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第三章 23.暗黒の力

 家に帰ってくると、すでに夕方になっていた。

 時間が無かったので、今日の夕飯は適当に買ったお惣菜で済まさせてもらう事にした。


 玄関の扉を開けると、ネムがちょこんと座ってオレをお出迎えしてくれた。

 クーもお出迎えしたがるのだが、風邪を引いてからは寝室で休んでもらっている。


「ただいま」

「おかえりっ、おフロ入りたいだろうとおもって、わかしておいたよ!」


 おお、ネムたんは気が利くな。

 魔法できれいにしたとはいえ、血のにおいが気になるんだよな。


「ありがとう、ネム。……血のにおいはするか?」

「ううん、だいじょうぶだよ」

「じゃあ、クーに挨拶してから、お風呂に入るよ」


 オレはクーにかるく挨拶した後、お風呂で念入りに身体を洗った。


 血のにおいって、身体にこびりつく気がして嫌なんだよな。

 



「コホッ。……ご主人さま、今日もお洗たくもおそうじもできていません。……ごめんなさい。コホッ、コホッ」

「いいよ。気にするなって言ってるだろう?……今日はゆっくり休んでいたかい?」

「……はい」


 そう言って、クーはまたセキをする。


 ……セキが段々とひどくなっているな。


 オレは頭をなでるフリをしながらクーのおでこをさわってみる。


 やはり、クーのおでこはひんやりしてる。

 この子の場合、熱が無いのが問題なんだろうな。


 この所また暖かくなってきた。

 やっと体調が良くなってきたと思ったら、季節の変わり目に風邪を引いてしまったんだろう。


「クーは今まで頑張って来たから、身体がホッとして風邪を引いちゃったんだよ。こういう時は身体を休ませてあげなさい」

「……はい」

「よしよし、いい子だ。今日もネムと本を読んでいたのかい?」

「はい。……コホッ。『アラン・ベルーガきょうのぼうけん』のご本を、ネムちゃんに読んでもらっていました」

「クーはね、この本がだいすきなんだよっ!」


 『アラン・ベルーガ卿の冒険』

 この本は、迷宮発見のベルーガ卿の数々の冒険をまとめた冒険小説だ。


 内容はあまり知らないが、ネムやクーの話しを聞いていると中々面白いらしい。

 初めネムが「クーに文字や算数を教えたい」と言いだして、手始めにと買った本の内の一つなんだが、今ではネムもハマってしまったようだ。


 買って来た中では一番文章量が多く、読み始めるには難易度が高いかと思ったのだが、今では二人の一番のお気に入りだな。


 クーは多少の文字は読めたようだが、奴隷生活でほとんど忘れてしまっているようだ。

 風邪を引いて勉強が中断してからは、ネムが読み聞かせをしている。

 この世界の識字率は分からないが、読み書きが出来て多少の算数が出来れば、生活には困らないだろう。


 風邪を引いている時に勉強をするのはさすがに無理だろうが、ずっと寝込んでいても気がめいるだけだし、本を読んであげるってのはいい考えだよな。


 ネムは、ちゃんと『お兄ちゃん』をしているみたいだ。


 食事の準備をしている時に、チラッとネムが朗読しているのを聞いたんだが、感情のこもった読み方といい、可愛い声といい、声優さんが朗読しているみたいなんだよな。


 これなら話にも引き込まれるだろう。


 この本は男の子向けかと思い、ちょっと前に女の子向けの本もススメてみたんだが、クーはこの本でいいそうだ。

 なんでも「一緒に冒険しているような気持ちになる」らしい。


 クーは気弱なイメージだが、奴隷になる前は好奇心旺盛な子だったのかもしれないな。


「へえ、今度オレも読んでみようかな。そうだ!今度、続編を探してくるよ。確か続きがあったはずなんだよね」

「……あの、ご本はこうかなので……わたしなんかには、もったいないです……」

「じゃあ、クーが読まないなら、ボクが一人で読むよっ。……つづきはおしえてあげないよ?」


 ネムは、ニシシッと笑ってクーを見る。


「……ネムちゃん、ひどいです……コホッ、コホ」

「フフッ、『ひどい』ってことはクーも読みたいんだよねっ!すなおがいちばんだよ」

「……で、でも」


 クーは、申し訳なさそうにオレを見る。


 確かに本はちょっと高いが、文字の勉強になるし無駄使いじゃない。

 シャムロック氏を倒した賞金で、懐は潤う予定だしね。

 しかも、ネムとクーが欲しい物だったら、オレは例え無駄使いでも買う。


 いや、二人の笑顔が見れるのなら、無駄では無いと断言しよう!

