第三章 16.渡さない
次の日の朝食。
クーはあれから、少しだけ焦りが消えたみたいだ。
前みたいに追い詰められていると言うより、早くオレたちの「役に立ちたい」といった感じで、オレたちのお手伝いをするようになった。
昨日は洗い物、今日は朝ごはんの準備なんかを手伝ってくれた。
無理はさせたくないが、本人がやる気になっているのも邪魔したくない。
オレとネムは、そっとフォローしながらクーに手伝ってもらう事にした。
そう言えば、クーはどうやら火がこわいらしく調理中はあまり近づいてこない。
この世界のキッチンにガスコンロや、電気調理器なんてもちろん無い。
かなり危ないんだよな。
この世界の子供は、案外こういう場所が苦手なのかも知れないな。なんて思った。
「ほぁー、今朝も寒いな」
オレの発言に、クーは身体をビクッと震わす。
あれ?
やっぱり「冷たい」とか「寒い」とかが禁句なのか?
「……あ、あの、わたし……地下の貯蔵庫にはいっています……」
それにしてもこの子、貯蔵庫にこだわるな。
まさかこの子も貯蔵庫で一人「ここが我の最後の安息の地である」なんてヴァンパイアごっこしている……訳ないよな。
そんなのオレだけで十分だ。
ちなみにオレは、貯蔵庫に入るたびに言っているぞ!
「入るのはいいけど、貯蔵庫は薄暗いし危ないからあんまり長居はダメだぞ?」
「……で、ですが、その……」
うーむ。
何やら煮え切らない言い方だな。
「何か訳でもあるのかい?」
「……あの、いえ、……ご、……ごめんなさい」
クーは、ひとしきり考えこんだ後うつむいてしまう。
ああ、どうやら落ち込ませてしまったようだ。
こんな時頼りになるのが、ネムたんなんだが……さっきから、『ニンジンマリネサンド』に悪戦苦闘中だ。
どうやら、ニンジンも好きではないらしい。
眠気もあってか、かなり機嫌がよろしくなかったりする。
オレはそっとハムサンドと交換してあげる事にした。
オレとネムにとって、食べる事は趣味みたいなもんだ。
極論を言えば、嫌いなものは食べる必要ない。
ただ、残すのはもったいないけどね。
クーには、そうだな……別の事を頼んで気を紛らわせてもらおうか!
「今日クーには、軽ーく家の掃除をやってもらいたかったんだ。大事な戦力のクーを、貯蔵庫に入れておくなんてもったいない」
「……ほ、ほんとう……ですか?」
「もちろん本当だとも!今日は久しぶりに冒険者ギルドに行こうと思っていてね。――無理しない程度に、お願い出来るかな?」
「はいっ、がんばります!……わたし、お料理はできませんが、おそうじとお洗たくはとくいなんです!」
おお、やる気満々モードに変化したぞ!
これなら大丈夫そうだな。
それにしても、掃除と洗濯が得意って言い切れるのはすごいと思うんだ。
オレなんか、今の基礎能力でも掃除するとかなり疲れる。
洗濯なんてため込んでしまって、毎回必死だしな。
これもある種の才能だよな!
