなかろうか?
この切れ味なら、某ゲームの『勇者の武器』みたいなカタチくらいはしていて欲しいものである。
「もしくは、斬〇剣か。……またつまらぬものを……なんてな」
そんな事を呟きつつ、ふと『何でも切れる剣』を見ると、どこかで見たことあるような日本刀風のモノに変わっていた。
あんれ?
初めからこんな形だったっけ?
「ネムくん……。この剣、カタチ変わったかな?」
「うん、変わったよ。ちなみにこのかたちの前に、なんだかゴテゴテしたかたちの剣にもなったよっ!」
やはり変わったんだよね。
見間違いじゃないんだよね?
ん?
ゴテゴテした形の剣?
勇者の剣の事かな。
しばし、オレは考え込む。
うーん。……つまりこの剣は、ある程度形が変わるという事か。
何故変わるんだろう?
オレはあることを思いつき、岩に剣を向け構える。
「伸びろ!」
直後、剣が伸び、岩に突き刺さった。
そのまま剣を持ち上げると、パックリと岩が切れていたりする。
もちろん、力は一切入れていない。
「……つまり、この剣は『何でも切るため』に長さや形も変わるのか」
どんなに切れ味がよくても、刀身より長いものは切断できない。
『何でも切るため』にそこまでやるのか。
童話のチート武器なんて思ってごめんよ。
お前スゲー奴だよ!
だが……。
「……あぶないねっ」
「ああ、なるべく使いたくないな」
切れ味にネムも引いているようだ。
ひょっとして、この星や空間とかまで切ってしまうんだろうか?
さすがに怖くて実験できないな。
良い武器とは「自分の切りたいものが切れる武器」の事を言うと、何かで聞いた事がある。
この『何でも切れる剣』は、その理屈で言うと出来の悪い武器だな。
それも最悪だ。
何かを切った時に、あやまって自分に触れればバッサリである。
……オレにこんなモノが扱いきれるのだろうか?
はっきり言って、自信が無いぞ!
その後、声を出さずに思い浮かべるだけで、形や長さが変わること確認して『何でも切れる剣』の検証は終わりにした。