第三章 33.体温
「さすがネムだ。……確かにこれは、『使い方次第』だな。クー、これからオレが解決策を見せてやる」
おどろく二人をよそに、オレは計画を練り上げる。
「まずは、ネム。索敵能力を使って『手つなぎの精霊ニコラ』達の居場所を調べてほしい。奴らは力の、いや性質の塊を擬人化したものだ。見つけにくいかもしれないが頼む。……出来るか?」
「……わかった。やってみる。いや、やるよっ!」
「OK!さすがはオレの愛しの猫ちゃんだ。クー、解決策には奴隷契約を応用した、とっておきの魔法を使う。これは賭けだ。その結果、お前の力が暴走するかもしれない。それでもやるかい?」
「は、はい。……わかりました。……やりましょう!」
「本当にいいのか?暴走したら死ぬかもしれないぞ?」
「わたしは……ご主人さまを信じるときめました!」
クーは、決意のこもった瞳でオレを見つめてきた。
前にもこんなやり取りがあったが、もう、おふざけは無しだ。
「よし、じゃあオレも覚悟を決めるかね。失敗したら三人で天国へバカンス。成功したらパーティーだ。どちらも楽しいぞ?」
「ボクがいるんだ!ぜったい失敗しないよ。二人を守るよ!」
「……三人いっしょに、がんばりましょう!」
よしよし、二人ともいい子だ。
「ちょっと、クサい演技するけど、笑わないでいてくれよ。痛い思いもするかもしれない。でも、信じてほしい」
「わかったよっ!」
「はい!」
よしよし、二人ともいい返事だぜ!
これはもうやるしかないよな。
しばらくして、ネムが声を上げた。
「見つけた。たくさんいるよっ!」
「では、オレと奴らを念話ををつないで、こちらの会話が向うに聞こえるようにしてくれ」
「……おっけー!……つないだよ!」
ネムもさすがに苦しそうだ。
数が膨大だからな。
魔力を大量に消費しているんだろう。
よし、始めるとするか。
さてさて、どこまで通じるかね?
オレは大げさな身振りでクーに話しかける。
「クーアスティル・エルレミア。奴隷契約の原則を教えろ」
「……はい。『奴隷は自分の主人の命令を絶対に守らなくてはならない』『例え過失だとしても奴隷は主人に危害を加えてはいけない』『奴隷は主人から逃亡してはいけない』『奴隷は自身を殺すという命令を聞いてはいけない』――です。これは『手つなぎの精霊ニコラ』による、ぜったいのけいやくです!」
力いっぱい答えるクー。
主人の安全と命令権、奴隷の逃亡防止、最後に奴隷の保護。
何度聞いても、ロボット三原則みたいだな。
「オレは以前『自由権』を与えると命令したが、お前はオレの言うことをまったく聞かなくなった。逃げるし、オレに危害を加えやがるし、あまつさえ奴隷の分際で勝手に死のうとしやがった。やはり奴隷に自由権など不要だ。オレはお前の自由権をはく奪しよう。お前にはもう永遠に自由は与えない。永遠に奴隷として飼ってやる。これは『命令』だ」
『手つなぎの精霊ニコラ』は、外道の可能性があるからな。
とりあえず、こんな言い回しでいいだろう。
不意にすーっと身体から力が抜ける。
オレの魔力を吸っているな。
やはりこの精霊は、オレの魔力を喰いたいらしい。
オレの魔力はそんなに甘いかい?……いっぱい喰らうがいいさ。
さてここからだ。
オレは無くなったMPを補充するため、近くの植物をありったけつかみ、ソウルイートする。
後はと、……奴隷契約が元の状態に戻ったか確認しないとな。
クーを観察してみる。
あれ?
まだ、雪女状態だ。
……だが、これはこれで好都合だな。
オレはクーの腕に触れた。
――くっ。
鋭い痛みが走る。……だが我慢だ。
オレは回復魔法を使い、凍りついた腕を癒していく。
「おいおい、奴隷がご主人さまを傷つけたぞ!」
オレは、大声を張り上げた。
ビクッと驚くクーとネム。
いやいや、君たち!
思念をつないでいる『手つなぎの精霊ニコラ』に対して言ったんだぞ。
演技するって言ったじゃないか!
