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第三章 11.ネムの知らない夜①

 クーが家に来てから1週間ほど経過した。

 その間オレたちは、冒険者の仕事は一切していない。


 教会のカトリオーナ司祭から食事会のお誘いがあったのだが、事情を説明し、しばらくは辞退させてもらう事にした。

 オレの代行として、ある人を代わりに呼んでもらったのだが……さて、どうなる事やら。


 ランドルのおっさんも、気になるのか顔を出してくれた。

 しきりにオレの猫耳カチューシャを見てくるんだ。

 「クーに挨拶していくか?」と聞くと「やめておく、俺が行くと恐がらせてしまうからな」と言っていた。

 オレがカチューシャを渡そうとすると「いや、それは勘弁してくれ」と言われた。


 照れ屋なのか?


 丁度食事会の日にもおっさんが来たので、代行者をおっさんに迎えに行ってもらうように頼んだ。


 実は、事情をカトリオーナ司祭に手紙で知らせてあるんだよね。

 あのおばちゃんは、そういうの得意そうだからな。


 オレが食事会代行を頼んだ人物。……そう、モニカ先生は、長く生きて知り合いも死んでしまって孤独なんだろう。

 あの明るい見た目からは想像も出来ないくらい孤独を抱えている。

 本人は自分の事を「おばあちゃん」なんて言っていたが、そうやって心を閉ざしてしまったら本当に老いてしまう。


 オレは多分おっさんが好きだ。

 見た目の好みが分かれるだろうが、真面目だしいい男だと思っている。


 信用してほしいと言われたからな。

 お節介かもしれないが、『信用』してやる。


 しっかりやれよな、おっさん。




 さて、クーの容体だが、良好だ。


 しばらく前から、歩けるようになって来た。

 まだフラフラだが、ずっと寝ているよりはいいだろう。


 相変わらず食も細いが、それでも大分食べられるようになって来た。

 一昨日くらいから、テーブルで一緒に食事を取るようになった。


 そうそう、その時一悶着あったんだ。

 クーは初め「床で食べます」と言って、頑なに床で食事を取ろうとする。


 どうも、奴隷は主人とは食事を共にしないようだ。


 クーの場合、魔物扱いをされていたせいで、スプーンすら使わせてもらえなかったらしい。


 やっぱり、相当いじめられていたみたいだな。

 命令すれば言う事聞いてくれそうだが、オレ的には、そういうやり方はしたくない。

 だが、こうなるとこの子、頑固なんだよな。


 そこでオレはある奇策に出る事にした。


 奇策。

 それは、オレたちも床で食べる事だ!


 別にオレは床で食べる事に対して抵抗はしないし、ネムはもちろん問題なんてある訳がない。

 

 次の日、クーは遠慮しながらも、素直にテーブルで食べてくれたよ。




 だが、一見順調そうに見えるが問題もある。


 クーは、皿洗いのお手伝いをしようとしてくれる。

 まだフラフラなので「まだいいぞ。休んでな」と言っても聞いてくれない。


 そして手を滑らせて皿を割る。……謝る。

 そんな感じだ。


 なんだか、焦っているような感じなんだよな。

 やりたいことをやらせてあげた方がいいのかもしれないが、次第に追い詰められていくような感じなんだよな。


 うーん。

 お父さん、どうしたらいいか分からないよ。


 ネムも、頭を抱えているようだ。

 その姿は異様に萌えるんだけどな。


「焦らなくていいんだよ」

「ですが……」


 オレと目が合うと、クーはおでこに手を当てて、前髪で自分の目を隠そうとする。


 ボサボサだった髪の毛も、今ではモニカ先生に切ってもらい、サッパリしている。

 前髪がパッツンすぎる気がするが……伸びてくればいいよね?


 クーはどうも自分の目を見られるのが嫌みたいで、目が合うと必ずそのしぐさをするんだ。


 まったく隠れてないんだけどね。


 その姿は小動物的でとっても可愛らしく、なぜ他の人間たちはこの子をいじめるのかさっぱり分からなくなる。


 かく言うオレも、前髪は長くて、モニカ先生に無理やり切られそうになったのだが、必死に説得して許してもらった。


 あの一件以来、オレは子供扱いだ。


 ん?元からか?

 まあ、それはいいんだが、実はオレも、自分のタレ目を隠したいんだよな。


 今回のパッツンの件は、クーが生贄になってしまったようなものだ。


「クーの目は可愛いと思うぞ。オレも自分の目が嫌いだから、隠したい気持ちは分かるけどな」


 負い目もあって、クーがこの仕草をすると言う事にしているセリフだ。

 だが、可愛いってのは本心なんだよな。


 クーはまだガリガリだが、こうやって髪の毛を整えて清潔にすると非常に可愛らしい顔立ちだ。

 きっと将来は美人さんになるに違いない。


 不安で自信なさげな表情をしているが、神秘的で優しげな瞳、銀の糸のような美しくまっすぐな髪の毛、雪の様に白い肌……もしその顔が笑顔になったら、どんな男だって惚れてしまうだろう。


 お父さん今から不安である。


 これが親の欲目ってやつかしら?


