第三章 30.クーアスティル・エルレミア③
「――ギリギリセーフか?」
茂みの奥から、聞き覚えのある男の声がした。
がさごそと茂みをかき分けて、男が近づいてくる。
男はとんがり帽子と黒い装束に身を包み、背中には大量の荷物を背負っていた。
男は「よっこらせっ」とかけ声を掛けながら背負っていた荷物を地面におき、どかっと無造作にクーアスティルの横に座る。
「いやー、冷えるねぇ、今日は」
なんておどけてみせる。
肩には黒猫がちょこんと乗っており、明るい声で「やっほー、クー」と言った。
男はせっせと荷ほどきし、クーアスティルに厚手の毛布をかぶせると、自分の分の毛布にくるまり何やら準備をはじめる。
そして、ふと思い出したようにこう言い放つ。
「まったく、オレは今ムカついてんだ。奴隷のくせに逃げるなんて生意気だぞ。もう優しくしてやらないからな!……大体、逃げるにしてもお前が逃げた足元は凍ってくんだからバレバレなんだよ、バーカ。なあ、ネム」
「こんなこと言ってるけど、ホントはすっごく心配していたんだよ。まぁ、見つかったんだし、ボクは許してあげるけどねっ」
現代日本でいったら人権侵害に当たるであろうその言葉をその男は吐き出し、そしてまた何かの準備をはじめるのだった。
「……ご主人さま」
クーアスティルは戸惑っていた。
何を言ったらいいか分からない。
自ら命を絶とうとしたその矢先、最も会いたかった人物、ハルトに会えたのだ。
まさかこんな危険な場所に、自分を探しに来てくれるなんて夢にも思っていなかった。
そこには決意を削がれて焦る自分よりも、安心している自分がそこにおり、また会えた事を喜んでさえいる自分がいた。
心の弱い自分が憎らしかった。
どうしていいのか分からず下を向く。
氷の粒が、膝の上にポトポト落ちた。
「隙あり!」
ハルトはそう言い放ち、クーアスティルから氷の杭を奪い取る。
「あぁ、……返してください!」
半ばパニックになり、氷の杭を奪い返そうとするが、有無を言わさずハルトに投げ捨てられてしまう。
「これはわたしへ罰なんです。――死なせてください」
「ダメだ。許しません!今からアイスクリームを作るのに、汚いもの持ってちゃダメだろ。静かにしていろ。お行儀わるいぞ!」
「……あいす、くりーむ……?」
それが何なのか、なんでそんなものを今から作るのか意味が分からない。
その後も、ハルトは彼女の話を一切聞かず「ケツが冷たいな。お前も使うか?」などと言いながらクッションを準備したりしていた。
「いいかアイスクリームはな、……なんと!冷たいのに食べると身体が温まる魔法の食べ物なんだぜ!」
「わぁ、それはすごいねっ!」
ネムは相槌を打ちながら、いかにも明るく楽しそうに、なにかのを歌いだす。
料理を作る時にハルトが口ずさむ、ハキハキとしたリズムの異国の音楽だ。
「では、作りはじめましょう。とっても簡単なので、ぜひ覚えてご家庭で作ってみてくださいね。必要なものは牛乳・卵黄・お砂糖だけ!お好みでお酒をちょっと入れてもおいしいかもしれません。まずは、弱火で温めながら牛乳と卵黄、お砂糖を混ぜます。――で・す・が、今回は……すでにここに、準備してござーいますっ!」
「わぁーお、じゅんびがいいね!」
「――ですので、後はこの液体をボウルに注いでゆっくりかき回すだけ!ここはかなり寒いですからね。すぐに出来上がりますよ。……はい、じゃあそこの助手のお嬢さん、ヘラでかき混ぜてください!」
ハルトは強引にクーアスティルにヘラを渡し、ボールを彼女の近くに置いた。
そうだった。
ご主人さまはこういう人なのだ。
彼女は意を決し話し出す。
