第三章 17.剣士シャムロックの亡霊
あれから5日たった。
オレは『ある剣』を持って、冒険者ギルド窓口・新人ちゃんの所に訪れていた。
それを見て驚く新人ちゃん。
オレはあえて、大声で話しだす。
「いやー、依頼が受けられないんで、しょうがなくススキヶ原付近で狩猟をしていたら、変な骸骨が現れましてね。その骸骨が着ていた鎧も一緒に持って来たんですが、念のため査定してもらおうと思ったんですよ。――まさか、WANTEDモンスターじゃないですよね?」
「……まさか、これは……いいえ、そんなはずは……少々お待ちください。鑑定士を呼んでまいります!」
「お願いしますよ。……とは言え、たいした事無い相手だったから、そんなに金額はつかないかなー?そうそう、WANTEDモンスターだった場合は、賞金を頂けるんですよね?確か、国か領主さまから支給されるんでしょ?冒険者じゃなくても貰えるくらいですもんね!」
「はい。それは間違いございません」
「それはよかった。――呼び止めてすいませんね」
オレはニヤリと笑い、大慌てで鑑定士を呼びに向かう新人ちゃんを見送った。
何事かとこちらを見るギルド職員たち。
こういう時、新人ちゃんのリアクションは人目を引いていいよね。
まあ、新人ちゃんが驚くのも無理はない。
この剣の名は『シャムロックの剣』。
200年間無敗、討伐部隊や軍隊が出動しても倒せなかった伝説の化物『剣士シャムロックの亡霊』をオレが打ち倒したという証明だ。
この『剣士シャムロックの亡霊』は、今のオレたちが普通に戦ったのでは万に一つも勝ち目が無いだろう。
Sランクの魔物の中で、こいつだけ強さの桁が違うんだ。
オレがどうやって倒したのかって?
オレは新人ちゃんを待ちながら、静かに3日前の事を振り返った。
オレは今、ススキヶ原に一番近い野営地で狩りの準備をしていた。
今回のメンバーはオレ、ランドルのおっさん、レイくん、マライじいさんだ。
ネムは連れてきていない。
ネムは、クーの看病件護衛だな。
例の犯罪組織が報復に来るとも限らないし、何よりクーが体調を崩していた。
やっぱり、無理をしていたんだよな。
そしてネムにはついでにある調べ事をしてもらう為に残ってもらっているんだが、……さっさと獲物を狩って家に帰りたい所だ。
今回の獲物『剣士シャムロックの亡霊』は、相当強いだろう。
普通に戦っては、オレに勝ち目は無いだろうな。
――まあ、普通には戦わないんだけね。
剣士シャムロックとは、500年ほど前の剣の英雄にして、現在の騎士剣術の開祖にあたる人物だ。
それが200年ほど前に、彼の遺体の傍らに供えてあった彼の剣が突如暴走し、悪霊となったらしい。
悪霊と名はついてはいるがその戦い方は正々堂々としており、一対一の勝負においては卑怯な真似は一切しない。
現在の剣士の間では、死んでも尚己の剣の腕を鍛える者として、シャムロックに対する信仰心すら生まれているようだ。
悪霊にして剣神。――それが『剣士シャムロックの亡霊』らしい。
まあオレからすれば、そんな人殺しの技術に『正々堂々』とか『信仰心』とかバカバカしいとしか言えない。
勝手に殺し合いして楽しんでるマゾ共か、哀愁に浸って喜んでる自惚れナルシストって所だな。
さて、準備もできたしぼちぼち行こうかね。
「じゃあ、獲物を倒したら狼煙を上げるから取りに来てくれよ!」
オレはおっさんたちに向い話しかける。
ちなみに、今回三人呼んだのは儲けがデカいから、ただそれだけだ。
金貨1000枚、儲けるならみんなで分けあおうってね。
「……まさかとは思うが、大丈夫なのか?」
うーん、おっさんは何か勘づいているようだ。
さすが、この中では付合いが一番長いだけの事はある。
「オレが危険な真似する訳ないだろ?今回も楽してぼろ儲け――森王ザリガニみたいにさ?」
「イイっすねぇ!今回また稼がせてもらったら、大きな家でも買って、彼女に楽させてあげてーっすよ!」
嬉しそうな顔でオレにすり寄ってくるレイくん。
ああ、レイくん、安易な死亡フラグを立ててはいけません!
