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第三章 7.薄幸少女

 ギルドとの約束の日になった。


 空いた日は、特に何もしていない。

 家でボーとしていた。


 ただ、何もしていないと、ふとエルフの少女の事を思い出すんだよな。

 それはネムも一緒の様で、思い出したように「あの子、だいじょうぶかなぁ」なんて呟いていた。


 どうもネムの索敵能力でも、少女は近くにいないと感じる事が出来ないようだった。


 闇族のエルフは種族的に力が強いって事か?

 だからあれだけ恨まれているのかな。


 ひょっとしたら、闇族のエルフは、先の大戦とかで敵側だったのかもしれない。


 オレも初めからこの世界の住人だったら、あの女性たちと同じ態度を取るのだろうか?

 もしかしたら自分が気付いていないだけで、日本に居た時オレは、誰かに対してあの女性たちのような態度を取っていたのかもしれない。


 ……そんな事を感じ、少しだけ嫌な気分になった。

 



 ギルドに到着する。


 今日、新人ちゃんはお休みらしい。

 別の職員に連れられて面会室の様な所へ通されると、捕まっていた女性たちに熱烈な感謝で迎えられてしまった。


 あのベタベタとまとわりつく、嫌な態度だ。


 どうも、オレがお金を払い待遇をよくしてくれた事が相当に嬉しかったらしい。


 ……別にお前らに対しての施しじゃないんだがな。


 迷惑な勘違いだ。


 彼女たちはこれから自分たちの居た村や町に帰るらしい。

 道中の護衛を頼まれたが断った。


 もうこれでさようなら、一生会う事も無いだろう。


 気の強そうな女が最後までオレにまとわりついてきたが、強引に引きはがし担当職員の一人に引き渡した。


 どうも、気を許していない相手からまとわりつかれると不愉快に感じてしまうようだ。


 ミィーカの時は嫌じゃなかったのにな。

 あれでもミィーカには気を許していたらしい。


 あいつはガサツな所がオレにそっくりだし……妹みたいな感じ、なのかもしれないな。


 そう言えば、エルフの少女がここには居ない。

 何かしらの配慮……だろうか?


 いや、違うな。

 オレは嫌な予感を感じた。


 女性たちが居なくなった後、尋問したという職員に少女の事を尋ねる事にした。


「あの赤目の女の子は何処です?」

「牢の中に決まっているだろう?」


 職員はヘラヘラ笑いながら答える。


 ふざけた野郎だ。


「オレは、彼女の保護を頼みましたよね?それをなぜ牢の中に入れておくんですか?確かに闇族のエルフかもしれませんが、オレにとっては重要な証言者の一人です。これは今回被害にあったオレにも失礼に当たるんじゃないですか?」


 職員は舌打ちをした後、オレをギルドの地下にある牢まで案内した。


 途中ネムの様子がおかしかった。

 明らかに、この職員に殺意を向けている。


 オレはなんとかネムをなだめた。


 この状況で職員に手を出したら、オレたちが処罰されるからな。




 そして――そこに少女は居た。


 出会った頃よりボロボロにやつれ、鞭で叩かれたのか服は破れ、皮膚が裂け、血に染まっている。

 鎖に繋がれ、瞳を閉じ、口をぽっかりと空けたその姿は、まるでふざけた残酷なオブジェの様だった。


 これは『尋問』じゃない『拷問』だろ?


 オレは職員を睨み付けると、待ってましたとばかりに口を開く。


「あの白い闇族のエルフが嘘を言っている可能性があるからな。……残念ながら、一向に口を割らなかったよ」


 そう言って、牢の鍵を開ける。


「勘違いするなよ。俺は正義の為にやったんだ」


 そして、小声で「これ以上、山賊に手を出すなよ?――お前もこうなるぞ」と耳打ちしてくる。


 そうか、こいつもグルか。


 オレが黙っているとこの職員は気を良くし、上機嫌でオレに言う。


「奴隷は拾った者が所持する権利がある。――ほら、権利書だ。この薄汚いガキをくれてやる。後どのくらい生きるか分からんがな。……そうか!お前ビーストテイマーだったな。死ぬ前にこのガキを調教でもして、せいぜい楽しめよ?」


 薄汚い笑顔だ。

 思わずオレは拳を握りしめる。


《ハルト……こいつ許せないよ!》

《我慢しろ、手を出しちゃダメだ》


 そう、こいつはオレがぶん殴るんだからな。


 オレは職員から権利書を受け取り、少女に回復魔法を施す。


 相変わらず効きが悪い。

 何度かかけるが、一向に傷が治らない。


《ネム。この子、生きてるんだよな?》

《……うん。なんとか生きてる》


 ふとオレは、ある思いに駆られ、回復魔法をかける手を躊躇してしまう。


 この子は、このまま死なせてやった方がいいんじゃないか。

 回復させてしまうと、もっとこの子を苦しませてしまう。


 いっそ、楽に……。


 いつの間にか、少女の目は開いていた。

 その瞳は絶望を宿し、視線は定まらず空を彷徨っている。


 意識があったのか?

