第三章 12.ネムの知らない夜②
その日の晩、なんだか部屋が肌寒い。
最近また冷えてきたんだよね。
ここは標高も高いし、今は季節の変わり目だから、そんな事もあるのだろう。
クーは部屋に入った後、しばらくして出てきた。
その時の表情を確認したかったんだが、顔が毛布に隠れていた為、オレには分からなかった。
そろそろ体調も良くなってきた事だし、気分転換も兼ねて風呂に入ってもらう事にした。
今まではお湯で体をふいてもらったり、生活魔法できれいにするだけだったんだよね。
「風呂は体力を消耗するから、体調が良くなるまではあまり入れるな」とモニカ先生に言われていたんだが、寒い事だし良しとした。
クーは女の子だし「先に入っていいよ」と伝える。
「おじさんの後なんか入りたくない」とか言われたらどうしようと思っての配慮だったが「先に入ってください」と言われた。
まあ、クーはそんな事言う子じゃないとは分かっていたのだが、念の為である。
クーは真っ青で震えていた。
うーん。
寒いのもあるのだろうが、やっぱり先ほどの事を気にしているのかもしれない。
やはり、この子を奴隷にする……しかないんだよな。
自分が嫌だからって、代わりに他人の奴隷になってもらうって訳にもいかないもんな。
そんな事を考えながら、さっさと身体を洗って風呂から出た。
クーには風呂につかって温まってもらおう。
寒がりだからな、お風呂は好きなはずだ。
「お風呂入っていいぞー」と伝え、クーに風呂に入ってもらう。
しばらく時間が経っても、中々出て来ない。
やっぱり、女の子は長湯だよな。
寒がりだし、余計に気に入ったのだろう。
ネムはクーが風呂から出るのを待っていたが、先に寝てしまったようだ。
最近ネムは、クーの部屋で寝る事が多くなった。
こうやって早く寝てしまった日は夜中にこっそり起きて、魔法の研究なんかをしているみたいだけどね。
オレは、自分の部屋で魔道書なんかを読んで過ごした。
最近では、回復魔法の魔道書を一から読み直している。
クーの首筋や手足の痣、モニカ先生の視力なんかを治せたらな。
なんて考えているのだが……中々難しいようだ。
上位魔法の『修復と再生の奇跡』という魔法を使えばいけそうな気がするんだが、習得には時間がかかりそうだ。
ネムが言うには、回復魔法は属性魔法に比べ理論がはるかに難しいらしい。
あのネムでさえレベル2までしか到達していないしな。
だが、オレは未だに自力で魔法を覚えた事が無い。
その事が、オレのコンプレックスを刺激する。
そう、オレはミィーカに偉そうに説教している手前、意地でも覚えなくてはいけないのだ!
コン、コン、……コン。
ドアから音がした。
ノックかな?……ネムはノックしないので、クーだろう。
きっと風呂から出たのだろう。
クーは寝る前に、必ず挨拶に来てくれるんだよな。
この子からは、逆に礼儀作法を教わったりする。
オレはそんな事を考えながら、ドアを開ける。
――そこには、真っ青でブルブルと震えたクーが立っていた。
バスタオルを身体に巻き付けただけの無防備な姿だ。
あれ?
お風呂に入っていたんだよね?
なんで震えているのさ?
「早く服を着ないと風邪引くぞ。お風呂に入ったんだよな?」
オレの質問に、無言のままコクリとうなずくクー。
そして、バスタオルを持つ手を何度も強く握ったり開いたりした後、バスタオルをハラリと地面に落とした。
クーの裸、その痩せこけた身体には、未だに鞭の痕や、痣、傷痕などが残っている。
オレは、その痛々しい姿に思わず目をそらす。
「……きたないからだ、ひんそうなからだで……もうしわけございません。あ、あの、せいいっぱい、ご奉仕します。わたしを……す、すてないで……ここに…置いてください」
えっと……
ナニヲイッテイルノカ、ワカラナイヨ?
「あ、あの、あのな……」
ああ、神さま懺悔します。
オレだって、興味本位でロリ物のエロ漫画くらい見たことあるさ!
そんなエロゲーだってやったさ!
巨乳好きだけど、たまにはロリものもいいよな。なんて思った時もあるさ!
でも、実際この状況になってみると、どれほど罪深い事か分かります。
こういうのは、二次元だからいいの!
もう、やめて!!
ネムたん助けて!!
オレはしばしの思考停止の後、慌てて布団をクーに被せる。
そうだな。
奴隷だから「こういうのもある」と思っているんだろう。
取りあえず、あれだ。
……せ、せ、せっ、……説得だ!
