第三章 8.具沢山野菜スープパスタ?
「ハルト……この子を助けてくれてありがとう」
眠っている少女を見ながら、ネムはそう言う。
寝ているうちに少女の首輪を外しておいた。
首筋には、首輪と擦れて出来た痣がくっきり残っている。
首輪を外すのは、ネムが言いだしたことだ。
こいつ、首輪嫌いだったもんな。
ネムは先ほどから真剣な表情だ。
ネムも捨て猫だったからな。
自分とこの少女を重ね合わせているんだろう。
「ちょっと、ギルドではやり過ぎてしまったな」
実はちょっと反省していたりする。
本当にちょっとだけだ。
ランドルのおっさんはああは言ってくれたが、今後動きづらくなる可能性がある。
「ううん。ハルトがやらなきゃボクがやってたよ!……この子のために怒ったハルトは、かっこよかったよっ!」
ネムはそう言ってくれるが、オレにはそうは思えないんだ。
「いや、あれはオレがムカついていたからやっただけだ。どんなに正当化したって暴力は悪い事だぞ。……それをはき違えると、ああいう職員みたいなヤツになるんだ。気を付けような」
「ハルトは考えすぎだなぁ」
確かにネムは単純明快だよな。
意外とオレの方が後でウジウジ悩んでしまう。
まあ、その辺はオレたちバランスの取れたいいチームなのかも知れないな。
そう言えばモニカ先生に言われて、ふと気になったんだが、オレたちの寿命ってどうなんだろうな。
「亜神に等しい」とか邪神くんが言っちゃってるから、普通の人間よりは多いのだろうか?
今度、『何でも分かる帽子』で調べてもらってもいいんだが、頼り過ぎて「ググれカス」とか言われそうでこわい。
寿命の問題はシビアだよな。
もし分かったとして、「この日に死ぬよ」なんて言われても洒落にならない。
この件は考えず「一生懸命生きる」を目標にしようじゃないか!
うん。
考えすぎのチキンがオレにぴったりだぜ!
「この子、元気になるかな?」
「さあ、な。やれるだけやってみるか」
「うんっ!……じゃあこれからは、ボクの妹だね!」
「そうだな、そんな感じになれたらいいな。だが、焦るなよ。この子は今まで散々ひどい目に遭って来たんだからな。中々心を開いてくれないかもしれないぞ」
「……がんばるよっ!」
ネムは決意の籠った眼差しでそう宣言する。
人間のオレより、ネムの方に懐くかもしれないな。
後はそうだな。
この事は言っておいた方がいいだろう。
「……この子が望むなら、故郷に返すぞ。――お別れは覚悟しとけよ」
モニカ先生の話しでは故郷に居場所はなさそうだが、親が居て、この子が望むなら、それが一番だ。
だが、闇族のエルフってのがどんな種族か分からないし、油断は出来ないな。
想像していた通り、人間とは敵側の種族のようだし、オレに対しては攻撃を仕掛けてくる可能性が高い。
オレとネムは、しばらく黙って少女を見つめていた。
しばらくして、少女が何かボソボソと呟きだす。
一瞬目を覚ましたのかと思ったのだが、意識が朦朧としていたのだろう。
うわ言のように「ごめんなさい」とつぶやいている。
ひょっとしたら、夢でも見ているのかな。
「ごめんなさい」オレを切りつけた事かな?
それとも、ギルド職員のひどい仕打ちに耐えかねて許しを請いているのか?
この子はオレに不利になるような証言はしなかったようだし、それで相当ひどい目にあったんだろう。
そう考えると、この子に借りがあるんだよな。
オレは手を握って「許すよ。もう大丈夫だよ」と伝えた。
最後に少女は「……お母さん、お父さん、ごめんなさい」と言って、静かに眠った。
少女の手はひんやりしている。
「し、死んでないよな?ネム?」
「う、うん。だいようぶ……みたい!ボクも少しあせったよっ」
オレは心配になったので、ネムに少女を見ていてもらい、食事の準備に取り掛かる事にした。
さて、今日の料理は野菜スープだ!
だが、オレは以前のオレとは違う。
実は、山賊をソウルイートした時『料理レベル1』を手に入れたんだよね。
これからは、料理無双しちゃるぜ?
オレは、ジャガイモ、ニンジン、カブなどの野菜を細かく刻んで、じっくり煮込んだ後、砕いたマカロニを入れてスープを作った。
野菜を細かくってのはモニカ先生のアドバイスだ。
米を使って雑炊にするのも考えたんだが、訳あってやめた。
この街にも米は売っているんだが、炊き方を知らないんだよね。
以前挑戦して失敗して以来、米は料理屋で食べるか、出来上がった物をテイクアウトする事にしている。
ネムによると『何でも分かる帽子』で調べても、成分や材料は分かるんだが、肝心のレシピや米の炊き方は載っていないらしい。
レシピを『登録』させれば載るんだが、その辺は魔道書なんかと同じでレシピ自体を手に入れなきゃいけないんだよな。
ちなみに今更だが、全て食材の名前に「みたいなの」がつく。
当然と言っちゃあ当然の話なんだが、どうもこの世界の野菜は、形や色や味が若干違うんだよな。
オレは適当に野菜を切った後、包丁を二本もって適当にみじん切りしていく。
オレの適当は、本当に適当なんだぜ?