 いや、オレの回復魔法のせいで、意識を取り戻してしまったのかもしれない……。


《ハルト、助けてあげようよ。死んじゃったらもう終わりなんだ。生きていたらよかったって思えるかもしれないんだよ》


 果たして、そうだろうか?

 こんな目をしていても、まだ生きたいと思うものだろうか。


 その時、オレの問いに答えるように少女の微かな声が聞こえた。


「……けて、……たくない……たくないよ」


 それは、意識が混濁して無意識に出た言葉かもしれない。


 だが、これは紛れもない本心だ。

 オレはそう感じた。


 生きたいんだ。……なんてこの子は、強いんだろう!


《ネム。この子、助けてあげよう!》

《うんっ!》

《少しの間、回復魔法をかけていてくれ》

《わかったよっ!》


 ……さてと。

 オレは、職員に向き直る。


「あー、職員さん、忠告ありがとうございます。もう山賊には手出ししませんよ」

「なんだ?やけに素直じゃないか――ガハッ!」


 その顔に、オレの拳がめり込む。


 少々力を込めすぎたみたいだな。

 前歯が粉々だ。


 前歯って回復魔法で治るのかな?

 ふと気になり、オレはその顔に回復魔法を使ってやる。


 どうせこのままじゃ、楽しい会話も出来ないからな。


「……治療の波(ヒール・ウェーブ)


 うーん。

 傷口は治るが、前歯は生えてこないなぁ。


 うん。

 イイ実験になって良かったなぁ!


「……何をしゅる!ギルド職員に手をだしゅて、只でしゅむと思うなよ!」

「え?言っている事がよく分かりませんが?――ご忠告通り、山賊には手を出してはいませんよ?」

 

 オレ、子供の屁理屈大好きなんだよね!


 顔は目立つからな。

 次は、お腹にするか?


 オレは、ギルド職員がちゃんと「忠告」してくれるまで、殴る→回復、殴る→回復、を繰り返した。


「お前、この子が何したっていうんだよ?……やるなら直接オレを狙え」


 歯は無くなってしまったが、オレがギルド職員に手を出した証拠はないよな?

 職員はすっかり傷も癒えていることだしね。


 オレは少女をマントで包み、ギルドを後にした。




 少女は、本当に一人分の重さか?と疑ってしまいたくなるほど軽かった。

 家に向かう途中も、ぐったりして動かない。


 ネムによると回復魔法で瞬間的にHPは半分くらいまで回復するが、すぐに低下してしまうようだ。


 体力の数値が、1から3を行ったり来たりしているらしい。

 回復魔法の効果が薄いのはそれが原因じゃないかと言っていた。


 家に戻っても少女の容体は一向によくならない。

 取りあえず、生活魔法を使い少女を清潔にした後、悪女部屋じゃない方の空いていた部屋のベッドに寝かせた。


 これは、モニカ先生を呼んで来た方がよいのではないか?

 オレはそんな事を考えていた。


 実は初めからそうした方がいい事が分かっていたのだが、踏み切れないでいた。

 なぜなら、モニカ先生はハーフエルフだからだ。


 きっと闇族とは違う種族のエルフの混血だろう。

 でなければ、この国で受け入れられる事はないはずだ。


 もし、モニカ先生がこの少女を見て差別的な態度を取ったら……。

 いや、オレの知りあい全てがそんな態度を取ったら……オレは耐えられないだろう。


「ランドルさんが来るよ!」


 ネムは嬉しそうにオレに告げる。


 今まで心配そうにソワソワしていたのが嘘のようだ。

 きっと、おっさんが一緒にこの少女を助ける方法を考えてくれると思っているのだろう。


 ……ネムには、おっさんがこの子を差別している姿を見せたくない。


 ネムには少女の看病を任せ、オレは嫌な想像を膨らませながらドアを開けた。


「……ギルドで騒ぎがあってな。それを確かめに来た」


 おっさんの第一声がそれだった。


 明らかにオレの件だな。


「怖い顔をするな。お前は意味も無く馬鹿な真似はしないと分かっている。――状況を説明してくれ」


 少し悩んだが、オレはおっさんに今回の一件を話す事にした。




「――ふむ。なるほどな」

「職員は怪我してないだろ?オレが手を出した証拠は無いはずだ」

「フッ、お前らしい意見だ」

「別に信じてくれなくていいが、あの職員もグルだぜ。――何が冒険者ギルドだよ?犯罪組織じゃねぇか」

「いや、お前の話しを信じよう。まさか、ここまで腐っているとはな。この件はギルドに俺が説明して来よう。……この際、知り合いにも動いてもらうとする。俺に任せてもらえないか?」