 何せ、オレの教育方針は「甘やかして育てる」しかないのだからな!


「クー、オレが欲しいから買うんだよ。……気にするな。家には優秀な冒険者のネムもいるんだぞ?お金の心配は無用です!」

「そうだよ!ボクすごいんだからね。クーが文字をよめるようになったら、魔法のせんせいにもなってあげるねっ。そしたら、3人でぼうけんしゃだよ!」

「……ありがとうございます。コホッ!……わたしも、ぼうけんしゃかぁ。……へへへっ」


 そう言って、クーは毛布に顔を隠して微笑んだ。


 クーが冒険者になるのは……何とも言えない。


 この子は味方になってくれる者も少ないはずだ。

 最低限、自分の身を守れるくらいになった方がいいかも知れない。


 その一方で魔物を殺さなくてはならないし、危険だから出来ればやらせたくは無いんだよな。

 だが、この場で本人が喜んでるのに「冒険者は危険だからダメです」とも言いづらい……。


 まあ、憧れてるだけみたいだし、今回は野暮な事は言わないでおくか。


 そうだ!

 体力も無いし、体調が良くなったら安全な狩場でレベルを上げてみるのもいいかも知れないな。


 この世界って、魔物を倒すとレベルが上がるんだよな?

 その辺の詳しい仕組なんかも実験してみた方がいいだろう。

 その上で、本人が魔物を殺すのが嫌なら別の道も考えてくれるだろうさ。


 そんな感じで話は一旦終了して、オレたちは夕食を取った。




 食後は、またクーの部屋に集まった。

 最近はクーの部屋に集まる事が多いんだよね。


 オレがいると邪魔かなと思い、部屋から出て行っても、すぐにネムに連れ戻されてしまう。

 そして、クーが眠そうな顔をすると、オレは追い出されるんだ。


 全てはネム監督の采配次第である。……文句は無い。


 二人は、また『アラン・ベルーガ卿の冒険』を読んでいる。

 オレは、その横で回復魔法のお勉強だ。


 物語は中盤で、ベルーガ卿が、処刑される獣人奴隷のイルウェスを助けて、自分の奴隷とするシーンだ。


 うん。

 続きが気になって、勉強に集中出来ないよ。


 オレはここの話を聞いたことがあるんだがな。……ネムたんはマジで朗読の天才じゃなかろうか?