説得だよな。
一にも二にも、説得だよな!
「クー、こういうのはいらない、いらないよ!」
「!!……ううっ……ふぇぇ……」
ふう、安心したのか泣いてしまったようだ。
よかった。
これで解決したの……か?
いや、ますますクーは大声で泣き続けているぞ!
「……すてないで……おねがいです。わたしを売らないでください。……ど、どんなことでもいたします。食事はのこりものだって……ざんぱんだってかまいません!……そうだ!貯蔵庫、貯蔵庫でならおやくにたてますっ!」
貯蔵庫……確かにこの子、山賊の貯蔵庫に居たが……訳が分からないよ?
オレの足に縋り付いて泣きじゃくるクー。
ここで気に入られなければ、捨てられると思ったんだろうか?
よく考えると、今まで風呂に入れてなかったのに、急に風呂に入れなんて言ったから不安になったのかもしれない。
「捨てる気はないし、売る気もないよ!オレは短い間だけどクーの事は『家族』みたいに思ってるんだ。――まずは信じてもらえないかな?」
「で、でもっ、ご主人さまは……『好きな物を食べさせてくれる』といいました!……わたしは、知ってます。……それは、奴隷を売るときの『さいごのほどこし』だって!……おねがいします、おねがいしますっ!」
「そんなつもりで言ったんじゃないよ。とにかく服を着よう!女の子が人前で裸になってはダメだよ」
「わ、わたしは、もうっ、……けがれてしまっています。『むかち』だって……安くしか、見世物小屋くらいしか、もう引き取ってもらえないって!……売らないで、おねがいします!……もういやだ。もういやだよぅ……」
クーは泣きながら「いやだよ……」と訴え続ける。
「クー……」
……まったく、オレはこの子に何言わせてんだよ。
自分で自分がイヤになる。
オレはもう一度毛布を被せ、その上から抱きしめる。
クーの身体は震え、氷の様に冷たい。
オレは「大丈夫だよ」「売らないよ」とクーにささやき続けた。
クーは泣きながら、オレに自分の置かれた状況を説明してくる。
口下手だが、一生懸命「捨てないで」と懇願してくる。
彼女によると、貴族に奴隷として売られた後、そこのバカ息子にイタズラされ、なぜかクーが折檻された後、見世物小屋に売られたらしい。
クーは売られる前日に好物を聞かれ、素直に答えた。
すると、その日の夕食に好物が出てきて、クーは喜んだらしい。
なにしろ奴隷になって以来のご馳走だ。
自分がなにか悪い事をしたけど許されたんだ。……そう思ったったそうだ。
だがその後、見世物小屋に売られ、悲惨な生活が始まった。
……そこでは、相当ひどい目にあったんだろう。
その後、その見世物小屋は巡業のため移動中に山賊に襲われ現在に至る……か。
そりゃあ、好きな物なんか言いたくない。
簡単に人間の言う事なんて信じられないよな。
オレが考えていたより、よっぽど性質が悪くて残酷だった。
オレは、相当にバカで幸せ者だったようだ。
きっと今までの状況が悪すぎて、こんなバカな主人の元に居たいなんて思うのかもしれない。
しかし、ケガレたとか無価値とか、オレの居た世界でも昔はそうだったようだが、この世界でもクズばっかりだ。
それを言ったら、オレはこの世で一番穢れた素人童貞か?
アソコももうねぇしな!
マジでフ〇ックだぜ、『理想世界』!?
クーの告白が終わるころ、彼女の泣き声は次第に小さくなっていった。
「……大丈夫だよ」
なにか、この子を元気づける言葉はないだろうか?
オレはこの子に「大丈夫」しか言えないでいた。
こんな時、マンガの主人公ならどうするだろう。
「魔法の言葉」で癒すのか?
そっとキスをして、夢の中へ誘うのだろうか?
それとも、身体を重ね、すべてを忘れさせるんだろうか。
なにが「大丈夫」だよ?
この子は全然大丈夫じゃないんだ。
誰にも受け入れられてもらえず、踏みつけられて、傷ついてボロボロで、それでも、奴隷としてでも、生きていたくて……。
オレは男だし、この子の気持ちが「分かる」なんて口が裂けても言えない。
こんな時どうしたらいいかなんてさっぱり分からない。
他にはなんだ?
慰めるのか?
本人は悪くないのに無価値と言われ、言いたくも無い自分の秘密を他人に曝して泣いている女の子に「犬に噛まれたと思って忘れなさい」なんて言える訳がない。
結局は、何を言っても他人事なんだ。
だが、何かあるだろ?
