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第三章 18.フィードバック

 オレは、暗がりの中で、ある男の過去を見ていた。


 何かに憑りつかれたように何百、何千、何万回と突きの練習をしている男。


 不意に男と目が合った。

 自分以外全てを呪い殺すような、歪んだ暗い瞳。

 そのくせ、口元は自信満々といった風で下品にニヤけている。


 そこで、何かが混ざり合った。


 ――ああ、あれは『俺』だった。




 俺の家は王都で剣の道場を代々営んでいた。

 父親も国王に剣術を指南するほど有名な男であった。

 兄弟は8人いて、その中で剣の腕を競わせ、一番強い者が親父の後を継ぐ。

 古くからある仕来たりだ。


 その中で俺は一番弱かった。


 何度も叩きのめされ、血反吐を吐いても勝てないものは勝てない。

 身体もそれほど大きい訳ではない。

 何より『才能』という物が俺には無かった。


 流行の英雄譚では、努力し才能ある者に打ち勝つ。

 実に痛快で素晴らしい内容だが、現実はそうも行かない。


 俺の努力。

 その一歩の歩幅は、天才の歩幅とはそもそもが違うのだ。


 俺が血反吐を吐いて努力をしている間に兄弟たちは女を抱き、遊びに精を出していても、やる気無い、何てことない素振りの一歩で大きく引き離される。


 それは、最早惨めな気持ちすら与えてくれない。

 どんなに背伸びしても蟻は竜に届かないように当然の事であった。


 そもそも、俺は親父の血を引いているかも怪しい人間だ。

 親父が酔いに任せて乱暴した、どこぞの娘が生んだ子。

 そう、兄貴達から聞いている。


 剣術の師範として体裁が悪い為引き取ったらしいが、俺に期待する者など居ないだろう。

 ひょっとしたら、全ては金の無い母親の狂言で、俺を此処の息子と偽って引き取らせたのかも知れない。


 それは体の良い厄介払い。

 もしくは、少しでも食べ物に困らない様にとの思いかも知れない。


 だが、どちらとしても迷惑な話だった。

 生まれて来た時に殺してくれれば、山にでも棄てて魔物の餌にでもしてくれれば、こんな思いはしなくても良かったはずだ。


 今後出会う事は無いだろうが、もし出会う事があったら殺してやるのにな。


 あいつは俺が、どんな思いで毎日暮らして来たのか知らないだろう。

 馬鹿にされ、時には手合せと言う名の私刑を強要され、弄ばれ、負ければ屑扱い……。


 少しでもその痛みを教えてやりたい。


 『力』が欲しい。

 飢餓感にも似た欲求が全身を焦がす。


 嗚呼、俺の気を晴らす為に、出来る事なら、全員殺してやりたい。

 


 ――全員殺してやりたい?

 悲しいヤツだな。まるで『オレ』じゃないか。



 いや、お前と『俺』は違う。

 俺は完成させた。『円の剣陣(まどかのけんじん)』をな。


 これで能天気な天才共を全て皆殺しにしてやった。

 俺はお前の様に中途半端な、復習を果たせない男では無い。


 俺はこの『円の剣陣』を編み出した時、全てが変わったんだ。


 負け犬のお前には分からないだろう?

 今まで絶対に勝てないと思ってきた相手が、俺の前で無様にひれ伏す。


 ――この快楽が。


 お前の様に狡をする必要は無い。

 相手のお好きな、正々堂々とした『男らしい』戦いで相手を打ち倒す。

  

 相手の四肢を斬り裂き、絶望に染まった顔を両断する。


 お前にも見せてやろう、父の、母の、兄弟達の、俺に戦いを挑んだ愚かな者達の最後の顔を――必死に生きようと俺に媚を売る、雌の様な顔をな。


 どうだ?

 楽しいだろう?愉快だろう?


 まるで、相手が塵屑だ。

 『俺』はお前とは違う。……お前は負け犬だよ。 



 ――ああ、確かにな。

 お前と『オレ』とは違うな。


 お前は悲しいやつだ。


 オレにはネムが居た。幸せ者だよ。

 負け犬で良かったかもな。


 あの日、ネムに出会って、この世界へ来て、色んな人と出会ったんだ。

 思えばネムが「助けよう」って言ってくれたのが始まりだった気がする。


 お前はどうだ?誰か居たのか?