「そうか!掃除と洗濯が得意ってのは凄い才能だと思うぞ。クーはえらいな!」
「ハルトは、そうじキライいだもんねっ!」
おっ、ネムも機嫌がよくなったな。
「そうなんだよなー。クーが来てくれたおかげで助かるよ。これで我が家の役割分担が決まったな」
オレが料理と雑務担当で、クーは掃除と洗濯担当。
そして、ネムたんが稼ぎ頭兼、水を甕や風呂に補充する係と……。
この世界では、何をやるにしろ手動で行うしかなくてけっこう大変だったんだ。
クーに掃除や洗濯を全て任せるのはもう少し体力がついてからだけど、二人から三人に変わるとチームみたいで、いや『家族』みたいでいいよな。
こういうの、ちょっと憧れてたんだ。
クーも何だか嬉しそうだ。
この子は、やり過ぎないか心配だが「頑張るな」なんて言えないしな。
昨日の放火魔の件もあるし、しばらくはネムに見てもらっていれば問題ないだろう。
オレは、その事を二人に伝え、今回は一人で冒険者ギルドへ向かう事にした。
しばらく顔を出していなかったし、ギルド職員を殴った件でのオレへの処置も気になる。
大体はランドルのおっさんに聞いているんだが、そろそろお仕事しないとね。
「なっ!?話が違うじゃないか!」
「……大変申し訳ありません。昨日、ギルド支部長が戻って来た際に、話が変わってしまいまして……」
オレは新人ちゃんに詰め寄った。
――話が違う。
オレがランドルのおっさんに聞いていた話では、例のギルド職員は山賊と繋がっている可能性があるとして拘束され、オレへは周囲への配慮で、ギルドの規則として一週間の資格剥奪処分だけで済んでいたはずだ。
それを――。
「――なんで、オレは依頼を受けられないですか?」
「それが……容疑がかかっている職員が逃亡し、証言の書かれた資料も同時に紛失致しました。事情の知らないギルド支部長からは、現在ハルトさんの方を怪しむ声が上がっております。……私は必死にハルトさんの潔白を訴えていますが、聞き入ってもらえず……力不足、本当に申し訳ございません」
新人ちゃんの顔には疲労が見える。
オレの為に動いてくれていたというのは本当かもしれない。
新人ちゃんとは仕事上の付き合いしかないが、その点では信用できる。
「……オレを怪しむって、どういう意味ですか?」
「今回の一件は、全て、ハルトさんが山賊グループと仲違いをした際に、利益を独り占めするために仕組んだ事ではないかと……」
「それを言い出したのが、ギルド支部長だって事ですね?」
「……はい」
なるほど、ね。
これは、とんだ大物もグルだったという訳か。
これは山賊なんて言ってる場合じゃないな。
裏で何やってるか知らないが、これだけ大物と関わってるんだ。
相当利益を貪ってるんだろう。
これは犯罪組織と言ってもいいかも知れない。
このイーブスの街が出来て、150年か?
まあ、150年もあれば腐るわな。
そんなんなら、もう冒険者ギルドなんて居る必要ない。
勝手にやるがいいさ。
そうだ、最後にこの新人ちゃんにも忠告してやろう。
この娘の場合、情報通だ。
案外感づいているかもしれないがな。
「このギルドの噂を知っていますか?大分、黒い噂があるようだ。ノーラさんが関わっていると思っていませんが、注意した方がいいですよ?」
「……はい。存じております。大変お恥ずかしい事です」
やはり知っている訳か。
ここの組織に自浄作用は無いのかね。
そう言った後、神妙な顔をした新人ちゃんは、周囲を伺い小声でオレにある事を伝えてきた。
「……それと、お伝えしづらい事があるのですが……当ギルドでは、白い闇族のエルフが大変危険である可能性が高い為、没収も検討しております。……大変申し訳ございません」
必死で平謝りする新人ちゃん。
――オレは、血の気が引いていた。
クーが危険?
そこまでオレに嫌がらせをしたいのか?
狙うなら、直接オレを狙えと言ったはずなんだがな?
「私は、その闇族の少女の状況を聞いています。……我々がとても酷い事をしたと……本当に申し訳なく思っております」
この娘の場合「オレが受け取る拾得物に、ギルド職員がひどい扱いをした事を謝っている」と言った感じだな。
まあ、対応として間違って無いがね。
だが、どんなに謝られてもされた事は覆らない。
それにこの新人ちゃんはタダの受付係だ。
ここは巨大組織みたいだし、知らないで事が進む事も多いだろうさ。
さて、どうしてやろうかね?
