第三章 19.ユートピア
しばらくして、鑑定士のおじいさんがやってきて、しげしげと『シャムロックの剣』を見つめる。
……そして、次の鑑定士を呼ぶ。
そんな感じで、6人ほど繰り返した所で、全員一致でシャムロックの剣だと認定してくれた。
一人で認める自信が無かったのかな?
「……あのー、これをどうやって?」
新人ちゃんがオレに聞いてくる。
今や、ここに居るギルド職員ほとんどが、オレの発言に耳を傾けていると言ってもいい。
「いや、さっきも説明しましたけど、ススキヶ原の辺りで、変な鎧を着た骸骨剣士が居ましてね。襲いかかって来もんで、倒しちゃったんですわ。いや、大した事無いやつでね。鎧が錆びてたのか動きが鈍かったもんで、ザコでしたよ。ザコ!」
「ハルトさん、これは『剣士シャムロックの亡霊』が使っていた剣でして……その剣を持っていたという事は、その『変な鎧の骸骨』が『剣士シャムロックの亡霊』という事でして……ああ、頭が痛い!!私、変な事言っていますか!?」
周りのギルド職員の皆さんは首を横に振る。
依頼に来ていた冒険者の方々までオレを見つめている。
今や、このギルドの受付にいる全体が、オレを見ていると言ってもいい。
ああ、どうしよう。
あんまり人に注目されるの好きじゃないんだけどな。
「ええっ!じゃあ、あのザコ(シャムロック氏ごめんよ)が、Sランクの『剣士シャムロックの亡霊』ですか!ああ、どーしよー、オレ一人で倒しちまっただよ!!ノーラさんから聞いていたので、決してワザとやった訳ではないですよ!?」
「ワザと……そういう事ですね。……はい、なるほど。――それは分かっておりますとも、ハルトさん!」
オレのわざとらしい演技に、新人ちゃんも途中からオレの意図が分かったのか、眼鏡をキラリと光らせて合わせてくれたようだ。
「しかし、どうしましょう?オレ、あまりこのギルドで信用されていないようですし、退会しようと思っていたんですよね。――よっし!善は急げだ!オレ、今日退会しますので、金貨1000枚すぐに用意して下さい」
さてと、嫌がらせスタートだ。
これですぐ用意できるようなら、ファージ一帯のWANTEDモンスター全て狩ってきてもいい。
これは、相手にどれだけの実力があるか見せつけると同時に、オレに喧嘩を売ってきたギルド支部長への宣戦布告なのだ。
そして、これが上手く行けば……。
ギルド職員たちからザワメキが生まれる。
軍隊でも敵わない魔物を一人で倒した男(実力はそうでもないが)が、ギルドを退会すると言い、金貨1000枚を現金で要求してきたのだ。
果たしてそんな現金しまってあるのかね?
オレは想像してみたんだ。
国から譲り受けた現金は開発なんかの費用(実際は何に使っているか分からんがな)に回し、ギルド会員には精霊マネーで支払う。
それが、こいつらが精霊マネーをギルド会員に進める理由なんじゃないかってさ。
新人ちゃんが嬉しそうな顔を作った後、慌てたフリをして大声で話し出す。
うーん、少しダイコンかも知れない。
まあ、オレも他人の事言えないんだけどな。
「そんな現金、うちのギルドに置いてありません!これは、わ、私では判断出来ません!せ、先輩お願いします!」
「わ、私も無理よそんなの!……課長よ!課長に任せるのよ!」
「ひぃいいー!お、俺もそんな決定権持っとらんぞっ。ここの責任者、支部長を呼べっ!あいつはどうせ何も仕事しとらんのだ。全てひっ被せてやれ!ざまあ見ろ!!」
フフフッ、上手く行ってるな。
……それにしても、ギルド支部長、仁徳ねぇな。
これは遅かれ早かれ部下に裏切られてたんじゃないか?
課長さんが相当ストレス貯めてるぞ。
上手く行ったら、今度差し入れでも持って来てやるか。
オレは担当職員に案内され、阿鼻叫喚渦巻くギルド受付を後にした。
ふと新人ちゃんを見ると、オレに向かってウインクをして来た。
この娘、相当やりよるわ!
これはもう、新人ちゃんなんて呼べねーな!
さて、職員を見回すと、オレに対して憎々しげな顔をしている職員と、羨望の眼差しを向ける職員の二通りいる。
前者は明らかに犯罪組織の息のかかった連中だが、思ったほど人数は居ないようだ。
残念ながら今はその視線が、オレには何よりもご褒美なのだよ?
もっと醜いお顔で、オレを睨みなさいって感じだ!