 イルウェスってのは豹頭族の獣人で、例え主人の言う事であっても、自分が間違っていると思った事には絶対に従わないという、鋼の意思を持った奴隷だ。


 豹頭族って事は、頭が豹の獣人だよな。……オレとしては、手のひらに肉球が付いているのか非常に気になる所だ。


 確か今後の展開は、ベルーガ卿の奴隷となり、奴隷にも関わらず何でも言い合える親友のような間柄になって行くはずだ。


 実はこの話、この街の冒険者は知らない者が居ないと言うほどの有名な話で、イルウェスは獣人奴隷であるにも関わらず、ベルーガ卿と並ぶ人気者なんだ。


 実話かは分からないが、この話もあってオレはこの本を買ったんだよな。


 先ほど、どこかで聞いたセリフが出て来た。


「俺は、自分に牙むく者しか敵だとは思わない。お前はどうだ?お前のような男には、手を差し出して貰えると助かる」


 確かおっさんも言っていたっけな。

 案外おっさんも、この本を読んで冒険者に憧れた口なのかも知れない。


 そのセリフを聞いた時、この本が好きなやつはクーの事を差別しないんじゃないかって思って胸が熱くなってしまった。


 ミィーカやオリヴィアなんかもこの本が好きそうだし、クーの友達になってくれたら嬉しいよな。


 クーはワクワクした表情でネムの朗読を聞き入っている。

 そして、段々とまぶたが重たくなってきて……うん、食後に飲んだ風邪の薬が効いて来たかな。


「――はい。じゃあここまでだね。明日はいよいよ『ドラゴンの谷のぼうけん』だよっ!」

「ありがとうございました、ネムちゃん。イルウェスさん、すごくかっこよかったです。……また明日、おねがいします」

「クーはイルウェス派なんだね。じつは、ボクもなんだ!なんたって、ベルーガ卿のあいぼうだもん。おっと!……このさきは、ひみつだよっ」

「……わたしも、イルウェスさんみたいになりたいです」


 確かに、今のクーからしたら憧れる存在かもな。


 心の強い奴隷で、主人と対等の存在。

 オレもクーとは、イルウェスとベルーガ卿みたいに、何でも話してくれるような関係になれたら嬉しいな。


 うん。

 最高じゃないか!


 わがままを言ってくれたっていい。

 オレが間違った事をしそうになったら、止めてくれればもっといい。

 オレ暴走しやすいしね(反省はしている)。


「じゃあ、これからはベルーガ卿とイルウェスみたいに、オレにも何でも言ってくれていいからな!」

「……あ、あの、わたし、……ご主人さまにしつれいなことを……ごめんなさい」


 オレの発言に委縮してしまうクー。


 ああ、そうだよね。

 オレがそんな事言ったら委縮しちゃうよね。


 オレってば、なんて空気が読めないやつなんだ!


 オレはその後、焦って訳の分からないフォローをした後、ネムに追い出されるようにクーの部屋を出た。


 奴隷のご主人さまとは、こうも神経をすり減らすものなのか。……泣いてなんか、いないんだからねっ!




 オレは傷だらけの心を忘れ去ろうと、少しだけ熱めのお風呂に入り、ふとある事を思い出した。


 そう、ネムとの約束だ。


 思い返せば、クーが家の子になってから、肉球レスの生活が続いていたんだよな。


 ネムはなぜか、クーの前でオレが肉球のにおいをかぐのを嫌がるんだ。

 オレとしては、クーも混ざって一緒に肉球のにおいに身を任せたいんだ。


 そうすれば、クーとだってもっと仲良くなれる気がするんだがな……。


 まあ、ネムたんもあれで恥ずかしがり屋だ。

 それもその内、折を見てだな!

 今日は存分に楽しもう!


 ネムがクーの部屋からそっと出て来た。


「クーは寝たかい?」

「……うん」

「やっと、二人きりになれたね……」

「……まだダメだよ。おフロにはいってから……ね?」


 うほっ!

 かっ、可愛ええよう!


 オレからしたら、今すぐネムを抱きしめて寝室に連れ込みたいんだが、あまり強引な事すると怒られるんだよな。


 ここは、じっと我慢だ。


 ネムはものすごくきれい好きで、最近は毎日お風呂に入るんだ。

 猫は確か、待ち伏せ型の狩りをする動物だから、自分のにおいがするのが嫌なんだろう。


 話せるようになってからは特に、歯磨きやうがい手足洗いまで徹底して行っている。

 もちろん、ずぼらなオレにも厳しく指導して下さるんだぜ、泣けてくる。


 しばらく待っていると、ネムがお風呂から出て来た。


 ちゃんと生活魔法で体を乾かしてくるんだよな。

 オレがフキフキしたいのにさ!


 オレはブラシを持って待機だ。

 朝とお風呂上りには毎回ブラッシング、これだけは絶対譲れないぜ?


 丁寧にネムの身体をブラッシングした後、抱き上げてベッドへ連れ込む。


 ネムは、風呂上りでも石鹸のにおいはあまりさせない。

 多分念入りに落としているんだと思う。


 たまにしか一緒に入ってくれないが、一緒に入った時も最後まで風呂場に残っているんだよな。

 だが、その石鹸のにおいをふりまかずに、耳元から香るほんのわずかに残る石鹸のにおいが逆に高貴な香りに感じてしまうんだ。


 ああ、たまらんぜよ!