新人ちゃんが、決定前の情報をオレにリークしてくれたって事は「まずい状況になる前に、このまま街を出ろ」って意味なんだろうが……それじゃ、腹の虫が収まらないだよな。
何かいい案は無い物か?
オレが周囲を伺っていたその時、壁に貼られた一枚の張り紙が目についた。
●Sランク・WANTEDモンスター
『剣士シャムロックの亡霊』
賞金・金貨1000枚
……こいつを、利用させてもらおうか。
オレはクーの件をランドルのおっさんに話し、家路についた。
なんとか、クーの没収の件を先延ばしにして貰うための根回しだ。
帰る途中、訳の分からないチンピラ数名を血祭りに上げた。
もちろん、二度と刃向ってこないように「体力3残しソウルイートの刑」にしてやった。
薄々分かってはいたが、こいつらも組織の人間だろう。
関わる気なんか無かったが、そっちがやる気ならこっちだってな?
家に着いた。
家は……うん、かなり綺麗だ。
洗い物までしてくれてある。
ネムがニコニコしながらやってきて、オレに告げる。
「クーがね。ハルトにほめてもらいたくて、いっしょうけんめい、おおそうじしたんだよっ!……なでなでしてあげてね?」
「……そうか。クーはどこだい?」
「がんばりすぎてつかれちゃったみたいで、今はベッドにいるよ。なでなでのこと、ボクが言ったのナイショだよ?」
「分かったよ」
クーがネムに、オレになでて貰いたい事を相談でもしていたのかな?
ネムはこういう時、お喋りだから助かる。
……やっぱり、クーは頭をなでてもらいたかったんだ。
教えてくれたお礼に、オレはネムの頭をなでた。
「……ハルト、どうしたの?」
あれ?
若干表情が硬かったかな。
これでは二人を心配させてしまう。
「色々あってね。……後で話すよ」
「おかえりなさい!……ご主人さま、かえってきていたんですね?」
クーがソワソワしながらオレの所へやってきた。
相変わらず毛布を被っているが、その毛布から除く瞳は期待に満ちている。
「ただいま。寝ていなくて大丈夫かい?」
「はい!……その、あの……」
オレに掃除の事を伝えたくて、どうしていいのか分からないのか、クーは下を向いてしまう。
こういう時は「わたし頑張ったんだよ」って誇ってもいいのにな。
「いやぁ、部屋が綺麗で驚いたよ!クーは本当にえらいな!えらい子の顔をオレに見せてくれるかな?」
オレはクーの頭の上の毛布をそっとどける。
するとクーは、まだオレと目が合うのか恥ずかしいのか、両手を前髪の上に乗せて例のポーズをする。
ほっぺが少しだけ赤いぞ?
「……クー、これから頭をなでたいんだけど、種族的に頭をなでられると不愉快に感じる……とかないよな?」
オレは、緊張して思わず変な事を口走ってしまった。
だって、上目使いでそのポーズをされると、ものすごい破壊力なんだ。
「……はい。……その、いやじゃないです。……うれしい、です……」
「そうか!実はクーはいい子だから、ずっと頭をなでたいと思っていたんだ。これからは、変な心配せずになでられるな!」
「……はいっ!」
クーは泣きそうな顔でオレを見る。
せっかく頭をなでるのに、泣きそうな顔するなよな。
「じゃあ、なでるぞ――」
オレはクーの頭をそっとなでた。
初め目をつぶっていたクーは、次第に目を開けてオレの方を見る。
その顔は、少しだけ誇らしげ……だな。
ひょっとしたら、クーは両親にいつも頭をなでてもらっていたのかもしれないな。
だって、こんないい子なんだ。
オレが親だったら、毎日だってなでているはずだ。
クーは、渡さない。
――渡すわけ、ないだろ?
第三章は、当初の予定よりもだいぶ話が長くなってしまいました。
もうしばらくお付き合いいただけると嬉しいです。