「レイくん!出発前に『大きい家』『結婚』『白い犬』『学校に通う』などのキーワードは絶対言ってはダメだぞ?オレの故郷では縁起の悪い事なんだ!」
「ええ!?全部これからやろうとしていた事っすよ!大きい家を建てて、結婚して、子供が生まれたら白い犬を飼って、子供を学校に通わせて……」
レイくん……不憫なヤツ。
オレの代わりに呪いを引き受けて死んでくれるのかもしれん。
今回唯一心配だったのが、亡霊とかホラー要素が入ってる事なんだよな。
その辺は、レイくんに被ってもらうか!
「確かにレイよ。浮き足立っておると足元をすくわれかねん。注意が必要じゃぞ?。……ハルト殿、何をするかはあえて聞きませんが、勝算が御有りなのでしょうな?」
今まで、酒を飲みながら黙って聞いていたマライじいさんが、真剣な目でオレを見つめる。
このじいさんは勘が良すぎるんだよな。
今回のオレの獲物が何か気付いているんだろう。
「もちろんだ。みんなは酒でも飲んで気楽に待っててくれよ」
オレは少しだけ嫌味っぽくそう言うと、冒険者の挨拶を済ませて一人森に歩を進めた。
鬱蒼とした森を抜け、ススキヶ原にたどり着く。
もうすぐ季節は夏に差し替わるというのに、肌寒く、目前には何㎞にも渡り枯れたススキが広がっていた。
ここの寒さは異質だった。
まるで、衣服の中から寒さを感じる。
……いや、違うな。
魂が寒さを感じている、という表現が適切な気がする。
オレは、意を決してススキヶ原に足を踏み入れた。
……やはり、生き物の気配はまるでしない。
それもそのはず、前以てネムの『何でも分かる帽子』で調べてみても、生き物はおろか、ここで動く者はただの一体しか存在しないのだから。
しばらく歩き、視界がすべてセピア色に変わった。
まるで別の空間に入り込んでしまったような錯覚に囚われる。
これは、周囲に枯れたススキしか無い為に、色彩感覚を奪われてしまっただけだろう。
本当に嫌な場所だ。
そろそろ、この辺りでいいだろう。
さらにしばらく歩いた後、オレは『何でも切れる剣』を呼び出し、オレを中心に周囲にあるススキ半径20mほどを一気に刈り取る。
これで不意打ちを喰らう事も無い。
これは万が一に備えてだ。
オレは、正々堂々なんて信じてないからな。
さてと……これ以上、動き回る必要は無い。
後は獲物がこちらに気付いてやってくるのを待つだけだ。
オレは狼煙の準備を終えると、マライじいさんの作ってくれた特製サンドイッチを食べながら待つ事にした。
相変わらず美味い。
今度レシピを教わろうかね。
数十分経った頃、ススキが揺れる気配がした。
亡霊と言っても歩いてくるんだな。
まあ、事前情報で、中身は『動く骸骨』だと知ってはいるんだがな。
オレは、ススキの揺れる方向を注視する。
やっと来たか。
――それは、赤黒いボロボロの鎧を纏った騎士だった。
調べた情報によると、シャムロックの本来着ていた鎧は確か、白銀の鎧だったはずだ。
風化もあるのだろうが……人の返り血を浴びて赤黒く変色しているんだろう。
シャムロックの亡霊の身体は、あまり大きく無い。
オレと身長は大体同じくらいだろうか。
決して体格に恵まれているとは言えないだろう。
確かに、こいつからは禍々しいオーラを感じるが、『悪霊にして剣神』とは少々言い過ぎな気がしてならない。
何故なら、悪意を感じないのだ。
シャムロックの亡霊は、まるで優雅に礼をするかのような手慣れた仕草で剣を抜き放った。
これが『シャムロックの剣』ね。
刀身は90㎝ほどで、日本刀、いや、片手剣の様だしサーベルに似ている。
この剣も、オレのファルカタの同様に先端が両刃、刀身の先端から3分の1ほど両刃だな。
何とも和洋折衷でクール、中二病心を掻き立てられるデザインの剣だ。
それにしても、500年前の剣にしては綺麗すぎるな。
鎧に比べてこちらは、錆所か血の一滴、傷一つもついていないように見える。
シャムロックの亡霊は、オレの周りをグルグルと周り、こちらを伺う。
兜の隙間から見える、木の洞ような深い闇から赤い光が差す。
オレを見ながら小首を傾げるその姿は、まるで遊び相手を見つけた子供の様だった。
確かにこいつは、死んでも剣の腕を磨き続けているのだろう。
オレに対して悪意は微塵もなく、まるでやってきてくれた事へ、さらなる剣技の向上の為の贄へなってくれる事へ、感謝しているような雰囲気を放っている。
突如、オレの身体が泡立つのを感じた。
……なるほど、『悪霊にして剣神』ね。
先ほどの言葉は、撤回しなければならない。
この手のプレッシャーは、悪意を向けられるより性質が悪い。
このプレッシャーは魔物では出せないだろう。
これは、人間が持つ執念……いや、『狂気』だ。
常人が、この狂気に当てられて真面でいられる方が難しいかもしれない。
オレも、もしこの『完全なる肉体』が無かったら、精神力の数値が高く無かったら、クーの件が無かったら、そのどれか一つが足りないだけでこの狂気に耐えられなかったかもしれない。
そのくらい、人間の根源的な恐怖を誘う何かがシャムロックの亡霊からは感じられた。
呼吸を整えて……さて、そろそろ殺ろうかね?