「ああ、分かった。好きにするといいさ。……いや違うな、ありがとう。助かるよ」


 そしておっさんは、ふと思い出したように質問してくる。

 その表情の意味は、オレには読めなかった。


「それより、その少女の容体はどうだ?」

「……よくないよ」

「何故それを早く言わん!?」


 突然声を荒げるおっさん。

 この件に関してはどこまで信用できるか分からない。


「この国で闇族のエルフは魔物なんだろ?何があったか知らないが、おっさんが差別的な態度を取るのを、ネムに見せたくなかったんだよ」

「確かにそうだが……俺は、自分に牙むく者しか敵だとは思わん。この国の者全てがそうだと思わないで欲しい。……モニカ殿を呼んで来よう。彼女はこの街でも随一の名医だ」

「大丈夫かよ?ハーフエルフだろ?」

「もし拒めば別の者を連れてくるまでだ。それに……もう少し我らを信用してもらいたいものだな」


 そう言ったおっさんの顔は、少し寂しげだった気がした。




 その後、おっさんにモニカ先生を呼んできてもらい、何とか少女は一命を取り留めた。


 モニカ先生から、エルフの事情なんかをチラッと聞いた。


 やはり闇族のエルフは『竜魔大戦』と呼ばれる戦争の頃からの敵側の種族らしい。

 『竜魔大戦』とはこの世界の神様が死んだ後、魔族と竜人族で起きた大戦なんだとさ。


 戦争の話題は、あまり興味持てないな。


 それとモニカ先生に言われて発覚した事だが、なんでも闇エルフは元々、肌が浅黒く瞳の色も少女とは違うらしい。


「肌の色が違うから闇族でのけ者にされて、人間に捕まったんじゃないかしら」


 そう顔をしかめて、モニカ先生は言った。


 それだけの理由で同族からも虐げられて、敵対勢力からは魔物扱いを受けているというのか?


 それじゃ、この少女はどこのコミュニティにも属せないと言う事か?

 何処へ逃げても、差別を受けるというのか?

 高々、肌が白くて目が赤いだけだぞ?


 それじゃ、あんまりじゃないか。


「モニカ先生は、この子を差別しないんですか?」

「私もね、幼い頃に里を追い出されたのよ。だから、この子の気持ちが少し分かるの。……まっ、私の場合は母も一緒だったから、それでも幸せだったわ」


 オレたちはこれから旅をしなくてはならない。

 連れて行った場合、この少女に旅は過酷な物になるだろう。


 モニカ先生に引き取ってもらえば、この子は幸せなんじゃないだろうか?


 少なくとも、差別をしてきた人間ではない。

 ハーフエルフで少女の気持ちも分かるモニカ先生なら……。


「モニカ先生、この子を引き取ってもらえませんか?」


 その問いに対してのモニカ先生の発言はオレには衝撃的だった。


「……私はダメよ。もう多分、長くないもの」

「……え?」


 一瞬オレの中の時が止まった気がした。


 冗談か?

 少女を引き取りたくないから、そんな冗談を言ったのか?

 いや、少なくともモニカ先生はそんな冗談を言う人じゃない。


 頭の中で、色んな思いが駆け巡る。


「ハーフエルフはね。見た目は若いままでも、内面の老化は避けられないの。診察の時、眼鏡を掛けてるでしょ?実はもう大分悪いのよ。……こう見えて今年で112歳、もうおばあちゃんだわ」


 オレは何も答えられなかった。


「私もね、本当は子供が欲しかったのよ。……でも、駄目だった」


 モニカ先生の旦那さんはもう亡くなっていたはずだ。

 ひょっとしたら、これはモニカ先生が誰にも話したくない、いや、話せなかった事なんじゃないか?


「ハルトくんみたいな子がいたらなぁ……なんて会った時思ったの。実はハルトくん、目がね、死んだ旦那に似てるのよ?」


 ニコリと笑いながらオレの頭をなでる。


「初めて診察した時、私の『ハーフエルフはめずらしいかしら』って言葉に『色っぽいから見つめただけ』って言ってくれたじゃない?……昔ね、私の旦那も同じこと言ってくれたのよ」


 尚も微笑みながら話すモニカ先生。


 その笑顔が、オレには泣き顔にしか見えなかった。


「あなたは、私たちを奇異の目や差別の目で見ないヒトなんじゃないかって、私、思うの。……あの子を孤独から救ってあげてくれない?人間とエルフの寿命は違うの。でも一瞬でもいいから、『救われた』って思わせてあげて」


 モニカ先生の過去に、何があったかは聞けなかった。

 

 きっと、つらい事があって、その事を少女と重ね合わせているんだろう。

 いや、昔が幸せすぎて、思い出すだけで苦しいのかもしれない。


 ――孤独から救う。


 昔、オレはネムから救ってもらったんだよな。


 生きていたら、誰かに必要とされたい。

 認められたいって思うよな。


「やって、みますよ」


 そう言って、オレはモニカ先生を抱きしめた。

 顔は下を向いていて分からなかったが、泣いているんじゃないかって思ったんだ。




「重たい話をしてごめんね。さっきの話は忘れてちょうだい。……あー、年は取りたくないわね」


 しばらくして、そうオレにおどけて見せた後、元のモニカ先生に戻った。


 この子を旅に連れて行くかは、まだ決めない。

 ひょっとしたら、この子にだって過ごしやすい居場所があるかもしれない。

 その時までオレたちが居場所になってあげよう。


 助けてしまった者の責任だよな。……そう思った。


 この日から、幸薄少女の看病が始まった。



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