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第一章 5.邪神くんはこう言った

 何が『何でも分かっちゃう帽子』だよ。

 何が『何でも切れちゃう剣』だよ。


 気付いちゃったよ、オレはさ。

 ここが悪夢だってさ。


 本当に恥ずかしいよ。

 穴があったら入りたいよ、まったく。


《……聞こえてイマスか。イレギュラーよ》

「ああ、聞こえてるよ。なんなんだよ、お前は?……こっちは今、恥ずかしくて落ち込んでんだよ」


 オレは急に全てがどうでもよくなり、ふて腐れて適当に答えた。


《ワレラは、魂ヲ浄化し『元始の海』へ還元するモノ。最後のフィルター》


 おっ、普通に答えてくれたぞ。

 さっきのは聞こえてなかったのかな?


 オレはネムの方を観察してみた。

 耳をぺちゃんとさせ、アワレな物を見るような目をしてこちらを見ている。


 ああっ、オレの視線に気づいたのか、気まずそうに目をそらされてしまったよ?


 ……今のオレ、最高にカッコ悪いもんな。


 そして、コホンッとセキをしてネムは話し出した。


「……あなたは、ボクたちに何の用なの?おそって食べちゃうの?」


 ネムにもこの邪神くんの声が聞こえてたのか。


《ワラレは、イレギュラーを襲うツモリハありまセン。何故霧散シナイのかノ確認をしてイマシた》


 それを聞いて、取りあえずひと安心するオレたち。


 ん?『ムサン』ってなんだ?


「なんだよ。てっきりゲームの邪神が現れたのかと思ったぜ」


 不意にまた沈黙が訪れた。


 オレ、沈黙嫌いなんだよね。


「……イマ、何と言イましタ?」

「いや、だからゲームの邪神だって……」


 ひょっとして、怒らせちゃったのかな?


 ヤバい雰囲気をフツフツと感じ取り、オレとネムは顔を見合わせる。


《ワレラ……ワタシ、私はジャシン……邪なる神、邪神……》


 ブツブツつぶやき続ける邪神くん。


「……なんだか危ないヤツだな」

「……ハルトも、あんまりヒトのこと言えないと思うよっ」


 喋れるようになったネムって辛辣だよな。

 もはやオレの心はボロボロ。

 ひび割れたビー玉である。


 だが、今は傷ついている場合ではない。

 これは、千載一遇のチャンスなのだ!


「あの、オレたち……実は忙しいんで、そろそろお暇させて頂きますね。色々ありがとうございました。では、またどこかで!」


 オレは社会人生活で培ってきたノウハウ(この程度)を結集し、逃げる算段をする。


 ネムを拾い上げ、来た道を戻ろうとして――


《フハハハハハッ!……面白い、面白いぞ!》


 おいおい、急に笑い出すなよ。

 ビクッとするだろ。


《まあ、待ちたまえイレギュラー。私は先ほど申した通り、君たちに危害を加える積りは無いのだ》


 それにしても、急に話し方が変わったな。

 おとなしい奴が、夏休みをはさんで不良になって帰って来たくらいビックリしたぞ!


「いやいや、そろそろお暇しませんと。邪神くん……邪神さまも忙しいみたいですし、これ以上、お邪魔しても……ね?」

《まぁ、待つのだイレギュラー。少々私に考えがあるのだ》

「考え?」

《まずは、ここが何処だか説明しよう。ここは、魂が『元始の海』へ帰る場所。つまり――》


 そう言うと、先ほどまでの無機質な表情を一変させ、邪神くんはニコッと笑った。


《――君たちは死んでいるのだよ》


 お前はもう死んでいる。ってか?