皮なんか剥くわけがない。
……その方が、栄養ばっちりって言うだろ?
それ以前に、ピーラーが無いと皮なんて剥けないしな。
ネムには好物の焼き魚を作った。
これさえあれば、ネムは満足らしい。
そしてふと思い付いて、ミィーカが作ってくれたレモネードも作ってみた。
確か、塩が隠し味とか言っていた気がする。
うむ、塩加減に失敗してかなり沢山作ってしまったが……飲むよな?
育ちざかりだもんね!
そんな感じで準備していると、寝室からドタッと何かが落ちる音が聞こえた。
何かあったのだろうか?
「ハルト、こっち来て!」
ネムが悲鳴に近い叫び声を上げて、オレを呼ぶ。
オレは急いで寝室へ向かった。
寝室の扉を開けると、少女がベッドから転がり落ちていた。
オレを見て、少女は血の気が引いたような青い顔をする。
「……ご、ごめんなさい。ごめんなさいっ……ベッド……よごして、しまいました」
「汚した?……汚したって、まさか?」
子供だからそういう時もあるよな。
こればっかりはしょうがない。
ネムだって言葉を話す前は、よく毛玉なんかを吐いたりしていたもんだ。
そう考えれば、何もこわくないよ?……こわくないさっ!
オレは、意を決して掛け布団をめくってみる。
――だが、特にベッドに汚れた様子は見られなかった。
「ん?汚れてないぞ?」
少女は倒れたまま起き上がろうとしない。
いや、起き上がれないんだろうな。
ネムが必死に回復魔法をかけているようだ。
「……なさい。ごめん、なさい……ごめんなさい」
なおも少女は謝り続ける。
汚したってのはどういう事だ?
……うーん。
ひょっとして、この世界の奴隷は『ベッドを使ってはいけない』とか、よく分からんルールでもあるのだろうか?
それとも「ベットなんて上等なもの、魔物にはもったいないザマス!」とか意地悪をされてきたのだろうか?
この子は確か、貯蔵庫で犬みたいに鎖に繋がれてたんだっけ。
もう少し気を利かせて、床に布団を引いてあげればパニックにならずに済んだかもしれないな。
言い訳の一つでもしてくれないと分かりにくい。
そういう教育、いや……言い訳をしたらひどい目にあうような扱いを受けて来たのかもしれない。
「オレがベッドに寝かせたんだよ。だから謝らなくてもいい。オレの事は覚えているかい?」
少女は震えながら黙ってコクンとうなずく。
「とりあえず自己紹介したいんだが、このままじゃお互い話しづらい。君を持ち上げてベッドへ戻したいんだが……いいかな?」
少女は困ったような顔をした後、さらにブルブル震え出す……。
自信なさげに垂れ下がった耳は、振動で分身しそうだ。
えーっと、どうしようか、これは……。
オレとネムは顔を見合わせる。
あ、うん。
そうだよな。
ネムも困ってるみたいだ。
ここは、オレがしっかりしなくては!
強引に持ち上げてベッドに移すのは良くないだろうし、ここは質問ではなく、どんな行動をするのか伝えてあげた方がいいのかな?
今まで自分の意見なんて言い出せなかった人が、いきなり尋ねられて困ってしまったんだろう。
「君を持ち上げるぞ!なるべく、そっと、そぉーと、運ぶから、こわがらなくていい」
そう言って、少女に近づくのだが……。
ああ、そうだよね。
こわいよね。
今まで自分をいじめてきた種族、人間の男が自分に触れるんだ。
人はここまで震える事が出来るのかというほど、バイブレ―トしている。
「はい、大丈夫だよー。こわくないよー」
オレは慎重に少女を運ぶ。
相変わらず軽い。
だが、慎重に運ばなければ壊れてしまいそうな危うさがそこにはある。
看護師さんや介護士さん達は、毎日こんな気分を味わっていたのか。
大変なお仕事だぜ!
本当はネムの念動力で持ち上げたい所なんだが、まだあまり重たいものは運べないんだよね。
ゆっくり運び、オレはなんとか少女をベッドに乗せる事に成功した。
「よーし、よく頑張ったな。とりあえず、動けるようになるまでこのベッドを使っていいぞ」
「こわがらないで?だいじょうぶだよ?」
「……です、が……」
少女はベッド横たわり、今だに震えていた。
まさに息も絶え絶えな感じだ。
保護した野生動物は、初めこんな感じなんだろうか?
