第一章 3.話せる幻覚?
「……ねえ、起きて!起きてよ、ハルト!」
なんだか聞きなれたような、それでいて知らない声がする。
うーん、眠いんだが、眠いけども……
とりあえず、起きてみるか。
オレは、ゆっくり起き上がりながら目を開き、辺りを見回す。
周囲にはオレの愛しの猫ちゃんこと、ネムしか居ない。
少し考えて、また寝る事にした。
何だか景色がおかしい。
ベットで寝ていたはずなのに地面に居る。
辺りは霧に包まれているし、訳が分からん。
こういう時は二度寝に限るよね。
オレはネムを抱き寄せ目を閉じた。
「ネムたん。こういう時は、二度寝しまちょうね」
「もう、ハルト!ちゃんと起きてよっ。目が覚めたらボクたちのお家じゃない、どこかちがう場所にいたんだ」
……ボクたちのお家ねぇ。
オレの部屋には、オレとネムしか住んでないハズだがな。
階が高いせいか、Gも中々出ないし。
声の主は「しょうがないなぁ」とか言いながらオレの鼻をなめる。
ザラザラする。
ちょっと痛かゆい。
この感触は……ネムの舌だ。
猫の舌って、何故だか知らないがザラザラしているんだぜ?
――待てよ?
という事は、今までしゃべっていたのは……。
オレは目を見開き、ガバッと起きあがった。
「ハルト、おはようっ!」
やっぱり、ネムがしゃべっている!
はにかんだ笑顔でこちらに笑いかける、ネムがそこには居た。
まさに天使!
まるで宝石のように笑みがこぼれる。
笑うと同時に、耳が少しだけヘニャッとたれた。
ああ、ヤバイ。
なんて破壊力だ……足腰に力が入らない。
……そして、今日はなんてすばらしい日なんだ!
急に視界がぼやけて見えくなってきた。
何だかとっても頬が熱いんだ!!
オレはネムを抱きしめた。
「うううっ、ネムだん、じゃべでだんでづね……」
「うっ、うん」
「オデうでじくてうでじぐで!!」
「……わ、分かったから落ち着いてよ。えっと、そうだ、深呼吸しよう。はいっ、吸って、はいて――」
オレはネムに言われるがまま深呼吸を行う。
すー、はー。すー、はー。……ゴフッ。
「どうっ?落ち着いたかな?」
――うん、大分落ち着いてきたよ。
感動のあまり、まだ声が出そうにないので、コクンと頷く事にした。
……よし、少し頭を整理しよう。
言い訳をさせてもらうと、ここ何日かのストレスで、大分神経をすり減らしてたみたいなんだ。
訳の分からない状況で知り合いも誰も居ない。
話してくれる相手も誰も居ない。
相談する相手だって居ないんだ。
只々何もしないで、来るかも分からない救援を待つ日々。
ネムを守らなければいけない。
頼れるのは自分のみだ。
これでストレスがたまらないヤツは居ないと思うんだよね。
……本当に、言い訳だけどね。
――ふと嫌な考えが頭をよぎった。
ネムが言葉を話しているように聞こえるのは、実はオレの頭がおかしくなっているだけなんじゃないだろうか?
オレ、そこまで心が弱かったのか?
さっきは取り乱したが、今はかなり冷静に考えられていると思う。
曲がりなりにも営業を経験し、たたかれて、精神は鍛えられていたはずだ。
オレはネムを守ると誓った。
そんなオレが、ストレスに負けるなんてあり得るだろうか?
――いや、きっとそうなんだ。
猫が言葉を話すわけない。
オレは己の弱さに負けて、頭がおかしくなってしまったんだ。
オレは懺悔する気持ちでネムに告げる。
「ネム、ごめんな。オレ、どうも頭がおかしくなってしまったみたいで、お前が言葉を話しているように感じるんだ。……オレもうダメかもしんない」
「ハルトしっかりて。だいじょうぶだよっ、ボクも起きたらなぜか、人間の言葉が分かるようになったみたいなんだ。ハルトはおかしくないよっ」
だからだいじょうぶだよ。と優しくニッコリ笑いながら付け加えるネム。
なんだか言葉を話すようになってから、感情表現が豊かになった気がするな。
……思ったより、事態は深刻な状況らしい。
猫が言葉を話して笑うんだから、幻聴をともなう幻覚だ。
しかもオレの幻覚は、幻覚事態を正当化し始めている様だ!
「ああ、ごめんよネム。どうやらオレの幻覚が、幻覚を肯定し出したみたいだ。こりは本格的にマズイ状況だ。……この中にお医者さまは、そう、ユ〇グ先生はいらっしゃいますかー!?」
ガクガクと震えながら口からヨダレをたらすオレ。
そして、そんなオレを見て慌てふためくネム。
……ネムよ、オレが発狂して死んでも強く生きるんだ。
お前は可愛いから大丈夫だ。
一人でも生きていける。
救援が来たら、きっと新しい飼い主だって見つかるだろう。
ネムは可愛いからな。
もし、オレの知り合いに会ったらこう伝えて欲しい。
「――彼は強く生き、そして、散って逝ったと。さらばだネム。……ガクッ!」
「ちょっ!ハ、ハルトしっかりしてよっ!えっと、えーと……。あっ、そうだ!幻覚だっていいじゃない!」
オレはガバッと起き上がった。
「……幻覚だっていい?」
何をバカな事を。
いい訳無いじゃないか!
「――そうだよ!幻覚だっていい。だって、ボクたち話せるんだよ。ハルトとお話しできるんだよ!幻覚だっていいじゃないかっ!!」
その瞬間、オレの頭に、まさに雷が落ちたように衝撃が走った。
ああ、そうか!そういう考え方もあるな。
人生、発想の転換が大事だよな。
ネムたんと話せる。
ネムたんと話せる!
幻覚だっていい。
幻覚だっていいじゃないか!
「――ハハハハハハッ!」
それって素敵やん!
これが本当の「最高にハイ」ってヤツなんだね!
オレはネムを抱きしめる。
「ネムたん!お話し出来るって素敵でちゅね!」
「……あ、うん。そうだね。それは、間違いないよ」
そう言ったネムの笑顔は、何だかちょっとだけ、ぎこちない気がしたんだ。
うーん、何でだ?
「ねぇ、一つだけお願いがあるんだ。……あかちゃん言葉、やめてほしいんだよねっ」
「……なんででちゅか!ネムたん!」
「あ、うん。そのね、言いづらいんだけど……おもいきって言うねっ。……きもちわるいかなぁ……って」
……ガフッ!
そして、オレは精神に深いダメージをおったのだった!