第三章 14.手つなぎ
さて、ご飯も食べたし、出発する事にする。
今回もネムはお留守番だ。
この世界の奴隷商は、奴隷も魔物も取り扱っているようで、奴隷を売ってる場所を見せたくは無かったし、万が一ネムが登録していないと見破られても面倒だしね。
クーには念のため、フード付きのポンチョを着せる事にした。
出がけに、毛布も被って行くか確認した所「大丈夫です」と言ってくれた。
どうも、オレが変な目で見られるんじゃないかと気にしてくれたみたいだ。
オレは、別にどんな目で見られても構わないんだが……オレの事を少しだけ信用してくれたのかな?そう判断した。
朝のうちにランドルのおっさんから奴隷商の場所は確認してある。
家に奴隷商を呼ぼうかとも考えたのだが、借家とはいえ、あまりその手の人間に、自分たちの生活空間には入ってもらいたくない。
よって、今回は、奴隷商店まで向かう事にした。
オレの家から、奴隷商の店まで少し遠いので、本来は駅馬車を使いたかったのだが、『奴隷お断り』の看板が立っていたりする。
おっさんは今日は仕事だし、毎回頼ってばかりもいられない。
「少し遠いけど、ゆっくり行こう」
そう言って、オレたちは歩き始めた。
歩いていると、やはりクーはフラフラしているんだよな。
しかも、人間を見かけると、こわいのか足がすくんでしまうようだった。
「今日は戻って、馬車を借りてからにするかい?」
「……だいじょうぶです。……あの、がんばりますから、つれて行ってください」
うーん、やっぱり頑張っていたのか。
本当はあんまり無理はさせたくないんだよね。
だが、約束しちゃったしな。
「分かった。じゃあ、手を出してみな」
「はい……あの、その……」
オレは、クーが差し出した手を問答無用で握りしめた。
さっきから、フラフラして危なっかしかったんだ。
こわがりのクーには、あまりやりたくなかった。……と言うか、オレが女の子と手をつなぐのが恥ずかしかったから、さっきまではやらなかったんだけどな。
「……あのっ」
あれ?
意外と素直につないでくれたぞ?
看病したての頃は、かなり怯えていたんだけどな。
徐々に信頼は積み重なって行くんだな。
今日の毛布の件といい、かなり嬉しかったりする。
「こわくなったら、オレの後ろに隠れるといいよ」
「はい。……ありがとう、ございます……。じゃなくて、そのっ……わたしの手……冷たい……です」
ああ、そう言えば冷たいな。
なんだか、ひんやりしている。
オレの手が緊張して汗ばんでいる可能性があるから、ちょうどいいんだけどな。
本人は何だか気にしているような言い方だ。
ひょっとしたら、種族的な物なのかもしれない。
ここはそれとなくフォローするのが、大人のたしなみだよな。
「知ってるかい?手が冷たい人は、心が温かいらしいぞ?……気にするなよ」
お約束の発言だが、これって科学的根拠はあるのだろうか?
まあ、フォローに使う分にはいいよな。
「……はい」
そう言って、クーは下を向いてしまった。
しまった!
こういう時は「全然冷たくないよ」って言うべきだったか?
女心は難しいな。
その後は、終始無言で奴隷商の所まで歩いた。
助けてネムたん!
やっぱり、ついて来てもらえばよかった!
奴隷商の所についた。
奴隷商は、仮面のような張り付いた営業スマイルをする男で、店内も白々しいくらい綺麗な店だった。
奴隷を売っている所って、先入観からか小汚いイメージがあったんだが、良く考えれば金持ちのお得意さんも多いだろう。
汚くしておく訳にはいかないよな。
まあ、見えない部分はどうだか知らんが、な。
昔から、オレはこういう場所が好きでは無いんだ。
さっさと済ませて帰るとするか。
クーはこの場所が恐ろしいのか、さっきからオレの足に縋り付いている。
うん、いいんだ。
いいんだけど、非常に歩きづらい。
「いやぁ、これはこれは、すっかりご主人様に懐いていますねぇ。奴隷契約の更新は痛くないですからねぇ。お顔を見せてくれるかなぁ?」
こいつ、奴隷商は猫背でガリガリ、顔は割と整っていたりする。
身長はオレより少し高いくらいか?
寒気がする話し方だが、多分オレのこういう場所への先入観もあるんだろう。
先入観が無ければ、近所の優しいお兄さん風の男……に見えたかもな?