「……状況を説明してもらおうか?」
あらやだ、この人いきなり喧嘩腰だわ?
白髪の混じった、小太りので色の黒いおっさんがオレを睨み付けている。
「なぜ、オレがお前に説明しなきゃならないんだ?」
「貴様、目上の者に対する礼儀も知らんのか?」
なるほどね。
こいつは、相手に威圧的な質問を繰り返して、自分が有利な状況を作ろうとするタイプね。
質問だけして相手にボロを出させれば、口喧嘩は負けないもんな。
ここはオレも色々聞いてみちゃおうかな?
「おいおい、そんなもんオレに説明させずに、部下に確認しろ。この組織は情報の伝達も出来ていないのか?……それとも、お前の部下は無能揃いか?部下が無能なら、お前も無能という事でいいな?」
「ぐぬぅ!若造が調子にのりおって!」
うん、安い挑発に引っかかってくれた。
こいつも無能確定だな。
バカなお前が、オレを調子に乗らせてんだよ。……なんて言ったら、もっと話がこじれるだろうか?
いけない、いけない。
オレは今日、話し合いに来たのだよ。
「今日来たのは、賞金の件……じゃないんだ。お互い、まどろっこしい話は無しにしようぜ?オレはハルト・カトウ。いやあ、会いたかったぜ?」
「儂の名前はアリスター――」
「アリスター・ヤコブセン・ギルド支部長さまだろ?オレが知りたいのは『理想郷』での順位だよ?あんたら手広くやってんなー?」
「貴様……何故それを!?」
そう、オレの目的は、正攻法でこのアリスターと面会する事だ。
別に会おうと思えば家まで調べられるんだが、あえて直接面会できる立場にいる事を誇示し、対等以上の関係である事をアピールしたかったんだよな。
そして、こいつらの犯罪組織の名前は『理想郷』だ。
名前からして、理想世界に自分たちのユートピアを作るのが目的なのかな?
まったくもって、ふざけた野郎共である。
『理想郷』の実態はかなり大がかりな組織の様で、山賊家業から始まり、闇での人身売買、麻薬の密造、人殺し、……冒険者のランクの売買など、なんでもござれの悪の総合商社だな。
いやあ、こんな大手さんと商談が出来るなんて、営業身寄りに尽きるってもんだ。
まあ、この辺の情報は全て、ネムの『何でも分かる帽子』で調べてもらったんだけどな。
「さて、ここにある書類は、ここ数日あんたが夜中に会っていた人物の名簿だ。――これを見られちゃうと不味いんじゃないのかなぁー?」
オレは名簿をアリスターに投げ渡す。
アリスターは書類を確認した後、顔を真っ赤にさせながらオレに言う。
「こっ、こんなもの出鱈目だ!大体お前の言う事など誰が信じる?薄汚い異国の小僧め!!」
はーい、待ってましたよ。その質問!
それにしてもこいつ、鼻息が荒い。
オレのポーカーフェイスよりバレバレだぞ?
……このおっさん、腹芸は苦手か?
「別に信じてもらえなくてもいいんだよ。このギルドに怪しい噂が有り、オレが一人で『剣士シャムロックの亡霊』を倒すほどの実力があるにも関わらず、つま弾きにされる。……伝説の英雄殿の亡霊を倒したオレは、異国の者だとしても士官の口には困らないだろうな?もうすでにここの領主さまも、オレが、かの亡霊を倒した事はご存じなんだ。オレは騎士剣術の開祖を破った男だぞ?国王さまからもお目通りを頂けるかもしれない。―――そうなったら、分かるな?」
アリスターは顔が赤くなったかと思ったら青くさせ、最終的には、その顔が土気色に変わってしまった。
その愉快な芸を見せれば、少しは部下にも慕われたかも知れないな。
「――さて、迷宮を発見出来ない無能なギルド支部長殿、分かるかい?オレはここで起きた事をありのまま話すだろう。……そう、別にオレの事を信じてくれなくてもいいんだ。お前を疑ってくれればいい」
「……何でもする!その書類を儂に譲ってくれ!」
苦虫を噛み潰したしような顔をするアリスター。
「あー、やっと話ができる状態になったみたいだな。だが、目上の人と話すときは何だっけ?」
「……何でもします。その書類を儂に譲って下さい」
おうおう、ずいぶん素直だな。
まあ、オレの事を『剣士シャムロックの亡霊』を一人で打倒した男だと思っているだろうし、手出しは出来ないだろう。
さすがにその辺りの分別はつくのか。
「よしよし、では闇エルフの少女の件だが、分かるな?」
「……はい。没収の件は取り消しましょう」
「では、その旨を認めた書類を作成してもらおう。きっちり契約魔法も使ってくれよ。――そうだな。破られた場合はお前の死をもって償ってもらおう」
「……分かり、ました」
がくっと、うな垂れるアリスター。
いい気味だね。
その後、契約魔法が出来る者、新人ちゃんに来てもらい書類契約をしてもらった。
アリスターも出来るようだが、こいつにやらせても信用できないしな。
内容を聞いて驚いているようだったが、何故か嬉々として契約魔法を使ってくれ、部屋から出る時ピースまでしてくれたよ。
よし、これでクーの件は一安心だ。
「さて、次だが――」
そう言って、オレはさらに名簿を投げ渡す。
「これは『理想郷』の構成員の名簿だ。先ほどの書類はお前にくれてやるが、これはどうしようかな?」
ホッとした表情のアリスターだったが、名簿を広げ凍り付く。
「なっ、な、な、な、何故、お前がこんな物を!?」
あれあれ?
