第三章 3.覚悟
「――ハルト!おきて!」
「う……う、う、うーん」
……ネムの声だ。
オレは霞む視界の中、目を強引に見開き周囲を確認する。
心配そうなネム。……ゴツゴツした岩の壁、そして、鉄格子。
……ここは、牢屋か?
頭が割れそうに痛い。
……ああそうか、オレは棍棒で頭をかち割られそうになったんだった。
それにしても、あの冒険者の野郎、腹が立つぜっ!
次に会ったら絶対ぶっ殺してやる!
いや……ぶっ殺したらマズイな。
捕まえて、今回の事をギルドに報告しないと。
取りあえず何かで、このストレスを沈めないと……。
何か……か。
オレはちらりとネムを見た。
「ほんとうによかったよ。目を覚ましたんだねっ!すっごく心配したんだよ!」
「ネムか……どうもオレは記憶喪失のようだ。――肉球のにおいを嗅げば思い出すかもしれない」
「ええっ!?それはまずいよっ!……ボクの肉球でよかったら、どんどんかいでいいよ!」
ラッキー!
最近嗅がせてもらえていなかったんだよな。
ネムによると、肉球のにおいを嗅ぐとき、オレはとんでもなく汚い顔をするらしいのだ。
紳士であるこのオレが、そんな顔などするはずないのになっ!
どれどれ、スーハ―、スーハ―……。
うむ、たまりませんな!
「……記憶はもどりそう?」
「――ネム、もう少しだ。もう少しで香りの深淵まで到達できそうだ」
スーハ―、スーハ―……。
ネムは心配なのか、オレの顔を覗いてくる。
その顔に、オレは最高にナイスな笑顔で答えてやる。
「……ねえ?記憶喪失のはずなのに、なんでボクの名前がわかるの?」
「あっ、いや……その、記憶は……失っても、ネムの事は忘れる訳ないだろ。当然じゃないか……ハハハハッ!」
「ふぅーん……。ボクのことは忘れてないのに『きもちわるい顔をしない』って約束は、忘れちゃったんだ。……つごうのいい記憶喪失だね」
ネムは微笑んでいるが、声は氷のように冷たい。
「そ、そうだな。……うん。今思い出したぞっ……『気持ち悪い顔はしない』だったな。……ハハハハハッ!」
沈黙が辺りを包む。
……大丈夫、問題なはずだ。
オレは二ヵ月で、完璧にポーカーフェイスをマスターしたはずだ!
「ねえ、いつまでウソつくの?……ボク、すっごくしんぱいしていたんだよ!」
なっ……バレていたのか?
いつの間に?
オレのポーカーフェイスが通用しないなんて!?
……この子っ、恐ろしい子っ!
「……あやまらないのかなっ?」
うう、こういう時のネムって、ものすごいプレッシャーを放つんだよな。
ここは素直に謝ろう。
「……ごめんなさい」
「もう、こんなウソつかない?」
「……はい、つきません」
「もう、無茶もしないよね?」
「……はい。しません」
「わかった。……もうゆるすよっ。とりあえず、ハルトが元気でよかったよ。こんなまぬけなウソがつけるなんて、元気な『しょうこ』……だもんねっ」
そう言って、天使の様に微笑むネム。
その周囲に、数百万のダイアモンドが輝くさまが、オレにははっきり見えた!
ああ、オレは一生ついていきますぜ!
その後、ネムはオレを縛る縄を爪を使って切断してくれた。
そして、状況をオレに教えてくれた。
なんでもここは洞窟内の山賊のアジトで、やはりオレは牢屋に閉じ込められているようだった。
洞窟なので時間は分からなかったが、ネムによるとすでに深夜をまわっているそうだ。
武器や持ち物は全て奪われてしまっている。
その場で殺されなかっただけマシか。
……その事を考えると、背筋が凍りつきそうだ。
ネムによれば、オレがいなくなった後に、あの冒険者チームが馬車の運び屋を殺害し、そのまま逃亡したらしい。
撃退しようとしたところでオレの異変に気づき、やむなくオレを助けるために見逃したそうだ。
その後、ネムはこの洞窟に気が付き、隙をみて忍び込んで現在に至る。……という訳だな。
今気づいたがこの牢屋、ネムは普通に通り抜けできるんだな。
まあ、牢から出たければ『何でも切れる剣』で切断してしまえばいいだけなんだが。
脱出の相談をしていると、こちらに近づく足音が響いて来た。
ネムによるとこのアジトにいる山賊は20名。
その他に、捕まっている女性が4名居るそうだ。
あの少女の他にも奴隷が居たのか……?
これは助けた方がいいよね。
ここは、慎重に行くか。
ネムは慌ててオレの後ろに隠れ、オレはロープを身体に巻きつけ、縛られているフリをする。
ギーッと軋んだ音を立て牢が開くと、男が一人でノコノコ入ってきた。
男は下品な笑いを浮かべながらオレに近づく。
それにしても……クセェな!!
臭いの最底辺がここに存在した!
蹴り倒したい要求に駆られるが……ここは我慢だ。
「へへヘヘヘッ。……目を覚ましたみたいだな。話し声が聞こえた気がしたんだが……こわくて独り言でもしてたのか?生憎、ここには助けは来ないぜぇ」
弱者を見下した下品な笑みのまま男が言う。
……たまにいるよな。
他人を見下して、自分の事を慰めるヤツってさ。
こうして見ると哀れなもんだ。
「……お前は顔といい、ケツといい、女みてぇだからな……高く売れるぜぇ。――俺にも楽しませてくれたら優しくしてやるよ」
汚い歯を剥き出しにして笑う男。
おい、オレのトラウマを刺激するなよ!?