需要がある以上、商売として成り立ってる以上、こいつばかりを責める訳にも行かないもんな。
それに、今日からはオレも、こいつらの客の一人って訳だ。
「クー、フードを取ってやれ。――これがこの子の権利書だ。少し来るのが遅くなったが、この子が体調を崩していてね。大目に見て欲しい」
オレは奴隷商に権利書を渡す。
オレの言葉に、クーは怯えながらもフードを取ってくれた。
「確かに、この子の権利書のようですねぇ。――白い闇エルフとは何とも珍しいですねぇ。どうですか?高く買いますよぉ?……ふふふ、非処女だとしても、そうですねぇ……これぐらいで如何でしょう?」
クーはまた、オレの後ろに隠れてしまう。
奴隷商は例の営業スマイルでオレに金額が書かれた紙を手渡す。
オレはその紙を、そのまま奴隷商の胸ポケットへさし返した。
「今日は『この子の奴隷契約に来た』と言ったはずだがな?……ここの店は、客に対して、毎回こんな茶番をするのか?」
こういうやつには、あえて偉そうにするに限る。
こいつのペースに乗せられてはダメだよな。
「そんな、めっそうも――」
――奴隷商がいい訳じみた事を言ってきたので、無視してクーに耳打ちする。
さっきから震えっぱなしなんだよな。
(こういうやつは、相手にするなって言ったろ?……安心して)
(……はいっ!)
うん、良い返事だ。
あまりに良い返事だったので、反射的にクーの頭をなでた。
初めてクーの頭をなでたんだが、クーの髪はサラサラしていて凄く手触りが良い。
……ただ、良く考えると女の子の頭を撫でるってかなり緊張するよな。
「――さて、お前の話しはもういい。さっさと契約をしてくれ。オレはこう見えて忙しいんだ!」
そう、今日の夕食の準備にな!……とは言えなかったよ。
契約自体はすぐに終わった。
オレとクーの血を契約書類に垂らした後、その書類を燃やして終了だ。
これで、奴隷の主人契約の書き換えが終了したらしい。
クーの首に、入れ墨みたいなのが見えたと思ったらすぐに消えてしまった。
なにやら、邪教の儀式みたいだったよ。
新しくクーを奴隷にするのではなく、前の主人(死んだ山賊か、見世物小屋の団長かな)から更新する形になるらしい。
これは主人不在の奴隷から、オレの奴隷へ契約を更新するという事……だな。
契約後に、奴隷商が凄く疲れたような顔をしていた。
彼曰く、非常に高度な奴隷契約魔法を結ばれているらしい。
通常は強力なモンスターを使役する際に使われる物のようだ。
珍しい白い闇族だからかもしれないと言っていた。
なおこの契約は『手つなぎの精霊ニコラ』による絶対厳守の契約で、主人の命令や契約に反すると罰があるらしい。
よって、奴隷は主人の命令を聞かざるを得ないようだ。
奴隷に主人の言う事を聞かせる時は「命令する」を言葉に付け加えれば良いらしい。
まあ、オレが使う事は無いだろう。
以下が奴隷契約の原則になる。
・奴隷は、自分の主人の「命令」を絶対に守らなくてはならない。
・例え過失だとしても、奴隷は主人に危害を加えてはいけない。
・奴隷は、主人から逃亡してはいけない。
・奴隷は、自身を殺すという命令を聞いてはいけない。または自身が行ってはならない。
だそうだ。
ロボット三原則みたいだな。
まあ、『奴隷契約四原則』ってところか?
それにしても、ここにも出てきたな『手つなぎの精霊ニコラ』。
金の信用貸しに留まらず、奴隷契約にまで関わっていたとは、何が善意の精霊さまだよ、まったく。
ヤ〇ザみたいなやつだ。
奴隷契約も終わり、奴隷商に多めの礼金を渡して店を出た。
もちろん、口止め料だ。
クーは気付いていないかもしれないが、奴隷商の口振りからして、この子は相当に希少価値が高いようだ。
考えてみれば、珍しい白い闇エルフなんて、その手の好事家が黙っていないだろう。
本人は無価値だと言っていたが、そう脅されていた可能性がある。
オレだったら、敵対種族の奴隷に「お前は価値のある子だよ」なんて絶対言わないもんな。
見世物小屋に売られたってのは、貴族の息子の腹いせ、もしくは息子に色仕掛けをしてきた醜い魔物(貴族側の意見な)に対する、親の報復なんじゃないだろうか。
念のため、オレは奴隷商に「この子を買い付けに奴隷商が来たら、お前を末代まで殺すぞ!」と言っておいた。
使い方は……間違っているかもしれない。
まあ、ヤバそうな雰囲気が伝わればいいよね!