「……あの、その……」


 そう言って、クーは毛布を被ってしまう。


 この子、かなりの寒がりで、いつも毛布を被って生活してるんだよな。

 これは小動物というより、ミノムシ的でコミカルな感じだ。


 好きにやらせるのが一番。

 そのうちオシャレに目覚めて、ドレスなんかが大好きになるかもしれないしな。


「不安があるのかい?」

「……はい」

「それは今後の事、かな?」

「……はい。あの……わたしっ……」


 クーは言葉を選ぶように考える。

 こういう時、オレは焦らず待つことにしたんだ。


「……なん…でも……しますから……すてないでくださいっ!」


 オレ、捨てるなんて一度も言った事無いんだけどな。……ちょっとショックだ。


 きっとお皿を割ったりミスばかりしているので、捨てられてしまうと思ったんだろう。

 やっぱり、追い詰められてるみたいだな。


「見捨てる気はないよ。安心していいぞ」


 この子が不安がっているみたいだし、この際今後の事でも少し話すとするか。


 ……本当は、もっと体調が良くなってからと思っていたんだがな。


「両親はいるのかい?君が望むなら、故郷に送って行くのはどうだろう?」

「……二人ともいません。……こきょうの村も、たぶんもうありません」

「何が――」

「何があったの?」

「うん。もしよかったら、オレたちに話してくれないか?」


 ネムがオレたちの会話を聞いて、いつのまにかやってきたみたいだ。


 クーは、この質問にはプルプルと震えるばかりで答えようとしない。


 オレにはよくあるが、ネムに対してこの反応は珍しいな。

 よっぽど思い出したくない事があったのだろうか?


「……お話しできない?」

「ごめんなさい。……ネムちゃん」


 そうそう、ネムには「ちゃん」付けで呼ぶようになったんだよな。

 さすが愛しのネムである。


「そうか。言いたくない事は言わなくていいぞ。……話したくなったら話してくれよ」


 オレにも、言いたくない事の一つや二つあるしな。

 主にソーセージの件だが……おっと、こんな事考えている場合じゃないぞ。


「そうだ。奴隷から解放するのはどうかな?」

「やめてっ……やめてください!……ごめんなさい。……ごめんなさい!」


 うーん……。

 クーにしては感情が高ぶっているな。




 その後、クーを落ち着かせた後事情を聞いてみると、どうも闇族のエルフは奴隷契約魔法で奴隷にされていないと処刑されてしまうそうだ。

 力の強いと言われている魔物は、みんなそうなんだとか。


 奴隷契約魔法ね。

 まーた嫌な名前を聞いてしまった。


「わたしを、……ご主人さまの奴隷にしてください」


 クーは震えながら、懇願するようにオレに伝える。


 少女に、いやクーに「奴隷にしてほしい」と言われるのは非常に辛い。

 胸が張り裂けそうだ。

 そしてこの国に、世界に怒りがこみ上げてくる。


 オレは権利書をもってはいるが、契約魔法とやらを結んではいないんだよな。


 部屋から権利書を引っ張り出してきて読んでみる。


 ……ふむ、確かにこれは拾得物を譲渡する旨が書かれた書類であって、奴隷契約を結ぶ書類では無かった。近日中に、奴隷契約魔法を結ぶように明記してある。


 失敗した。

 しっかり読んでおくんだったよ。


 この子は、主人のいない奴隷の状態が不安なんだろう。

 ひょっとしたら、主人の居ない場合も処刑対象なのかもしれない。


 まさか、ネムもこの奴隷契約魔法みたいなもので縛らなくてはいけない対象なんじゃないだろうか?

 もし、契約をしていない事がバレたら処刑されてしまうのだろうか?


 ……だが、オレはネムに奴隷契約をするなんて絶対嫌だぞ。


「ネム……ひょっとして」

「ボクだいじょうぶだよっ。そうなったら自力で逃げるしね。……もんだいはクーだよ」


 ネムは……そうか、まだ事が公になっていない。

 だが、クーはギルドに契約を結んでいない事を知られてしまっているんだ。


 オレは、奴隷身分を解放してやれば、喜んでもらえるとばかり思っていたんだがな。


「ご主人さま……」


 クーが懇願するように、じっとオレの目を見る。

 あんなに自分の目を隠そうとしていたのにな。


 オレはこの子を、自分の奴隷にしなければならないんだろうか?

 クーを自分の奴隷にするなんて、ネムを奴隷にするのと同じくらい嫌だ。


 奴隷は存在する以上、この世界では必要なんだろう。

 人を魔法で縛り奴隷にする。

 犯罪者なんかには都合が良い魔法かも知れないが、魔法を使ってまでする事なのか?


 クーはまだ子供だぞ?

 ……何だかそれは、人殺しと同じくらい酷い事なんじゃないかと感じた。


「クー、すまないが奴隷の件は考えさせてくれないか?」


 クーを見る。


 その瞳は――また、絶望に染まっていた。

 オレはその瞳を見ていられなくなって、つい視線をそらしてしまう。


 奴隷の件は前向きに考えよう。

 ……だが、オレには即答するほど勇気が無い。


 なにか、クーを元気付けるいい案は無いだろうか。


「……そうだ、明日はクーの好きな魚料理を作ろう。少し早いが、クーの快気祝いだ!最近はサッパリした物が多かったから『突撃鱒のムニエル』なんかどうだ?突撃系は美味しいらしいぞ?」


 オレはもう一度クーを見る。


 喜んでくれただろうか?


 だが、――クーは泣いていた。

 この家に来て初めて……いや、出会って初めて泣いている所を見たと思う。


「クー……?」

「……なんでも、ありません」


 そう言って、クーは自分の部屋に帰って行った。


「……ボク聞いてくるよっ!」

「……ごめん。頼むよ」


 ネムによると、結局クーは何も教えてくれなかったらしい。


 そして、その晩、事件が起きた。



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