そんな失礼な事を考えてしまったぞ。
「難しい事は考えずに、まずは身体が良くなる事を考えるといいぞ。……色々考えるのはそれからでも遅くない」
少女はしばらく黙って、コクンとうなずいた。
……もう体力が限界だったのかもしれないな。
「なにか飲む?」
ネムが心配そうに少女に尋ねる。
レモネードもあるが、はじめは水の方がいいかな。
オレはぬるめのお湯をコップに注ぎ、少女に渡す。
少女はプルプルと懸命に手を伸ばすが、コップまで手が届かないようだ。
ああ、オレってば、何て気が利かないヤツなんだ!
オレは一度コップを横へ置き、クッションを用意して、少女とベッドの間に挟んだ。
「……大丈夫だからな。ゆっくり飲もう」
そう言って、オレもコップに手を添え、ゆっくりお湯を飲ませる。
飲ませた後、首筋に伝うお湯を拭く。
病人用の小さい急須みたいなの(名前は分からない)が、あればよかったんだがな。
看病って、した事無いけど大変なんだね!?
だが、世話してると小さい頃のネムを思い出し、なんだかやさしい気持ちになるんだよな。
ネムの場合は、初めから甘えんぼさんだったけどな。
「まだ飲むかい?……あまーいレモネードなんかもあるぞ?」
少女は黙って、申し訳なさそうにオレを見つめる。
考えてるのか?
否定しないという事は、飲みたいって事だよな。
その後レモネードを数回、少女に飲ませる事に成功した。
「レモネードは沢山あるから、好きなだけ飲んでいいぞ。飲みたくなったら、オレかこの子、ネムに言ってくれ」
「ネムだよ。よろしくねっ!」
少女の口が「ねむさま」と動いた後、コクンとうなずいた。
「可愛いだろ?オレの愛しの猫ちゃんだ。話す魔獣で、オレの相棒だな。で、オレの名前はハルト・カトウだ。ガトーじゃないぞ、カトウだぞ。」
一呼吸おいて、小さな声で少女は話す。
「……クーアスティル・エルレミアです。……ご主人さま」
ご主人さま、か。……まあ、オレが権利書をもってるから間違いじゃ無いんだよな。
うーん、ご主人さまと呼ぶなら、もっと萌え萌えと言って欲しいものだ。
「クーアスティルか、いい名前(適当)だな!オレの事はなんて呼んでも構わないぞ。呼び捨てでもいい。――ただし、悪口っぽいあだ名は、オレのいない所でしてくれよなっ!」
そしてにっこりスマイル。
初対面ではとりあえず名前をほめて、適当な冗談でも言っておけば、つかみはOKだと営業時代の経験が告げている!
だが、オレのとびっきりのスマイルに、なぜかクーアスティルは委縮してしまったようだ。
真っ青な顔でプルプルと震えている。
主人への悪口ってネタは、ブラックすぎたか?
うーん。
子供との会話は本当に難しいな。
「……クーと、よばれていました」
「クーか、うん。よろしくな、クー」
「クー、よろしくねっ!」
「よし、じゃあ自己紹介も終わったし、食べ物を持ってくるよ。……今日は『具沢山野菜スープパスタ?』だぞ!」
クーは、話し疲れたのかぐったりしていた。
この感じでは食事が食べれるか心配だが、ほぼ丸一日寝ていたし、ギルドでも食事は与えられていたか分からない。
少しくらいは、食べてもらわないとね。
ネムがクーとお話ししたいようでウズウズしている。
「もう少し元気になったらいっぱいお話しできるぞ」と言っておいた。
うん。
怯えてはいるが、素直そうないい子じゃないか。
部屋を出るとき、クーから声をかけられた。
「……あの……ごめんなさい」
「それは、オレを切りつけた事?」
「……はい。それと……」
「それはもう許したよ。それから、これからの事も気にしなくていい。ギルドでも、オレたちに不利な証言をしなかったんだろ?これはその恩返しだと思ってくれよ」
そう言って、オレは部屋から出た。
「どうだ?味はいまいちかもしれないが、栄養たっぷりだぞ?」
オレは、少しずつ、木のスプーンでクーに料理を与えていく。
クーはあまり食べてくれない。
やっぱり美味しくないのかな?
それともあまり食欲がないのかな?
ちなみに味見をしたのだが、『料理レベル1』の効果はまったく感じられなかった。
なぜ今までオレは、もっとまじめに料理を練習してこなかったんだ!
こういう時マンガなんかだと、料理をふるまって一発で元気になると相場は決まっているはずなのにさ!
「……おいしい、です」
クーはオレに気を使ってくれる。
病人?怪我人?の少女に気を使われているよ?
くそう、こうなったら意地でも料理無双してやるぜ!
暗黒の料理の力よ、オレに集え……。
オレはこの日、料理を覚えようと決心したのだ!