幸いおっさんの話によれば、この奴隷商は、金さえ握れば信用できる『善良な』奴隷商の様なので安心だそうだ。
帰り道、クーは疲れたのかヘロヘロだった。
途中何度も休みながら歩いたんだが……どうもこの子、頑張り過ぎちゃうんだよな。
辛い時は「辛い」って言って欲しい。
まあ、あんな奴隷契約の後じゃ言いづらいか。
「クー、もう少し休もう」
「……だいじょうぶです。……わたしは、少しでも体力をつけないと」
……そうか。
それで頑張っていたのか。
失敗したな。
もう少し先、体調が整ってから言えばよかった。
「今日はもう頑張っただろ?無理したら意味ないぞ?」
「……でも」
うーん、ちょっと面倒くさくなって来たぞ!
こうなったら、この子を担いで帰ろう!
そうだな、オレのトレーニングだとか言ってさ。
「クー、じゃあオレが、トレーニングをしたいからおんぶして行くよ。――さあ、のってくれ」
「……だめですっ!これ以上、ご主人さまにめいわくをかけられません!」
いやぁ、気持ちは分からんでもないが、ここで体調崩された時の方が迷惑なんだよね。
……なんて言ったら泣かれるよね。
どうしよう?
こういう時のこの子、すんごく頑固なんだよな。
そうだ!
二択で選ばせてあげればいいんだ。
『命令』なんかしたくないしな。
二択にすればこの子も選んでくれるかもしれない。
「じゃあ、おんぶされるか、ここから家までオレに投げ飛ばされるか、選びなさい」
よし!こうすればおんぶを選ぶはずだ。
片方を絶対無理な条件で二択をする……我ながら策士だぜ!
クーは悩んだ後、決意を込めてこう言った。
「……ううっ、これ以上めいわくはかけられません。……わたしを、わたしを、なげてくださいっ!」
え?
え?
え!?
そっちを選んじゃうの!?
唖然とするオレ。
「いや、おま……それ、死んじゃうんでない?」
「いえっ、だいじょうぶですっ……さぁ!」
そう言って直立不動のポーズを取るクー。
よく見るとフードの奥で、目を必死に閉じていたりする。
いや、確実に死ぬよな。
どこからその自信が沸いてくるんだろうか?
この子、ひょっとして……おバカなんじゃなかろうか?
いや、違う!違うよっ!?
オレの二択が悪かったんだ。
この子は、オレに迷惑をかけないようにと、必死なだけだ。
お父さん信じてるからね!
オレは少し悩んだ後、クーを持ち上げて
――抱きかかえた。
クーはやっぱり、ひんやりしていた。
少しは重たくなったかなと思ったが、まだまだ軽い。
これはもっとご飯を食べさせないとね。
しかし……よく考えると、これは俗に言う、お姫様抱っこってやつだな。
あまりに可愛くて……じゃない、こんな事やっていたら夕飯の準備に間に合わないからだぞ。
オレは、忙しいんだからね!
「……えっ?……なっ、だめです!ごめいわくですっ!」
「お前が言う事聞かないからこうなったんだぞ?……これからは、言う事聞くように!」
「……うううっ、……はい」
オレの発言に、クーは少しシュンとしながらも素直に従ってくれた。
ふむ。手をつないだ時といい、意外と素直だな。
これからもこのくらい素直ならいいんだがな。
……でも、これだけ素直だと逆にこっちが照れくさいんだよな。
あ!……これって、セクハラじゃないよな?
聞いてみた方がいいかもしれない。
「……嫌じゃないか?」
「はい……いやじゃない、いやじゃないです……」
そう言ってクーは、オレの胸に顔をうずめてしまう。
ヤバい、心臓の音とか聞こえちゃったらどうしよう?
この子すっごく可愛い。……じゃない、オレ、すっごく恥ずかしいぞ!
その後は、何だか気まずかったので、天気の話しと好きな物の話しをして歩いた。
オレは必死に、何度も同じ質問をした。
クーは何度も必死に答えてくれた。
……二人で何をやっているんだという感じである。
やはり魚は好物らしい。
甘い物も好きな様だ。
クーはレモネードをゴキュゴキュ飲むので、好きなんじゃないかと思ってたんだよね。
どうも甘い物は貴重で、あまり食べたり飲んだりした事が無いようだった。
これは今日のメニューに追加だな!
そうしてオレたちは家まで帰った。
途中、八百屋のおばちゃんの、何やら生温かい視線を感じたのだが、気付かないフリをしたよ。