すると、耳もとで、かすかに音がした。
それは小さな風の音に似ているが断続的で乱れている。……多分精霊の声だ。
急に倒れこむクー。
声には出さないが、手で胸をおさえながらかなり苦しそうにしている。
……やばい、これが奴隷契約を破った罰か?
「よし、許そう」
オレがそう言うと、しばらくして真っ青な顔で起き上がるクー。
まだ胸を押さえているが、先ほどより苦しくなさそうだ。
「大丈夫か?」
クーは無言で頷いた。
もう少しの辛抱だ。
待っていてくれよ。
「……この奴隷を拾ったころは、触るぐらいは出来たはずだがな。これじゃ、近くによるだけで風邪引いちまう。これは奴隷契約の原則に反してないか?この状態では、契約は結べないはずだろ?主人に無意識に危害を与えてしまう状態が、永続的に続いているんだからな」
つまり、過去にこいつらは奴隷契約を完成させるため、無理やり『氷の呪い』の力を抑え込んだんだ。
だから、奴隷契約の力をオレが弱めた時、『氷の呪い』の力が戻ってしまった。
危害を加えても契約違反にならないからな。
ここに付け入る隙がある。
小さかった風の音もどんどんと音量が上がってきている。
何か会議をしているのか?
こいつらにもそんな知能があったんだな。
オレは、もう一度クーにさわるため近づいた。
トラウマを刺激してしまったのだろうか?
クーは苦しそうに寂しそうに一歩後ろに下がった。
ネムは心配そうな顔でこちらを見ているだけだ。
オレは無言でクーの頬をさわって涙をぬぐう。
よし!ひんやりと冷たいだけだ。
周りからも冷気を感じるが、たいしたことないぞ。
オレはおびえるクーの頭をなでた。
「ネム、クーのステータスチェックだ。オレに聞こえるように読み上げてくれ。体力とHPだけでいいぞ」
「……わかったよ。体力2、……ううん、またへったりふえたりしてるよ。HPはつうじょうの半分もないよ」
「ちなみに、開放時の体力はわかるかい?」
「体力3だったはずだよ」
「ありがとう、ネム」
よし、これで奴隷契約が以前の状態にリセットされたと考えていいだろう。
これで最低条件はクリアした。
これなら、街にも入れるだろう。
だが、このままではダメだ。
これだとクーは……。
そろそろ賭けに出るか!
オレは天に向かって大声を張り上げる。
「おいおい、これじゃあ、『命令』は成り立っていないな。だってそうだろ?この状態じゃ、クーは何年も生きられないと治療師が言っていたぜ?」
また、耳元の音が大きくなった。
「オレは『命令』しただろ?永遠に奴隷として飼うってな。『手つなぎの精霊ニコラ』さんよ。お前はさっきオレの魔力を奪い、罰を与える事でオレの命令を肯定したんだ。絶対厳守の契約なんだろ?」
オレはニヤリと笑った。
「――お前が破ってどうするよ?」
そう、オレが『命令』したのは、『永遠に奴隷として飼う』事。
契約している奴隷が近づくだけで主人を傷つけるのは、奴隷契約の原則に矛盾している。
その矛盾をなくす為に『手つなぎの精霊ニコラ』が強引に冷気を抑えた。
だがクーは、その状態では後数年と生きられない。
――なので、永遠に奴隷として飼う事はできない。
名付けて『絶対契約のジレンマ』だな。
多少強引だが、元々おかしな契約だ。
ぶち壊してやってすっきりしたぜ。
ネムはこの意味に気付いたようだ。
羨望の眼差しをオレに向けてくる。
ちなみにクーは、分かってないんだろうなぁ。
キョトンとしていた。
だが、……これはただの詭弁だ。
いや、詭弁にもなっていない。
これは、ただの揚げ足取り。
これが人間相手ならオレは頭のおかしいクレーマーだな。
だが相手は精霊。
しかも絶対厳守の契約精霊『手つなぎの精霊ニコラ』さまだ。
オレは以前、ノーラちゃんが自信満々に説明してくれた事を思い出す。
「精霊は性質の塊を擬人化したもの。『手つなぎの精霊ニコラ』が、己の契約を否定することは己の存在を否定する事。――そうなれば、待っているのは存在の消滅」
元々、この世界に精霊を騙そうなんてヤツはいなかったんだろう。