「わたしにこれ以上かかわらないでください。……死なせてください。わたしがいるとみんなの幸せをうばってしまうんです。わたしは……わるいことをしたんです。そのせいでみんなが、お父さんお母さんが死んじゃったんです。わたしが、みんなを――ころし――だから、わたしは――」
その後は、声に出せなかった。
しばらくハルトは、考えこんだ後こう切り出した。
「……つまり、クーは『自分が生きていると迷惑をかけるから死にたい』と、そう考えている訳だな」
ほかの人の事はどうでもいい。
ハルト達に、いやハルトに迷惑をかけたくないからなんて、クーアスティルは言えなかった。
言ってしまえば、それこそハルトに迷惑をかけてしまう気がしたからだ。
(わたしは、ご主人さまのことが好き。でもそんなしかくはない。こんな、ふれるものを殺してしまうような、人殺しの化け物に好かれているなんて……めいわくだろうな。きもちわるがられちゃうんだろうな……)
もはや頬を伝うしずくは、小さなツララを作っていた。
ハルトはそれを払うため彼女に触れようとするが、彼女は、ビクッと驚いて拒絶してしまう。
ハルトは言った。
「今回の事はオレが悪いんだ。奴隷拘束を緩めたりしたから。……何も考えずにカッコつけて、クーを傷つけたんだ。なんでそんな高度な奴隷魔法が使われていたかなんて何も考えていない。思考停止のクソ野郎だ」
ネムは心配そうに二人を見つめている。
その姿はどうしたら良いのか分からず、ハルトに縋っているようにも見える。
「前にさ、色々聞いた事があったろ。その時も、『言いにくいことがあったら言わなくていいよ』とか訳知り風な事ほざいて、結局、相手の気持ちの読めないただのバカだよ。あの時、無理にでも話させるべきだった。――本当にごめん」
そんなことない。
ご主人さまは聞こうとしてくれた。
わたしが言い出せなかっただけ。
――そう言おうとして、ハルトの方へ顔を上げた。
だがそこに、ハルトの腕があった。
強引に顔をおさえられ、逃げられないようにされた後、やさしく、雫を――涙をぬぐわれた。
「へっへっへ、大人をなめるなよ」
「――ご主人さま、うでが……そのっ、ごめんなさい、ごめんなさい!」
混乱する心を押さえつけ必死に謝る。
ハルトの手が凍り付いてしまっていたからだ。
「……あ?こんなものオレには効かないんだよ。バカタレめ!気にしすぎだ」
私はまた人を傷つけてしまった。
……大好きな人を。
焦って凍った腕にふれようする。
(――それはだめ!バラバラになっちゃう)
あの日の両親の部屋の赤い塊を思い出し、頭が真っ白になる。
もうどうしたらいいか分からなかった。
何もできず、ただただ必死に謝った。
そんな彼女にハルトは凍った腕を見せる。
「回復、回復っ」と、彼がつぶやく。
その腕が光を放ちそして――。
「はい。元通り」
そう、彼はおどけてみせた。
(……よかった)
しばし安堵した後、彼女はまた己の力に怯え、彼から少し距離をおいた。
「……なあ、何があったか教えてくれよ」
言えない。
……わたしはこの力で両親を、村のみんなを殺した醜い化け物――言えない。
言ったら嫌われる。
化け物だって言われる。
他の人間に何を言われたっていい。
人として扱われなくてもいい。
――でも、もうご主人さまには拒絶されたくない。
彼女は口を強く結んで、首を横に振った。
しばらくハルトは考えこみ、慎重に、言葉を選びながら話し出す。
「……なあ。本当に辛いなら、死んでもいいんだぞ。人に話せないくらい辛くて、本当にどうしようもなくて、他に道が無いなら、オレは逃げたなんて思わない。……もし、ホントに死にたいならさ、オレが楽にしてやるぞ。お前の命を勝手に救っちゃったのはオレなんだし、最後は責任ぐらい持つ。一生お前を殺した罪を背負おうよ。――どうする?」
そして、
「アイスクリームを混ぜる手が止まっているぞ」
そう彼は言った。