 剣術ばっかじゃなくて、好きな人の一人くらいさ。


「オレに、お前の事をもっと教えてくれよ」




 その問いに、シャムロックは答えてくれなかった。

 混ざり合う意識が、逆再生のように巻き戻されて行く。


 その代り、今度は映画のスクリーンに映し出されるように、彼の人生がオレの中で流れた。


 その中のシャムロックは、必死でもがいていた。

 その姿は、オレとは似ても似つかない、いい男だった。


 幼い頃道場に引き取られたシャムロックは、兄弟の虐めに耐え続けた。


 彼には、確かに剣の才能は無かったが、天性の『洞察力』を持ち合わせていた。

 彼は兄弟達の稽古の中で必死に相手の動きを捕え、一つずつ対処法を編み出し、それまとめ上げ、対処法の手順書を作成して行った。


 そして、その一つ一つを型に起こし、瞬時に対応できるようになるまで身体に馴染ませる。

 天才が直感で行う動作を、全て手順化させていったんだ。


 それはまさに、血の滲むような努力の結晶。

 それが、彼の編み出した剣技『円の剣陣(まどかのけんじん)』。


 『円の剣陣』とは自分の剣の間合いを半径とし、円を描き、もしくは想像し、その中入り込む者を相手の武器、動き、歩幅、力、切りつける方向、利き腕などを得られる全ての外的情報を元に、何万通り、もしくは何億通りもの手順書に照らし合わせ、己の動きをルーチンワーク化させる剣技。


「剣の才ある者は、その場の閃きで動ける。しかし、才無き者は、総てを手順化させなければ天才を超える手立ては無い」


 彼はその信念の元、修練を続けた。

 念入りに、そして執拗に……。


 そして、彼の生きた時代にあった武術全ての対処法を編み出した頃、彼は狂気と共に生まれ変わった。

 彼を馬鹿にしていた全てを倒し、跪かせ、彼は騎士剣術の開祖となったのだ。


 ――そして、彼は孤独のまま、『円の剣陣』を完成させる事なく病に倒れ、この世を去った。


 映画にしてはあっけない幕引きだった。

 感動も何も無い。


 只々もがいて、狂気の果てに目的を達成させたと思ったら終了、か。




「これが俺の全てだ。せめて、『円の剣陣』を完成させたかった。……だが、もう終わりだ」


 不意に白い霧がシャムロックを形取る。


「最後は亡霊として蘇り、負け犬のまさかの反則技で終了か」

「……ああ、だがこれで良かったのかも知れない。『円の剣陣』は決して完成しない剣術だ。そんな事、分かりきっていたのにな」


 確かにな。

 全ての攻撃に対処法や予測法を設けていけば理論上は無敵だ。

 だが、現実問題としてそんな事は不可能だろう。


「これから俺は消え失せて、力はお前の物となるだろう。……やっと、終わるよ」


 シャムロックは晴れやかな表情でオレに尋ねる。


「お前はこの『円の剣陣』を役立てられるか?」

「どうかな。人殺しの技は、何処まで行っても人殺しにしか使えない。例えそれで人を助けても、その下には屍の山が出来てるだろうな。……まあ、最大限使ってやるさ」

「ハハハッ、お前らしいな!俺はお前に使って貰えて嬉しいんだ。お前が俺の全てを観たように、俺もお前の全てを観たのさ」

「……負け犬のオレにか?」

「そうだとも、だからお前に託したいのだ。俺の剣術は、負け犬のお前が振るうに相応しい」


 散々な言い方だな。

 まあ、オレは弱いですけどね!


