第三章 9.牛耳ジョニー
「えー、毎度、バカバカしい小話をひとつ――」
え?今オレが、何をやっているかって?
ただ今、異世界亭・遥斗さんの落語の真っ最中だよっ!
隣では、ネムがクッションを太鼓に見立ててリズムよく叩いている。
さすがオレの相棒、分かってらっしゃるぜ!
さてさて、なぜオレが落語を演じているかと言えば、実は問題が発生したからなんだよな。
問題。
それは、幸薄少女クーが、好きな食べ物を教えてくれない事だ!
何度オレが聞いても「なんでも食べます」の一点張り。
この子、意外と頑固だぜ?
モニカ先生にエルフの食性なんかを聞いてみたんだが、闇族のエルフは分からないそうだ。
多分普通のエルフと変わらないんじゃないかとは言っていたんだが、エルフの風習かなにかで「肉は臭いから」と食べない場合もあるらしい。
料理無双するにあたり、その辺を聞いておきたかったのだが……。
ひょっとしたら、過去に好きな物を聞き出したヤツが、「グヘヘヘヘッ!じゃあお前にはそれを喰わせてやらんっ!」とか、意地悪を言い出したのかもしれん。
……そんなベタなヤツがこわいな。
あっ、今、落語の『まんじゅうこわい』とかけてみたんだが。……ぜんぜんうまい事言えてないな、グスン。
しかもその後、クーは怯えてしまったらしく、会話が無くなって気まずい状況になったんだ。
この子、やっぱりネムには話しかけるのに、オレには話しかけてくれないんだよな。
そこで、気まずくなったオレが、意を決して落語を演じはじめたという訳だ。
うん。
真実を話すと、実はオレが混乱しただけだ。
「――やっぱり、サンマは目黒に限る」
どうだ?
オレはお辞儀をした後、クーを見る。
あっ、ポカンと口を開けているぞ?
意味分からなかったのか?
オレは朝、教育テレビで落語を聞くのが大好きだったんだがな。
ネムを見ると「サンマ食べたいねっ!」とか言っている。
そういう話じゃないんだが……まあ、素直な反応か。
クーの立場だと、いきなり訳の分からない話をされた感じか?
あっ、サンマを知らないのかな?
「サンマ、分かるか?」
「……はい、おさかなです」
うん。声に張りがあるぞ。
まだまだ衰弱しているが、今日は少しだけ元気かもな。
モニカ先生の薬が効いたんだな。
「魚は好きか?」
「……はい」
「肉と魚、どっちが好きだ?」
「あの……おさかなです」
「肉はどうだ?」
「……おにくも、食べます。……なんでも……へいきです」
おっ、結果オーライじゃね?
無理やり「魚が好き」と言わせた感じはするが、肉よりは魚が好きな事が分かった。
案外、長い話を聞かせて、思考停止状態に追い込んだのが良かったのかもしれない。
次から何か聞くときは、落語を聞かせよう!
「ボクもおさかな好きだよっ!」
「……はい」
おっ、何だかいい感じだ。
オレもこの雰囲気に混ぜてもらうとするか!
「じゃあ、体調が良くなってきたら、美味しい魚料理を食べような!」
「……ご、ごめんなさい」
クーは暗い顔をした後、申し訳なさそうに謝る。
……ナンデダヨ?
いや、分かっているんだよ。
オレと食べるのが嫌じゃなくって、色々と迷惑をかけてごめんなさいって意味だってさ。
……そうだよね?おじさん、ちょっと自信がないよ。
でもやっぱり、ネムの方に懐いているよな。
おじさんちょっと悲しい。
別に懐いてくれなくてもいいんだ。
普通に話してほしいだけなんだ。
クーはそんなオレの心情を敏感に察知したのか、泣きそうになりながら必死に謝ってくる。
やっぱり、人間には何をされるか分からなくてこわいんだろうな。
とりあえず謝っておけば、何もされないと思っているんだろう。
この子は、そうやって身を守って来たんだ。
「あっ!ハルト、あの毛布だよ!」
そう言えば、クーが持っていたボロボロの毛布を洗濯してあったな。
この子、あの毛布お気に入りみたいだし持ってくるか。
オレは、毛布を持ってきて、クーにかぶせてやった。
ちょっとは落ち着いたかな?