ご愁傷様……と言いってやりたい。
悪いのは『湖の主』だ。
恨むんなら奴を恨んでくれ。
「では、再度『命令』を出そう。これは、お前たち『手つなぎの精霊ニコラ』への譲歩だ。これが叶えられないなら、お前たちはもういらん。消滅しろ!」
オレたちの周りには『手つなぎの精霊ニコラ』たちが続々と集結していた。
姿は見えないが、空間が歪んだように景色が歪むので確認できる。
そして、ものすごい量の異質なエネルギーを感じとる事が出来る。
「……オレは、クーアスティル・エルレミアに『命令』する。『氷の呪い』を完全に抑え込み、制御し、我が物とせよ。その力は、害なす者へは剣となり、守りたいと願う者へは盾となる。自身を守り、祝福する力となれ。――これは、主たる加藤遥斗と、その奴隷クーアスティル・エルレミア両者と、『手つなぎの精霊ニコラ』仲立ちの元、三者における絶対厳守の命令である!」
もちろん、この命令をクーは守る事は出来ない。
今『手つなぎの精霊ニコラ』たちはこう思っているだろう。
「この命令を叶えなければ、自分たちの存在は消滅してしまう!」
――ってね。
今や、オレの『命令』を聞かなければいけないのはクーではない。『手つなぎの精霊ニコラ』だ。
焦った精霊たちは、いっせいにクーに群がる。
だが、突然クーから吹雪が巻き起こり――精霊たちが弾かれる。
その吹雪にオレとネムはふき飛ばされてしまった。
吹き飛ばされるオレたちをよそに、精霊たちはクーの周りを旋回しながら、吹雪を抑え込もうとする。
己の存在総てをかけて服従させようとしているのだろう。
その力は均衡している。
だが、徐々にその力の均衡はくずれていく。
……やはり、ニコラが不利か。
「おいおい、弱い精霊だな。仕方がない、オレの魔力を全て貸そう!全力で己が存在を勝ち取ってみせよ!」
直後、身体の中の魔力がごっそりと抜け落ちる感覚を味わう。
立っていられない。
意識が……飛びそうだ。
だがな……。
こんなのには、慣れっこなんだよ!
地面に膝をつき、奥歯を噛み締め、何とかオレは意識を手放すのを防ぐ事に成功した。
そのまま、クーを見つめる。
「……すごい!」
気付くと、ネムがオレのそばにおり、固唾をのんでその光景を見守っていた。
しばらくして、オレから魔力を奪った精霊たちは吹雪を完全に抑え込むことに成功したようだ。
そして、超高圧の魔力で繭のようにクーを包んでいく。
魔力は徐々に光を帯び、その光で何も見えなくなる。
そして、徐々に光が消えていき――そこにクーが倒れていた。
オレはフラフラになりながら駆けより、クーを抱きかかえる。
「おい、大丈夫か?」
オレの呼びかけに気付き、クーはゆっくりと目を開ける。
その瞳は、今まで見た何よりも澄んでいて、見とれてしまうほどきれいだ。
「……はい。あの、わたし……」
白い肌にも、少しだけ朱が差しているようにも感じられる。
そして、オレはクーのある変化に気付いた。
見た目は何も変わっていない。
自信なさげな潤んだ赤い瞳。
雪のように白い肌。
銀の糸のような真っ直ぐな髪の毛。
その前髪で自分の目を隠そうと、おでこに手のひらを乗せる可愛らしいしぐさ。
だが一つだけ、確かに感じることが出来る変化、それは――
「――あたたかい」
彼女のまとっていた冷気も消え去り、身体は少しだけ熱を帯びている。
それは生き物なら、ごく普通の当たり前の事。
だが、その当たり前の事が何よりうれしくなり――
オレは、クーを強く抱きしめた。
「あったかいぞ。もう大丈夫だ」
「……はい。――あたたかいです」
その日、彼女は『氷の化け物』ではなくなった。
オレとクーは、ふと横を見た。
少しはなれた所で、オレたちを見守るネム。
満足げな表情でうんうん頷いている。
ちょっと恥ずかしい。
やはりこいつは、自分の事を保護者だと思っているようだな。
オレたちはそんなネムの姿がおかしくて笑いあい、しばらくの間は互いの体温を感じあうのだった。
次回、三章エピローグです。