「……そこまで言うなら使ってやろう!」

「白々しいな、俺は最後にお前に出会えて良かったと思っている。――じゃあ俺は行くよ、負け犬」


 そう言って、剣士シャムロックは霧となって消えてしまった。


 最後もサラッといなくなるヤツだ。


 「お前に出会えてよかった」か。……それを言われると辛いな。

 だが、少し満足げだった気がする。


「ああ、いい夢見ろよな?――じゃあな、シャムロック」


 本人は気付いてないかも知れないが、オレから言わせたらお前も天才さ。


 ――それも、『超』が付くほどのな。




 と、まあそんな感じだった訳だ。


 オレは、もう二度と亡霊相手にソウルイートしないと決めた。

 記憶がフィードバックしたり、意識が混ざり合う感覚は非常に気持ちが悪い。

 何と言うか、乗り物酔いの酷い時に強引に酒を飲まされ続け、見たくもない映画を大音響で何度も観させられる感じか?


 そりゃあ、あの邪神くんだって嫌になるさ。


 それに、今回はよかったが、オレ程度の精神構造じゃ、下手したら意識が乗っ取られかねないからな。


 その後、ランドルのおっさんが吐しゃ物まみれで気絶しているオレを発見し、背負って帰るか躊躇した後、シャムロックの遺体ごとオレを引きづって帰ってきてくれたらしい。


 そこは、血まみれだってゲロまみれだって背負って帰るのが男の友情ってやつだと思うのだが……よく考えたら、ゲロまみれの男なんか背負いたくないよな!


 うん!

 正解である。


 ちなみに、丸一日悩み抜いてその結論に達したよ。


 オレが目を覚まして、今回の無事を祝い合った後、マライじいさんが意味深な事を言った。


「うーん。少し、生が悪かったかの?」


 生って何さ!?

 まさか、サンドイッチの具材はひょっとして……。


 いや、これ以上考えない事にする。

 あんなに美味しかったんだもん。

 真相は知らない方がいい。


 そして、3日間オレは引きこもった。

 理由はランドルのおっさんに引きづられたから……では無い。


 クーの容体が、未だによくならないんだよね。


 なぜだか分からないが、風邪を引いても熱が上がらないんだ。

 初めは軽くセキをする程度だったのに、徐々に悪化してしまっている。


 モニカ先生もこのような経験は無いらしく、種族的なものなのかを調べてもらっている最中だ。


 オレは、クーが寝ている時間を利用して家の庭でずっと『円の剣陣』の型の練習を行っていた。


 実に合理的で無駄の無い剣術だ。

 ただし、この型が何千・いや何万・何億とある。


 これは覚え甲斐がありそうだ。


 今日だって、本来はギルドなんかに来ずにクーを見ていたいのだが、先にこちらの問題を片付けてしまわないといけない。

 本当はもう少し慎重に行くつもりだったが、とっとと片付けてしまうつもりだ。


 そうそう、シャムロック氏をソウルイートしてかなりスキルの強化がされた。


●加藤遥斗 

〈スキル〉

『何でも切れる剣』『自己診断』『ソウルイート』『言語・文字理解』『全属性耐性』『自然回復速度UP』『剣術レベル4』『槍術レベル3』『体術レベル3』『弓術レベル2』『投擲レベル3』『水魔法レベル1』『回復魔法レベル3』『生活魔法』『料理レベル2』『馬術』『礼儀作法』


 と、こんな感じだ。

 剣術は当然のようにレベル4だ。

 これは『円の剣陣』を身体に馴染ませれば伝説級の強さになると言う事だろうか。


 槍術・体術・投擲は達人クラスのレベル3だ。これも『円の剣陣』の型に含まれているのだろう。


 そして気になるのが、料理レベル2だ。


 いつの間に上がったのだろう?

 考えてみると、クーの看病の間はステータスチェックなんてしてなかったんだよね。


 まさか、あのぼっちのシャムロック氏が料理スキルを持っていたとも思えないし、これってオレの努力の結果だよな?

 でも、初めての自分の努力の成果を、こんなうやむやな状態で納得してしまってもいいのだろうか?


 オレはそれで満足か?


 ――負け犬。


 シャムロックの言葉を思い出した。


 オレ、負け犬じゃないワン!


 今後は、もっとこまめにステータスチェックを行おう!

 真相はススキヶ原の中って事……だな。



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