表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/289

第三章 21.血と英雄と憧れと 

今回は、前回のハルトの活躍を三人称で見たお話です。



 オリヴィアは只、男を観ていた。

 いや、男から渡された帽子を握りしめ、観ている事しか出来なかった。


 男はオリヴィアを窘めた後、一人で大通りの中央に躍り出て何かを叫んだ。


 ――私は、一緒に戦いたかった。


 戦いに置いて行かれるなど、同じ戦士として屈辱でしかない。

 敵の数はおよそ100、この人数では勝ち目は無いだろう。

 これはおとぎ話や英雄譚では無いのだ。


 幼い頃、英雄に憧れたオリヴィアでも、一人でその人数に挑む事がどれだけ愚かな事か分かる。


 そう、普通なら。




 だが、彼は違った。

 ハルトは伝説の剣士の亡霊を破った男。


 ――そして、私が憧れた男。


 その傍らに自分が居る事を想像するだけで胸が躍る。

 その為なら死すら恐れない。……はずだった。

 だが、その思いとは裏腹にオリヴィアは動くことが出来ないでいた。


 ――何故?


 オリヴィアは「帽子を持っていろ」と命令された事、その一点で動く事が出来ないのだ。


 ――それは屈辱。

 私は、荷物持ちでは無い、戦士だ。

 死ぬ事など恐れてはいない。


 一緒に戦いたい。


 ――それは守られるという幸せ。

 彼は、私を死なせない為にこの帽子を託した。

 彼は、全てを済ませた後、また私に会いに来る。


 この帽子はその約束。


 まるで戦士である自分と、女である自分の感情が交互に押し寄せ、オリヴィアをかき混ぜて行く。


 この世界の女性の立場という物は低い。

 貴族のオリヴィアもそれは例外では無く「女は家と家を繋ぐ道具」でしかない。

 それに反発し、大盾を持ち冒険者となった彼女だったが、ハルトから女性扱いされると途端に只の女に戻ってしまう。


 その中で、オリヴィアは今更ながら気付いてしまった。


(未だ彼にとっては私など戦士ではなく、只の弱い女にしか見えていないのでしょう)


 それは彼女にとって、悔しくも、甘美な出来事であった。


 オリヴィアは見つめる。

 その視線の先には、冷酷な笑みを浮かべ、血を浴びるハルトが居た。


 その姿はまるで、遊んでいるようだった。


 ……また一人、今度はのど元を掻っ切られ、地面に崩れ落ちる。


 済ませた後のハルトは、下らない物を見るような目で、魔法使いや、遠距離攻撃を仕替かけてくる者を優先的に潰して行く。

 そして、初めはアクロバットな動きで敵を切り殺して行く彼だったが、その動きは次第に洗練されて行く。


 いつの頃からかその動きは、効率とは裏腹に躍動感の欠片も感じられなくなって行った。

 只々、相手がやって来て、そこに――急所に、剣を置く。

 または、そこに剣がある。


 それだけである。


 まるでコツなどなく、歩くことの延長線上にあるように、誰でもできるような仕草で、劇で人が倒れて行くよりも滑稽に、人を殺し行く。

 そこに血が無ければ、下手くそな芝居を見ているような感覚に囚われていただろう。


 オリヴィアの首筋に汗が流れる。


 ああそうか。


 オリヴィアは気が付いた。


 それは水の一滴が首筋を伝い、身体の先へ伝って行くように、自然な、抗う事の出来ない、まるで甘美な……。


 凄惨な光景とは裏腹に、ハルトを見るたびオリヴィアの身体は熱を帯びるのを感じていた。




 敵の数も大分減って来た頃、一人の女がハルトの前に立ちふさがった。

 その女は、オリヴィアにも見覚えがあった。


(確か、ハルト様が山賊のアジトから連れ帰った内の一人だったはず。……どうして?)


 女は笑みを浮かべながらハルトの前に立ちふさがり、ハルトに何か話しかけ――首を落とされた。

 

 なんとも滑稽な死に様。

 馬鹿な女だ。


 オリヴィアは、密かに嘲笑った。


 多分あの場面で、私が同じ事をしたとしても斬り殺されていたでしょう。

 不用意に彼の間合いに入る事は、殺されに行くようなもの。


 オリヴィアがそう思うくらい、今のハルトは殺す事に集中していた。

 



 やがて残り十数人となった所で、敵の男達は逃げ出した。

 その後ろ姿へ向け、ハルトは容赦の無く投げナイフを投げつける。


 何人か取り逃がしたようだが、スッキリとした面持ちで、ハルトは投げナイフを回収するとこちらに向けて歩いて来た。


 その足取りは軽く、まるで息を切らせていない。

 きっと、後1000人でも切り殺せる。


 そんな気軽さであった。


 オリヴィアの胸は高鳴っていた。

 おとぎ話の英雄は綺麗だけれど、実際の英雄は血まみれであった。


 沢山の血を浴びて、その漆黒の髪も、幼い顔も、今や赤く染まっている。

 それでも構わなかった。


 血と共に濡れたい。

 この強い男に抱かれたい。


 オリヴィアはそう思った。


 ハルトは、水魔法で自身の血を洗い流し、一歩一歩、オリヴィアに近づいてくる。


 辺りには、いつのまにか人だかりが出来ていた。


 少年のような男が、巨漢を次々と倒して行ったのだ。

 本来なら、得体のしれない異国の少年に恐怖を抱いてもおかしくは無い。

 だが、彼は100人にも及ぶ巨漢を、誰でも分かるような簡単な動作で倒していったのだ。


 その姿はまるで、この舞台の『主役』が誰なのかを、どちらが『善』で有るかを、見せつけながら戦っているような『刷り込み』を群集に与えていた。

 それ故、彼を見つめる人々に怯えの色は無い。

 状況を知らないであろう皆が、むしろ彼が正義を行使する使者に映っている様であった。


 そんな英雄が、『一番最初に私の所に来る』

 それが、誇らしかった。


 だが、有る事に気付いた時、オリヴィアの胸の高鳴りは、心は、萎れて行った。


 それは、ハルトの視線。


(ハルト様は、私など見てはいない)


 その視線の先にはある物は、オリヴィアの持つハルトの帽子だけであった。


 彼女は、ランドルから彼の近況を聞いていたし、彼がどの様な状況に立たされているかも薄々だが理解していた。


 そしてオリヴィアは、気付いてしまった。


 ――今回の戦いは、私を守る為ではない。奴隷の少女を守る為の戦い。


 ハルトは少女の為に、血に塗れて戦ったという事に。


 伝説の剣士の亡霊を倒したのは少女の為。

 100名と死闘を繰り広げたのも少女の為。


 ハルトが英雄と成るのは、奴隷の少女の為なのだ。


 オリヴィアは、ハルトが助けた少女を思い出す。


 ボロボロの毛布を被り寒さに震える、薄汚い白い闇族のエルフの少女。

 『竜魔大戦』で魔族に味方した、人間と善なる種族達の敵。


 醜悪な、魔物の娘。


 ――卑しい魔物奴隷の癖に。


(……私は努力をした)


 でも、あの奴隷は運だけで、己の弱さでハルトに取り入った。


 悔しかった、憎らしかった。


 オリヴィアはその日、「ハルトに守られる」という、この世界で唯一の喜びを持つ少女に、深く嫉妬を覚えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