この毛布、良く見ると、茶色と緑と鼠色が絶妙なバランスで小汚く混ざっている。
……なんとなく迷彩色っぽいぞ。
所々穴も開いてるし、何だか歴史を感じる一品だ。
「……いいにおいがします」
クーは、毛布のにおいをスンスンかいでそう言った。
うん。
少し小汚いが、本人が気に入っていればいいか。
オレも、よれよれのTシャツを部屋着にしていたもんだ。
ボロいほうが落ちつく気持ちは、何となく分かるぞ。
「それ、ハルトが洗ってくれたんだよ」
ネムがそう言うと、クーはどうしたらいいか分からないような顔をする。
「……ごめんなさい」
やっぱり、「ごめんなさい」なんだな。
ここは「ありがとう」だろう?
……そうだな。
このままじゃダメだよな。
この子の気持ちはなんとなく分かるが、これじゃ誰とも仲良くなれないよ。
「よし、この家のルールを決めよう!」
「ルール?」
ネムが、少し嫌そうな顔をする。
お前は自由人だからな。
でも、ルールにしちゃえば、この子も従いやすいはずなんだ。
「そう、ルールだ。そうだな――」
オレは考える。
うーん。
簡単なのがいいよな。
「まず、自分が悪い事をしたら『ごめんなさい』、誰かからいい事をされたら『ありがとう』、うっとうしかったら『ほっといて』と言うように。ルールはそれだけ。――今回はどうだった?」
クーはじっと黙った後、ゆっくり答えた。
「……ありが、とう」
強引に言わせてしまっただろうか?
少し不安になる。
「勝手に洗ってしまったけど、迷惑じゃなかった?」
「いいえ。……その、ありがとう……ございました」
大丈夫……かな?
迷惑そうにはしていない。
うん、やっとこの子の「ありがとう」が聞けた気がする。
「じゃあ、よかった。『どういたしまして』だな。――『ありがとう』って、オレたちに言われたらそう答えるといいぞ。その他にも、たいした事なかったら『こんなの何でもないさ』でもいいし、ちょっと大変だったら『一つ貸しだよ』でもいい。……気楽にな」
「……ありがとう。……どういたしまして……」
クーは考え込んでしまう。
この子はどのくらいの間、孤独だったんだろうな。
「――簡単、だろ?」
「あの、はい。……なつかしい、です」
ネムはそんなオレたちの様子を、嬉しそうに見つめていた。
「じゃあ、行ってきまーす」
「わかったっ!いってらっしゃい。ひとつ貸しだねっ!」
嬉しそうにネムが言う。
クーをまだ一人にはしておけないので、オレが買い物へ行く為に、留守番を頼んだだけなんだが。
……どうやら「一つ貸し」が、お気に入りワードにランクインしてしまったらしい。
いや、オレもさっきはカッコつけて言い過ぎた感じもしていたんだ。
あんまりほじくり返さないでほしい。
なんだか照れくさいぞ!
オレはいそいそと扉を閉め、歩き始めた。
クーの服や下着もないし、食材も足りない。
後は、やまびこの親父にも呼ばれているんだよな。
まずは、やまびこへ向かう為北門の方へ向かった。
オレの住む家から北門までは、歩いて30分って所だ。
途中、食材や、生活用品、屋台なんかが並ぶ商店街?マーケット?風の通りがある。
最近で、はオレのお気に入り買い物スポットだな。
最初はよそ者には冷たい感じだったんだが、今は気さくに声をかけてくれたりするんだ。
特に、ここのポップコーン屋の親父が良くしてくれて、色々世間話なんかをしてくれるんだよな。
意外と情報通なんだ。
そんな事を考えてながら歩いていると、知らない男から声をかけられた。
な?
