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第三章 29.クーアスティル・エルレミア②

 気が付くと、クーアスティルは一面の銀色の世界にいた。

 森も、木々も、山も地面も、全てが銀色だった。

 そこが凍り付いた湖畔だと気が付いたのは、彼女が寒さを感じ、心底凍えた後の事であった。


 何となく思い出せるのは、自分が取り返しのつかない悪いことをした。

 

 ――そう、責められたこと。


 ただし、誰に責められたのかは思い出せなかった。


 そして、罰を与えると言われた事。


 少し考えて、先ほどまで凍っていなかったはずの湖を覗き込む。

 そこには、ルビーのような赤い目で、雪のように白い肌の女の子がこちらを覗き込んでいた。


 クーアスティルは、驚いて村へ駆け出した。


 足がもつれた。

 氷で何度も転んだ。


 銀色の世界は、まるで自分が知らない別の場所のようで、彼女の方向感覚を狂わせる。


 何が悪いことがおきた。

 しかも、大変な事態だ。


 あの白い女の子は誰か分からないけど、ひょっとしたら、悪い光族のエルフかもしれない。

 村に戻ろう。

 戻って、全てを打ち明けないといけない。


 わたしは悪いことをしてしまったんだ。

 ……許してもらえないかもしれない。


 ぐるぐると彼女の頭の中をめぐる思考。


 不安で不安で仕方がなかった。

 自然と彼女の歩幅は小さくなり、速度が遅くなる。


(でも、ちゃんとあやまらないと。みんなにつたえないと!)


 その思いを胸に、彼女はまた走り出した。

 



 村へ帰ると、そこは不気味なほど静まり返り、張り詰める静寂に包まれていた。


(……まだ、みんなねてるのかな?)


 それにしては静かすぎる。

 今日は白夜だ。

 遅くまで起きている人が多いが、もうみんな寝てしまっているのだろう。


 そう、思うことにした。




 なんとか家にたどりついた。


 この村は北の地方に存在するが、家は森の豊富な木材を使ったログハウスが多い。


 その家まで凍り付いていた。


 玄関のドアを開けようとするが中々開かない。

 外に置いてあるスコップを使い、懸命に氷を落とし中へ入る。


 家の中は、まるで外にいるように寒かった。

 胸騒ぎを感じ、急いで両親の眠る寝室のドアをノックする。


「お父さん、お母さん、おきて!」


 大声で叫ぶが返事はない。

 家の中は、村と同じでやはり静寂に包まれている。

 一瞬躊躇するが、いやな予感を振り払い、彼女は部屋へ入る。


 彼女の両親は、いつも二人一緒のベットで寝ている。

 寒いからだろうか、二人は毛布を顔までかぶりぐっすり寝ていた。


(よかった。なんだ、眠っていただけか)


「お父さん。お母さん。おきて!あのね……」


 何度か呼びかけるが、両親に起きる気配は見られ無い。


 熟睡しているのだろうか?