 おいおい、何の冗談だよ。


 だが、なんだろうこのソワソワする気持ちは。

 まるで、光の柱を見た時のような……。


 その後も邪神くんは説明を続ける。


 オレたちすでに死んでいる事。

 死んだ魂は霧状になり光の柱を通り『元始の海』へ還元されるという事。


 オレたちは魂の状態であるにも関わらず、霧状に四散しない、つまり『イレギュラー』であること。


 そして……。


《君たちの世界は、残念ながら、もう滅んでいるのだよ。君たちが此処まで来る時に周りを包んでいた霧は、君たちの世界の住人のなれの果てさ》


 と言った。


 その言葉には不思議と説得力があり、どんなに意識で否定しようとしても心が納得してしまう。


《君たちの世界は、ある『作用』で壊れてしまってね。強い未練のある魂はそのまま『元始の海』へは戻せない。……一気に来たものだから、今此方はその処理で大忙しさ。中々辛い処理でね。一つ処理するたびに見えるのだよ。その者の思いがね。たとえば、……そう、この魂は――》


 邪神くんは嬉々として説明を始めるが、オレにはそんな事聞こえて来なかった。

 いや、聞いていられなかったんだ。


 まるで……悪夢のようだ。


「……そうだ、悪夢だよ。今までのは全部悪夢で、目が覚めれば普段の生活が待ってるんだよ。オレってば、最近仕事で追い詰められてたからな。だから、こんな手の込んだ夢見ちゃったんだ」


 そうだ、そういう事にしよう。

 オレたちが死んいたなんて、もう世界が滅んでいたなんて、考えたくない。


 そういう事にしよう……。


「ハルト、やっぱりここは夢なんかじゃないよ。……ほらっ」


 ネムはそう言ってオレの腕に爪を立てる。


 痛いっ!

 そういう時は自分で試すもんでしょ、まったく。


 ネムはなんだかイライラしているようだ。

 だがネム、今は何も考えたくないんだよ。


「ネム、ここは悪夢なんだよ。そういう事にしよう」

「……ハルトはそれでいいの?」


 さみしそうな顔でオレを見つめる。


「ボクと話せたのも……悪夢なの?」


 ネムの一言に、オレは言葉を失ってしまう。


「ボクは、ハルトとお話ししたいって、ずっと思っていたんだよ。それがやっとお話しできて、……それなのにボクたち死んでて。それでもボクは、ハルトとお話しできてうれしかったんだ。それなのに――」


 ――悪夢なんて……。


 消え入りそうな声でオレに訴えかける。


 何が、「そういう事にしよう」だ。

 バカだ。オレは……


 こんな状況で、オレは何度ネムに支えてもらったんだろう。


 そうだ!オレもネムと話せて嬉しかったんだ。

 その気持ちは裏切ってはいけないよな。


 確かにここは出来の悪い悪夢みたいだが、自分では納得してるんだ。

 これが現実だって。


 だから、悪夢って事にしてして逃げようとしていたんだ。


 ……ネムと話せるようになってからのオレは、逃げてばっかりだな。

 守ろうとしていたネムの前で逃げてばかりだ。


 これ以上、情けない姿は見せられないよな。


「ネム」

「……ハルト」


 ネムは今にも泣きそうだ。


「ネム、すまなかった。オレもネムと話せて嬉しかったよ。……ごめんな。お前が話せるようになってから取り乱してばっかりだ。本当に頼りない飼い主だな」


 オレはネムを抱きしめ、頭をなでる。


「ううん、いいんだよ。そりゃあ、こんな事になったらビックリするさ。……ハルトもボクとおんなじ気持ちでうれしい……うれしいよ」


 オレの胸の中でプルプル震える。


 オレたち、このままでいられる保証はないはずだ。

 オレたちも霧になって消えてしまうのかな?


 せっかくネムと話せたのに……そんなのは嫌だ。


 何とかして助かりたい。

 冷静に考えなければ。


 この状況、さっきからオレが引っ掻き回してばかりだが、邪神くんは何もしてこない。

 邪神くんは「襲うつもりは無い」と言っていた。

 それ所か、「考えがある」と言って、オレたちに今の状況を教えてくれさえする。


 何か意味があるはずだ。

 何か……。


 ――ひょっとして、コイツ、オレたちが助かる方法を知っている?


「なあ、邪神くん。ひょっとしてオレたちが助かる方法を知っているんじゃないのか?」


 邪神くんは、歯を剥き出し、またニッコリと笑ったのだった。




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