オレは大きく深呼吸をして、剣を抜き放つ。
そのオレの姿に、シャムロックの亡霊は仕草で感謝の意を示した後、構えを取る。
「いざ、尋常に――」
オレの掛け声と共に、シャムロックの亡霊は少しづつ近づいてくる。
その距離、10m
……7m
……5m
――今だ!
「……ソウルイート!」
その瞬間、『剣士シャムロックの亡霊』は、糸の切れた操り人形の様にその場に崩れ落ちた。
もう動く気配は無い。
兜から抜け落ちたドクロと、そこにあるはずの無い目が合った気がしたが、もはや何を思ったのか伺い知る事は出来ないだろう。
この瞬間、オレは200年無敗の亡霊に打ち勝ったのだ!
……安全かつ、喜びの全くない勝利だな。
種明かしをすると実に簡単な事だ。
『ソウルイート』は生き物に使う場合、相手に触れなければ、吸収する事が出来ない。
じゃあ、死んだ相手は?
答えはご覧の通り、触れなくても吸収可能なんだな。
実はこれ、イーブスの街に入る前から知っていた事だ。
オレとネムは実験を繰り返して、約5mまで離れた状態まで『ソウルイート』可能だという事が分かっていたりする。
亡霊だから効かない可能性もあったので、その他に3つほど作戦を考えて来てはいたんだが、無駄になったな。
つまりは、亡霊と『ソウルイート』はジャンケンの様に相性がいいって事だな。
オレがチョキならこいつがパーで、こいつがハブなら、オレがマングース。
オレが肥満児なら、ダイエットコーラと言った所か?
ん?離れたか?
ともかく、どれだけ強くたってオレには勝てないと言う事だな!
へ?卑怯だって?
オレ、剣士じゃないしね!
大体相手は、最強の剣士さまだろ?
シャムロックは散々自分の得意な土俵で挑んで、勝って来たんだ。
自分より明らかに背の高いランドルのおっさんが「背比べしよう。負けたら酒をおごれよ?」とか言って来たらどうする?もちろん断るだろ?
こいつの方が、卑怯だとオレは思うぞ!
ちなみに、おっさんたちへの言い訳は「錆びた鎧で動きが鈍っていたので、運よく勝てた」に決まりだな。
シャムロック氏も何があったか知らんが、死んだ後に執念や狂気をまき散らしながら、こんな所で引きこもって対戦ゲームしているのが悪いんだ。
今回は成仏してもらおう。
お前の死は今後、色々と活用させてもらうからな。
チーン!
さて、狼煙を上げておっさんを呼んで、こいつの装備や遺体を運搬してもらうか。
鎧って運びづらいし、けっこう重たいんだぜ?
お金を払う以上、おっさんにも働いてもらわないとね。
オレは狼煙用の発煙筒に火を付けた。
一応周囲のススキに火が付かないように気を付けてな。
そして……座り込んでしまった。
あれ?おかしいな?
力がまったく入らない。
そして、何だか気持ちが悪い……。
頭痛と吐き気と目まいがいっぺんに襲ってきた感じだ。
原因は何だ?
ふと、邪神くんの言葉が脳裏をよぎった。
《強い未練のある魂はそのまま『元始の海』へは戻せない。中々辛い処理でね。一つ処理するたびに見えるのだよ。その者の思いがね》
……まさか。いや、間違いないだろう。
オレは胃袋の中身を全てぶちまけた後――
そのまま、意識は闇へ溶けて行った。