 中々目覚めない両親を起こすため、彼女は両親の身体にかかる毛布に手を置き、少しだけ体重をかけ、ゆする。


 その時だった。

 彼女の反対側から、何かが転がった。


 ――乾いた音がした。

 何か、柘榴のような赤いものが部屋中に散らばった。


 小石ぐらいの塊がコロコロと転がり彼女の足に当たる。

 驚いた彼女は小さく飛び上がり、そのまま、両親のベットの上に倒れこんだ。

 一瞬だけ固い感触、だがすぐに、それは音を立てて崩れた。


 そして、彼女が起き上がると、そこにはもう、毛布のふくらみはなくなっていた。


 その後、彼女は村中を駆け回り両親を探すのだが、結局両親を見つける事は出来なかった。




 二週間が経過した。

 その間彼女は、渇きを癒すため氷を、飢えを満たすため凍った作物を食べ過ごしていた。


 だが、ついに孤独に耐えかねて村を出た。


 きっとみんな、寒いから避難しているんだ。

 わたしはその場にいなかったから一緒に連れて行ってもらえなかったが、きっとみんな心配しているに違いない。


 そんな希望を胸に歩き出す。


 目指すは人間の村。


 さみしかった。

 誰かと話したかった。――助けてほしかった。


 人間はこわい種族らしいけど、一番近い所はそこしかない。

 以前大人に聞いた情報を頼りに山を下りた。


 そして……。

 何日もかけ、ボロボロになりながら山を降りた彼女に向けられた最初の言葉。


「氷の化け物め、出ていけ!」


 必死の形相で石を投げてくる人間。

 武器をもった人間にも追われた。


 クーアスティルは必死で逃げた。


 お腹が減り、どうしようもなくなって、畑から芋を盗んで食べた。


 人間の家にもらいに行くと、石を投げられたり、棒で叩かれたりする。

 盗むのは悪いことで嫌だったけど、痛いのとひもじいのはもっと嫌だった。


 そんな生活がしばらく続いた。


 ある時、彼女は凍った水たまりを割り、水分を摂ろうとした。


 その時だ。


 氷に映る人影――それは自分の姿――を見て、彼女は気が付いた。


「……あのときのわるいエルフは、わたしだった」


 わたしは氷の化け物。

 村を凍らせたのはわたし。


 きっと、お父さんとお母さんはあのとき――。




 その後、クーアスティル・エルレミアは、畑を凍らせ作物を荒らす害獣として人間の村に派遣された兵士に捕まることとなる。

 顔立ちのよかった彼女は、最上等級奴隷契約法魔法をかけられ、貴族に売られる事となる。

 彼女は奴隷に堕ち、自身の纏う冷気が弱まった時、もう人を傷つける事は無いと安堵して、泣いた。


 その後、貴族に乱暴され飽きられた後、見世物小屋へ売られる事になる。


 そして見世物小屋の巡業の旅の途中、山賊に馬車を襲われる。

 ほとんど殺されたが、数人は奴隷として山賊達の玩具となり生を拾う。


 その中にクーアスティル・エルレミアは居た。


 その後、山賊を全滅させ、衰弱したクーアスティル・エルレミアを助けた物好きな男に拾われることになるのだが、それはまた別の話。


 そして、時は現在に至る。 




 恐ろしいのはしょうがない。

 自分が悪いのだから。


 孤独だって……。


 孤独は慣れている。

 つらい思いもずっとしてきた。


(だいじょうぶ。わたしは一人でもへいき)


 そう、自分に言い聞かせ瞳を閉じる。


 固い決意を宿し瞳を閉じるクーアスティルだったが、楽しかった思い出が、閉じたはずの瞳に映しだされる。

 それは、今となっては甘く、にがく、胸を締め付けられるような苦しい思い出。


(ほんの数週間、いっしょにいただけなのに……)


 こんな自分を助けてくれた。

 看病してくれた。

 美味しいご飯を食べさせてくれた。


 味はいまいちだと彼は言っていたけど、家族と食べた時のような温さを思い出させてくれる最高の味だった。


 手をつないでくれた。

 笑いかけてくれた。

 頭もなでてくれた。

 

 こんなわたしを、無価値じゃないって言ってくれた。


 人間と、男の人と接するのはこわかったけど、彼とだと安心できた。


 ――人として、接してくれた。


 思いつくとキリがない。

 どれもキラキラしていて、心地よくて、儚くて、心は安らぐのに心臓はドキドキして……。


 心の中でその思いが永延とループする。

 考えるたびにジクジクと彼女の心を蝕んだ。

 それなのに、一度考え出すとその事しか考えられない。


 ――考えたくて仕方がないのだ。


 しずくが彼女の頬を伝わり、そして、凍った。


 本当は、彼女にも分かっていた。


(わたしは……好きなんだ)


 わたしは人間と、……彼と一緒にいたいんだ。


(でもそれはかなえられない、かなえてはいけないのぞみ)


 少なくとも彼女は、そう考えていた。


(ここなら、だれもこない。わたしはもう、だれも傷つけない。ご主人さま、……ううん、あの人たちとの生活はゆめのようだった。それでじゅうぶん。わたしがいるとこわしてしまう。わたしがあのとき村の言いつけをやぶったからわるいんだ。これはわたしへの罰なんだ。わたしは……しあわせになっちゃだめなんだ)


 先の尖った凍った木の枝――もはやそれは氷の杭に見える――を両手で握り、自分の首に近づける。


(……終わりにしよう)


 クーアスティルは孤独に耐えながら、今度は誰も傷つけない道を選ぼうとしていた。


 そして両腕に力を入れ、今まさに氷の杭を自らの首筋に突き立てようとして――。


 その時だった。


「……そこの家なき子ちゃん。死にたくないんじゃなかったのかい?」




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