敬語がどっか飛んで行ってしまったようだが……まあいいか。
初めはスカッとしたが、おっさんに敬語で話されても、べつに嬉しくないしね。
「色々オレにも秘密があるのさ。――おっと、それは燃やしても無駄だぞ?何枚か複製してある。それにこの後、組織から狙われ暗殺とかされたら嫌だしな。万が一オレが死んだ時には、領主さまに渡すようにオレの密偵に手配もしてある」
もちろん最後のはウソだったりする。
適当に設定を作ってみたが、密偵ってなんだよ!?って感じだ。
こいつらみたいな悪党が、今後何もしてこないなんてありえないからな。
このくらい脅しておかないといけない。
そもそも、密偵とか子供の嘘レベルの作り話しなんだが、実際こっちには構成員を調べる能力があるんだ。信じざるを得ないだろうさ。
さて、種を明かすと、実はネムたんにはこの所、名簿の作成を頑張ってもらっていたのでした。
構成員を調べるのは『何でも分かる帽子』で一発なのだが、書き写すのって結構大変なんだよね。
ネムによれば、貴族や領主さまの側近なんかにも『理想郷』の構成員がいるらしい。
めんどくさい事情はよく分かりませんが、これは大変な事だよね!?
さて、アリスター・ヤコブセン・ギルド支部長さまは、めでたく最初の威厳は消し飛び、今は真白くなってしまったのでした。
「オレだってここまでする予定は無かったんだ。だが、お前らが喧嘩を売ってきたのが悪いんだからな。――ほら、黙ってないで何か言えよ!」
オレは支部長さまの頭をペしぺし叩く。
ちょっと脂っぽくて、余計不愉快になってしまったぞ。
「……金なら、金ならいくらでも払おう!――そうだ、幹部の席をそなたに授けよう」
「ばーか!金なら賞金があるだろうが!金貨1000枚払えよ!それ以上は、重たくて持ちきれないんだよ。……そうだな。明日、金を取りにこよう。それまでにお前のお仲間に知らせるんだな。『うえーん、うえーん、ボクチン、とんでもない地雷を踏んじゃいましたぁ』ってさ」
「まってくれ、なあ、まってくれ!」
「念のために言っておくが、一度でもオレに危害を加えようとして来たら、こいつはどうなるか分からんからな」
「お待ちくだされ!どうか、この通りだ!」
お前はモテない男子かっつーの、鬱陶しいんじゃ!
「さて、どうする『理想郷』?オレと交渉するかい?それとも楽しい全面戦争か?オレが勝てばお前らが全滅で、例えお前らが勝ったとしても悪事は露見する。――どれがいいかな?」
そう言って、オレは扉を閉めた。
うん。
やり過ぎた気がするが、気分はすっきり青空日和だ!
これが善行ってやつなのかね?
これで相手も迂闊な事をせずに交渉をしてくるだろうし、時間は稼げるだろう。
いざとなったら『理想郷』の構成員の名簿は、ランドルのおっさんに領主さまに直接届けてもらうとして、オレは静かに暮らそう。
士官なんてする気はありません。
寒気がしちゃうもの。
そういった事はそうだ。
おっさんにすべて捧げよう。
きっと喜ぶぞぉ!
オレはホクホクしながら新人ちゃん――いやこれからはノーラちゃんだったな――に手を振り「また明日くるよー」と言って、ギルドから去る事にしたのだ。
今回のオレの活躍。
哀れな亡霊(シャムロック氏)を卑怯な手で倒し、ギルド支部長を名簿(ネムの手柄)で脅した後、イジメる。
いやあ、オレ、何もしてませんなぁ……グスン。