オレなんかにも気さくに――
「ようオメェ、最近粋がってるらしいなぁ」
あー、典型的なチンピラでした。
まったく、どこの世界にもチンピラとGはいるんだよな。
なぜ、絶滅しないんだ?
この世界に来た当初はおそろしかったが、今では「はぁ?」って感じだ。
こわい顔は、ランドルのおっさんで見慣れてしまったよ。
……正直、Gの方が恐ろしい。
だって、この世界のGはデカいんだぜ!?
オレはやれやれと、チンピラを小突こうとしたその時、商店街にギターが鳴り響いた。
その音、初めは、切ないテンポのラテン系のバラードだったが、次第に激しさを増し、情熱的なリズムとなってオレたちに近づいてくる。
「まさか!この音は!」
このチンピラ、ノリノリだな。
どうでもいいが、この世界にもギターがあったんだな。
「そこまで……だぜ?」
柱の陰から声がした。
渋い、男の声だ。
その男はフラメンコダンサーのような衣装に身を包み、鋭い目つき、サラサラの黒いロングヘア、そして、十分なしなやかさを感じる、引き締まったマッチョボディ。
――そして、牛耳。
間違いない。
この男が、以前ランドルのおっさんが話していた牛耳族の男だ。
それにしても……。
何という。
何という、SEXY!!
オレは男にくぎ付けだった。
そう、この男こそ、ひ弱なオレとは対極の存在にしてオレの理想形。
ラテン系貴公子そのモノだったのだ!
男は、ケツアゴをさすりながら静かに言う。
「おい、ゴロツキども。その少年から手を放しな。――さもないと、俺の『ギターラ・クロス』が火を吹くぜ?」
そう言って、チンピラたちにギターを向ける。
どうやら、ギターを弩に改造してあるようだ。
胸元から、胸毛がワッサワサ揺れる。
うへぇ、反則だろ!
これじゃ、全世界の女性がこの男の虜だぜ!?
「チィ、相手が悪すぎらぁ。……野郎共、ここは一旦引き上げるぞ」
もはや、ド定番の捨て台詞をはきながら、後ずさりするチンピラたち。
チンピラたちが逃げ出した後、周囲で喝采が起きる。
「少年、怪我は無いか?」
「あ、ありがとうございました。……あの、お名前を」
「……名乗るほどの名前は、持ち合わせちゃいない、さ」
静かに男がそう告げると、周囲から「アルデバラン!」「アルデバラン!」とコールが起きる。
「やれやれ、俺は、黙って人助けもさせちゃあもらえないらしい。――俺は、いや俺こそが、Aランク冒険者グループ『後に続くもの』のリーダー、ジョニーだ。……俺を、乗りこなせるかな?」
ジョニーさんは、一瞬子供のような笑みを作った後そう言った。
やばい、耳族がここまですごいとは思わなかった。
まるでハリウッドセレブのようなオーラを感じる。
これは、人気が出るのも間違いな!
最後の一言「俺を乗りこなせるかな?」で、周囲の何人かの女性が失神しているぞ!?
「……かっこいい」
気付くとオレは、ジョニーさんの耳を見つめていた。
「なんだ少年、耳族は初めてか?……特別に耳を触らせてやろう。――女の子には内緒だぜ?」
そう言ってジョニーさんは前かがみになり、オレに耳を触らせてくれる。
この人、サービス精神まで旺盛だぜ?
ああ、やわらかい。
そして香水のいい匂いがするぞ!
「じゃあな、少年。これからは気を付けるんだぜ?」
牛のしっぽで「またな」のポーズを取ると、ジョニーさんは颯爽とこの場から去ってしまった。
オレ、しばらくこの手は洗わないぞ。
そしてオレは、ジョニーさんの背中を見つめている時、ふとある事を思い付いた。
これはイケるかもしれない。