「……ネム。もうそろそろ、いいだろ?」

「うん。……らんぼうにしないでね」

「フフッ、分かってるよ」


 オレはネムのやわらかいお腹をモフモフしながら、ネムの肉球に手を伸ばす。


 待ちに待った瞬間だ。


 オレは、ネムの肉球を見つめる。


 それはまるで、ピンク色のグミのように艶めかしい光沢を放って、オレを引きつける。


 オレは思わず唾をのみ込んだ。


 ああ、美味しそうだ。

 この肉球にカプッと噛みついたら、どんな味がするんだろう?


 ……ウマソウダ。


 いや、いけない。

 そんな事をしたらネムに怒られてしまう。


 ……でも、ちょっとだけなら……。


 ダメだって!


 今日はなんだか自分が抑えられない!

 気をしっかり保て!

 しゃんとしろ!!


 ……ホントウニウマソウダ。


 ダメだって!

 ダメだからね!?


 でも、ほんの少しだけなら……。


「アア、……チョットダケ。……カプッ!」

「ちょ、ちょ、ちょ!!――なにすんのさっ!」


 へ?

 何って、オレは今ネムの肉球を噛みついて……ってあれ!?


「ひどいよ!ひどいよっ!はなしてよっ!凶暴だよっ!!」


 ネムは、オレの顔を引っ掻いて強引にオレから距離を取る。


 オレは、顔を抑えながらネムを見つめる。

 ネムは目に涙をためながらこちらを睨み付けていた。


「……ネ、ネム」

「ハルトのバカっ!らんぼうなのはイヤだって言ったじゃないか!……それなのに、それなのに……うわーん!」


 ネムはオレの部屋から飛び出してしまった。


 後に残ったオレは、一人呆然としていた。


 オレはこの世界に来てから、理性が保てなくなってきている。

 オリヴィアの時も、山賊の時も、今日だってそうだ。

 まさかこのまま凶暴化して、リミッターの効かない快楽殺人者のようになってしまうのではないか?


 なぜだ?

 確かにオレは、昔からキレやすい所があった。

 でも、最近はなくなってきていたハズなんだ。


 まさか、これは……『完全なる肉体』の隠れた力なのではないか?


 あの邪神くんがくれたモノだ。

 この肉体を持つ者の凶暴な面を呼び覚ますとか……ありそうな気がする。


 ――そうだ!マンガなんかでよくあるよな。


 なるほど、これがそうか。

 これが、――闇落ち。


 暗黒の力か……。


 オレはネムを追いかけた。


「待ってくれネム!ごめん!本当にごめん!最近、オレはおかしいんだ」

「うううっ、ハルト……」


 もうなりふり構ってはいられない。

 オレは土下座をしてネムに謝る。


「……もういいよ、ハルト。ボクもうれしくなると、ついハルトをかんじゃうことだってあるんだ。……さっきのだって、ハルトはうれしくなって、ボクにかみついたってことだよね?」


 潤んだ瞳でオレを見るネム。


 オレは、こんな天使に噛みついてしまったのか……。


「……なあ、最近オレはおかしいんだ。すぐにキレてしまったり、ネムの肉球を噛みついてしまったり。……思うにこれは、暗黒の力のせいじゃないかって思うんだ。……『何でも分かる帽子』で調べてみてくれないか?」


 オレの発言に、少しの間ネムは沈黙する。

 たぶん、『何でも分かる帽子』で調べてくれているんだろう。


 ――しばらくして。


「……ただの『よっきゅうふまん』だよ!へんな力のせいにしないでよっ、バカッ!」


 ――あっ!そっちね!


 何だか納得してしまったよ。


 言われてみればそうかもしれない。

 クーの看病で神経すり減っていたし、なによりオレの性欲は3ヵ月ほど解消できていない。


 「欲求不満」と言われると「ハイ、その通りです」としか言えない。


 だが、それもある意味『暗黒の力』って事でいいよね?




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