全身に鳥肌が立つののが分かる。
頭の中で何かが弾けた。
――それと同時に、嫌な感覚がオレを支配する。
血の気が引くあの感覚だ。
取りあえず、こいつ殺そうか。
「おい、なんか言ったらどうだよ?……ひょっとして、ビビっちまってんのかぁ、ええ?」
《……ネム。『防音』と『風防壁』の魔法をこの部屋の四方にかけて、この部屋の音を完全に遮断してくれ》
《う、うん、……わかったよ》
オレは黙って、ネムが呪文をかけ終えるのを待つ。
ほどなくして、この部屋の空気の流れが変わった。
《……じゅんびできたよ》
「おい!何とか言えよ、ガキがっ!」
男は黙っている事にイライラしたのか、オレの顔面に蹴りを放つ。
……だが、オレはその蹴りをあえて額で受け止める。
死角が生まれるからな。
「オレはな……よかったと思っている事が一つあるんだ」
「はぁ?何だよ、今更媚でも売ろうってのか?」
「……違うよ。……オレはな『初めて斬り殺すヤツがお前みたいな蛆虫でよかった』と言いたいんだ」
「お前何を言っ――へっ?……がぁ!?な、な?……なっ?」
男は、ようやく気が付いたようだ。――自分の腹から剣が生えている事に。
まったく、ようやく気付いたのか。
『何でも切れる剣』は切れ味が鋭すぎて、刺された事も分からないのかね。
さて、次は足だな。
逃げられても厄介だ。
……『風防壁』を張ってあるが、念の為だな。
まるで斬っているという感触すらなく、サクサクと男の足は切断される。
「ふぃひぃいいい……!」
地面に血が飛び散り、流れ落ちる。
……赤いペンキをぶちまけたみたいだ。
「……助けてぇ!……誰かぁ、助けてくれぇ!」
「おいおい、『こわくて独り言か?生憎ここには助けは来ないぜ』だろ?」
「ああ、血がぁ、ああ血がこんなにぃ……。ふっ、ふっ、ふ……ひぃいい。……なあ、助けてくれぇ。……頼むよぉ」
「嫌だね。……死ねよ」
赤いペンキに写し出されたオレは、下品な笑みをこぼしていた。
オレもそうか。
この男と同じ、他人を見下してしか自分を慰められない、最悪のクズだった訳だ。
その後見回りに来た3人を殺して、オレたちは、牢の外に出る事にした。
「……ハルト……はいっ!」
ネムはオレの腕に飛び乗ると、肉球をオレの鼻に近づける。
「……『きもちわるい顔』してもいいよ?」
「ネム、今はそんな事している場合じゃないだろう?」
「ううん、そんな事してるばあい。……だよっ!」
「……だいたいお前、嫌がってただろう?」
「もういやじゃないよっ!……ハルトがそんな顔するくらいなら『きもちわるい顔』された方がよっぽどいいよっ!」
ネムの声は震えている。
「……もっと、もっと……ボクが、がんばるから、そんな顔しないでよ」
ネムは――泣いているのか?
なんで……?
そうか、ネムが泣く位、オレはひどい顔をしていたんだろう。
オレは……そうだ。
元々腐った目をしたガキだったからな。
ネムに出会って、大分マシになったかと思ったんだが……。
「ネム……今回は、どのみち手加減出来ないぞ」
「分かってるよ。油断したらボクたちが死んじゃうんだ。――でも、そんな顔するくらいだったらボクがやるよ!ふだんのやさしいハルトがホントのハルトなんて言わないよ。きもちわるい顔するときだって、人を殺しちゃうときだって……どんな時でもボクはハルトの味方だから。……だからっ、そんなつらそうな顔しないでよ!」
大粒の涙をこぼしながら、オレの鼻に肉球を押し付けてくるネム。
オレがつらそうな顔をしていた……?
オレはネムを抱きしめる。
あたたかくて、柔らかくて、少しだけお日様のにおいがした。
「……ごめんな、ネム。今日は心配かけてばっかりだな」
オレにはネムが居る。
……もう大丈夫だ。
「……ボクはお兄ちゃんだから、こんなのへいきだよ。……だいじょうぶ?つらくない?」
「ああ、もう大丈夫だ。……ネムのおかげだよ」
どうも、この世界に来てから……剣を持ってから、自制が効かなくなる事が増えてきた。
だが今は、ためらって隙を見せるよりマシだ……としよう。
人を殺すのは、明確な殺意がなきゃ無理だ。
今回は武器を奪われている。
『何でも切れる剣』で、手加減なんか出来ない。
もうどの道、ここの山賊どもには死んでもらうつもりだ。
状況も分からない。
生かして森を抜けるのは困難だしな。
それに、冒険者が裏切った証拠なら、あのエルフの少女が居る。
――生かすのは、リスクしかない。
「だが、今回はやらないといけない。数も多いし、山賊全員連れては行けないだろう。……覚悟してくれよ。――せめて、楽に死なせてやろう」
「うん。わかったよ」
ネムにはそう言ったが、これは、自分に言い聞かせているのかもしれないな。
結局、オレには己の殺意に見合う『覚悟』が無い訳か。