オレは必死に言葉を探していた。
オレには「魔法の言葉」なんてない。
馬鹿にされてもいい。
何か、この子に……そうだ、少しでも「こんなバカな考えがあるんだ」と思って貰えたらいい。
せめてこの子には、一瞬でも笑ってほしい。
そうだ、「この人は本当にバカな人」そう思われて、笑われたら最高だ。
……何かないか。
いつもオレ、バカな事考えるの得意なのにな。
なにか……。
そうだ……!
一つだけ思い付いた。
それはとびっきりバカげた提案だ。
この提案ではなにも変わらない。
普通の人に言ったら笑われるだろう。
それだけの事だ。
だが、笑われたっていいさ。
願わくば言葉にほんの少しでも「魔法」が宿りますように。
オレは話し出す。
「クー、お前は無価値なんかじゃないぞ?」
オレは精一杯おどけて見せる。
まるでクーがおかしな事を言っていたかのように。
「だってまだ、『初めて』は終わってないだろ?――好きな人との初めては『まだ』じゃないか!」
そうだろ?
そんな記憶は「犬に噛まれた」以前の問題だ。
数に入れなきゃいい。
素人童貞らしい、都合のいい考えだろ?
「いいか、好きな人との経験以外は数に入らないんだぞ?バカだな、そんな事も知らないなんて。そんな事を知らずに『穢れた』とかいうヤツは、話の通じない猿と同じなんだ。相手にしなくていい。時間の無駄だ!――お前は無価値なんかじゃない。とっても価値のある、とっても可愛い女の子なんだ」
「……ごしゅじんさま……ぐすっ、うえええん!」
あれ?クーには笑って欲しかったんだが、また泣いてしまったみたいだ。
「馬鹿なやつだなー」とか、「何クサい事言ってんだよ」とか言われてさ。
まあいいや、言い出したんだし、オレは道化を続けるぜ!
「――大事な『初めて』は、大人になって大好きな人と経験するといい。それまで自分を大切にしなさい。今はこわいかもしれないけど、大好きな人との『初めて』は特別だ。とっても幸せな気持ちになれる、らしいぞ!」
……これはオレも知らないんだがな。
オレはもう経験出来ないかもしれないけど、クーには経験してほしいな。
その時は、どんな男でもクーが選んだ男だ。信用しよう!
クーはオレの服を握りしめて泣いている。
鼻水と涙でべちょべちょだ。
少々過呼吸気味だな。
オレたちに会うまで泣かずにこらえてきた分、いっぱい泣いているのかもしれない。
いや、泣きやみそうになった所を、またオレが泣かしちゃったんだよな。……ごめんよ。
えっと、こういう時は、袋に息をはくと楽になるんだっけ?
うーん、動けないな。
しばらくは、このままでいいか。
オレはクーを抱きしめながら、毛布越しに肩をポンポンたたいてあやし続けた。
「……ぐすっ、ぐすっ」
そろそろ、大分落ち着いて来たかな?
オレはまた、話し始める事にした。
「ごめんな。美味しいものだって、クーに喜んでもらいたかったんだよ。……そうだ!こんなオレでよかったら、奴隷にでも何にでもなってくれ。美味しいものはその時用意しよう。クーの歓迎会だな!」
嫌な記憶なんて、楽しい記憶で上書きしてやればいいんだ。
そう、これからはいっぱい好きな物を食べるといい。
「……はい。……ありがとう。ありがとう……ございます」
顔は見えないが、最後の「ありがとう」は笑ってくれただろうか?
奴隷契約には抵抗あるが、もう笑ってくれるならそれでいいや!
「さて、じゃあ服を着よう。……風邪引いちゃうぞ?」
そう言って、クーには服を着てもらうため一旦部屋に戻ってもらった。
しばらくすると小さいノックがして、クーがやって来た。
うん。あのボロボロ毛布も一緒に被ってきたな。
オレたちは「明日、契約をして来よう」と約束をして……クーはそのままオレの部屋で寝てしまった。
やっと、安心してくれたかな?
オレはボロボロ毛布ごとベットにクーを寝かせ、そのまま眠る事にした。
夜中にネムがやってくると興味深々といった感じで「抱いたの?」と小声で聞いてきた。
抱いてないよ?
……ってか、抱けねーしな!
知ってて聞いているくせに!
しばらくすると、ネムは嬉しそうな顔をして、オレの横で寝てしまった。




